風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -121ページ目
インドのとある村に、可愛い赤子を授かったキサー・ゴータミーという若い母親がいました。
しかし、ある日その子を病で亡くしてしまいます。

キサー・ゴータミーは半狂乱になります。
彼女は死んだ赤子を抱いたまま「この子を生き返らせてください。お願いします。誰かこの子を生き返らせてください」
と村中を歩き回ります。
けれど、そんなことは誰にも不可能です。
そんな彼女を哀れに思った村人がとある人物の名を教えます。
あのお方ならなんとかしてくれるかもしれないと。

その名はゴータマ・シッダールタ
旅の途中にある覚者・仏陀でした。

キサー・ゴータミーは喜び勇んで、仏陀が滞在する郊外の森へ出かけます。

対面した仏陀は言います。
それはお気の毒だ。私が赤ん坊を生き返らせてあげよう。村へ帰って芥子の実をひとつまみもらってきなさい」と。
芥子の実は農家であればどこにでもあります。村へとって返そうとする彼女に仏陀は声を掛けます。

ただし、その芥子の実は今まで死者を出したことのない家からもらってこなければならないよ
混乱する頭でその意味を良く理解できなかったキサー・ゴータミーでしたが、喜びを胸に村へ急ぎます。愛しい我が子が生き返るのです。

彼女の申し出に村人は快く芥子粒を提供しようとします。しかし、仏陀の出した条件に対しては、家々を訪ねても訪ねても似たような返事しか聞くことができません。
「うちでは父や母の葬式もしたし、子供の葬式も出した」と。

そう、死者を出したことのない家など村のどこにもなかったのです。愛するものを喪った悲しみは彼女一人のものではなく、村人すべてが味わってきたものだったのです。

人は皆死ぬのです。生きとし生けるものは死を免れないのです。それに気づいた彼女は仏陀の意図を理解し、わが子の死を静かに受け入れました。

そして仏陀の弟子となりました。



この話は、母親にぬか喜びをさせて可哀想な気もするのだけれど、言って聞かせるより自分で気づくことが大切なのでしょうね。

死は終わりではなく、ひとつのドラマの幕引き。
この世の生を終えた者には直ちにそれが分かる。
苦しみは去る。痛みもない。重い肉体は脱ぎ捨てたのだから。
死はひとときの別れに過ぎず、時が来ればやがて再会をする。

たとえるならば出番を終えた役者が一足先に楽屋に戻り、舞台に残った役者たちが芝居を続けるようなもの。
けれど、いつの世も、それを知らぬ残された者たちが、我が身が裂けるほどの悲しい涙を流す。

舞台で演じる役者たちはそれが唯一の現実だと疑わず、幕が上がる前に皆で語らった楽屋があったことさえ忘れている。


「タガタメ」はキサー・ゴータミーの逸話を知るミスチルの桜井和寿が、長崎の少年事件、渋谷の少女4人監禁事件などをきっかけに綴ったメッセージソングです。


タガタメ
作詞/作曲 桜井和寿

タタカッテ タタカッテ (戦って 戦って)
タガタメ タタカッテ (誰がため 戦って)
タタカッテ ダレ カッタ (戦って 誰 勝った?)
タガタメダ タガタメダ (誰がためだ? 誰がためだ?)
タガタメ タタカッタ (誰がため戦った?)

子供らを被害者に 加害者にもせずに
この街で暮らすため まず何をすべきだろう?
でももしも被害者に 加害者になったとき
かろうじて出来ることは
相変わらず 性懲りもなく
愛すこと以外にない


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タガタメ Mr.Children
思想が人を、集団を、その価値基準を狂わせることがある。
いや、思想こそが人を狂わせるといってもいいのかもしれない。
社会的、政治的、あるいは宗教的思想は人の善なる心さえ崩壊させることがある。
何が善で何が悪か、時代によって変遷するのはそのせいだろう。

