風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -142ページ目
君の周りに心底信じられる人はいるだろうか?
長く生きてくるといろんなことがあるよ。よくあるのは保身に走る人を見るということ。
いざとなったらみんな周りをかなぐり捨てて保身に走るよ、君さえ捨てられちゃうよ、自分かわいさに上様にスリスリだ。
その時人は、悲しみを知るんだね。
でも、そんな人はそんな人だよ、君の周りの人数に加える必要もない。
君と分かり合える、君と価値観を共有できる人は必ずいる。

今は悲しくたって辛くたって、投げ捨てずに我慢しようよ。
長いものに巻かれて君のがんばりを見捨てる人間なんてしょせんその程度の人間。
君を大好きな人は必ずいる。君の生き様を良しとする人は必ずいる。
陰に隠れてるけど必ずいる。ほら、ここにもいるよ。え? 僕だよ僕。

自分らしく生きるってことは人の評価を気にしないことさ。
ほら、後ろを振り向いてごらんよ、君を心配そうに見つめてる人がいる。
小さなガッツポーズを送ってくれる人がいる。
心を狭くして、そんな大事な人を見失っちゃいけないよ。そんな人こそ君と信じ合える人たち。
もう少しだ、あともう少しだよ!

ガッツだぜ!


ウルフルズ「ガッツだぜ」






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シャーマン・シャメーナの言葉どおり、川の畔(ほとり)に、胸の高さほどの石組みの塀に囲まれたその村はあった。
「テントとはこの辺りでは珍しゅうございますな」クロンが指さす先には幾張りもの背の高いテントの群れがあった。
「おそらくは、かつて移動を繰り返してきた部族なのだろう」

「我ら陽の沈みし方より参りし者、イシュリム様にお目通り願いたい!」
クロンの呼びかけに、木陰からひとりの男が出てきた。頬からあご、口の周りに髭を蓄え、その目つきは射るように鋭かった。
着ている衣が際だって他の部族とは異なっていた。亜麻の衣は膝丈までしかなく、その衣の上に腰まである獣の毛皮を袈裟に着て、腰に幅の広い皮の帯を巻いている。足元には編み上げられ足首でしっかりと結ばれた革の履き物。如何にも闘う部族を思わせる姿だった。
「なに用でございましょうか」
「シャーマン・シャメーナ様に聞き及び、イシュリム様のお力をお借りしたく参りました」イエナは腰を折った。
イシュリム様の力を……そう呟いたまましばらくこちらを見つめていた男は、やがてひとつふたつ頷いた。
「こちらです」
男の後ろについて木立の中に足を踏み入れた。右手に広がるテントの群れはおよそ20張りほどだろうか、こちらを不審げに見る幾人かの村人の姿が見えた。
木立を抜けると、川辺に立つ木の根方に白い塊が見える。それは座り込み居眠りをしている老人だった。
長い髪も髭も真っ白で、彼の衣は男と違って長く腰に細い帯を巻いている。肩に抱いた長い杖はコブが雲のように渦を巻き、艶々(つやつや)としていた。
「イシュリム様、旅の方たちがご訪問されましたが」男の声にイシュリムは身じろぎもしない。
「お眠りでしょうか」イエナは案内をしてくれた男に小声で尋ねた。
「三昧(さんまい)に入っておられます。声は届いていますゆえまもなく戻りましょう」
ときおり風が木々の葉を揺らす音と、静かに清流が流れ下る音だけが辺りを包んでいた。
「イエナ様、さんまいとはなんでございましょう」クロンが小声で尋ねた。
「瞑想の一種であろうか」イエナも小声で答えた。
男はそれ以上声をかけるでもなく、ただじっと佇んでいた。遠くから小鳥のさえずりと子らのふざけあう声が聞こえてくる。

「わしにか?」三昧から戻ったイシュリムがゆっくりと頭をもたげた。
「はい、イシュリム様、私はイエナと申す者でございます」
「そのイエナという者がわしになに用じゃ」イシュリムはこちらを見るでもなく長い髭を撫でた。
「かつて魔物と闘って勝利したと聞き及びました」
「何?!」
イシュリムは雷にでも打たれたようにイエナを見た。
「イエナとやら、今魔物と言ったか?」
「はい、魔物でございます」
ゆっくりとしわを寄せていく眉間に、白い眉が猛々しいほどにつり上がる。
「それを誰に聞いた」
「シャーマン・シャメーナ様に」
「出たのか? あいつらが性懲りもなくまた出たというのか?」
「はい、それでこちらへ参った次第です」
「にわかには信じがたいが……で、お前は何者じゃ」
「シャメーナ様の話によると私の曾祖父も魔物と闘ったそうです」
イシュリムの眼光はさらに鋭くなった。
「お前の曾祖父とは誰じゃ」
「ネイトンです」
「なんじゃと?!」イシュリムは杖にすがって立ち上がった。
「お前はネイトンのひ孫か? 誠にそうか?」イエナをじっと見つめていたイシュリムは何度か頷いた。
「確かに似ておる。そうか、お前はネイトンの血筋であったか」イシュリムの瞳から、値踏みをするような嫌な光は消え失せた。
「お前の村に出たのだな」
「狩りに出た部族の男が戻らず、やがて骨となって見つかり始めたのです」
「ふむ、そうとなれば急がねばならん」イシュリムは杖をついて歩き始めた。
「バロン、人を集めよ! 剣も打たせねばならん!」
「は!」案内をしてくれた男は踵(きびす)を返して走り去った。そのかかとの部分は一枚皮でくるまれていた。
「履き物が気になるか」
「え、はい、いかにも動きやすそうなものであると思いまして」
「新しいものがあるゆえ、お前にもやろう。その突っかけの履き物では闘えん。あの男も力になるだろう。ネイトンと共に闘った男の子孫じゃ」

「イシュリム様、これから剣を作るのでございますか」杖をつきながら進むイシュリムの後に従う。
「そうじゃ、普通の剣では太刀打ちできん。我らの振るう剣だけが奴らを切り倒すのだ」
「して、剣はどれほどの日数で打ちあがるのでございましょう」
「5昼夜で一本がやっとじゃろう。魂を込めて打たねばならん。打てる者は継承者一人に限られる」
5昼夜で一本とはなんと時間のかかることか。
「できあがった剣はないのでございますか」
「そうか、お前が知らんのは無理もない。剣はその人間に合わせて打つ」
そうじゃ、持ち上げた杖を地面に突き立てるようにして振り向いたイシュリムは初めて微笑んだ。
「ネイトンの剣がある。お前に合うかも知れん」

