風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -122ページ目

六本木は陸の孤島だった。なにせ通っている電車は日比谷線一本だけ。働き始める前、遊びに行くのはたいてい渋谷からタクシーだったけれど、電車で行くときは恵比寿から乗り換えた。
けれど今は大江戸線も通っているらしい。すごい進化。
日比谷線のあの裏寂れた駅は綺麗になったのか?

六本木と言えばアマンド。道を挟んで誠志堂書店、そのはす向かいの蕎麦屋。外苑東通りを神谷町に向かって入ると右手にbobbymaggiesさんの働いていたロアビル。
bobbymaggiesさんて有名人かって? いえ、僕のアメーバ仲間です。ロアビルにそんな名前のディスコがあったのを知っていたら通です。

その道向かいの奥に、今はなくなってしまったらしいスクエアビル。外苑東通りを乃木坂に向かうと軟派野郎の御用達ホテルアイビス。
ちなみに僕は硬派です。多分。

ちなみに僕がどこで働いていたかは永遠の謎です。

あ、アマンドと言えば顧問をしていたMO氏は何年か前に亡くなったらしい。南無。だいぶ後に聞いたのでお葬式にも行っていない。南無。

「○○さん、それ、犯罪」
「何が」
「高校二年生、犯罪」
「誰が」
「○○さん」
「何で」
「何でって、高校生は犯罪でしょ」
「好かれたもんはしょうがなかろうもん」

そう、その頃の僕の彼女は高校二年生だった。

「○○さん」クロークの女性スタッフが呼びに来る。そのちょっと不機嫌を表しそうで、ぐっと抑えている顔でなぜ呼ばれたかが分かる。
「○○ちゃん、髪切った?」僕は取って付けたような言葉を発する。
「切ってません」
後ろから見る髪はいつも通りベリーショートだ。
「だよね~」

「おお、何人だ?」
「二人か」いわゆる顔パスである。
「あ? 三人? なんだその紛らわしい指二本は」
「ん? ピースサイン? いらん」

入ればただで飲み食い放題。レジを預かる人としては複雑だろう。それに僕とクローク係の女子たちは年齢も近い。何で高校生? そんな気持ちもあったかもしれない。

気まぐれにDJブースに入ることもあった。僕は仲間たちに言われた。
「○○さん、ワンパターン」
自分で皿を回せば好きな曲になるのは当たり前。

アニタ・ワードの「リングマイベル」
僕はたとえば、シェリル・リンの「ガット・トゥ・ビー・リアル」のようなソウルフルな曲が好きだったから、これはお気に入りには入っていなかった。でも、割と好きな曲ではあった。アニタ・ワードは日本人受けしそうな可愛い顔をしている。

「私のベルを鳴らして」
少しエッチな曲らしい。
理由はさっぱり分からない。


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アニタ・ワード「リング・マイ・ベル」

武士道というものを突き詰めて考えてみたことはないけれど、つらつらと思い浮かべて出てくるのは、甲斐の武田に伝わる軍学の教典「甲陽軍鑑」だろうか。
調べてみたところ、信玄から勝頼までの武田軍勢の戦いぶりを仔細に記した書物のようだ。調べてみるくらいだから読んだことがない。
それから、誰でも一度は目にしたことのある有名な一節
〝武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり〟

の肥前国佐賀鍋島藩の「葉隠」があるけれど、これも読んだことがない。

唯一読んだものは新渡戸稲造の「武士道」ぐらいだ。


新渡戸がクリスチャンだったことが影響しているのか、あるいは海外向けに書いたからなのか、日本に受け継がれている武士道とは違っているという否定的な意見も多いようだ。
要するに新渡戸稲造の武士道は高潔すぎると言うことらしい。

確かに遥か以前の武士の心得というか処世術というか、それに比べていわゆる二君に仕えずの武士道は違うもののようだ。むしろそれ以前は「武士道」と呼ぶべきではないのかもしれない。

新渡戸がベルギー人のラブレーに「日本には宗教教育がない」と話したところ、
「宗教なしで、どうやって道徳教育をするのか」と驚かれた。
僕の認識不足だけれど、この部分に僕は驚いた。道徳教育を宗教でする? それって、妙な偏りは出ないのか? って。

新渡戸が思い返すと、日本人にとって道徳教育に当たるのは武士道なのではないか、と思いあたり著作に繋がったようだ。

ラブレーの質問に答えるかのように、新渡戸は書いている。日本において「道徳は宗教教育の中で培われるものではなく、学校で教えられるものでもない」と。

確かに日本には宗教教育はない。よって、宗教に基づいて物事を判断する習慣もない。読売新聞だったろうか、うろ覚えだから自信はないが、
何らかの宗教を信心している人の数は26%だったというのを記憶している。

宗教撲滅委員会の会長(そんなものは存在しないが)である僕としてはそれでよいと思っている。
僕が宗教を嫌うひとつの理由は、排他的であり非難的であり攻撃的であり、それがもっとも人を殺してきたからだ。
政治や経済の対立が根底にあったとしても、宗教が覇権を争わなければ、あたら人の命も散ることはなかった。

