風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -143ページ目
僕の母親の足が不自由だったって話は以前にしたよね。続きというわけでもないんだけど、その母が美容院へお出かけの話です。
美容院でおめかしというより、伸びてまとまらなくなった髪を切りに行くという感じだったのかな?

僕が生まれた家は借家だったんだろうか? ガソリンスタンドだかを建てるということで立ち退きになっちゃったんだね。その頃はもうこの世にいなかったけど、父のおじいちゃんおばあちゃんもいた家だった。そこは町だったし、近所に知り合いもたくさんいたし、母もあんまり苦労はしなかったんじゃないかな? でも引っ越したところは、まあ、歩いていけるぐらいのところなんだけど、山というほどではないけど、高い所にあったんだ。

お出かけはどうするかというと、途中の道までハイヤーに来てもらうんだね。
杖をついた母が、まだちっちゃい僕の腕につかまって歩くんだ。それも舗装のされていないでこぼこや上り下りの多い、母にとってみれば難所のような道だった。そう、ハイヤーなんて絶対入ってこられない道。

そんなことを何度もやったはずなのに、ある日の記憶だけは妙に心に残ってるんだ。だからといって、事件が起こったわけでもないんだけどね。

その道で母が派手に転んだ。僕は手を貸して起き上がらせる。母の手にはちっちゃい石のかけらや泥がついている。その時母は、何だか訳の分からない気合いを掛けて、自分の足をぴしゃぴしゃ叩いた。
そして声を上げて笑った。自分の足が自分の意志どおり動かないのが悔しかったんだろうね。まだ、30代だった母。

半分ぐらい歩くと僕はそわそわし始める。いつ家に駆け戻ってハイヤーを呼ぶべきか、そのタイミングを計るのに頭がいっぱいいっぱいになるんだね。早く呼びすぎたら運転手さんを待たせてしまうし、逆に遅いと、母を椅子とてつかまるも物とてない路上で待たせてしまうことになるから。

途中から家に駆け戻った僕は、玄関で靴を脱ぎ飛ばし黒い受話器を手に取る。「○○の○○ですが、小型を一台お願いします」
それだけ言ってまた走って母のところへ戻るんだね。すると母はほとんど進んでいない。あ、早すぎたかなぁって、今度はハイヤーが気になってどきどきする。

ちょっと見てくる。
そういってハイヤーの到着場所が見える場所まで走って、いないとホッとしてまた母のところに戻って腕を貸すんだ。
でも、また気になってしょうがない。だって、母はほとんどと言っていいぐらい前に進まないんだから。

そんなことを何度かしている内に、ついにハイヤーの姿を確認したんだ。母はまだ、一番の難所の坂道の手前、それを越えたら平坦な道があって、またまた難所の長い下り坂。母の歩みを知る僕にとってその道のりは、気が遠くなるほどの距離だった。子供の僕でも、数十秒で駆け抜けるであろう距離だったんだけどね。

僕はハイヤー向かって走っていって、すみません、いま向こうにいます。すみませんってぴょこぴょこ頭を下げた。運転手さんは不機嫌そうでもなかったけど、愉快そうでもなかった。

これを書いていて、今気づいた。○○の○○ですって言えばいつも通じたから、事情は分かっているタクシー会社だったんだね。だとするなら、僕がタクシーの運転手さんだったら、きっと外に出てなにがしかの手伝いをしただろうなって。ま、いいや。

母が無事に乗るまで僕の心境は板挟みの地獄さ。

で、さあ無事に乗ってハイヤーは走り出しました。坂を下るとすぐに町です。その時僕は、真剣に町並みを見つめている。もちろん知ってるよ、いつも歩いてる街だから。でも、美容院の入り口に繋がる路地に ぴったりに着けることが僕の使命なんだ。

ま、母はそんなこと思ってなかったのかも知れない。でも、僕は必死だった。行きすぎたら戻らなくちゃならない。手前過ぎたらその分歩かなくちゃならない。
電車でGO!ってあったけど、きっちり定位置で止めるんだ! あんな心境だったね。

今また思った。あの薬屋さんの手前の路地の前で止めて下さいって言えば良かったんだなぁって。
ま、小学校も低学年の僕にはその頭はなかったなぁ。
あそこです・・・あ、そこです・・・ああっ、ここです!

今は亡き母よ、僕はあなたに、気遣いと忍耐を教わった気がします。
感謝します。


さだまさし「無縁坂」


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主はノアに言われた、「あなたと家族とはみな箱舟にはいりなさい。あなたがこの時代の人々の中で、わたしの前に正しい人であるとわたしは認めたからである。
あなたはすべての清い獣の中から雄と雌とを七つずつ取り、清くない獣の中から雄と雌とを二つずつ取り、
また空の鳥の中から雄と雌とを七つずつ取って、その種類が全地のおもてに生き残るようにしなさい。
七日の後、わたしは四十日四十夜、地に雨を降らせて、わたしの造ったすべての生き物を、地のおもてからぬぐい去ります」。
ノアはすべて主が命じられたようにした。さて洪水が地に起った時、ノアは六百歳であった。

─旧約聖書 創世記 7章1~6節─


こうして七日の後、洪水が地に起った。
それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて。雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。