「なぜに曾祖父ネイトンは剣を持っていたのでしょう。そしてなぜここにその剣があるのでしょうか」イシュリムの横に並び掛けネイトンはさらに尋ねた。
「あの剣を持つ者はわしらの部族に限られる。わしらの部族の男だけが剣を操れるのだ。それが答えじゃ」イシュリムは前を向いたままあごを上げた。そこには部族の誇りが見えた。
「では、私はイシュリム様の部族の血筋だと仰るのですか?」
「ああ、そうだ。あの時、悪魔の使いはあらゆる部族を襲った。わしらはラクダにまたがり各地を転戦した」
イシュリムは杖を持った腕を胸の前でぐるぐると回した。
「そして闘いが終わった後、乞われて族長の娘をもらったり、その親族の娘をめとった者たちがいる。お前の曾祖父ネイトンもその一人だ。ここに残ったのは腰抜けで器量の悪い男たちじゃ」
ま、それは冗談じゃが。イシュリムは肩を揺らしながら笑い声をたてた。
「二つ目の質問の答えは、封印じゃろう。末裔に魔物の話と共に剣を伝えた者が多数だろう。しかし、ネイトンは剣をここに置き、それを封印したのじゃ」
「なぜ封印したのでしょうか」
「わしはネイトンではないから真意は分からぬ。ただ、ネイトンを始め乞われてこの部族を離れた者たちは、きわめて勇猛で精神力の強い男たちだったことは間違いない。
悪魔の使いは恐れが好物だ。人が恐れおののく心をむさぼり食う。食われたが最後己の力で動くことはかなわぬ。武器は剣ではなく、滅多なことでは恐れたり驚いたりしない胆力(たんりょく)、そして無心、その心が剣を生かすのじゃ」

テントを周りに配置した中央に石組みの建物があった。
「集会所じゃ、やがて人も集まってこよう」
円形に配置された四角く切り出された石に数人の男たちが腰掛けていた。皆先ほどの目つきの鋭い男と同じ格好をしている。こちらの姿を確認すると一斉に立ち上がった。
さて、と一同を見渡しイシュリムは口を開いた。
「ネイトンの剣をもってきてはくれぬか」
イシュリムに命じられたひとりの男が、集会所の奥の扉に消えていった。やがて続々と男たちが集まってきた。その腰に巻かれた皮の帯の内側には一様に斜めに設えた皮の輪がある。腰に剣を差すための物に違いない。やはり先祖代々闘う部族であったのであろう。
「みな、剣はお持ちなのでしょうか」
「それぞれの長が先祖から受け継いだ剣を持っておる。しかし使える者も中にはいるが僅かだ。先祖の物だからといってその者の精神に合うとは限らないからだ。合わなければ単なる剣だ。
時は過ぎ世も穏やかになったゆえ我が部族も闘いをやめたのじゃ。その昔は助けを求める声に応じて村を飛び出し、あるいは金銀を積まれて闘いに出たものだが、義のない闘いは一度たりともしてはこなかった、それが誇りじゃ」
「イシュリム様、お持ちしました」男が両手で捧げるように剣を差し出した。
「これが我が曾祖父が使っていた剣ですか」
おお、30人ほどの男たちからどよめきが起こった。

……ネイトン様に繋がるお人?!
……悪魔の使いか!
……魔物がまたやってきたに違いない!
……また闘いが起こるぞ!

男たちは口々に騒ぎ始めた。


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「イエナ様、あれがそうでありましょう」クロンの指さす先に、木々の茂みに囲まれた石造りの集落が見えてきた。陽が天空にかかる頃であった。
「クロン、これは水の匂いであろうな」
「あの村の中に泉があるか、川でも流れているのでありましょう、やっと水が飲めまするな」
進むにつれ、青葉の香りと水の匂いが濃厚になってくる。

イエナとクロンは村の入り口に立ち辺りを見渡した。水辺の近くだけあって、ここは木々がよく茂った場所だった。
「我ら、陽の沈みし方より参りし者、どなたかおられますか」村の入り口でクロンが呼びかける。苦しい道のりに彼の頬はそげ、目は落ちくぼんでいた。
辺りはシンと静まりかえり、風になぶられる葉擦れの音だけが聞こえてくる。そこはまるで無人の村であるかのように見えた。
「誰もおらぬのでしょうか」
「いや、煙が立っておるゆえ食事時やもしれぬな」
「我ら、陽の沈みし方より参りし者……」息が続かぬ様子のクロンは、肩を揺らしてふぅと息を吐いた。
やがてひとりの男が衣をなびかせ駆け寄ってきた。

「我ら偉大なるシュムラン様の跡継ぎ様にお目通りしたく参じました」クロンが呼びかけ、イエナは腰を折った。
「陽の沈む方角から来られたとは、もしやイエナ様でしょうか」目の前で腰を低くした男が頭を下げた。
「いかにも、この方がイエナ様でありますが……」クロンが訝(いぶか)しげな声で答えた。そう、名など名乗ってはいないのだ。
「ようこそおいで下さいました。シャメーナ様に丁重にお迎えするよう申しつけられております。さ、こちらへ」
今は食事時で静かにございます、と笑う男の案内で村の中を進んだ。
「ところで、なぜ私の名をご存じなのでしょう。シャメーナ様が貴殿に言い置いたのはいつのことでしょうか」前を歩く男に問いかけた。
「はい、昼夜が6ばかり前のことでございます」
シャメーナは二人が出立したばかりの頃にすでに見通していたのか、だとするなら偉大なるシャーマン・シュムランの跡継ぎであるというのは誠のことであろう。
「お湯は沸いておりますので今お持ちします。その川で旅の疲れをお流し下さい。その間に粥でも炊かせましょう」
男の指さす先には幅4間ほどの清流が流れていた。イエナとクロンは浴びるほど水を飲んだ。
「生きかえりますな」
「あのラクダの親子もこのような心持ちであったろう」
「はい、良きことをしました。イエナ様をお止めした自分を恥ずかしく思います」

衣を脱ぎ用意してくれたお湯を使いながら川の水で身体を洗った。食事を終えたのか、興味深げにこちらをのぞき込む子らがいた。クロンがウオゥと立ち上がると子供たちはキャと驚いて走り去った。
「子供を驚かすでない、しかも裸で」イエナの声にクロンは、はははと笑った。
「イエナ様、我が村もすぐそばにこのように川が流れておれば楽でありましょうに」
イエナとクロンの村から最も近い水場は、早朝に出て水をくみ、陽が天空に昇る頃に帰り着けるほどの場所にあった。