ヨーロッパにおけるカトリックとプロテスタント。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地であるエルサレム・ヘブロンなどの帰属問題が絡んだ中東戦争。
イスラム世界を二分するシーア派とスンニ派。関わりのない僕たちにはその心理は理解不能なのだけれど、当事者にとっては大事なことなのだ。そこが危険なのだと思う。

〝ヤハウェ〟を人種を越えて普遍的な神にした、ユダヤ教の異端児イエス・キリストの言葉に希望を見いだしてもよいし、
シャーキャ(釈迦)族の王子の立場を捨てて、苦しむ衆生のために風に向かって立った仏陀の言葉に励まされてもよい。


話を戻そう。新渡戸稲造の「武士道」の中に書かれたこの言葉が僕は大好きだ。
「武士道は、日本の象徴である桜花とおなじように、日本の国土に咲く固有の華である」

「花は桜木、人は武士」という有名な言葉がある。出処はさまざま説があるけれど、今それを追求するつもりはない。
「人は武士、柱は檜、魚は鯛、小袖は紅梅、花はみよしの(三吉野)=吉野の桜」
一休禅師のこの歌の頭に「花は桜木」とくっつけたものが多く見られる。

武士道とは己を律する道であり、ある種の美学であろう。
己の欲望を抑え、艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えて自分を磨く克己(こっき)の心。

出処は知らないけれど「命を惜しむな名をこそ残せ」という言葉がある。
命よりも名誉を重んじ、忠孝を尽くす。たとえ勝てぬと思える戦であっても主君の選んだ道ならば死力を尽くす。そんなイメージがある。

東に徳川家康がいた。西に秀吉亡き後の豊臣秀頼がいた。双方が激突したのが関ヶ原の戦いだった。意図せず西軍に付くことになった藩に土佐藩と薩摩藩がある。
詳細は省くけれど両藩とも東軍に付く腹づもりで動き始めたことは確かだ。

関ヶ原は東軍の徳川家康が勝利する。西軍に付いた土佐藩主長宗我部盛親は改易され牢人となって京都へ送られることになる。そこで身一つの謹慎生活を送る。
土佐の領地を奪う形になったのが山内一豊である。

しかし、新しい藩主は歓迎されず、「一領具足」(半農半兵)と呼ばれる長宗我部氏の遺臣が反乱を繰り返すことになる。
そこで山内一豊は、山内家臣を上士、長宗我部旧家臣を下士として厳しい身分制度を敷くことになる。

下士は上士に対して頭を下げて道を譲らなければならず。下士たちは日傘をさすことや、たとえ雨の日であっても下駄や足袋は禁止だった。
その差別は衣服の質にまでも及び、下士は絹を着ることが許されなかった。
下士と上士の結婚は認められず、そして、他藩では武士が百姓町人に対して持った特権、切り捨て御免の対象にもされた。

関ヶ原から十年。盛親はわずか6人の従者と共に京都を脱出することになる。豊臣秀頼の招きに応じてのものだ。
そこにかつての旧臣や浪人などが合流し1000人もの軍勢となり大阪城に入った。
さらにこれに呼応して長宗我部家の再興を願う旧臣たちも続々と入城し、大坂城に集結した牢人衆の中では最大の手勢を持つに至った。
その軍勢の多さから毛利勝永・真田信繁と共に大阪方三人衆の位置に置かれる事になる。

しかし、大阪冬の陣・夏の陣における捲土重来(けんどちょうらい)はならず、盛親は京都の六条河原で斬首され三条河原に晒されることになる。
6人の子供も同様に斬首され、その血筋は絶えた。身の丈六尺(約180センチ)の偉丈夫(いじょうふ)だった。

倒幕を果たした薩長土(薩摩・長州・土佐)がいずれも関ヶ原で西軍に付いた藩であったところが歴史の巡り合わせを感じさせる。

正確には土佐の山内氏は関ヶ原で領地を得た側なのだけれど、歴史を動かしたのは長宗我部氏の旧家臣の末裔、下士である土佐郷士だった。
幕末を駆け抜けたその風雲児の名前は、ご存じのように坂本龍馬。


余計な話になってしまったが、思うに、武士道とはこれこれこういうものである、と明確に余すところなく書き上げられる人はいるのだろか? きっとどこかから異論が漏れるのではなかろうか。
けれど、僕たちのDNAにそれは間違いなく引き継がれている。

そしてさらに思う。武士道では括(くく)れないもっと違う何かが、僕たち日本人の中には確かに流れていると。
それは美意識のひとつ、わびさび「侘び・寂び」や、仏教の世界観のひとつ〝無常〟が影響しているのかもしれない。〝恩〟かもしれない。
報いなければならない、〝義理〟のある恩、〝恩義〟と書いた方がいいだろうか。あるいはまた〝人情〟であるかもしれない。