─旧約聖書 創世記 7章10~12節─


それで水はしだいに地の上から引いて、百五十日の後には水が減り、箱舟は七月十七日にアララテの山にとどまった。
水はしだいに減って、十月になり、十月一日に山々の頂が現れた。四十日たって、ノアはその造った箱舟の窓を開いて、からすを放ったところ、からすは地の上から水がかわききるまで、あちらこちらへ飛びまわった。
ノアはまた地のおもてから、水がひいたかどうかを見ようと、彼の所から、はとを放ったが、はとは足の裏をとどめる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。水がまだ全地のおもてにあったからである。彼は手を伸べて、これを捕え、箱舟の中の彼のもとに引き入れた。
それから七日待って再びはとを箱舟から放った。はとは夕方になって彼のもとに帰ってきた。見ると、そのくちばしには、オリーブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った。
さらに七日待ってまた、はとを放ったところ、もはや彼のもとには帰ってこなかった。

─旧約聖書 創世記 8章3~12節─


旧約聖書のもっとも古いものは「創世記」だとも「ヨブ記」であるともいわれていますが、モーセによって紀元前1500年くらいに書かれ始めたとされています。3500年ぐらい前の話です。
旧約聖書の最後の「マラキ書」はマラキによって紀元前400年ぐらいに書かれたといわれています。

ノアの方舟の原型ではないかと言われるのが、先に書いたシュメール文明のギルガメッシュ叙情詩です。大洪水の伝説は世界各地に残っていますが、それが実際にはいつ起こったのかを一つの書物や伝説で断定することは不可能です。

そして、それを洪水として捉えてしまうのはどうも無理があります。単純に洪水と言えば降り続く雨による川の氾濫と考えてもよいでしょう。シュメールの地にはティグリス河とユーフラテス河が流れています。地域限定で考えれば、それが氾濫した伝説とも考えられます。
しかし、それが世界を飲み込むほどの大洪水を起こせるかといえば、あり得ないとなります。
だからこれは、津波と考えたほうが辻褄が合います。それを起こせるのは地球規模の地殻変動、大規模地震が考えられますが、これも世界各地に残る伝説の規模には及ばないでしょう。
ということは巨大な隕石が海に落ちたと考えたほうがはるかに妥当です。

巨大隕石について書いた人がいます。古代ギリシャの哲学者プラトンです。約1万2000年前、大西洋に巨大隕石が落ちて大きな津波を起こし、それによってアトランティス大陸が沈んだとしています。
ただ、今現在は、アトランティスの存在も含めて、あくまで寓話と捉えられています。

しかし近年、これと同じことを言った人(宇宙の存在)がいます。その存在はこう言っています。約1万2000年前に、2個の巨大な隕石が大西洋にぶつかったことにより大きな津波が起こり、アトランティスは沈んでしまったと。
ご存じの方も多いでしょう。このメッセージはバシャールからのものです。



僕の大好きな、N・ドナルドウォルシュ著「神との対話」をバシャールが紹介しています。
「明日に架ける橋」 サイモン&ガーファンクル

When you're weary, feeling small,
When tears are in your eyes,
I'll dry them all.
I'm on your side, oh, when times get rough,
And friends just can't be found,
Like a bridge over troubled water,
I will lay me down,
Like a bridge over troubled water,
I will lay me down.

When you're down and out,
when you're on the street,
When evening falls so hard,
I will comfort you.
I'll take your part, oh, when darkness comes,
And pain is all around,
Like a bridge over troubled water,
I will lay me down,
Like a bridge over troubled water,
I will lay me down.

Sail on silvergirl, sail on by,
Your time has come to shine,
all your dreams are on their way.
See how they shine, oh, if you need a friend,
I'm sailing right behind,
Like a bridge over troubled water,
I will ease your mind.
Like a bridge over troubled water,
I will ease your mind.

君が疲れ果てた時 
君が自分をちっぽけだと感じる時
君の目から涙が溢れてきたら
僕がその涙を乾かしてあげよう
僕はいつも君のそばにいるよ

辛い時 友達もいない時
僕が体を横たえ 荒れ狂う川を渡る橋になってあげよう

君が打ちのめされて道に立ち尽くし
辛い夜を迎えた時は
僕が君を慰めてあげるよ 
分けあうことでいくらかの助けにはなる

闇がやってきて 苦しみでいっぱいになったら
激流に架かる橋のように 君を渡す橋になろう

さ、銀色の少女よ 帆を上げて船出だよ
出発するんだ
そこへ向けて出航するんだ

輝くべき君の時が来たよ
君の夢の全てがこの道の先にある
見てごらん あんなに輝いているよ

もし友達が必要なら 振り向いてごらん
僕は君のすぐ後ろについているよ

激流に架かる橋のように
僕は君の心を楽にしてあげよう

そう、荒れ狂う川に架かる橋のように
君の心の支えになってあげるよ


「明日に架ける橋」 サイモン&ガーファンクル



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ギルガメッシュの懇願に負けたウトナピシュティムは、重い口を開きます。
「隠された事柄と神々の秘密をお前に語ろう」