男の家で粥をごちそうになった。またもや子らが興味深げにこちらをのぞき込む。他の部族を見るのが初めてなのかも知れなかった。
「どれほどいただけるのでしょうか」クロンが空になりそうな器を持って遠慮がちに声を掛けた。
「いくらでも召し上がって下さい。穀物は豊富に取れますゆえ遠慮はいりません」
クロンは残った粥をずずっと音を立ててかき込んだ。
「この草は何でございましょう、ずいぶん美味しゅうございます」イエナは口にした草のあまりのおいしさに驚いた。
「それは野の草ではございません。わたくしたちが育てているのです。それに岩塩をまぶして1昼夜ほどおいたものです」
クロンは物も言わずに食べ続けた。その食べっぷりにその男の妻も喜んだ。

「イエナよ、よくぞ私を尋ねてくれた。遙かな昔、悪魔の手先がこの地にもやって来たことがある」
シャーマン・シャメーナは村の中央にある広場のところに立っていた。澄んだ瞳に穏やかな声、話を切り出す前からこの若きシャーマンはすべてを見通していたようだ。イエナとクロンは腰を落とした。
「我が部族のシャーマン・ウロトナにも言葉を授けてもらいましたが、闘うことは叶わぬと仰せなのです」
「おお、ウロトナ殿ですか。名は聞き及んでおりました」シャメーナは優雅に衣を揺らせながら腕をひろげた。
「しかし、老いのせいか、授かる言葉に以前ほどの力強さと確かさがありません。ゆえにこうしてあなた様をお訪ねしたのです」
「イエナよ、授かる言葉に歳は関係ない。よってそれは老いのせいではない。慢心、あるいは保身であろう。ウロトナが降ろすのは我と同じピシュナ神」
「シャメーナ様もピシュナ神を降ろされるのですか」
「ピシュナは神々の父、神の中の神。これを降ろせる者が真のシャーマンである。ウロトナもまた真のシャーマンであったはずだ。しかし、ピシュナの授けし言葉を曲げて伝えているうちに、ピシュナは降りてこなくなる。降りてくるのは偽物か、あるいはピシュナが招く神々の座のはるか下座に座る者」
「ウロトナにはもうシャーマンとしての力はないのですか」
「いや、その程度のシャーマンならどこにでもいる。ただ、名にし負うシャーマンではなくなったということだ。さ、屈んでいるのは疲れよう、そこの切り株に腰掛けなさい」
そこには確かにシャメーナの前面を取り囲むように切り株が並んでいた。皆そこに腰掛けてこのシャーマンの話を聞くのに違いない。

「ピシュナ神によれば、お前の曾祖父も闘ったそうだ。しかし、評されることもなく野に取り残されし者たちがいる。彼らは黄金色に輝く剣を操って闘った。彼らがおれば策もあろうが、昔の話ゆえもちろん死に絶えている。しかし、子孫は残っているはずだ」
シャーマン・シャメーナは相変わらず立ったまま話を続けた。
「私の曾祖父も、その魔物と闘ったのですか?」
「そうだ。中心的人物の一人であったはずだ」
「しかし、なぜに彼らは野に取り残されたのでしょうか」
「彼らは優れて異能であった。さりとて病を癒し預言を授ける能力があったわけでもなかった。闘いが治まれば無用の長物の持ち主たちだったのだ」
「その者たちを集めれば闘うことができましょうか」
「彼らは闘い方を知っている。いや、彼らしか闘う方法を知らぬであろう」
「どこへ行けば会えましょうか」
「川を3昼夜ほど下ったところにある小さな村に、その男たちの子孫はいる。会いに行けばよいであろう」
「誰を訪ねればよいでしょうか」
「イシュリムという名の、歳をも知れぬほど長く生きている老人がいる。その者が族長であり、当時闘った者の一人だ」
「当時闘った族長がまだ生きているのですか」イエナとクロンは顔を見合わせた。とても信じられる話ではない。
「そうだ。戦いの神ウレナスに愛されし者」シャメーナはまた優雅に腕をひろげた。
曾祖父と一緒に闘ったことが事実であるなら、不死の身体なのだろうか。
「そのお方は不死なのでしょうか」
「戦いの神ウレナスとどういう取り決めをしたのかは知らぬが、並の人間ではない」
「シャメーナ様のお名前を出せば会えるでしょうか」
「お前の曾祖父の名前で事は足りるだろう。村が心配であろうが、その足でイシュリムを訪ねるがよい。お前の村にはこちらから事情を含めた知らせの者を送ろう。ついでにラクダも数頭贈ろう」
このシャメーナというシャーマン、心の中まで読みとる能力があるのだろうか、すべてを知っているようであった。

先ほど迎えてくれた男がラクダを2頭引いてきた。
「さ、これをお使い下さい。水とパンはこれに」ラクダの首にそれぞれ2つの紐、その先に袋が4つ掛けられていた。
村の人々が大勢で見送る中、イエナとクロンはラクダにまたがった。ウオゥ! クロンが両手を挙げると、また子らがキャと驚いて父母の後ろに隠れた。
「ご恩は忘れませぬ」イエナは頭を下げ、ラクダをイシュリムの村へ向けた。

「我が村は大丈夫にございましょうか」
「クロン、心配であるが進むよりほか手はない。我らがこのまま戻ったとて策はないのは明白」

1昼夜ほど進むと、川の畔(ほとり)にラクダが一頭座っていた。そちらへ進むと、水でも飲んでいるのだろうか、川にかがみ込むひとりの男の後ろ姿が見えた。こちらの気配に気づいた男がよろよろと立ち上がり両手を上げた。イエナはその方へさらにラクダを進めた。
「どうされました」
「お恥ずかしい話ですが、何か食べるものをお持ちではないでしょうか。わたくし道に迷ってしまい、もう4昼夜も何も食べていないのです。少しでもよいのでお分けいただければありがたいのですが」
「それはお困りでしたね」
ラクダから降りたイエナは、ぶら下げたひと揃いの袋を外して男に差し出した。
「さ、これをお食べなさい。我らもあと2昼夜ほど進まねばならぬゆえ、全部を差し上げるわけにはまいりませんが」
「本当ですか、お分けいただけるのですか」男の両手は胸の辺りでブルブルと震えていた。
「ええどうぞ、困った時は助け合わねばなりません。それが荒野で生きる者の掟です」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
男は袋を受けとると、両膝を付いてパンを取り出しむさぼり食った。それを見ていたクロンが、あの粥と草を食べさせてあげとうございましたな、と呟いた。イエナはそうだな、と頷いた。
「貴殿はどちらへ向かっておられるのですか」イエナも腰を落とした。
「ご先祖の故郷へ向かっております」パンを頬張ったまま男が答える。その顔はイエナよりずいぶんと若く見えた。
「気をつけて里を目指しなさい。パンは少し残しておいたほうがよいでしょう」イエナが立ち上がると男も腰を上げ、このご恩忘れませんと、何度も頭を下げた。