「罪の文化」である西洋と比較して、日本を「恥の文化」と称した米国の文化人類学者ルース・ベネディクト女史の書いた「菊と刀」にも触れたかったけれど、これ以上長いブログは書きたくないのでここはやめておこう。


んにゃ、充分ニャがい……


ニャがすぎる……

武士道が生きていたのは明治時代までという人がいる。しかし、僕は大東亜戦争までしっかりと生きていたと思っている。そして、今も微かに。





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存在するすべてのものは絶えず移ろい、常であるものなどない。そんな様を表した言葉に「生者必滅・会者定離」(しょうじゃひつめつ・えしゃじょうり)がある。
生あるものは必ず滅し、会いたるものは必ず分かれる。元々は仏教から来た言葉なのだけれど、それをセットで使った『平家物語』を始めとしてなじみの深いものは多い。

「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり」
で始まる『平家物語』もそうだし、吉田兼好の随筆『徒然草』もそうだ。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」
で始まる鴨長明の『方丈記』もある。
仏教的無常観は僕たちの心の中に根付いているのだろう。

ずいぶん以前のブログに書いた気がするけれど、奈良時代の頃には花見といえば「梅」だったらしいが、平安時代には、それが「桜」に変わる。
ぱっと咲いて潔く散る。平安の時代から日本人が桜を愛してやまないのは、そこに常なき様、生者必滅・会者定離の無常を感じ取るからだろう。



始まりがあれば終わりがある。終わらないものなどない。
やがては己の肉体だって滅んでしまうのに、そんなこと誰だって知っているはずなのに、
忘れたように生きている

だから、永遠の愛などというありえもしないものが今生のどこかにあると誰もが信じて生きている。
そんなものあるって、君は信じてるの?
もうたいがい大人だっていうのに?

うん? 僕? 僕はどうかというとね……

日向がすきだニャ♪


僕たちは肉体に宿っているがゆえにさまざまな制約を受ける。
睡眠も食事もそのうちの一つだ。どちらも生存に欠くことができない。

余談だけれど、眠らない状態で、よりダメージを受けるのは肉体より脳だそうだ。
ひどい睡眠不足で立ったまま一瞬寝てしまって、膝カックンしちゃうのはそのせいかな? 体が起きてて、脳が睡眠を求める。確かに眠くておかしな言動をする人は見たことがあるけど、眠くて倒れた人は見たことがない。

セックスだって種の存続のためだし、近親交配を防ぐためにも細工がされている。
HLAと呼ばれる感情(愛情)に関わる遺伝子が存在しているのだけれど、それがある現象を引き起こす。
年頃の娘が父親の匂いを嫌う例のあれだッ
洗濯物を一緒に洗うなっていう理不尽な扱い。身に降りかかる何という不条理。

あれはフェロモンのせいなんだね。

遺伝的に遠い人を好きになるように仕向けられてるんだ。だからおそろしく近い異性である父親の匂いを嫌うように設計されてる。だから大人になったり、結婚して子供が出来る頃にはそんなことなんてすっかり忘れてるんだ。

もし、年頃の娘さんが父親離れができない場合は……そこのお父さん! 気をつけなはれや……

それはさておき、これらのことは肉体に縛られているからしょうがない。でも、魂のレベルでいえば、縁があるから出会うのだし、だからこそ、別れてゆくことにもまた、意味があるのだと僕は思う。

男同士の友情。男女の愛情。もちろん親子の情もある。
出会うのも愛。分かれるのもまた愛。それはいつか交わした遠い約束だから。

この世に意味のない存在も、生も死も、出会いも別れもない

さっき言いかけた言葉?
日向がすきだニャ♪ の後?

諸行は無常。咲いた桜はすぐに散り、やがて葉桜は枯れて舞い落ちる。
けれど、それを毎年咲かせる根っこや幹や枝があるのを僕たちは知っている。

要するに、不変のもの、永遠の愛を僕は信じてるってことさ。

ねぇ くるみ
時間が何もかも洗い連れ去ってくれれば
生きる事は実に容易い

Mr.Children「くるみ」
作詞/作曲 桜井和寿

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大東亜戦争で日本が敗れたのち、日本が統治していた朝鮮は米ソが分割統治することになった。大東亜戦争末期には、すでに米ソの対立構造がはっきりと表れていたため分割統治としたのだ。

しかし、米ソの冷戦がその朝鮮半島で戦争を引き起こすことになる。ソ連が統治する朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と、アメリカが統治する大韓民国(韓国)の間に起こった米ソの対立。それは中華人民共和国(中国)も参戦し、スターリン・毛沢東・金日成が絡む自由主義と共産主義の覇権を争う代理戦争の様相を呈した。


GHQの最高司令官だったダグラス・マッカーサーは、米国上院軍事合同委員会の公聴会で「ある証言」をしていた。東京裁判から3年後、朝鮮戦争勃発から一年後の昭和26年ことだった。
しかしその内容は、日本のマスコミで報道されることも、教科書に記載されることもなかった。
米国では彼の証言から三日後の5月6日、ニューヨーク・タイムズ紙に全文が掲載された。



