風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -67ページ目

風が季節を連れてくる。

はる、なつ、あき、ふゆ、風が吹く。

己の意志で咲いたのか、知らず知らずに咲いたのか。
寒さ緩むころを待ち、定めのように膨らむ蕾、
掟に沿うように開く花。

柔らかな日差しの下で、可憐な花がゆらりふわりと風に揺れる。

それは、季節が織りなす懐かしき色模様。



咲いた花はやがて散り、跡形もなく消え失せる。留まることは許されない摂理の冷徹さに、人は時に涙を流す。

諸行は無常。歩みを止めることなく季節は巡る。
走るその膝を折るように、伸ばすその手を払いのけるように。

戸惑い、迷い、立ち止まり、天を仰ぐ。
それでも人は顎を引き、前に進む。まるで季節を追うように。

だからこそ、どんなときにでも、人は春を待ち望む。

凍える冬の只中で、春よ来いと、願い続ける。

淡き光立つ 俄雨 いとし面影の沈丁花 溢るる涙の蕾から ひとつ ひとつ香り始める
それは それは 空を越えて やがて やがて 迎えに来る


春よ来い/松任谷由実



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闘うとはどういうことだろう。
闘うために必要なのは、力だろうか、知恵だろうか、経験だろうか、それとも勇気だろうか。

いや、まずは敵が必要なのだ。

敵って何だろう。

理不尽なことを言う奴か。潰しにかかってくる奴か。頭を押さえつける奴か。いわれなき誹謗中傷をする奴か。

持って行き場のない怒り。ひとり吐き捨てる呪詛の言葉。
四面楚歌。

闘うべきか、無視をするべきか、逃げるべきか。
あるいは、顔で笑って……。

心の持ち方ひとつだとわかっていても、ヤリキレナイことはある。

自分の前にいっぱい敵があらわれた時、振り返って見るがいい。味方だっていっぱいいるものだ。
生田長江(小説家、翻訳家)

暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光っているのは傷ついて はがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて 魚たちのぼってゆく


ファイト!/吉田拓郎 作詞:作曲/中島みゆき


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人というのは、大人になり切れないまま死ぬに違いないと、僕はずいぶん若いころに気が付いていた。

未熟さは見苦しくもみっともなくもあるけれど、成熟がどれほどのものかと考えてみれば、それほど大した引け目はないと思える。だって、大人になれる人なんてほとんどいないのだから。

だから、30歳も60歳も、実体などたいして変わりはしない。

いっぽう、成熟とは丸くなることでけっしてないと思うけれど、とんがった頑固者になるのはみっともない。頑迷さが恥さらしと言った方がいいだろうか。

そこで考えてみる。大人って何だろう、と。それは経験を積んできたということになるのだろう。

けれど、猿でも長く生きれば経験を積む、それだけのことなのだ。

翻って未熟者は、自らの未熟さを知っている。己を知っている。

しょせんみんな未熟者に過ぎない。
だって、千年も生きやしないんだから。

僕としては、経験が優しさにつながっていけばそれでいいような気がする。経験って、喜びや悲しさや、悔しさや痛みの数に他ならないのだから。

分からぬ大人が多すぎる。それを大人とは言わない。

未熟だからと、いたずらにとんがる必要はない。
大人だからと偉そうにする必要も、また、ない。

あがいて もがいて 1日がゆく
わめいて ほざいて 1日がゆく
逆らい 歯向い 1日がゆく
当たって 砕けて 1日がゆく

いい加減に悟ればどうかと
低く招く誘い蹴れば
掌は返る 敵(かたき)は増える

それでこうして 優しい人を
おろおろと探しているんです。

野望はあるか 義はあるか
情はあるか 恥はあるか

あいにく 本日、未熟者
わたくし 本日、未熟者

しかし、あっという間に消されちゃうなあ。
TOKIOに差し替えます。

中島みゆき/本日、未熟者


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「たまには贅沢して、おうどん食べて行こっか。寒いからカレーうどんなんてどう?」

「お、いいね。でも、鍋焼きうどんもいいなあ。七味いっぱい入れて、ふぅふぅ言いながら鼻水なんか垂らしてさ」

「あ、いいね、鍋焼きうどん! あそこの蕎麦屋さんにきっとあるよね。鼻水はたらさないでほしいけど」

「しかし、寒いな」
「寒いね。でも、手があったかいよ。あ……流れ星」

「行っちゃった? 願い事する間もないな」
「いいの。叶ってるから、いいの」
「そか、良かったな」

内山田洋とクール・ファイブ「東京砂漠」


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僕たちは歩いてきた。
そして、また歩く。未来だった今を。

昨日に戻ることはできないし、明日に跳ぶこともできない。

出会いと別れを繰り返しながら、ただ、今日を歩く。
時に、笑いながら、時に反吐を吐きそうになりながら、時に涙をぬぐいながら。

覆水は盆に返らぬことを、嫌ほどこの身に刻みながら、ひたむきに歩く。

夢の続きは明日見ることができると信じて。



あなたの夢を聞かせて そうしていると
幸せな気分になると 君は笑った
ワイングラスをあふれた 僕たちの時間
こぼれてしまった後で ふと気づく

雪の中をかける子犬のように
帰り道たしかめながら 遠くへ
ひとつ上の愛を 求めたわけじゃない
ひとつ上の恋を 探したわけじゃない

村下孝蔵
1953年2月28日 - 1999年6月24日
46歳で亡くなってしまったけれど、この人の50歳の曲も、60歳の曲も聴きたかったな。
生きていれば64歳かな。まさにレジェンドになってしまった。