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〝遠い昔のお話です。わたしはこの話を曾祖父イエナに聞きました。荒野に暮らす我が部族に、いえ、もっと正確に言えば、荒野の部族全体に存亡の危機が訪れたのだそうです。昔は村ももっと多かったそうですが、減った部族同士が合流して村の数もかなり減ったそうです。
わたしが物心ついた頃のイエナ爺は、もうずいぶんと歳を召していました。部族の長をとうの昔に退き、暇をもてあましていたイエナ爺は、わたしを捕まえては問わず語りを始めました。これがどこまで本当の話かは分かりません。しかし似たような話は曾祖父のよき友であったクロン爺も語りましたし、曾祖母シェリも口にしましたのでほぼ間違いのない話なのでしょう。
わたしはイエナ爺が大好きでした。遠くを見るような目で身振り手振りを加えて、まるで今身近に起こっているように話してくれた内容に、女児でありながらも心が踊りました。でももう、大好きだったイエナ爺はこの世にはいません。曾祖母シェリも村の片隅で静かに暮らしています。涼しい季節になるとイエナ爺の残していった獣の毛皮をいそいそと膝に掛け、夢を見るように微笑みます。
さて、彼らに代わってわたくしミランダが、荒野に何が起こったのかを皆様にお話ししましょう。拙い語りですがどうぞおつきあい下さい〟


☆ ☆ ☆

大地を焦がした陽の光も和らぎ、季節が変わったことを教えていた。父を失った子らもしばし悲しみから逃れ、仲間らと走り回る嬌声がこだまする昼下がりだった。
石組みの仄暗い部屋の中、チロチロと赤い火が燃えていた。その炎の中に、ウロトナは小さく刻んだ香木をひとつまみずつ蒔いてゆく。部屋中に伽羅(きゃら)の甘い香りが満ちていた。
やがてウロトナの肩が小刻みに震え、白髪混じりの髪がゆらゆらと揺れ始めた。ピシュナが下りてきたのだ。
「何が見えますか」イエナはシャーマン・ウロトナに問いかけた。
ああと呟いたウロトナは小さく頷き、やがてその頷きが次第に大きくなり、髪が前後に揺れる。
「黒い世界から奴らはやってくる。闇の世界から躍り出てくる」ウロトナの声は違う者の色合いを帯びる。
「闇とは何です。見知らぬ部族ですか、外敵ですか」問いかけたイエナの声に、違う! と一喝をくれる。
「魔物じゃ、悪魔の使いじゃ、漆黒の闇を身にまとい奴らはやってくる」
「魔物とはどのような者ですか、我らは戦えますか」
ウロトナは両の手を胸の前で組み合わせブルブルと震わせながら、大きく首を左右に振った。
「いや、それはならん、人間では太刀打ちできん」

最近おかしなことが立て続け起こっていた。近くの森に鳥や小動物の狩りに出た男たちの内、戻らない者が続出し始めたのだ。そしてその男たちは肉を食いちぎられ赤茶けた血をこびりつかせた骨となって荒野に亡骸を晒していた。

「もしやその悪魔の使いとは、祭りのあるあの伝説の魔物の事ですか」
「それやも知れぬ」
「知れぬとはどういう事でございましょう。分からないということでしょうか」
「よくは見えぬ」
「その魔物は人間を食うのですか」
ウロトナは長くゆっくりとうなり声を上げた。
「いや、奴らは人間を食うことはせぬ。人間を食うておるのは獣よ。彼らは人の意志を抜き取る。抜き取られた者は立つこともできず、石ころか枯れ木のように横たわるだけじゃ」
「殺されてしまうのですか」
「生きておる、意識もはっきりしておる。ただ、動けなくなるのじゃ。その状態で獣に食われる」
「ウロトナ様、闘う術は!」
黙り込んだウロトナはやがて髪を左右に振った。
「ない!」膝の辺りで衣をつかみ、ブルブルと身を震わせた。
「ないのですか」イエナはにじり寄った。
「ない!」
「どうしてですか! それがピシュナ神のお言葉ですか?!」
シャーマン・ウロトナは、そのままどうと横倒しになった。

「クロンよ、どうする」
ウロトナの部屋を出たイエナは、彼が信頼する男に問いかけた。黄色い荒野は果てなく続き、乾いた風が土埃を舞上げ、陽の色さえ土色に変える。
「イエナ様、隣村の族長に聞いたことがあります」
「ああ、以前お前が言っていたあのシャーマンのことだな」
「はい、陽の昇る方へ10昼夜ばかり行ったところに何でも見抜いて策を与えてくれるシャーマンがいるそうです」
「そうだな、行ってみるか」
「はい、イエナ様まいりましょう」
「さて、留守中はどうするかだな。族長を退いた父シビルでは心許ない」
「ユインにまかせましょう。あいつは勇猛で頭も切れます。何か異変が起これば狼煙(のろし)を上げるように言いつけましょう。隣村の族長にもこのことを話し、気に掛けてもらいましょう」
「うん、そうしてくれ。族長には私からもよろしく言っていたと使いの者に言い置いてくれ。それから狩りに行くには数人がまとまっていくように。離ればなれにならぬように達してくれ」
半日ほどの距離にある隣村は頼りになる人たちだった。その族長の妻はイエナの姉であった。

〝翌日の早朝、族長イエナと彼の良き友クロンは陽の昇る方へ向けて旅立ちました〟

「クロン、10昼夜ということは眠らなければ5昼夜で着くということだな」
「はい。しかしイエナ様、少しは眠らなければ足も遅くなりましょう。ましてや我らはラクダを失っております。頼るはこの足のみ、往復14昼夜を目指しましょう」
つい先日獣の病が流行り、我が部族のラクダはことごとく死に絶えていた。隣村で借りようかとも思案したが、隣村とてさほど多くのラクダを飼っているわけでもなかった。
「ウロトナも老いたな。策も得られずあの程度の短いお告げで倒れてしまうとは」
「はい、若い頃は並ぶ者のないシャーマンだったと父に聞きましたが」
「その村のシャーマンはまだ老いてはおらぬのか」
「まだお若いようです」
「さぞや力がみなぎっておろうな」
「イエナ様、その村のシャーマンはまだ成人にならると聞きました」
「子供だと?」
「いえ、まもなく成人になろうかと。しかしイエナ様、その父御は伝説のシャーマン、シュムラン様です」
「おお、あのシュムラン様の血筋が残っておいでだったのか!」
「はい、シュムラン様が晩年にお作りになったお子だと。しかし、そのお力はしっかり受け継いでいらっしゃるようです」