では、マッカーサーの告白です。下のYouTube画面で全文が読めますので、ご面倒な方は下記の文章は読み飛ばしていただいて結構です。

日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。
日本はなにも悪くありません。自衛戦争をしたのです。

イギリスのチャーチルに頼まれて、ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。

アメリカは日本を戦争に誘い込むためイジメにイジメぬきました。そして最後通牒としてハルノートを突きつけました。
中国大陸から出ていけだの、石油を輸入させないなど、アメリカになんの権利があったというのでしょう。
当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。白人は良くて、日本人は許さなかったのです。

ハルノートのことは私もアメリカの国民も知りませんでした。あんなものを突きつけられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。

戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画をたてました。

アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法は、その国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。

まず、日本の指導者は間違った軍国主義をとってアジアを侵略していったと嘘の宣伝工作をしました。日本がアジアを白人の植民地から解放したという本当の理由を隠すため「大東亜戦争」という名称を禁止し、代わりに「太平洋戦争」という名称を使わせました。



東京裁判はお芝居だったのです。アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学などの要職にばら撒きました。その教え子たちが今、マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。



徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった。戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。

これらの政策が功を奏し、今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。

私は反省しています。自虐史観を持つべきは日本ではなく、アメリカなのです。
戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。



最後に私が生きていたときの証言を記して、謝罪の言葉としたいと思います。
私は日本を誤解していました。日本の戦争目的は侵略でなく自衛のためだったのです。

太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国によって強大にさせたことでした。東京裁判は誤りだったのです。

日本は八千万人近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。

歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ。つまり、労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。
これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。

彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることが出来ませんでした。日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。その全てがアジアの海域に存在したのです。 もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうこと彼らは恐れたのです。

従って、日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。


1951年(昭和26年)5月3日
アメリカ上院軍事合同委員会の公聴会にて



朝鮮戦争で一敗地に塗(まみ)れたマッカーサーは、ロシア(ソ連)を中心とする共産主義の脅威を身をもって味わうことになる。それは明治維新以来ずっと日本が恐れていたものであったことを知るのである。
マッカーサーは日本がかつての日清・日露の戦争を含めて戦わざるを得なかった理由を、屈辱の朝鮮戦争でやっと理解できたのである。

東条英機は、東京裁判の宣誓供述書でこう述べている。
「断じて日本は侵略戦争をしたのではない。自衛戦争をしたのである」
「国家自衛のために起つという事がただ一つ残された途であった」

GHQが発禁処分にした東条英機の供述書と同じ見解にマッカーサーはたどり着いたことになる。

東京裁判において、他の人々が責任のなすりあいをする中、東条英機は自己弁護は一切行わず、国家弁護のみに勤めた。
「開戦の責任は自分のみにあって、昭和天皇は自分たち内閣・統帥部に説得されて嫌々ながら開戦に同意しただけである」


A級戦犯として絞首台に消え、いまだに悪玉の親分並みに扱われている東条英機は、実は立派な軍人であり、尊敬に値する人物だった。その経歴とエピソードをいつか書く日が来るだろうかと思ったりする。
そのときはきっと、ユダヤ人6000人のビザ(命のビザ)を書き続けた「日本のシンドラー」杉原千畝にも触れなければならなくなる。
杉原の行動を知った上で、同盟国ナチス・ドイツの抗議を突っぱねたのが関東軍参謀長東条英機だったのだから。



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「東京裁判で果たしたパール判事の役割忘れない」 モディ首相
2014.9.2 11:22
インドのモディ首相は1日夜の安倍晋三首相との夕食会で、極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務め、被告全員の無罪を訴えたパール判事の話題に触れ、その功績をたたえた。
モディ氏はスピーチで「インド人が日本に来てパール判事の話をすると尊敬される。自慢できることだ。パール判事が東京裁判で果たした役割はわれわれも忘れていない」と述べた。
首相は第1次政権時代の平成19年8月にインドを訪問した際、パール判事の長男、プロシャント・パール氏と面会している。首相の判事への思い入れは強く、両首脳は「歴史」を通じてさらに友情を深めた。
インドのパール判事は東京裁判に対する意見書で、戦勝国が事後法により敗戦国を裁くことに疑問を提起し、原爆投下を批判した人物として知られる。
「産経ニュース」より



時が熱狂と偏見とをやわらげた暁には
また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には
その時こそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら
過去の賞罰の多くにそのところを変えることを
要求するであろう
                          

                  ラダ・ビノード・パール



僕が「パール博士の日本無罪論」を読んだのは20代の前半だったと記憶している。今現在は「パール判事の日本無罪論」として出版されているようだ。


あの大東亜戦争(太平洋戦争)とは何だったのか。日本は本当に、永遠に反省をせねばならないほど非道な侵略国家だったのか。日本は最初から誤った戦いをしたのだろうか。僕は十代の頃から、その答えを知りたかった。
さらに、戦勝国が戦敗国を裁くなどという愚かしい極東国際軍事裁判(東京裁判)とは何だったのか。

