渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -346ページ目

長男タイプ

というと、語弊(ごへい)があると叱られそうだが、つまり年上と話すのが不得手だ。次男・三男みたいに、可愛げのある弟のように近づける人たちをとても羨(うらや)ましく思う。

最近は下の世代も増え、自然に何とかしてあげたい、と感じるようになった。そしてきっと自分のまわりにもそう思ってくれる人がいるのかも知れない、と考えるようになり何だか気が楽になった。たんにスタッフの年齢に近づいただけかも知れないが。

オーディション=ワークショップ

今は舞台・映画とも決まっている。シナリオ、そしてその中の役柄も良くて幸せだ。

映画のオーディションでは、
『ここもワークショップと同じ』
だと答えた。

練習と同等に考えるとは失礼な発言かも知れないが、それはきっと素晴らしいことだと思う。
日本では数少ない映画のオーディションで、脚本も上等となれば気が入らないわけはない。今回は関西から新幹線で駆けつけた女優もいるほどで、だからといって、そんな気合いが画面に映ればデメリットにしかならない。

たいていの場合、仕事となると演技以外に気を使わなければならないことが多く、稽古・練習ほど集中はできない。フィルムに映る自分の表面的な姿に気を使わず、自分の好きな解釈で演技してスタッフが色めき立つなら、こんな自由なことはない。

稽古としてのフェンシング

新劇の稽古でフェンシングを取り入れていた時期があった。西洋からのメソッド、トレーニング方法としてプログラムをそのまま拝借(はいしゃく)したのだろう。

自分が通っているジムのトレーニングもそれに近い。

人によってそのスキル・目的が違う受け返しは相手を見ながら戦う。初心者には基本やフォームを丁寧に。リングに上がる相手なら、体重をかけて当ててやる。嫌がるならタイミングで返してやる。そうした作業をしながらも相手の反応を探ることは、じつはとても演技に近い。

それともう一つ。大きな(16オンス)グローブ・すね当てありでも、蹴られ殴られれば当然痛いし腹も立つ。そうした、しよう、と考えていない感情が自然に湧き上がるのもとても大事なこと。下手な演技とは対極にあるから。