3昼夜ほど歩いたところで、1頭のラクダを引いた家族とすれ違った。父と母、ラクダにまたがる10歳ほどの男の子。
「旅のお方、水はお持ちではないでしょうか。我ら家族、もう3日も水を飲んでおりません。せめてこの子だけにでも、少しの水をお分けいただくわけにはまいりませんでしょうか」
ラクダに乗る男の子を指さす精悍な顔立ちをした父親の唇は渇きひび割れ、ゆっくりと腰を折る母親も今にも崩れ落ちそうだった。
「それはお困りでしょう。よいところで出会いました。さ、さ」イエナは水筒を1個とパンを2個取り出し家族に差し出した。
「水を飲んでいないと言うことは、食糧も尽きたのでございましょう。どうぞこれもお持ちなさい」
ラクダから下ろしてもらった男の子は水筒に食らいつき喉を鳴らして飲み続けた。微笑んだイエナは水筒をもう一つ取り出した。
「さ、父御様も母御様もお飲みなさい。あなた方が倒れてしまえば、この子とて生きてはいけますまい」
「いえ、そんなに頂くわけには」
「よいのです。持つ者が持たない者に分けるのは当然のことでございます」
「イエナ様、危険でございます。我らも旅の途中。この先湧き水も川も期待できません」クロンがささやく。
「クロンよ、よい。我らが困れば、きっと誰かが手を伸べてくれよう。そこで命が尽きたならばそれが天より与えられし寿命というものと受け止めることだ。明日の我が身を考えて、今この親子を見殺しにしたら一生の恥となる。それは生きていけばいくほど罪科(つみとが)となりこの身を蝕むであろう」
イエナの声に応えて、クロンも水筒とパンを親子に差し出した。
「さ、これもお持ち下さい。我らの目指すところはすぐそばにございますゆえ」
「このご恩生涯忘れません」父と母が腰を折り、一息ついた男の子は力尽きたようにぺたりと座り込んだ。
「美味しかったか? ここで出会えてよかったな」イエナは微笑みかけた。男の子はこっくりと頷いて微笑みを返した。

〝目印とてない荒野を、僅かな水と少しのパンでしのぎ、族長イエナと彼の部下クロンは6昼夜で歩みきりました。クロンは、いっそ水で溺れて死んでしまいとうございますな、と苦しい笑みを浮かべたそうです〟



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荒野を陽の沈む方へ1昼夜ほど行ったところに、イエナの父、族長シビルの友人が住む村はあった。そこの族長の娘は大した器量よしということで、イエナもその名だけは知っていた。
ある日、その娘を嫁にどうかという婚礼話が舞い込んだ。会うだけは会ってみたらどうだという父に説得されて、イエナは父と共にラクダにまたがり7人のお付きの者たちと共に村へ向かった。
「衣もターバンも新しい物にすればよいものを、お前はへそが曲がっておる」
「よいのです」
イエナはところどころに樹木や草木の生えた荒野を無言で進んだ。

名を名乗ったきりその娘は黙っていた。確かに近隣に名をとどろかせるだけあって美しくはあったが、どこかよそよそしく、冷たい印象を与える娘であった。婚礼話が進む中、その娘は俯くでもなく終始斜め前の虚空を見ていた。
若い者同士にしてやろう。その言葉で双方の立会人たちはその場を離れた。

「どなたか好いたお方がおありのようですね」イエナは口を開いた。
「いえ、そのような方はおりませぬ」
「ではどうしてそうも虚ろなのです。私は問いただしているわけではありませぬゆえ嘘をつく必要はないのでは? あなたの心のままに生きるのがよいかと思いますが」
「口にせねばならぬいわれもございません」
「そこはどうぞご自由に。私もぜひにとも聞かねばならぬいわれはございません」
娘は張り詰めていた肩から力を抜いた。
「おります」
「ではその方とご一緒になればよろしいかと」
「それは叶わぬのです」
「どうしてです」
「もうこの世にはいらっしゃらないお方だからです」
「では、諦めなされほうがよろしいかと思いますが」
「諦めてあなた様と一緒になれと?」
「そうは申しておりません。ただ、死せし者と結ばれることは叶いませぬゆえ、諦めなされと」
「シェリ!」娘がテントの外へ向かって呼ばわった。
「はい!」すぐに女の声が返ってきた。
「このお方にお食事の用意を」
「はい! すぐにご用意いたします」
食べたら長居はせず即座のその場を辞せ、それがこの村の掟であると聞く。
「いえ、食事はして参りましたゆえ、おかまいなく」イエナは決まり切った返事を返した。
「シェリ、食事の用意はいらぬ」
「はい!」すぐに返事が返ってきたということは、やはり支度に走らず様子を見たのであろう。
イエナはその娘に仕える女の声が気になった。凛としていながらも奥ゆかしく。
ハキハキとした中にも柔らかを含んでいた。

「父には私の方から伝えておきましょう。もちろんありのままにではなく」
そのとき、娘は初めて少し微笑んだ。
「よき方がみつかりますように」イエナは腰の小刀に手を添えて立ち上がった。
「余計なお世話でございます」
背中に聞こえる娘の声に、イエナはふっと笑った。

テントを出ると、声の女が腰をかがめていた。
「日差しの中にご苦労なことです」イエナは声を掛けた。 いいえ、女はうつむいたまま首を振った。両耳後ろ辺りで二つに編んだ髪が左右に揺れた。
「亜麻の布は被らぬのですか」
「出かける時は被ったりもいたしますが、ご用をする時は邪魔になりますゆえ」
「シェリ殿と申しますか」イエナはかがみ込んだ。
はい、女はうつむいたままだった。
「シェリ殿、私のここに先ほどから何かが付いているようで気になって仕方がないのです。取ってはくれませぬか」
顔を上げた女はしげしげとイエナを見た。その瞳は荒野に湧く泉のように澄んでいた。
「これです」
「それは……」
「これは何でございましょう」
「鼻でございますが」
「鼻でしたか、なるほど合点がいきました」
女は珍しいものでも観るように、傾げた小首を小さくゆっくりと動かした。
「お美しい」イエナの声に女ははっとしたように頬を染めた。
「本日はこの村に来たかいがありました。またお会いできることを」イエナは立ち上がり、ひとつ頭を下げた。
「あの……鼻は、何だったのでございますか」
「時々、鼻が付いていることさえ忘れます」イエナは後ろ姿で答えた。

