誰の言葉であったかはとんと忘れてしまったけれど、「人間はしかるべき場所にいる」というのがあった。
アラン・コーエン? ま、曖昧な記憶でものを言うのは時として嘘をつくことがあるのでやめておこう。
〝然るべき〟であるから、要は〝ふさわしい〟場所にいる、ということだ。そこで然るべき学びをしているのだろう。
だから、ここは自分の居るべき場所ではない、と拒否していることは学びの放棄なのかもしれない。
では、その学びとは、課題だけが出された僕たちの自習なのだろうか?
いや、そんなはずはない。答えはすでにどこかに出ているはずだ。僕たちがすでに持っているはずだ。先生がすでに教えているはずなのだから。
だから、わ~いとか言って黒板に落書きしている場合ではない。
誰しも仕事はきつい。人間関係もしかり。
僕の仕事も襲いかかってくるが如きにきつい。でも、みんなそうなのだ。そうとは分かっているのだけれど挫けそうになる。人間は弱い生き物だ。いや、僕は弱い人間なのだとつくづく思う。
〝山上の垂訓〟でイエスは言った。
「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」
マタイによる福音書 6章34節
そう、僕たちはまだ来ぬ明日を思い悩んだりする。これを取り越し苦労というのだろう。未来が僕たちを押しつぶそうとすることがあるのだ。
過去でも未来でもなく。今日を生きよう。今を生きよう。瞬間を抱きしめよう。呼吸を感じよう。たとえ今が、望むものとは遥かに違っていたとしても。
だって僕たちは、然るべき場所にいるはずなのだから。
オフコース「時に愛は」
作詞/作曲 小田和正
走り来る日々達よ
僕らは知っている
新しいいくつもの 嵐の訪れを
時に愛は力尽きて崩れ落ちてゆくように見えても
愛はやがて二人を やさしく抱いてゆく
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