今ならネットで読むことも出来るけれど、あの当時は何でもかんでも本に頼るしかなかった。だから時間がかかった。

得た結論はこうだった。日本は侵略戦争を行ったのではない。そもそもが、やむにやまれぬ開戦だった、と。

東京裁判では、たった1人、パール判事の判決書は読み上げられなかった。しかもその出版も禁じられた。

カルカッタ大学総長の職を辞して、東京裁判のインド代表判事に着任したパールの判決文、正確には判決に対する反対意見書になるけれど、英文にして1,275ページ、日本語にして百万語という多数派の判決の分量を上回る膨大なものだった。そしてそれは少数意見として葬り去られた。


靖国神社にあるパール判事の顕彰碑に冒頭に上げた文が刻まれている。それがパール判事の膨大な判決文の最後の部分である。


日本を侵略国家だと非難する国がある。彼らはそれに対する謝罪と補償をいまだに求め続ける。そのように教育された国民たちは反日感情をあらわにする。彼らは日本批判をするとき、「アジア諸国は」と口にする癖を持っている。しかしそれは決して諸国ではなく、韓国と中国であることを僕たちは心しておかなくてはならない。

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ぜひご覧ください。




人類の行く末を案じているほど酔狂ではないけれど、50億年後には太陽の膨張爆発の影響で、地球もいっしょに消滅する。
太陽の中心核で燃料となる水素が消費し尽くされて、太陽が赤色巨星になって…どうたらこうたらなんて面倒な話は抜きにしても、
10億年もすれば、太陽の膨張につれて地球の温度が上昇する。とても生物がすめる環境ではなくなるんだね。

そんな先まで、意識体である地球が指をくわえて待っているはずもないけれど、何が起こるかに関してもよく分からないし、あまり興味もない。
そんなこと僕がどうのこうの言ったって変わるものでもないから。

テレビを点ければ嫌なニュースに出会い。町に出れば嫌な人に出くわす。僕は人生の大半を人と接する仕事で費やしてきたから、いろんな人を見てきている。
だからこそ思う。惑星ニビルからやってきた宇宙人アヌンナキが、よからぬ動機で作った出来損ないの人類なんて、そろそろ滅んでもいいんじゃないの? と。

だって、僕たちの魂は唯一絶対の創造主〝神〟から来ているのだし、その神は〝愛〟だから。肉体なんて重い衣をまとって人を苦しめたり、自ら苦しむのはそろそろ卒業じゃないのって。

けれど、それでもなお、君に言っておこう。人生はそれなりに素晴らしいと。
越えられない壁なんてないんだと。


ゼカリア・シッチンの読み解いた
「農業で使う鋤を神アヌンナキが人類へ贈呈する粘土板」



何度も書いてきた気がするけれど、聖書の神は神ではない。エホバ(ヤハウェ)は宇宙の創造神ではない。ただの宇宙人、それも邪(よこしま)な宇宙人にすぎない。
僕たちは公園にやってきた小学生の男の子を、ものすごい力持ちで、信じられないぐらい足も速くて、高く飛べて、頭もよくて何でも知っていて何でも出来る神だと信じている幼稚園児だ。

即座に地上からすべての宗教を消し去って。人々の心から優越や劣等や妬みや嫉みを消し去って。心静かに過ごしたい。
優越感は奢りを生み。劣等感による心の歪(ひず)みは必ずどこかに向かう。その向かう先は、きっと弱い者だろう。

僕は、ちょっと形を変えた人間嫌いかもしれない。だから手放しの人間賛歌は歌えない。それでも僕は、ネットの片隅からだけれど、何かの、誰かの、役に立ちたいと思っている。


先週はお休みがすっ飛んだので、やっと風呂場で髪の毛を切った。そう、姿見を持ち込んで僕は自分で髪を切る。
最初の頃は鏡に映っているからどうも角度が分からず手を切ったことがある。でももう慣れたもので今ではすいすいと切る。左の後ろの裾などは左手で切る。
床屋さんより早い。
何も床屋代をケチっているのではなく、出かけて行くその時間が面倒くさいからだけどね(;´▽`A``

そうだそうだ。僕はデザイン学校をやめるとき、美容師になりたいと思ったはずなんだけどなあ o(゚◇゚o)

外からツクツクボウシの声が聞こえてくる。あ、ゴミ収集車もやってきた。ご苦労様です。
そんな晩夏に、君に送るエール!