「……お前も知っているユーフラテスの河辺にあるシュルッパクの町は、その歴史は古く、神々が住んでいた。
が、偉大な神々は洪水を起こそうとした。そこにいたのは彼らの父アヌ、彼らの顧問官・英雄エンリル、彼らの式部官ニヌルタ、彼らの運河監督官エンヌギ。ニンシク・エアもそこにおり、彼らとともにいた……」

ウトナビシュティムはエア神の仰せの通りに家を打ち壊し、町の長老や職人に方舟を造らせます。そして、すべての銀、すべての金、すべての生き物の種、ウトナビシュティムの家族、親族、すべての技術者を乗せます。

シャマシュ神は言います。
「朝にはパンを、夕には小麦を雨と降らせよう。さあ、方舟に入り、戸を閉じよ」

終日暴風が吹き荒れ、大洪水が大地を覆い、人々を破滅が襲います。神々も大洪水を恐れ天に昇ります。
金星の女神であり、愛と戦いの女神であるイシュタルは絶叫し、嘆きます。そう、ギルガメッシュにプロポーズしたあの女神です。
「いにしえの日が、粘土と化してしまったとは! 私が神々の集いで禍事を口にしたからか! どうして禍事を口にしてしまったのか!
人間を滅ぼすために戦争を命じてしまったのか! 私が生んだ、わが人間たちが、稚魚のように海面を満たす……」
アヌンナキ(神々の集団)も彼女とともに泣きます。神々は嘆き、食物さえとりませんでした。

六日七夜、大洪水と暴風が大地を拭います。
七日目に暴風と大洪水はようやく終わります。大洋は静まり洪水は引き、地上に光が差しました。沈黙が辺りを支配し、全人類は粘土に戻りました。それを見たウトナビシュティムは泣きます。
辺りを見まわすと120キロ先に土地が見えます。方舟はニムシュの山に漂着し、止まります。ウトナビシュティムは鳩を放しますが戻ってきます。休む場所が見あたらなかったのです。
次にツバメを放しますがやはり戻ってきます。
カラスを放します。カラスは戻ってきませんでした。そこでウトナビシュティムはすべての鳥を四方に放ち、山の頂を前にして供養を捧げます。
その芳香を嗅ぎ、神々が集まります。

出産の女神マハ神(ベーレト・イリー)が首飾りを掲げて言います。
「神々よ、私はこのうなじのラピスラズリを決して忘れない。これらの日々を心に留め、決して忘れない。
神々よ供物に集え。だがエンリルは来てはならない。彼は熟慮なく大洪水を起こし、わが人間たちを破局に引き渡したからだ」

遅れてやって来たエンリル神は方舟を見ると、人間は生き延びてはならなかったと怒りだします。
ニヌルタ神が言います。
「エア以外に誰がこのようなことをするだろうか。エアはすべての業をわきまえている」
エア神がエンリルに言います。
「あなたは英雄、神々の賢者。どうして熟慮なく洪水をもたらしたのか。罪人にはその罪を負わせよ、咎人にはその咎を負わせよ。それで赦せ、それで我慢せよ。彼とて抹消されてはならない。
洪水をもたらす代わりに、ライオンを放ち、狼を起こし、飢饉を起こし、疫病のエラ神を起こして人間の数を減らせばよかったのだ。
私は偉大なる神々の秘密を明かしてはいない。
ウトナピシュティムに夢を見させたら、彼が神々の秘密を聞いたのだ」

エンリル神はエア神の言葉を聞くと、ウトナビシュティムとその妻を引き上げ、祝福します。
「これまでウトナピシュティムは人間であったが、いまや彼とその妻はわれら神々のようになる。
ウトナピシュティムははるか遠くの河口に住め」

神々はウトナビシュティムをはるか遠くの河口連れて行き、そこに住まわせました。

ウトナビシュティムはギルガメッシュに言います。
お前が求める生命を見いだしうるために、誰が今、神々を集わせうるだろうか。さあ、六日七夜眠らずにいてみるがいいと。
ギルガメシュがウトナピシュティムの足元に座っていると、眠りが霧のように彼の上にかかり眠ってしまいます。

ウトナビシュティムの言いつけを守れず眠ってしまったギルガメッシュは、永遠の命を得ることなく帰ろうとします。その姿を見たウトナビシュティムの妻が言います。
ここまでやって来たギルガメッシュは疲れています。何か与えて帰してあげたほうがいいのではと。
そこで、ウトナビシュティムはアプスの海底に若返りの草シーブ・イッサヒル・アメルあることを教えます。それを手に入れたギルガメッシュでしたが、泉で身を清めている間に、一匹の蛇に奪われてしまいます。悲嘆に暮れたギルガメッシュはウルクに戻りました。





ウルクに帰ったギルガメッシュは、髪を洗い身を清め王の衣装を身にまとい、冠を被りました。その姿は堂々として美しく、彼の前に現れた女神イシュタルが誘惑します。

「さあいらっしゃいギルガメッシュ、あなたは私の夫になるべき方」
イシュタルはギルガメッシュの富と権力を約束します。
しかし、ギルガメシュはイシュタルが愛した者たちが悲惨な末路を辿ったことを知っていたため、それぞれを暴き、そのプロポーズを断ってしまいます。
怒り狂ったイシュタルは天に上り、泣きながらアヌ神に訴えますが、アヌ神は聞き入れません。
「父よ、ギルガメッシュを打ち倒す天牛を創ってください。さもなければ冥界から死者を蘇らせ、生者を食わせましょう。死者が生者より多くなるようにしましょう」
もしも天牛を創ればウルクに7年の飢饉がやってくる、とそれを拒むアヌ神にイシュタルは言います。代わりに7年の豊作を用意しましょうと。
イシュタルの怒りの大きさに、アヌ神はやむなく天牛の手綱を放します。