「気が合わぬようであったか」父の言葉にイエナは頷いた。
「あのような女は気に入りませぬ」
「そうか」父は苦笑混じりに頷いた。
「向こうから舞い込んだ話じゃ、やんわりと断っておこう」
「ただ、気になる女がおりました」
「ほう、あの場にいたのか」
「いえ、娘に仕えていた女です」
「端た女(はしため)か、お前はそんな女を嫁にする気か」
「嫁にするとは言っておりません。しかし、同じく人間にございます。端た女だのそんな女だのというお言葉はやめたほうが良いかと思います。事実父上も同じようなものではございませんか?」
うぐ、うは、うはぁイエナの父族長シビルは苦笑混じりにイエナを見た。
「これは血でございましょうか」
「血か」シビルは爆笑した。イエナの母も、違う村の何の変哲もない娘であった。シビルが気に入り何度も足を運んだと母に聞いた。
「隊列を戻せ」シビルが命じる。
「その娘に会いに行こう」
「それはなりません」
「どうしてじゃ」
「様々な方に恥をかかせましょう」
「では、お前ひとりで行ってこい」
「いえ、それは後日にいたしましょう。縁があればその日もやってこようかと」
「縁か、お前はまったく強引さに欠ける男よのぉ」
荒れ野に陽が傾き始めていた。
「ものごとを動かすのはすべて時にございます。満ちれば滑らかに動き、満ちねば押せども引けども動きますまい」
「誰に似たのか、お前は妙な理屈を言う」

昔々、荒野の村々を恐怖に陥れる出来事があった。得体の知れぬ魔物が襲い来て、人々は命を落としていった。伝説であるのか歴史の事実であるのか、むろんそれを知っている者はいない。しかし祭りだけは引き継がれていた。魔物を撃退した日を祝うため近隣の村々から人々は町に集まった。

ラクダを餌場に繋ぎ止め、イエナは町なかを歩いた。オアシスの畔に栄えるその町は祭りで賑わっていた。その中に、イエナは隣村の族長の娘を見つけた。そばにはお付きの女もいた。がしかし、それは瞳の美しいシェリではなかった。
「ご機嫌はいかがですか」イエナはその一団に近づいて声を掛けた。
「これはこれはイエナ様」
「相変わらず麗しい」
「わたしをお口説きになるおつもりで? それともシェリがお目当てですか」
図星を言い当てられてイエナは狼狽えた。
「いえ、そのようなことは……シェリ殿は、今はお付きをなさっていないのですね」
イエナは己の耳たぶが赤く染まるのを感じた。
「つい先日亡くなりました」
「え?!」
時が満ちる前に、時が止まってしまったのか。何と言うこと。イエナを悲しみが襲った。
「そうでしたか……」
「ああ、いえ、シェリの母親です。まだお若かったのに病に伏し、幾日も持たぬうちにこの世を去りました。シェリは弟や妹たちの面倒を見るため、お付きをやめました」
「そうですか、お元気にお暮らしなのですね、それは何よりです」
イエナは安堵した。そう、縁などつながなくとも生きていればよいのだ、そう思えた。

「シェリ!」
族長の娘は後ろを振り向いた。
「いるのですか!」
「この場にいたらどれほどか面白かろうかと」
「なんと悪い冗談を」
「はい!」女の声がした。
「荒野きっての女たらしがシェリをご所望のご様子じゃ」
「いらっしゃるのですね! それに、荒野一の女たらしとは、なんと言うことを」
「イエナ殿は女たらしにございます。わたくしももう一度お話をと、何度父に言いかけたことか」
「はい」つんのめるようにして立ち止まったシェリは何度も瞬きをした後、驚いたように頭を下げた。両の耳で編んだ髪が鞭のように跳ねた。
「シェリ、この方はお優しい方です。婚礼話の祭も、自分が悪者におなりでした。よいご縁になればわたしも嬉しいかぎりです」
「シェリ殿、ところで私のここに付いているのは何でございましょう」
「気になって仕方がないのでしょうか」
「はい、先ほどより気になって」
「それは……わたくしの声が聞こえておいでなら、それは耳でございます」シェリは笑いをこらえたような笑みを浮かべた。

翌年、その女シェリはイエナの妻となった。


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僕は多分、学校にいる時すでに「それぇッ!」をしたかったのに違いない。

僕がまだ幼い頃、そうだなぁ、小学校に入学したての頃だったかなぁ。紺色の制服だったなぁ、もちろん半ズボンのね。

その頃僕はね、ウンチを漏らしたことがあるんだ。不思議なことに学校でウンチはしないっていう不文律はいつともなく何故か出来上がる。
で、僕は学校からの帰り道、友達と一緒に帰ることもせず、まっしぐらに家に向かった。
我慢して我慢して、我慢しきれなくて、どこでしようかとキョロキョロしながら、おそらくは脂汗でも滲ませながら走っていた。
僕が走っていたのは町ではなく山道の方で、距離的にはそっちの方が最短だった。途中から田んぼがあったりお墓があったり、まあ、そんなに人が歩いている場所でもなかった。

あ、あそこならできそうだ、あそこでしよう、そう思って走る。でも、いざしようかと思うと、なかなかできそうなところじゃない。お尻は隠れても顔が見えちゃう。
あ、あ、じゃあ、あそこならできる。そう思って走っても、いざその場所を見ると、頭の中ではできそうだったのに明らかにできない。
今にしてみれば、ちっちゃい子供が山道の隠れたところでお尻を出してウンチをしてたって誰も咎めやしない。でも、それは大人の考えること。その時の僕はそのまんま子供だった。その子供が考えることは世界のすべてだった。だから、できないと思えばできなかった。

あ、あ……僕はおしりを押さえて走った。家はもう近い。もう少しだ。あと少しだ。右手でおしりを押さえているからランドセルが左肩に食い込む。
息の音が聞こえる。あ、あ、僕は小さく誰にともなく助けを呼んだ。でも、願いも空しく最後の時は訪れた。
ずよずよってウンチは出てきてしまった。出た、出た、ウンチが出た。一度出たら止まらない。それでも僕は走った。それに呼応するようにウンチはさらにずよずよずよって出た。僕はさらに走った。
おしりが温かい。おしりが重い。ドナルドダックのように左右に揺れる。でも僕は走った。泣いてはいなかった。泣いているほど甘い状況じゃなかった。 