一体どんな理想を描いたらいい?
どんな希望を抱き進んだらいい?
答えようもないその問いかけは
日常に葬られてく

HANABI  Mr.Children



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世の中、自分の思うようにいかないことや、想像さえしていなかった、いわゆる思いもよらないことって起こるもので。
そこで、自分を責めたり否定したり、我を見失うということもまた、ままあることだけれど、それはやはり一番やってはいけないことのような気がする。

落ち込んだりしないで、気持ちを一歩踏み出して眺めてみれば、それもまた何かの学びや気づきだったりもする。

人生というのは自分自身を探す旅のようでもあるけれど、それを探しあぐねている人も多いのも事実なのだろう。

ただ、生きる意味を探ることよりも、生きていること、〝今を生きる〟ことに意味があるのだろうと僕は思う。

社会的にとても大きな何事かを成し遂げる人生もあれば、道ばたに咲く名もなき花のような人生だってある。いや、その方が圧倒的に多い。
それもきっと、理由があって自ら選んで生まれてきたのだろう。




あなたが存在しているとしたら、あきらかに創造の部分というものは、あなたが存在する価値があるということを信じています。
それでなければ、あなたはここに存在していません。

創造主があなたを創造したのと同じことを、どうして自分で受け入れて、それを信じてあげないんでしょう。

無条件の愛を受け入れるのに、自分にそれを受け入れる価値があるということを証明する必要はなんにもありません。ただ自由に受け入れていいじゃないですか?
あなたが存在していること自体がその証明です。

すべてのものが、ただ「愛」から創られています。わかりますか?

by バシャール



時間がないので下書きも無しに意味不明なことを書いている僕。
皆様のブログへの訪問はまた後日。
いつもこればっかり(^▽^;)


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来生たかお 「語りつぐ愛に」



皆さん暑い日が続きますね。水分と塩分はしっかり摂りましょうね。

8月15日、テレビを見ていて、「あ! 終戦記念日だったのか」と驚きました。忙しさにかまけてすっかり忘れていたのです。昨年の終戦記念日は靖国神社にお参りしたのですが、その日も暑かったです。あれからもう一年たったのかあとしみじみと思いました。

さて、先日なにか読むものはないかとパソコンデスクの横にある本棚をあさっていて見つけた文庫本です。

市川拓司著「VOICE」


文庫本裏書き
高校生の悟はある日、隣のクラスの裕子の心の声を聞くという不思議な体験をする。その後、偶然、近くの森で出会った二人はお互いの境遇を語り合ううちに惹かれあい、付き合うようになった。しかし、悟は受験に失敗。彼女は東京の女子大に進学することに。距離のできた二人は、それでも共鳴しあう心がお互いを強く結びつけていたが、次第に彼女は新しい世界を広げてゆく。やがて、彼女の心の声が聞こえることが悟を苦しめてゆくことに…。
ベストセラー作家、市川拓司が儚く壊れやすい恋愛を描いた珠玉の青春小説。

27歳の時に書き、ネット上で公開するために書き直したのが34歳とあります。最初に書いた小説らしく、本人の後書きによると心身ともに不調の時期の作品のようです。

もしかして中学生向け? 読み始めはそう思ったけど、大学に行くために東京に出た裕子が新しい世界を開き始め、高沢という男の求愛を受けているらしい辺りはちょっとドキドキして、僕的にはとてもおもしろかったです。その裕子はやがて誰にも告げずに姿を消してしまう。

時は流れ、悟は社会人になり、現在の彼女和美と恋愛映画を見ているシーンで裕子の最後のVOICEが届きます。現在の裕子はどうなっているのか。

冒頭のシーン。

「悲しい映画だったわね」
僕の隣で彼女が言った。
「ああ、そうだね。とても悲しい話だった」

物語はここから始まり、この映画館でラストを迎えます。
全体的に切ない話です。表紙のイラストの意味も読み終われば分かります。けれど泣けるタイプの小説ではないですね。好きな人と嫌いな人がはっきり別れそう。
評価
★★☆☆☆


「VOICE」の次に読み始めたけど、途中放棄してしまった本。
高樹のぶ子著「透光の樹」


文庫本裏書き
「心に決めてたんです……わたし、郷さんの娼婦になるって」25年ぶりに再会した中年男女の激しく一途に燃える愛。汲めども尽きぬ恋心と、逢瀬を重ねるたびに増してゆく肉の悲しみを、著者渾身の熱い文体で描き、第35回谷崎潤一郎賞を受賞。すべての現実感が消えるほどの「結晶のような」透明な恋の物語

なんだか前振りみたいな文章が長い小説だなあ、いつ本題に入るんだ? と思いながら読み進めていて、男女が25年ぶりに再会をする辺りで気がついた。これ三人称じゃなくて明らかに「神の視点」じゃないのって。
ご存じのように「神の視点」はすべてを見通している神(というか作者というか)の視点で書かれた物。だから語り手はどちらの心情も描くので感情移入が出来ないという決定的な欠点があります。

ちょっと一文(69頁)を引用します。惹かれ合った二人は、男主人公今井郷が女主人公千桐(ちぎり)に(……主人公はどっち? と感じる辺りがすでに神視点)父親の入院費やら生活費やらのお金を渡す代わりにその性を得る、なんて展開の後の電話のシーンです。