巨大な天牛は人々を恐怖に陥れます。
ユーフラテス川は深くえぐられ、天牛の鼻息によって掘られた穴に人々が次々に落ち込んでいきます。それを聞いたギルガメッシュとエンキドゥは駆けつけ、激闘の末天牛を打ち倒します。二人は天牛の心臓を取り出し太陽神シャマシュに捧げました。

その翌日、エンキドゥは不思議な夢を見たことをギルガメッシュに告げます。それは神々の会議の席の夢でした。

そこにはアヌ神、エンリル神、エア神、そして太陽神シャマシュが座っていました。
まずアヌ神がエンリル神に言いました。そう、ギルガメッシュへの求婚を断られた女神イシュタルが泣きつき、やむなく天牛を放った神と、杉の森の番人にフンババを据えた神です。

「天牛を殺したあの者たちは、山々に杉の木を茂らせていたフンババをも殺している。
この者たちのうち、一人は死なねばならない」
エンリルは言った。
「エンキドゥが死なねばならない。ギルガメッシュは死んではならない」
シャマシュがエンリルに言います。そう、ギルガメッシュが加護をお願いした神です。
「罪のないエンキドゥが死なねばならないのか」
エンリルは腹を立てて言いました。
「おまえは彼らの仲間のように、毎日彼らと共に行動する」

エンキドゥは涙を流します。「わが兄弟よ、神々はわたしを再び起き上がらせないだろう。かけがえのない兄弟を、もうこの目で見ることはないだろう」と。
やがて病に倒れたエンキドゥは衰弱して死んでしまいます。
ギルガメッシュは嘆き悲しみます。

「わが友エンキドゥよ、あなたはカモシカと野生のラバによって養われた。獣たちはその乳もてあなたを育てた。

……神殿娼婦があなたのために泣くように。彼女はあなたに良質の油を塗ったのだ。
義理の家族があなたのために泣くように。彼らは指輪をあなたに贈ったのだ。
男たちがあなたのために泣くように。姉妹のように、あなたのために髪をかきむしるように。
エンキドゥのため、彼の母、彼の父のように、私も彼の荒野で泣こう」

ギルガメッシュは国中に呼びかけ、エンキドゥの像を造らせました。

友のために泣きながら荒野をさまようギルガメッシュに恐怖心が襲います。自分もエンキドゥのように死んでしまうのかと。
死の恐れに捕らわれたギルガメッシュは、永遠の命を持つといわれるウトナピシュティムという老人に会いに行こうと決意します。

ギルガメッシュは不死を求めて荒野を進み、途中で出会った麓の門を守るサソリ人間や太陽神シャマシュの制止の声も聞き入れませんでした。

やがてギルガメッシュは海辺に座る美しく装った女神シドゥリに出会います。シドゥリが言います。
「ギルガメッシュ、おまえはどこにさまよい行くのですか。おまえが求める生命を、おまえは見つけることはできないでしょう。
神々が人間を造ったとき、彼らは人間に死をあてがい、生命は彼らの手中に収めてしまったのだから。
ギルガメッシュよ、自分の腹を満たしなさい。昼夜、自身を喜ばせなさい。日夜、喜びの宴を開きなさい。踊って楽しみなさい。
衣を清く保ちなさい。頭を洗い、水を浴びなさい。
おまえの手にすがる子供に目をかけなさい。おまえの膝で妻が歓ぶようにしなさい。
これが人間のなすべきことなのです」

それでもギルガメッシュは頼みます。道を示してくれ、そのしるべを与えてくれと。
女神シドゥリが言います、その大洋は誰も戻ってきたことのない、シャマシュ神以外には誰も渡れない海だと。
しかし、シドゥリはひとつヒントを与えます。ウトナビシュティムの舟師ウルシャナビが「石物」を持っている、彼は森の木の株もとから生える新芽を切り出している。彼と一緒に渡りなさい。

長くなりますので、中略。

ギルガメッシュはウルシャナビと一緒に海にこぎ出します。
困難を乗り越え、やがてギルガメッシュは永遠の命を持つという老人ウトナピシュティムに会います。老人は、かつて人間を滅ぼすために神が大洪水を起こし、自分の家族だけが箱舟を造って助かった、という昔話を聞かせます。

アッシリア遺跡で発見された粘土板に、くさび形文字で記された世界最古の物語、それがシュメール文明の「ギルガメッシュ叙情詩」です。
紀元前2600年前頃、実在した王ギルガメッシュを主人公として作られた物語のようです。
ギルガメッシュは、父であるルガルバンダ王と女神リマト・ニンスンの間に生まれた2/3が神で1/3が人という半神半人の王で、雄々しく力も強く、彼にかなう者などいない暴君として恐れられていました。

