不倫やら架空の領収書やらと政治の世界が喧(かまびす)しい。
不倫というのはどうなのだろう。思うに個人の問題なのではないだろうか。
あるいは、家庭の問題と言ってもいいのかもしれない。
清廉潔白を求めると、政治家なんていなくなってしまうのではないか。
だからといって、ろくな政策もビジョンも持っていない政治家が不倫なんぞにうつつを抜かしていたら、それはクズ人間だ。
何のために政治家になったのだ。国民の一票をなんだと思っている、ということになる。
けれど、願望うんぬんは置いておくとして、不倫をする可能性は男女問わずにある。男だけの専売特許ではないのだ。
そして、生活パターンからして、女のほうがバレにくい。
不倫がバレたからと言って会社をクビになる人はいない。まあそれが会社の人相手で人の道に外れていたらどうなるかはわからないけれど、それでも仕事を続けることはできるだろう。
残った大問題は、家庭の問題、個人の問題だ。
政治家だけが社会的責任を負う必要はあるのだろうか。
政治家に大事なのは、どんな政策を掲げているのか、それにどのように取り組んでいるのか、この一点ではないだろうか。
だからといって、不倫を認めているわけではない。
傷つく人がたくさんいるから。特に子供だ。
僕の答えは自ずと出てくる。
クズ政治家の不倫は社会的制裁を受けるべし。二度と政治の世界に顔を出すな。
W不倫報道で離党した山尾志桜里
「保育園落ちた日本死ね!!!」のブログを取り上げて待機児童問題を訴えたのはこの人だった。
「男女の関係はない」と否定したにも関わらず、それが嘘だとバレてしまった。
だけど、再起すべき政治家であると、ぼくは思う。

西郷隆盛は、『西郷南洲遺訓』の中でこのように語っている。
第四条
万民の上に位(い)する者、己を慎つつしみ、品行を正しくし、驕奢(きょうしゃ)を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して、人民の標準となり、下民(かみん)其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは、政令は行はれ難し。
然(しか)るに草創の始めに立ちながら、家屋を飾り、衣服を文(いろど)り、美妾(びしょう)を抱へ、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられ間敷(まじき)也。
今と成りては、戊辰の義戦も偏(ひとへ)に私(し)を営みたる姿に成り行ゆき、天下に対し戦死者に対して、面目無なきぞとて、頻りに涙を催されける。 国民の上に立つ者(政治、行政の責任者)は、常に己の心をつつしみ、品行を正しくし、贅沢を戒め節約に努め、職務に励んで国民の手本となり、国民がその仕事ぶりを気の毒に思う位にならなければ、政令はスムーズに行われないものである。
ところが今、維新創業の初めというのに、立派な家を建て、着飾った洋服を着て、美しい妾をかこい、自分の財産を増やす事ばかりを考えるならば、維新の本当の目的を全うすることは出来ないであろう。
今となれば戊辰(明治維新)の戦いも、ひとえに私利私欲をこやす結果となり、天下に対し、戦死者に対して面目ない事だと言って、しきりに涙を流された。
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