最近あまり遭遇しないけど、鎖につながれた犬が庭先でウォンウォン吠えることがある。
突然吠えられると、肩がビクッとしてしまう。
前妻がこんなことを言った。
「あそこの道に犬がいるのよ」
「うん?」
「そこの道を右に行ったところ」リビングで壁を指差す。
「うん」
「それがすごい吠えて、○○が怖がっちゃってその道通りたがらないの。前って言っても、道のこっち側も嫌がるの」
○○とは、そのころ、どうだろう3歳ぐらいかな。娘だ。
「うん」
*うんばかり言っているけど、興味がないわけではない。
「○○がさあ、犬嫌いになっても困るし、何とかなる?」
「ああ、分かった」
お休みだった僕は、自転車でその犬のところまで行った。
何かの工場だろうか、閉まったシャッターの前に犬小屋があって、その前で吠えること吠えること。
自転車を降りた僕は、鎖の長さを確かめてから犬の前に向かった。
「な~んだ、なに吠えてんだ、ああ?」
バウバウと吠える犬。
「な~んだ、んん? なぁに吠えてんだ、おぉ?」
さらにバウバウと吠える犬。
「寒いのか? おぉ? 寒いか? あぁ?」
威嚇することなく、怯えることなく、堂々と尋ね続ける。
「な~んだ、なに吠えてんだ。腹減ったか? おぉ?」
自分の頭も動かしながら、強弱をつけながら、堂々と言葉をかけ続ける。
そう、攻防が続くのだ。
すると、バウ! がバフになって、最後には、声にもならない空気だけのプフッになる。
それで勝負がつく。
上下関係を見極める犬には、上に立つことが何より大事。
「お腹が空いてんのか? ん?」今度は優しく問いかける。
ぷふっ
「ちょっと待ってろ」
自転車にまたがって部屋へと戻る。
「どうだった?」
「うん、大丈夫。なんか犬のえさになりそうなもんある?」
僕はビスケットみたいなものを持って、娘を自転車の前に乗せて再び犬のところへ向かった。
「ワンちゃん怖いか?」
「うん」
「大丈夫だから。お父さんがいるから大丈夫だからね」
娘は怖かったろう。通りのこっち側も嫌がったのに、犬の目の前に自転車を止めたのだから。
「大丈夫だから」
娘は気づいていたはずだ。犬が全く吠えなかったのに。
「ほら、えさをあげようか」僕はビスケットをひとつ投げた。
犬は大喜びでむさぼり食べた。
「ほら、○○も投げてごらん」
不器用な手つきで娘が投げる。それも犬は喜んで食べた。
「犬が食べてるときに、手を出しちゃダメだよ。えさと間違えてパクッて食べられちゃったら大変だからね」自転車の前椅子の上で娘はうんうんとうなずいている。
「ほら、しっぽを振ってるだろ。あれはね、喜んでるんだよ。でもね、手を出しちゃダメだよ」
「ワンちゃんにえさを上げた!」部屋に帰った娘は嬉しそうに母親に報告した。
「お父さんはすごいねえ」前妻は娘の頭を撫でて、僕を見た。
前妻は知っていた、吠える犬を僕がおとなしくさせてきたところを、何度も目の前で見てきたのだから。
「お父さんと、ワンちゃんのところに行く!」次のお休みの日、期待通りの娘の要望に応えて、僕は自転車を走らせた。
その犬は僕たちを見つけてパッと立ち上がり、しっぽを振った。
「喜んでるねえ」
「うん、○○ちゃんとお父さんが来たって、喜んでるよ」
犬が鼻にしわを寄せて歯をむき出しているときがある。あれは多分に恐怖に支配されているはずだから、近づかない方がいい。窮鼠は猫をかむ。
噛まれた時の対処法をひとつ。
絶対に引いてはいけない。
怖くたって、ぐわっと犬の体を捕まえて、噛まれたところをグッと押し込むこと。
犬が反吐を吐きそうになって歯を離しても、二度とやらないように押し込み続けること。
もう、口も避けんばかりにぐぐぐっと押し込むこと。
中途半端にやると、再び噛まれる恐れがある。
誰かに教わったわけでもなく、犬の行動学も心理学も知らないけれど、僕が実体験でつかみ取ったことかな。
僕は横丁の犬使い。
犬と猫、どっちになりたいかと訊かれたら、僕は猫になりたい。
久しぶりに聴いたけど、やっぱりこの歌は変だ。面白い。
さだまさし/私は犬になりたい
ポチポチッとクリックお願いします。
短編小説 ブログランキングへ
にほんブログ村