このギルガメッシュに苦しめられていた民は天神アヌに救いを求めます。アヌは創造の女神・アルルにギルガメッシュに対抗できる者を創るよう命じました。アルルは粘土をつまんで荒野に投げ落とし、エンキドゥという名のギルガメッシュのライバルを創造します。

荒野にあり野獣のようであったエンキドゥを見かけた狩人が、その荒々しい姿と行いに驚き、ギルガメッシュに知らせます。ギルガメッシュは聖娼(神殿娼婦)シャムハトを連れて行き、水飲み場にやってきたエンキドゥを誘惑させよと狩人に命じます。
まんまとその策にはまり、シャムハトと6夜7日交わったエンキドゥは力こそ衰えましたが、知恵や思慮が広がり人間となります。
シャムハトは権力をふるうウルクの王ギルガメッシュのことをエンキドゥに聞かせます。興味を持ったエンキドゥは力比べをしようとウルクへ向かいます。

シャムハトと共にエルクに向かう途中、甥の結婚式に向かう男からギルガメッシュが新婦に対するひどい権利を行使していると聞かされます。ギルガメッシュは民の女の初夜を自分のものにしていたのです。エンキドゥは驚き、憤慨します。

結婚式に向かう男も一緒にウルクに到着し、エンキドゥは男の甥の家に通じる通りに立ちはだかります。楽しい一夜を邪魔されたギルガメッシュは怒り狂い、2人は激闘をくり広げますが決着はつかず、人間の中で己が一番強いと信じていた2人は互いに力を認め無二の親友となります。
それ以後ギルガメッシュは自らの行いを改め、賢明な王となります。

ギルガメッシュは、人々を恐れさせていた森の番人・怪物フンババを倒し、メソポタミアにはない杉の木を切り倒して運ぼうと持ちかけます。しかし、森の獣たちと一緒に住んでいた頃、フンババの森に行ったことがあるエンキドゥは恐れます。フンババは香柏(杉の木)の森を守るため、エンリル神により遣わされている怪物。
その叫び声は洪水のようであり、その口は火のごとくであり、その息は死である。
そしてその耳は600Km先のざわめきも聞きつける。森になど誰が入って行けるだろうか、と。

しかし、ギルガメッシュの決意が固いことを知ると、2人は刀鍛冶に大斧と太刀を鋳造してもらい、杉の森へ向かいます。
二人は200Kmを進んで食事を摂り、300Kmを進んでは休息を取り、日に500Kmを歩みました。エンキドゥが夢見の床を作り、ギルガメシュがそれに横たわり、シャマシュ神からの夢のお告げを毎夜見ます。

二人はついにフンババの守る杉の森へたどり着きます。ギルガメッシュは再びシャマシュ神に加護を呼びかけます。すると天から声がしました。
「彼は7枚の鎧の内まだ1枚しか身につけていない。急いで彼に立ち向かえ」と。
その時、森の番人フンババの恐ろしい咆哮を耳にした二人は怖じ気づきます。しかし、今度はエンキドゥが励まします。

美しい森に入り、杉の木を切り倒し始めた時、その音を聞きつけてフンババがやって来ます。
「エンキドゥよ、なぜギルガメッシュを我が前に連れてきたのか。よそ者である敵と共に立つというのか。ギルガメッシュよ、わしはおまえの喉笛と後ろの首筋を噛み砕き、猛禽に食わせてやろう」

二人は斧と太刀を手にし、エンキドゥはギルガメッシュに呼びかけます。
「一人では滑りやすい場所を歩けないが、二人ならば、ひとりがその友を助け起こす。
三重の織布は誰もこれを断ち切れない。
三つ縒り(※三つ打ち=現代の最も一般的なロープ)の綱は切れない。
獅子も二頭の仔獅子には勝らない」

二人は巨大なフンババに立ち向かいます。二人の大地を蹴る衝撃によって地は裂け空は暗くなります。
闘いのさなか、ギルガメッシュの発した加護の願いを聞いたシャマシュ神は十三の激しい嵐を巻き起こしてフンババの顔面に投げつけます。
二人は激闘の末フンババを倒します。息も絶え絶えのフンババは森の杉をすべて与えるから助けて欲しいと懇願します。しかしエンキドゥは打ち殺すようにギルガメッシュに助言します。
フンババは更なる命乞いをしますが、叶いません。フンババはエンリル神へ最後の願いをします。
「エンキドゥがその友ギルガメッシュ以上に高齢を得ることがないように」と。
そして二人はとどめを刺しフンババは死にました。エンキドゥはその首を金桶に入れました。

伐採した森の杉の木をユーフラテス川に流し、エンリル神を崇拝するニップールの町へ運びます。そして、森の番人としてフンババを任に就かせたエンリル神の怒りを鎮めるため杉の木で作った扉を奉納します。

杉とフンババの頭を持ち帰った2人は国の英雄になります。

物語はまだ続きますが、この叙情詩の中に大洪水の話が出てきます。書きたいのはそこなのですが、それはまた次回に。

マンションの前をあえて通過してベランダ側に回ってみる。半遮光のカーテンを掛けているからそれほど明るくはないけれど、やっぱり灯りは点いていた。どうということはない景色、そう、どうということもない事だけれど、僕は灯りの漏れるベランダをしばらく見つめていた。
後ろから肩を叩いて指ほっぺでもしようか、それとも膝カックンでもしてみようか、なんだかそんな心躍るいたずら心がわいてくる。