しかしそれは善と呼ぶべきものではなく、己、または己の属する集団の利益に他ならない。
それは醜い利己でしかない。

まったき善とは何か。
それは、その正反対に位置する利他であろうと僕は思う。

利己が跋扈(ばっこ)するこの世界で、我欲の、戦いの、殺戮の止む日はない。

時代が変わった今でも、僕たちはまだ、この歌を歌い続けなければならないのだろうか。
僕たちはそろそろ目覚める時期ではないだろうか。


「風に吹かれて」
Blowin' In The Wind/Bob Dylan


どれだけ多くの道を歩かなければならないの?
人が人と呼ばれるために

どれだけの海を越え 飛び続けなければならないの?
平和の白い鳩が砂の上で安らげるために

どれだけの砲弾が飛び交わなければならないの?
殺戮が永遠に止むために

友よ、その答えは風に吹かれている
その答えは風に吹かれて舞っているんだ

          あ~る・ベルンハルトJr 何となく雰囲気訳


1963年リリースされたディランのセカンドアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録された一曲。
ピーター・ポール&マリーのカバーで世界的なヒットになったこの曲はディランを一躍有名にした。
海外のみならず、日本の音楽シーンにも影響を与え、多くのアーティストがカバーしている。

当時21歳だったボブ・ディランはこう語っている。
「世の中で一番の悪党は、間違っているものを見て、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ」

そう、見て見ぬふりも〝悪〟、あるいは悪に荷担する行為であることを賢明な人たちは知っているはず。



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風に吹かれて/ピーター・ポール&マリー


風に吹かれて/ボブ・ディラン




以前のブログ「ロング・アンド・ワインディング・ロード」で書いた兄の後ろで揺られたでこぼこ道の自転車の旅?
それよりきっと前の話に違いない。僕の家が坂道の上に引っ越しをする前のはずだ。

駐車場でもないのにコンクリート敷きの広いスペースを抱えた家屋があった。すぐ横には馬鹿に屋根の高い倉庫みたいな所があった。

倉庫といっても頑丈なドアがあるわけでもなく、密閉された壁があるわけでもなく、気楽に中に入れたような気がする。
かつてはお店とか、問屋とかをしていたのではなかろうかと思う。

その裏手の広場にこれまた馬鹿に大きい瓶(かめ)がびっしりと並んでいる場所があった。何かの製造メーカーだったのかもしれない。

ある日、友達とその瓶の上でひょこひょこと遊んでいた。

そのとき突然、ある誘惑が湧いた。

そして、ついにその誘惑に勝てなかった幼い僕は、後先も考えずにその瓶(かめ)の中に入ってしまったのだ。
どれほど大きいかというと、ちっちゃい僕が手を伸ばしても瓶の縁に手が届かない。
僕の身長の倍ぐらいあった気がする。もちろん、友達が手を伸ばしたって子供の力で引き上げられるわけもない(゚∇゚ ;)

天を仰げば丸い穴。天国への道はラクダが針の穴を通るほどに狭いのだった。
僕は明らかに閉じ込められた

成長して、小学校に通う頃、校庭の隅に何の記念碑だかは知らないけれど、かなり大きいものが立っていた。
その四隅に四角い穴が開いていた。緩い上りになっているその狭い穴に匍匐(ほふく)前進よろしくごそごそと潜れば埃のにおいが鼻を突き、やがて中が見える。 中は四角いがらんどうだった。向かいと左右の穴から外の光が差している。

ある日、ついにというか、またまたというか、誘惑に勝てなくなった僕は、よせばいいのにそこに入ってみた。多分四苦八苦して入ったと思う。だって、中は深くなっていて手がつけないのだから転げ落ちるように入ったのだろうか。

よくよく考えてみれば分かる。中に入れば狭い穴の入り口は僕の胸ほどもあったからジャンプをしたら穴の角に頭をぶつける。そもそもジャンプなどして入れる広さなどなかった。

外の世界に出るには何かに乗っかって、思い切り体を水平にしてそろりそろりと這い出るしかない。しかし、足場はない。どうあがいても外の世界に繋がる穴に入れなくなった(゚o゚;;

天国への四角い穴は、ラクダが万里の川を越えるほどに遠かった。
僕は、まごうことなく閉じ込められた

いずれの二つも、僕がどうやってそこから脱出したのかさっぱり覚えていない。

僕がどんな人間かあまり知られていない小学一年生の一学期を除けば、小学校時代のほとんどを学級委員長として過ごしたと言えば、誰か信じるだろうか。 無理だろうなあ……。

ほとんどと言うのはなぜかというと、後に生徒会長になった友人と同じクラスになったことがあるからだ。彼と僕は人種が違うと感じるほどだったから、投票の結果僕に与えられた役割は、案の定副委員長だった。