「母ちゃん、母ちゃん」家に着いた僕は玄関で呼ばわった。
やがて、うん、と言って母は不自由な足を引きずりながら出てきた。その姿はお出かけ支度だった。近所の知り合いの家にでも行くところだったのか、あるいは帰ってきたところだったのか。
「ウンコ出た」僕はそれだけ言った。「ウンコ出た……」
僕はすべてを許してくれる場所にようやくたどり着いた。

僕んちは薪で沸かすお風呂だった。僕の生まれた家は立ち退きにあって(以前書いた気がするなぁ)引っ越したところは古い借家だった。
だからお風呂は水しか出ない。だから母はお湯を沸かしてくれたはずだ。でも良く覚えてはいない。
覚えているのは、初夏か初秋のような日差しの庭で、タライに両足を浸け、母の肩に左手を乗せ、何事もなかったかのように空を見上げていたこと。そして何か口ずさんでいたこと。古びた家の庇や庭木の向こうで、青い空を白い雲が流れていったこと。

そして母の、「かわいそうに我慢したのねぇ。かわいそうにねぇ」という言葉。
これを方言にしたらさらに優しさが増すけれど、通じない恐れがあるからやめておくね。
チャプンチャプンという音と共に、母の手が僕のおしりを滑っていった。僕はなぜかその風景を、自分の目線と第三者の目線で覚えている。
僕はちょっとだけ微笑んだような顔で鼻をほじっていたかも知れない。親が神のような存在であった幼い頃のある日の出来事だった。



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離れて故郷 ふと振り向けば彼方
それは望郷か 幼な子の微睡(まどろ)みの欠片
重ねた非礼に季節は降り積み
あまりの寒さに我へと返る

静寂は凛とした風のそよぎ 戸惑いは波の飛沫(しぶき)
北の白鳥北十字 翼をひろげて南に向かう

いつか君がくれた言葉
答えを求めて思索に向かう

意味を見いだせば答えは遠のき
かすかな意義に救いを探す

進むは恐れ 退くは悔悟
躊躇いは哀れ 停滞は死

探して温もり 手を伸ばせば陽炎
宇宙のただ中 我ひとり黙して漂う

やがて静寂を引き連れて 秋が静かに地を覆う
秋がゆき冬が来て 再び春が地表を解き放たば 南を目指そう
まだ濡れにし翼をひろげ 得られぬ答えを探し
陽の当たる場所を求めて


MISIA「陽のあたる場所」


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昨夜はサンマを食べましたp(^-^)q
日付も変わって焼きサンマ2匹が298円の半額149円っ! あの時間に残ってるのは珍しかったので、嬉々として買いました。それに大根半分107円。それを全部大根おろしにしてスプーンで食べました。

大根おろしで心配なのはお醤油の摂りすぎ。たくさん掛けないと辛いし美味しくないから、人が見たらびっくりするぐらいに掛ける。定食なんかで食べる時はひとつまみだからたくさん掛けたってたかが知れてるけど、深いお椀になみなみの大根おろしじゃそうはいかない。
僕の大根おろし病はいつまで続くんだろう。

そうそう、大根おろしと言えば餃子(どこが?)

貧乏学生の頃、中華ってのれんの掛かったちっちゃいお店でのこと。
「餃子ライス下さい」
「はい?」
「餃子とライスを下さい」
「はぁ?」

僕は重大な過ちを犯したのだろか!(´Д`;)……。

「あっと……餃子にライスをお願いします」

店員さん、何も言わずに引っ込んでいきました。
おいおいおいおい、そこの女の店員さん、餃子ライスのどこがいけないの?
ええ、ええ、僕だってラーメンに餃子とか、餃子にチャーハンとか頼みたいですよ。頼みたいけど懐が寂しいんだよッ! なぁんてことは言えない。

僕はすごく肩身の狭い思いをして餃子ライスを食べました。味はまったく覚えてません。
東武東上線の大山って駅付近での出来事でした。

そうそう、大山って言えばジーンス(また出た無理な話の展開(ノ´▽`)ノ)
そこにジーンズメイトってお店があって、ジーンズをあれこれ見てたら、お店のおいちゃんが、
「お、リーバイスの○○! これ、今作ってないんだよねぇ、これはいいよねぇ」ってかがみ込んでしげしげと眺めるんだ。
「そ、そうなんですか?」
「そう、いまこの厚みのジーンズは作ってないんだよ」
僕は、この人いつ解放してくれるんだろうってその心配ばかりしてた。

ジーンズと言えば!……もういいか。

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死海の荒野に面した沿岸クムランの地に、ひとつの集団が住んでいました。エルサレム宮殿の権威を否定し、神殿を持たずとも神に仕えることができると信じていた、ユダヤ教のエッセネ派でした。
彼らは俗世間から逃れ、神の神殿は石ではなく、神に忠実な者たちによって築かれているとする清廉で敬虔な人たちでした。あらゆる贅沢や不浄を避け、トーラーと呼ばれる旧約聖書の最初の五つの書、モーセの五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)を学び、その細部まで守ろうとしました。
エッセネ派の共同体に入るには厳しい掟に従い、もてる財産もすべて教団の物になりました。貧しい者も富める者も平等に扱われたのです。
その規模は数千人と言われ、肉体の死後も魂は生きると信じ、魂を清らかに保とうとしました。
彼らは救世主の到来を待ち望んでいました。

☆ ☆ ☆

ユダヤ属州(現代のパレスチナとイスラエルにあたる地区)のローマ総督ポンティオ・ピラトは非道な政治を行い、ユダヤ人を簡単に処刑する残忍な人物でした。ローマによるパレスチナ支配が本格的に始まって一世紀近くが過ぎていた頃です。
ローマの傀儡政権であったヘロデ大王亡き後、その後継者であった息子たちもまた愚かであり、ピトラと何ら変わりはありませんでした。
彼らは偶像を礼拝し、ユダヤの民を重い税で苦しめ、自分たちは贅沢な宮殿を建てました。彼らは無能でありユダヤ人社会は乱れていました。

ユダヤの人々は、もはや伝統的な神官や律法学者に救いは求めませんでした。新たなる預言者やメシアの出現を切望していました。ローマを嫌い、神と交わした自分たちの神聖な契約が回復することを願い、神の国のしるしを見たいと願いました。
この地には、ユダヤの歴史を通して存在しているメシア願望が強く渦巻いていました。そんな社会背景の中で、この人物が登場しました。