ふっ、ベランダ越しにできるわけもない。鼻で笑ってエントランスに周り、暗証番号を押した。
ドアノブを引いてダイニングキッチンの灯りを点けると、なにやら下ごしらえをしてあるらしくシンク周りにいろんなものが乗っていた。僕はウォーキングシューズを脱いでその前に立った。細く切ったなすが水に浸かり、豚バラ肉は切りそろえられ、小鉢に味噌を溶いたものと思われる液体がある。

「あ、お帰りぃ。今日も暑かったわね」奥から彼女がやってきた。
「ただいま。そしてお帰り。暑かったねぇ、何だか首元に塩が浮いちゃってるよ」
「それはそれは、ご苦労様でした」
「今夜はなす味噌?」
「そう。この材料から肉じゃがが出現したらすごいイリュージョンね、それで食べていけるかも」彼女は小鼻にしわを寄せた。
作り置きは美味しくなくなるからと、いつもこうしてくれる、これが彼女の気遣い。

「帰ってきたばかりで疲れてるんじゃないの?」
「ちょっとお昼寝したから大丈夫よ。さ、シャワーを使ってる間に作っちゃうからね……なに? 何をにやにやしてるの」
「いや、なす味噌美味しそうだなって」
「あたしの顔はなす味噌じゃないんだけど」

歯を磨きながら、ぬるめのシャワーを背中に浴びる。
不思議な夢を見た。それも2夜も続けて。
あのおじいちゃんは僕だったのだろうか。

「ダイビングは楽しかったの?」
「うん、楽しかったわよ。沖縄はいいわ」彼女はいつもそうだ。あまり長くは話さない。多分、自分だけが楽しんできたことにいくらかの後ろめたさを感じているのだ。
僕は新しく出したもう一枚のタオルで髪を拭き、それを首に掛けた。部屋にはなす味噌炒めのいい香りが漂っている。
「お疲れさま」二人でビールのグラスを合わせた。僕は一気にグラスを空けた後、なす味噌に箸を延ばした。
「うん、美味しい美味しい」
「ちょっと豆板醤入れ過ぎかなぁ?」彼女が手首でスナップをきかせた箸を左右に振った。
「いや、これぐらいがちょうどいいんじゃない。ご飯にもビールにも合う感じだよ」
彼女は何も言わずにちょっと小首を傾げてにゅっと口角を上げた。

「翔ちゃん、また変なもの読んでるのね」
「変なもの?」
「それそれ」パソコンデスクを彼女があごで指す。
「ああ、あれね」

リアリティ・トランサーフィン。ロシアの元量子物理学者ヴァジム・ゼランドが書いた本だ。
「最初の方を読んでみたけど、ちんぷんかんぷんだったわ。夢がどうしたのりんごが空に落ちるだの」
そこで僕は気がついた。夢の原因はこの本だったのかも知れないと。ゼランドがバリアントの空間と名づけているものがある。それは様々な未来がある空間。僕たちはそのどれをも経験できる可能性を持っている。できるなら、良い人生を選びとったほうがいい、その方法について書かれた本だ。
この本を読んですぐにピンときた。ゼランドは決してその言葉を使ってはいないけれど、これは紛れもなくパラレル・ワールドを指しているのだと。

「最初の方だけしか読んでなかったら、それってまったく摩訶不思議な本だよ」
「いろんなもの見つけてくるのね」
「見つけてくるんじゃないよ、向こうが僕を呼ぶんだ」
彼女は分かったのか分からないのか、コクコクと頷きながら口を開いた。

「あたしね、翔ちゃんを殺しちゃったの」
「はぁ?」
「ううん、もちろんあたしが殺したんじゃないわよ。夢で翔ちゃんが死んじゃったのよ。沖縄で見たの」
「そ、夢ならいいじゃない」僕も夢の中で君を殺しちゃったとはとても言えない。浜松町の駅で轢死(れきし)だなんて。
「で、日常は何にも代え難いって感じた?」
「感じた」

僕にはあれが夢だったとは思えない。だって、僕のズボンの右ポケットには、梅のど飴が一個入っていたから。そう、あのおばちゃんがくれたのど飴が。
僕たちはきっと、いっとき幻想の中を旅して違う世界に行ったのに違いない。今を生きなさいと言ったのは仏陀だったろうか。僕はその言葉をしみじみと噛みしめていた。

「ほら、殺しちゃった罪滅ぼし」彼女がカードを目の前に差し出した。
小島有香、スーパーのポイントカードにはそう書かれていた。
「親から受け継いだその姓をもうちょっと楽しんでもいいよ。だって、君は一生そう呼ばれるはずなんだから」
「あれ、喜んでくれないのね」
「そうじゃないさ」僕はそのカードを受け取り、しげしげと眺めた。ほほえみを浮かべて。

「あ、そうだ。この間見つけた公園にモミジの木があったのに気がついた?」
「そうだった? よく見てるわね」
「秋になったらさ、ま、結婚式が終わったらだけど、あそこに君が買ってきた泡盛を持って行ってみようよ」
「え? 何で買ってきたって分かるの?」
「夢のお告げさ」
「出たわねぇ」彼女は両手を叩いた。