しかし、子供というのは後先考えずに本当に危ないことをする生き物なのだなあ。

中国の子供が訳の分からないところに嵌ってしまうニュースをよく見るけど、
何やってんだろ?なんて言えないね(´▽`) '`,、'`,、

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スキマスイッチ/全力少年

人の波が流れてゆく。
ときに淀み、ときにせめぎ合い、そして、ときとして緩やかに、
それぞれの場所へ向かって流れる波。

虚空に吸い込まれるさまざまな音、色とりどりの声の波。
共鳴し合い、打ち消し合う周波数たち。

漆黒を貫く色の明滅は星の瞬(またた)きを奪い去り、
僕たちはそれを不自然とさえ思わなくなった。

喧噪と無音。喜びと悲しみ。屈辱と傲慢。
それらが渾然一体となって織りなす色は、
まるで朽ちてゆくコンクリートに似てもの悲しい。

そんな日々に埋没して誰もがなおざりにしていることがある。

思い出を、重ねられなくなる日がやってくることを。
明日の来ない日が、誰にも必ずやってくるということを。

忘れているからこそ僕たちは、目の前のことに煩わされ、
まだ来ぬ明日ばかりを見て忙しく暮らしている。

生かされているタイムラインが今日までなのかもしれないのに、
あと2時間なのかもしれないのに、
誰も彼もが忘れて惚(ほう)けたように生きている。

永遠なんてものは、地上のどこにも存在しないというのに。




「最後だとわかっていたなら」Tomorrow Never Comes
ノーマ・コーネット・マレック / 訳・佐川 睦
サンクチュアリ出版

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても
分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい…「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも
いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから


著者略歴 「BOOK著者紹介情報」より
ノーマ・コーネット・マレック
1940年、ケンタッキー州ラインフォーク生まれ。美しい山々に囲まれた大自然の中、祖母に育てられる。詩や絵の才能にめぐまれ、幼い頃から数々の作品を残す。「Tomorrow Never Comes」は、ノーマが亡くなった息子サムエルに捧げた詩で、1989年に発表された。その後、2001年より主にインターネットを活用し、自身の作品を発表し続け、2003年に末期がんを患う。2004年64歳のときに永眠。



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JUJU 「また明日」

失うものがあれば、失ったからこそ見えくるものがある。

ひどく傷つけてしまった人や、救いの手を差し伸べられなかった人たちがいる。
思い出すたびに痛むのは、後悔という的に、自己嫌悪という名の毒矢が刺さるから。

けれど、どんなに悔やんでも取り戻せないのが過去。

上りのエスカレーターを無理矢理降りてゆくように、その違和感は足下を不安定にさせ、目眩を起こす。

あの時、ああしていれば良かった。こう言えば良かった。
そんな自責の念は、君にそうできる素養があったということに他ならない。

だからこそ自分を責める。
けれど、いたずらに己を責めたするより、そうした事どもが、君に何かを気づかせるメソッドであったと考えてみたらどうだろう。
苦しくても思い浮かべて、自分を赦してみたらどうだろう。

手出しのできない過去を頭の中でいじくるより、ありがとうと口にしてみたらどうだろう。
だって君は、とことん後悔するほどにもう充分学んだんだから。
そのメソッドはきっと終わったんだよ

元々優しくない人間が優しくできなかったと後悔することも、傷つけてしまったと苦悩することもないんじゃない?
もっと勇気を出していればと感じる人が、勇気なんてものに無頓着な人と同じはずはないんじゃない?

だから君はやさしくて勇気ある人に違いないんだ

後悔を感じた時点で、君はもう成長したんだよ。これからも成長してゆくよ。
だから後悔の出来事に感謝の墓標を立てて、お線香でも焚いて手を合わせてみよう。
お線香の香りはきっと、君の心を落ち着かせてくれる。

僕たちは幾度も、こんな人生を歩いてきたのだろう。
そう、魂はルフラン(リフレイン)するのだから。

これが多分、本年最後の君に送るエール。


魂のルフラン/高橋洋子
作詞:及川眠子/作曲・編曲:大森俊之

私に還りなさい 記憶をたどり
優しさと夢の水源へ
もいちど星にひかれ 生まれるために
魂のルフラン


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「魂のルフラン」高橋洋子

君に、止めたい夜はあるかい?
あ……眉間に縦皺が……
あるんだね。
じゃあ、君の話は後で聞こう。

止めたい夜はね、僕にもあるんだ。
過去のことだから、止めたかった夜と言うべきかな。

話は飛んでしまう感じだけれど、パラレルワールドって知ってるよね。
あの夜に、僕の歩く道は二つに分かれた。真っ直ぐ進んだ僕と、右にそれた僕。
もしかして左へ進んだ僕もいるかもしれない。

