脚本を書く理由
ほかにもうひとつ、脚本を書いている理由がある。それは面白い脚本は創造するのがとても難しく、世の中に絶対数が不足しているから。
観客であれば「面白い」「つまらない」と判断すれば良い。興味がなければ、その場から立ち去るだろう。
ただ渦中(かちゅう)の人々は、そうはできない。
シナリオを書くだけなら、紙とペンがあればこと足りる。演じたい作品が目の前にないなら、自分で用意するべきだ。みんなが認めてくれれば、その企画は進んでいくだろう。今は35ミリのカメラがなくても、映画は撮れる。
ストーリーが充分なら、どれよりも面白いという可能性がその場で生まれる。大きなことだ。
と、いっても
良いことばかりで はない。
オーディションや顔合わせで、俳優に戻るときには時間がかかる。脳がライターモードになってしまっているために、演じるには頭でっかちになってしまって、分析力はあるが身体がついていかない。
俳優として面白い、と思う感性が抜け落ちてしまっているのだ。
ただ時間が経てば、元に戻すことができる。
演出、ライター、俳優といろいろな視点で見られることは、誰にでもある訳ではないだろうから大事にしておいて、こうした経験をふまえて、お互いの作業に生かしていきたい。
書きたい衝動
そもそもなぜシナリオを書く気持ちになったのか。それは周りに作品を形できる知人が多いため。
素材が良ければ、有志が集(つど)い、現実化できるとなればきっと痛快(つうかい)だろう。
ただ何が何でも、そうしてもらわなければ困る、というのでもない。
自分にとって大切なのは、「やりたい」という衝動に対して、行動することなのだ。
だから結果的に、スキルが足りなかったり、企画と異なっていたり、さまざまなタイミングで具現化できなくても、もうすでに書いた価値は大いにある。