辛い時もあれば苦しい時もある。それだからこそ何気ない日常が一番大切なのだと教えてくれる。僕たちは持っているのだ、僕たちは満たされているのだと。

「君がいてくれることに心から感謝しよう。乾杯」僕は再びグラスを持ち上げた。
「I think so 翔ちゃん」

─FIN─



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来生たかお 「語りつぐ愛に」



「あ、こんにちは」
僕の掛けた声に、見知らぬおじいちゃんが頭を下げた。突然現れたからちょっと驚いた。
今日は妻を実家まで迎えに行く日だ。妻の母親がちょっと体調を崩して、看病がてらしばらく実家に戻っていたのだ。

さっきから探しながら歩いているけれど、久しぶりに訪ねるからどうも道を一、二本間違えてしまったようだ。
ま、いいや。本格的に迷ったら人に訊けばいいだけの話だ。
静かな住宅街に降り注ぐ日差しは、あちこちにくっきりとした陰影をかたどっている。見上げれば青を白く切り取る雲。だけど、葉擦れの音を残して吹きすぎる風は秋の近さを教えている。僕は民家の庭から伸びる木陰でタオルハンカチを使った。汗が一筋背中を伝う。

どこかに灰皿の設置してある場所はあるだろうか。缶コーヒーでも買って一服したいところだ。でもここは住宅地だし、喫煙所なんてないか。
ぼやいたってしょうがない。さ、歩こう。一声掛けて日差しの中に踏み出すと、向こうから歩いてくる中年の女性がしきりに手を振る。その顔は日差しの陰になってよく見えないけど、妻の父母の知り合いだろうか。
「小島さん」そう呼ぶ声が聞こえてきた。やはりそうだ。でも記憶には残っていないから、結婚式で顔を合わせた程度の親戚に違いない。
「あらまあ、ずいぶん汗をかいちゃったのね」近づいてきた中年女性はかなり親しげな口をきく人だった。僕はその人を思い出せないことにちょっと気後れを感じた。

「こんにちは。お久しぶりですよね。いや、ちょっと道に迷ってしまって」
「うん、こっちよこっち」
挨拶もそこそこに、促されるまま僕は後について歩いた。素足にサンダル履きのその人の足元に落ちる僕の陰は、まだ日中の濃さを残して左右にゆれる。
「今日も暑いですね」僕の掛けた声に、そうねぇと後ろ姿で答えたその人の首筋にも玉の汗が浮いている。
突然振り向いたそのおばさんは、食べる? と訊きながら、エプロンのポケットから取りだしたものを僕に一つ差し出した。梅のど飴だった。あ、すみません。僕はそれを、後で頂きますと断ってズボンの右ポケットに入れた。

タオルで汗を拭いながら歩いていると、着いたわよとその人は振り返った。ちょっと力のない笑みを浮かべて。しかし、目の前の建物は妻の実家ではない。
「連れて帰ってきたわよ」
「あらあら小島さん、また奥さんの実家を探してたの」奥から出てきた、これまた中年の女性が微笑んだ。
「暑いから早く中に入りなさいよ」僕は促されるままにその建物に足を踏み入れた。
「それにね小島さん、ここは東京じゃないのよ。埼玉よ埼玉」
この人たち、何を言っているんだろう。
「愛(いと)しい奥さんは亡くなったんでしょ、かわいそうに電車にひかれて。それも結婚式を挙げる直前の夏だったんでしょう。そう教えてくれたのは小島さんよ」
何を言っているんだろう。

ふと気配を感じて左を見ると、先ほど挨拶を交わしたおじいちゃんが立っていた。僕は声を出さずに軽く頭を下げた。おじいちゃんも頭を下げた。
ここはどこなんだろう……。
僕はまたおじいちゃんを見た。おじいちゃんに訊いてみようか。

目の前のおじいちゃんはアルペンハットを被り、すっかり色の褪せたアロハシャツに、色的にもひどく不釣り合いのグレーのスラックスをはいている。サイズが合っていないのだろうか、そのスラックスを思いっきりベルトで締め上げていた。なんとも困り果てた顔をした痩せたじいちゃん。

「小島さん、好きなテレビ始まるんじゃないの」
「いつまで突っ立てるつもり」

「田町だったかしら」
「浜松町よ、めまいでも起こしちゃったのかしらね。それにしてもむごい話よね」
「時々戻っちゃうのね、その頃に。泣けちゃう話だけど」
中年のおばさんたちの無駄話は続いている。

ねえ君、ここはどこで、このおばさんたちは誰で、目の前の老人は誰で、君の実家はいったいどこに消えちゃったんだ。
「小島さん、穴の空くほど見つめたって、それは鏡よ」遠くでおばさんたちの笑い声がする。

そうだ、秋になったら公園に行こうか。この間偶然見つけたあの公園には、たしかモミジの木があったよ。色付いた頃を狙って行ってみよう。君の作った美味しいお弁当を持ってさ。それから、君がくれた飲まずじまいの泡盛も飲んでみようか。冷たいビールも忘れずにね。
ねえ君、僕は今どこに立っているんだろう。