「僕は何も、無理強いしたくない。どんなことでも、無理は言いませんよ」
「いまはまだ、何とかお金の工面もつきますから」
「嫌われた?」
「いいえ」
「じゃあやっぱり、お金にひっかかってるんだ。昔、火峯(千桐の父親)さんから刀子を頂いた、あのときはADでお金もなかった。いまはその代金をお払いできる。そっちの鋼材屋さんは、廃業してとうに亡くなっているかもしれないけど、火峯さんはまだご存命なんだから、いまのうちに返済しておかないと」
「そういうの、屁理屈って言うんです」
「あなたが嫌だったら、何も求めません」
「そんなの、駄目です」
何が駄目だと言っているのか、郷は混乱していたし、千桐(ちぎり)の方も自分がどうしたいのか、何を望み何を拒みたいのか、まるではっきりしないのだった。

会話も月並みだし、そもそも僕はシナリオもどきなんて読みたくて本を買ったわけではないのです。この作品に高い評価が下されているのはどういうわけだろう? 評価をした人たちは何の違和感も持たずに読んだのだろうか。


分からにゃい


でんでん分からにゃい

4割ほど読んだ感想。
☆☆☆☆☆ くれぐれも星五つじゃありません。


ちなみに僕の読書時間は帰宅の電車内で一日10分~15分という異様に短いものなのでなかなか進みません。
家に帰り着いてからもすぐさま物語の中に入って行きたくなる本に出会いたいです。

ということで、一昨日からこれを読み始めました。
姫野カオルコ著「受難」


修道院で育った汚れなき乙女フランチェス子のオ×××に人面瘡がデキた!「お前はダメ女だ」と朝な夕なに罵倒する人面瘡を、けなげにも“古賀さん”と呼んで共同生活をするフランチェス子の運命やいかに?

「昭和の犬」で直木賞を受賞した姫野カオルコ。この本も僕のお薦めの「ツ、イ、ラ、ク」も直木賞候補だったのですね。

三分の一ほど読んで、まだおもしろくなりません。全然おもしろくなってきません。
女性だから許されるのでしょうけど、オ×××どころじゃなくてダイレクトに放送禁止用語が書いてあるし。
いつおもしろくなるのだろう。ラストか? ラストにドンデンが来るのか? 姫野カオルコだから期待は裏切らないと思っていますけど、途中もおもしろくして欲しい。読み終えたら星の評価をします。

最後に私的なことをひとつ。
「やぁやぁのブログ」さん、コメントありがとう。
内容が今ひとつ飲み込めないでいます。ブログにメッセージを送ろうかと思ったら、設定がなされていなくて送れませんでした。無視したわけではないのでご容赦を。コメントは非公開にしておきます。



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渋谷でパンケーキを食べたっ!
2ヶ月連続で食べた。
CAFE CUCINA & COMPANY カフェ クッチーナ&カンパニー


僕は飽きもせず二ヶ月連続でこれをいただいた。
「ミート」
ソーセージがなかなかいい味を出している。


パンケーキなどそもそも男が食べるものではないと考えていたけれど、素直に美味しかった。一昨昨日は連れとその娘さんと3人で行って4皿頼んだら店員さんが戸惑っていた。スマソーっ! 大食いがいるんです (*´艸`*)

先月も今月も土曜に訪問したのだが、今回の方が客足が伸びていた。近くに老紳士と婦人が座ってコーヒーを注文していた。会話の内容から夫婦ではないと判断した。だから何だというわけでもないけど…
僕たちはここに来たのだけれど、この人たちどこでもよかった部類だな。
6000円で少しおつりが来た。
場所は東急東横店南館6階婦人服売り場奥。わかりずらい (・´ω`・)


東京駅一番街 ラーメンストリート 〝麺処ほん田〟



本家 東十条の〝麺処ほん田〟の2号店。
8件あるお店のオープン時間はさまざまだが、ほん田だけが遅い11時開店。営業時間そのものも一番短い。
まずは自販機でお目当てを購入。僕がいただいたのはNEOクラシック塩ラーメン1010円也。塩が旨ければ醤油も美味しいに決まっている。まずは塩だ! という理論(?)から塩ラーメンがあるところは必ずそれを食べる僕。

連れの二人はNEOクラシックのつけ麺と醤油ラーメン。けれど連れのチャーシュー抜きでメンマに変えてほしい旨は簡単には伝わらず、違うものにした方が安いということで代えてもらった。中国人と思われるアルバイト女性と、あまり熱意のこもっていなさそうな男性スタッフではこれが限界か。
綾波レイが注文する〝にんにくラーメン チャーシュー抜き〟は何に代わるのだろう (ρ≧□≦)ノ

楽しみに待つことしばし。
着丼。まずはスープをすする。
うん? こ、これはどうしたことだ。塩に深みがないぞ。もうひとすすり。
大変失礼だけれど、泳ぎの上手くない僕が幼き頃に飲んでしまった夏の日の生ぬるい海水を思い出した。