☆ ☆ ☆

ユダヤの荒れ野に、地を震わすような大音響が響き渡ります。
岩の上に立つその声の主は、ボサボサの髪に髭をたくわえ、ラクダの毛衣をまとい、腰に革の帯を締めています。

「悔い改めよ、天の国は近い!」
その叫び声にエッセネ派の人たちは喜びに打ち震えました。男は祭司ザカリアの子であり、母エリザベトはアロン家の人でした。さらに預言者イザヤはこう言ったはずです。
「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」と。
予言者たちが口にした終わりの時が、神の審判の時が、ついに近づいたのです。

男はヨルダン川西岸の荒れ野に暮らし、いなごと野蜜を食べ物とし、大地に眠りました。その説くところは〝正義〟と〝律法の厳守〟と〝神〟への信仰でした。
モーセ以後、最大の預言者エリヤの再来を思わせる姿をした男の噂は、エルサレム中に流れました。
大勢の人々がその男の話を聞き、その手で洗礼を受けるために出かけました。男は火を吐くような激しい言葉で人倫の道を外れて生きている人に回心を迫り、終末と悔い改めと天の国の到来を説きます。
やがて、エルサレムのみならずユダヤ全土、ヨルダン川沿いの全地域の人々が、自分の罪を告白して洗礼を受けるために男の元を訪れます。

エルサレムの近郊ベタニアの地において、死海に注ぐヨルダン川の水で人々に洗礼を施していたこの男こそ、洗礼者ヨハネでした。

ファリサイ派やサドカイ派の人々も洗礼を受けようと大勢でやって来ます。大司祭を中心とした伝統的な派閥であるサドカイ派も、司祭やレビ人(びと)を中心としないファリサイ派もヨハネは厳しく糾弾します。

「蝮(まむし)の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」

群衆は、「では、わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねました。ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答えました。

洗礼を受けにやってきた徴税人も尋ねます。「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」
ヨハネは、「規定以上のものは取り立てるな」と言いました。
兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねます。
ヨハネは、「人を脅かしたり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言いました。

ヨハネはヨルダン川に向かって下っていきます。群衆も彼の後についていきます。腰まで水に入ったヨハネが群衆の一人の首元をつかみヨルダン川に身体ごと浸けます。ヨハネの行う洗礼は、〝犯した罪の赦しを得るためではなく、すでに清められていることを神に示す〟ための肉体の洗礼でした。

洗礼者ヨハネを慕う群衆はますます増えていきます。やがて信者として留まる者も多くなり、ヨハネ教団と呼ばれるほどの集まりになりました。
彼らはメシアを待ち望んでいました。そして、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていました。

ヨハネは群衆に向かって言います。
「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われれる」

※聖書にできるだけ忠実に書き起こそうと思いますが、聖書はかなり紋切り型です。物語として成り立たせるため、心模様に微妙な推測も加わっていることを始めにお断りしておきます。
さらに、基本的にイエスと洗礼者ヨハネは面識がなかったとしていますが、あるとする説もあります。これは聖書を検証するものではなく、物語として理解していただきたいと思い書きますので、その辺りは私なりの解釈で進みます。


ヨルダン川の西岸地区、エルサレムの北、サマリアのさらに向こうにガリラヤ地方はあります。そのガリラヤの南寄りにナザレの村はありました。
そこに住むマリヤは、幼い頃より信仰心の厚い乙女でした。
ユダヤでは一年間の婚約期間がありました。しかし、その間も法律的には夫婦として認められていました。
マリヤは大工のヨセフと婚約中に、神の遣わした大天使ガブリエルによって、聖霊により懐妊することを知らされます。
夫ヨセフは正しい人であったため、婚約中に処女で妊娠してしまったマリヤのことが公になることを嫌い、ひそかに離縁しようと決心します。

しかし、ヨセフは悩みます。身ごもったマリヤが離縁されたらどうなるのであろう。やがて父親の知れぬ子を産み、ひっそりと人目を避けて暮らさねばならなくなるのではないか。
そんな思いを巡らせているさなか、主の使いがヨセフの夢の中に現れてこう言いました。
「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をもろもろの罪から救う者となるからである」

かつて預言者イザヤは言いました。
「見よ、乙女が身ごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」
マリヤの妊娠は人々に誤解を与えるかも知れない。中傷を受けるかも知れない。しかし、眠りから覚めたヨセフは、主の使いが命じるとおりマリヤを妻として迎えました。

ヘロデ大王の代に、ユダヤのベツレヘムでイエスは生まれました。なぜナザロではなかったのか。
それはそのころ、ローマの初代皇帝アウグストが人口調査を命じました。人々はみな登録をするためにそれぞれ自分の先祖の町へ帰っていきました。
ヨセフはダビデの家系であり、またその血統であったため、ナザレの村を出てベツレヘムへ向かったのです。

その頃、東から来た博士たちがエルサレムに着いて言います。ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、その方を拝みに来ました。
ヘロデ大王はそれを聞いて不安を感じます。エルサレムの人々もまた同様でした。そこで王は祭司長や律法学者たちを全部集めて、キリストはどこに生まれるのかと問いただします。
彼らは王に言いました。それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこう記しています。

ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの君たちの中で、決して小さい者ではない。
お前の中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう。

ヘロデ大王はひそかに博士たちを呼び、星の現れた時について詳しく聞き、彼らをベツレヘムに遣わして言います。
行ってその幼子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ、私も拝みに行くからと。
博士たちは、彼らが東方で見た星が彼らより先に進んで、幼子のいるところまで行き、その上に留まるのを見ます。彼らは喜び、その家に入って母マリヤのそばにいる幼子に会い、ひれふして拝み、また、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬などの贈り物を捧げました。そして、夢でヘロデ大王のところに戻るなとお告げを受けていたため、他の道を通って自分の国に帰っていきました。

彼らが帰った後、主の使いが夢でヨセフに言いました。
「立って、幼子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこに留まっていなさい。ヘロデが幼子を捜し出して殺そうとしている」
そこでヨセフは夜の内に幼子とその母を連れてエジプトへ行き、ヘロデ大王が死ぬまでそこに留まっていました。

博士たちに騙されたことを知ったヘロデ大王は、ベツレヘムとその付近の二歳以下の男の子をことごとく殺しました。

※ベツレヘムに向かう時、マリヤは身重であり、イエスは馬小屋で生まれたとされていますが、ヘロデ大王が二歳以下の男の子を殺した経緯から見て、すでにイエスは生まれていたと見た方が無難です。だからこそ幼子という形容になっているのではないでしょうか。