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来生たかお 「ほんのノスタルジー」



何をしても罰せられないとは恐ろしいことです。しかし、強力なブレーキがかかっています。そのブレーキとは何か? それは愛です。〝唯一の存在〟は愛でできているのです。
自分に似せて人を作っているため、人はその愛を受け継いでいます。
人を思いやるのはその愛の故です。何の関わりもない他人の悲しみに涙するのも、その愛の故です。

もしも、どこかのビルから幼子が落ちそうになっていたら、君はどうするでしょう? その時、人のとる行動は様々だと思います。
まっしぐらにその下に駆け寄る人もいるでしょう。大声を出して周りに救いの手を求める人もいるでしょう。携帯電話を手に何処に助けを求めるべきか指先を震わす人もいるでしょう。何もできずにただ心を震わせて見守る人もいるでしょう。

その幼子が落ちて死んだとて、その人の生活にとっては何の関わりもないことです。
そのまま帰って一風呂浴びて一日の疲れを癒すこともたやすいのです。
関係ないや。そうつぶやいてその場を立ち去ったとて、神は罰しません。落ちろと念じたって神は裁きません。なぜなら、この世は幻想なのです。死ぬということは、肉体を脱ぎ捨てることです。役者が舞台を下りて本来の自分に戻ることです。
それに過ぎないのです。

さて、無関心にその場を立ち去ることや落ちてしまえと念じることが、はたして人にできるでしょうか? お分かりですね? 大多数の人たちができないのです。
これが〝唯一の存在〟から受け継いだ愛の形のひとつです。

では、無関心でいられる人たちはどうなのでしょう? 神が罰しないのならどうということもありません。しかし、宇宙には神の定めた法則があります。その最も分かりやすいものは、類は友を呼ぶというものです。自分が望むものを引き寄せるという法則です。
やがて一握りのその人たちは、自ら見捨てられる道を引き寄せるでしょう。

〝唯一の存在〟は愛を知るために憎しみも作りました。愛を知るために悲しみも作りました。愛を知るために苦痛も作りました。知るためにと言うのは正確ではありません。
僕たちが何者であるかを思い出すため、そして愛を思い出すために……。


「掃除はしてるの?」
携帯電話から聞こえるちょっと鼻にかかった声に、僕はすぐさま屈み込みテーブルを指でなぞった。天板には木目模様が放物線を描いた。
「してるよ、今もしてる」
目の前に持ってきた指先は、ちょっとだけ黒ずんだ。僕はそれをトランクスで拭った。

「今もって何よ、この時間じゃどうせビールでも飲んでるんでしょう? で、洗濯はどうなのかしら?」
ちらりと目をやった壁掛け時計は、午後の9時を少し過ぎていた。
「うん、してるよ。だって、しないと着る物がなくなっちゃうし」
「明後日にはそっちに行くから、もうちょっとの辛抱ね。沖縄はやっぱりいいわ」

そう、彼女はこの夏の間、沖縄にしばらく滞在していた。アドバンズド・オープン・ウォーター・ダイバーとかいう舌でも噛みそうなライセンスを持っている彼女は、夏はよく家出する。
僕はその家出におつきあいはしない。だって泳ぎさえままならないし、そんなに長期間休めるわけもない。
一緒に住んでいるわけではないけれど、秋には一緒に暮らすことになる。もちろん結婚式を挙げて。彼女の父親は、娘と腕を組んでやるあの入場が嫌だと駄々をこねているらしい。
じゃあ、君一人で入場してくればいい。僕は両手を広げて満面の笑みで君を迎えよう。そう提案したら、やっぱりあなたは少しずれていると傾(かし)げた首とともに両の肩が上がった。そのあとに深いため息が聞こえたの言うまでもない。

「お土産は何がいい? 泡盛?」
「やだよ、あの強い酒でしょ? 何もいらないよ」僕は缶ビールを口に運んだ。話している間はおつまみを口に運べないのがちょっと困る。
「そ、あたしだけでいいのね?」
「自惚れてんなよぉ」僕はもたせかけていた椅子から背中を起こした。
「あはははは~女はうぬぼれてなきゃ生きていけない生き物よ」
「そんなものかね」
「当たり前よ。強欲で締まり屋で自惚れ」
「そりゃ、君だけだろ?」
「女を甘く見てるわね」
鼻で笑った僕に、ちゃんと食事はするのよ、じゃあねぇ、チュッと電話は切れた。最後のあれが舌打ちでないことを祈るだけだ。

晩夏とはいえ、翌々日は真夏日だった。アスファルトから陽炎(かげろう)が上がりそうな蒸し暑い日だった。仕事だった僕はもちろん迎えには行かなかった。

羽田に着いた彼女は東京モノレールに乗ったはずだ。けれど、山手線にも京浜東北線にも乗ることはなかった。
ホームで足を滑らせた彼女は、浜松町駅に走り込んできた電車に骸(むくろ)にされた。それはニュースにすらならなかった。あれほどいらないと言ったのに、無残な残骸の中に泡盛の瓶があった。

「本当に、なにもいらないからね。待ってるから」
僕は電源さえ入れていない携帯電話をそっと閉じた。君に明日が来なくなった日から、僕にも明日は来なくなった。僕の周りの時計はあの日の君が全部奪っていった。
季節はもう、約束の秋をとうに過ぎていた。



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