夢のつづき/村下孝蔵


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「仏様は煙を食べるんだったよなあ」
弔問客も途絶えた10畳ほどの部屋。夜も更けた蛍光灯の下で黒い背中が揺れる。

「いやいや違うよ、煙に乗っていって、仏様になるんだよ。だからさ、煙を絶やしちゃいけないんだ」隣の黒い背中も揺れる。

煙草の煙と、お酒の匂いと、薄紫のお線香の香りが立ち込める部屋の片隅で、わたしはひとり、ひっそりと座る。

「どなたさんでしたかね」ふいに向き直った初老の男が首を傾げた。その頬はお酒で赤らんでいる。
「友人です」わたしは小さく頭を下げる。

「そうでしたか。おじです。まだ若いのに、あいつも残念な事でした」
「はい」わたしは再び小さく頭を下げる。

「ほら、こっち来て飲みなさいよ」
「いえ……」

あなたが愛してくれた女だとは誰も知らない。それを証明してくれる存在は、もうこの世にはいない。
わたしはただ、微笑むあなたの写真を遠くから見つめる。

もしも花びらを集めて 青空に心をかいて
遠くのあなたまでそのまま 伝えることができたなら

例えば白い花ならば 寂しくて泣いていますと
赤い花なら 元気ですと 教えられたなら

あなたのまわりを いつも飛び続ける
小鳥になりたい 誰よりも近くで

追いかけて ゆきたいけれども
何もかも すてたいけれども

花れん/村下孝蔵


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今は消滅してしまったレーザーディスクの映像が、壁に設置されたスクリーンに映し出されていた。
記憶に残るそれは、ランチの食べ放題をやっていたときだろう。

値段に比べて、その豪華さと種類の豊富さに、hanakoを始め、女性誌の取材がわんさとやってきた。それは来るよね、洋食メインの中に、蕎麦やら、ズワイガニまであったからね。

東京ウォーカーに店の紹介と、店長としての僕の顔写真が載ったりもした。
「店長さん、笑ってください」カメラマンの横に立つ人がにこやかに言う。

おかしくもないのに、笑うのか……? に、苦手だ。

僕はかつて違う用事で出版社を訪ねたことがある。
広い部屋に楕円型の大きなテーブルが何台も配置されている。

テーブルの上を見上げて、プレートが下がっていることに気が付いた。
そのテーブル一台が、ひとつの雑誌の編集部だったのだ。

まあもちろん、そこだけで済むわけはないのだけれど。

話は戻って、レーザーディスクだ。
何が流れていたかというと、森高千里。
これは僕のチョイスだった。タワーレコードだったか、そこで買ったものだ。

1969年4月11日生まれ。
御年47歳。2児のママ。



この人、老けないな。

これを聴いていた頃には、森高千里がオバさんになるのなんて遥か未来のことに思えたのに、同世代は、もうとっくにオバさんになってしまった。

ほら、そこのあなたですよ!
でも大丈夫。僕も充分おじさんになったから(笑)

その時流れていたのが、まさにこの映像だった。

私がオバさんになっても/森高千里 (1992年)



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ほのかに灯るろうそくのように、柔らかな日差しが心暖めた春。
時にもどかしく、時に心地よく、吹き過ぎる風が心と体をくすぐっていった夏。

どこまでも茜色だった秋の夕暮れ。



笑った。泣いた。

空想、妄想、白昼夢。
すべてはDay Dream──

いつまでも変わらぬ愛を/織田哲郎



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1904年(明治37)2月6日、日本政府は連合艦隊を進発させた。国交断絶を通告した大国ロシアに、極東の小国日本が戦いを挑んだのだ。

それはなぜか。
みんなも習ったことがある三国干渉(さんごくかんしょう)のせいだ。

日清戦争に勝った日本は清国から遼東半島をもらい受けた。しかしそこは、イギリス、ドイツ、ロシア、フランス、アメリカ、イタリアなど多くの国が狙っていた場所だった。

特に南下政策を取るロシアには喉から手が出るほどに欲しいところ。

そこで、ロシアはドイツとフランスを誘って日本に「遼東半島を清に返せ!」と迫ってくる。これを三国干渉(さんごくかんしょう)という。

しかし、ロシアの勢力拡大を嫌っていた国があった。それはイギリス。そこで日英同盟が結ばれることになる。

長くなるので省きます。

同年11月26日から12月6日まで続けられた203高地攻略戦で、日本軍は約6万4千の兵を投入し、戦死者5.052名、負傷者11.884名という恐ろしいほどの犠牲者を出した。

かつて世界は血を流して戦っていた。
日本も戦っていた。そこには悲しい別れもあった。

平和のなんと尊いことだろう。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」で、乃木希典は愚将として描かれている。実のところはそれほどでもないのだけれど、司馬遼太郎は乃木将軍が嫌いだったのかもしれない。

その乃木希典は明治天皇の崩御を受けて、夫妻で後を追って自決している。

ちなにみに、乃木将軍の名はこんなところにも残っている。
「乃木坂」
1912年(大正元年)9月、乃木希典大将の殉死を悼み、赤坂区議会が改名を議決したことに由来している。

この子たちは、こんな話なんて絶対知らないだろうな。
乃木坂46


二百三高地予告編 防人(さきもり)の詩/さだまさし


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