美容院でおめかしというより、伸びてまとまらなくなった髪を切りに行くという感じだったのかな?
僕が生まれた家は借家だったんだろうか? ガソリンスタンドだかを建てるということで立ち退きになっちゃったんだね。その頃はもうこの世にいなかったけど、父のおじいちゃんおばあちゃんもいた家だった。そこは町だったし、近所に知り合いもたくさんいたし、母もあんまり苦労はしなかったんじゃないかな? でも引っ越したところは、まあ、歩いていけるぐらいのところなんだけど、山というほどではないけど、高い所にあったんだ。
お出かけはどうするかというと、途中の道までハイヤーに来てもらうんだね。
杖をついた母が、まだちっちゃい僕の腕につかまって歩くんだ。それも舗装のされていないでこぼこや上り下りの多い、母にとってみれば難所のような道だった。そう、ハイヤーなんて絶対入ってこられない道。
そんなことを何度もやったはずなのに、ある日の記憶だけは妙に心に残ってるんだ。だからといって、事件が起こったわけでもないんだけどね。
その道で母が派手に転んだ。僕は手を貸して起き上がらせる。母の手にはちっちゃい石のかけらや泥がついている。その時母は、何だか訳の分からない気合いを掛けて、自分の足をぴしゃぴしゃ叩いた。
そして声を上げて笑った。自分の足が自分の意志どおり動かないのが悔しかったんだろうね。まだ、30代だった母。
半分ぐらい歩くと僕はそわそわし始める。いつ家に駆け戻ってハイヤーを呼ぶべきか、そのタイミングを計るのに頭がいっぱいいっぱいになるんだね。早く呼びすぎたら運転手さんを待たせてしまうし、逆に遅いと、母を椅子とてつかまるも物とてない路上で待たせてしまうことになるから。
途中から家に駆け戻った僕は、玄関で靴を脱ぎ飛ばし黒い受話器を手に取る。「○○の○○ですが、小型を一台お願いします」
それだけ言ってまた走って母のところへ戻るんだね。すると母はほとんど進んでいない。あ、早すぎたかなぁって、今度はハイヤーが気になってどきどきする。
ちょっと見てくる。
そういってハイヤーの到着場所が見える場所まで走って、いないとホッとしてまた母のところに戻って腕を貸すんだ。
でも、また気になってしょうがない。だって、母はほとんどと言っていいぐらい前に進まないんだから。
そんなことを何度かしている内に、ついにハイヤーの姿を確認したんだ。母はまだ、一番の難所の坂道の手前、それを越えたら平坦な道があって、またまた難所の長い下り坂。母の歩みを知る僕にとってその道のりは、気が遠くなるほどの距離だった。子供の僕でも、数十秒で駆け抜けるであろう距離だったんだけどね。
僕はハイヤー向かって走っていって、すみません、いま向こうにいます。すみませんってぴょこぴょこ頭を下げた。運転手さんは不機嫌そうでもなかったけど、愉快そうでもなかった。
これを書いていて、今気づいた。○○の○○ですって言えばいつも通じたから、事情は分かっているタクシー会社だったんだね。だとするなら、僕がタクシーの運転手さんだったら、きっと外に出てなにがしかの手伝いをしただろうなって。ま、いいや。
母が無事に乗るまで僕の心境は板挟みの地獄さ。
で、さあ無事に乗ってハイヤーは走り出しました。坂を下るとすぐに町です。その時僕は、真剣に町並みを見つめている。もちろん知ってるよ、いつも歩いてる街だから。でも、美容院の入り口に繋がる路地に ぴったりに着けることが僕の使命なんだ。
ま、母はそんなこと思ってなかったのかも知れない。でも、僕は必死だった。行きすぎたら戻らなくちゃならない。手前過ぎたらその分歩かなくちゃならない。
電車でGO!ってあったけど、きっちり定位置で止めるんだ! あんな心境だったね。
今また思った。あの薬屋さんの手前の路地の前で止めて下さいって言えば良かったんだなぁって。
ま、小学校も低学年の僕にはその頭はなかったなぁ。
あそこです・・・あ、そこです・・・ああっ、ここです!
今は亡き母よ、僕はあなたに、気遣いと忍耐を教わった気がします。
感謝します。
さだまさし「無縁坂」
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