ほん田の系列で赤羽にある〝麺処 夏海〟の方が深みのあるやさしい塩味で美味しかったかな。



それはつけ麺一本槍の連れも同じだったよう。接客も夏海の方が気が利いていた。いいぞ男たち。中国系のアルバイト女性はいらないな。
置き場所がないせいか、夏海にはお冷やのポットが2つしかなかった。だから僕は隣の親子連れ(父親と中学生ぐらいの娘さん)にお冷やを注いであげた。


豊穣清湯塩ラーメン




ラーメンストリートにある、つけ麺の〝六厘舎〟の行列具合は半端ではない。なぜか六厘舎だけがすごい。

今度来るときは六厘舎へとの連れのお誘いを僕は断った。超極太麺と聞いただけで僕はげんなりする。いつかのブログでも書いたけど、僕が買うパスタはディチェコの細めのフェデリーニ。頑なに細麺。細麺は冷やしパスタに向くなど無視。口が太麺を求めないのだ。だから僕が六厘舎の麺を口にすることは多分一生ないだろう。

それはそうと、たまにはダシの利いた縮れ細麺の超旨いしなそばが食べたいなあ。
ナルトがのってる奴ね。僕が美味しいものを食べるときは、ゆっくりと口に運ぶ。なくなるのを惜しむようにゆっくりと食べる。そんなものに巡り会うのは幸せだ。だからこそあえて言う。
日本の若きラーメン王たちにまだ革命は起こせていない!
と。

一休みに東京駅〝千疋屋〟へ。
フルーツを使ったデザート類はそれぞれ2000円近いなかなかのお値段。



でも乗ってるフルーツは美味しい。これでいまいちだったら、まごう事なき詐欺だ。
しかし、アイスコーヒーが800円超えとはいかに (-`ェ´-怒)

松屋で牛丼並盛:290円を食べて、ブックオフで360円の文庫本を買って、安い自販機でジョージアの缶コーヒー100円を飲んでも750円。僕はだいたいこれで満足する。過剰な期待はしないから。
ソラマチ「牛タン利休」は気が向いたらまた後日。今回は写真だけ。
(写真はすべて借り物です)





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必殺の26連勤が終わった。ぼくはもうまるでボロ雑巾のようだ (T△T)
今日はその話じゃなくて、ついこの間思い出した話。

僕が三軒茶屋に引っ越したときの恐怖の出来事 w(゚⊿゚;)w
性分なのか引っ越したら掃除をする僕。で、ユニットバスの排水溝を開けて妙なものを発見してしまった。
何かが詰まっている。何だろこれ? 僕は割り箸を持ち出してそのものを引っ張り出す。でもなかなか出てこない。さらに力を込めて引っ張ったら箸が外れた。

と、その瞬間!その妙なものがにゅるにゅると引っ込んで行くではないか!
ぐぇ~~~っ! ぐぅおお~~~~っ! 
ぶしゃ~~~~っ! ぶ、ぶしゅ~~~~っ!∑ヾ(≧□≦*)ノ ッ!!
なんかおる! 
得体の知れない生き物が排水溝に潜んでおるぅ~~~~~~~~ッ!
割り箸を投げ出した僕は一目散に部屋に逃げ込んだ。膝に両手を当て、ゼエゼエゼエと息は乱れている。
なんで、なんで、排水溝に生き物が!

しかし、放っておく訳にはいかない。このままではシャワーも使えなくなってしまう。それどころか、やがて奴は部屋に這いずってきて、眠っている僕の体の上にぃ!

バンジージャンプを飛ぶような腰の引け具合だけど、それでも意を決した僕は恐る恐るユニットバスに入ってゆく。そーっとのぞき込む。
おる! おそろしい生き物はまだおる! 僕はまた部屋に逃げ帰った。

でも、放っておく訳には……絶対に……何が何でも……排除しなければ。
再び僕はユニットバスに入った。箸を拾う手が震えた。心臓はバクバク。総毛立っている。髪の毛もきっと立った。
ヒキガエルのような生き物だろうか。それともナマズのような生き物だろうか、それとも……

誰かがこれをやらねばならぬ~~~期待の人が僕たちならば~~~~~~(宇宙戦艦ヤマト)
そして渾身の力を絞って引っ張った! 箸から逃げようとする不気味な生き物を半泣き状態で引っ張った! 

ぐぇ~~~っ! ぐぅおお~~~~っ! ぶしゃ~~~~っ! 
ぶ、ぶしゅ~~~~っ!∑ヾ(≧□≦*)ノ ッ!!

そして諦めたそいつは、ズルリと本体を表した。
出た! 出たぁ! 僕はまた箸を投げ捨て後ずさった。

僕の目に映ったその生き物とは!

シュシュだった(;´▽`A``
シュシュがなんだかしらないやっかいな男の人のために。
これね、これ↓




僕はこれほど人騒がせなシュシュに出会ったことはない。シュシュを排水溝に詰めたまま引っ越ししないでね。

そしてまた僕はスケジュールがいっぱい。皆様のブログへの訪問はまた後日でお許しを。




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