これまで通ってきたいくつもの分岐点で僕たちの運命は変わった。
それぞれの道を歩く僕や君がたくさんいる。それがパラレルワールド。
平行世界。

日本も、いまだに民主党が政権を握っている世界もあるに違いない。
無難な線で総理は岡田克也あたりだろうか。
もっと遡って消費税のない世界もあるかもしれない。

僕がこの道を通ってきたから君と出会った。
いくつもいくつもあった分水嶺を越えて、この道を来たから出会った。
それは僕がそうであるように、君もそうだ。

僕が違う道を歩いていたら、今、キーボードを叩いているこの部屋に、僕は絶対住んでいない。
僕はこの街すら知らずに一生を過ごしていただろう。

その分岐点は目立つような大きなものではなくとも、日々、毎時間起こっていると僕は思っている。
これが、世界を変えるのは自分だという言葉の一部ではなかろうかとも。

現実を変えたければ己の内面を変える。真実はきっとそうなのだろう。





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JUJJU「この夜を止めてよ」

雲が照り返す残照は、辺りをオレンジに染め上げる。
その幻想的な色合いの中に、シルエットが揺れている。
やがて街灯に照らされ、その姿ははっきりとする。
光と闇の狭間を縫うように、ばあちゃんは忽然と姿を現す。

歩く、歩く、歩く。
ほっかむりをしてもんぺみたいなのを穿いたばあちゃんが夜の繁華街を歩く。
後ろ手にした両の手に、薄汚れたトートバッグみたいなものをぶら下げて歩く。
腰の曲がったばあちゃんの歩調に合わせて、そのバッグがコミカルに揺れる。
もちろん、ホームレスのばあちゃんは一晩中歩いているわけではない。
けれど冬の間は、凍えるのを防ぐように歩く。

眠る、眠る、眠る。
夜の繁華街で、歩き疲れたばあちゃんは眠る。
ばあちゃんが寝るのはグリルシャッターの降りた某有名ホテルの駐車場の入り口だから、もちろん一日中寝ているわけにもいかない。
どんな夢を見ているのだろう。父母に甘えた幼き頃か、転げる箸に笑った娘時代のことか、遠く過ぎ去った甘酸っぱくも暖かき日々たちか。

前からちょこちょこと歩いてきたそのばあちゃんが、「千円恵んでください」とにっこりと笑いかけてきたことがある。
僕はそのばあちゃんを何度も見かけていたから、一瞬の躊躇いを交えながら尻ポケットの財布に手を伸ばした。

「千円ね」
「はぁい、千円でも二千円でも」
その言葉に引っかかりを覚えながらも僕は財布を取り出し口にした。
「給料日前だから千円ね」
「はぁい、千円でも二千円でも」

僕が躊躇した理由は本当にお金がなかったからなのだ。それでも出そうとしたのである。
「千円って言ってるじゃん」僕は苦笑した。
「はぁい、千円でも二千円でも」

顔色を失った僕は財布を尻ポケットにしまった。
「千円って言ったじゃん」
声が後ろから追いかけてきた。千円でいいです。千円でいいですから。僕は振り返らなかった。

ばあちゃんが千円と言えば、恵む人も多いはずだ。だからばあちゃんは生きている。
けれど僕が街頭で千円と言って、誰が恵むものか。

いつだったか、お詫びがてらピザまんと肉まんと飲み物、その他諸々をごちそうしたことがある。もちろんばあちゃんは僕の顔など覚えてはいない。

「いづのまにか、はーん、あっという間に、はーん、歳食ってしまった」ばあちゃんが思いの外しっかりした声で言った。その後の言葉は訛りのせいか聞き取れなかった。

喜ぶ人がいて、悲しむ人がいる。有頂天で脳みそに羽の生えた人の横を、絶望を抱いて横切る人がいる。
生きる意味を問うて天を仰ぐ人がいて、生きる意味を見失い己の命を絶つ人がいる。
さまざまな人が行き交う人生という名の片道。
戻れないワンウェイ。

日照りもあれば雨もある。
穏やかな日差しの日もあれば吹雪く日もある。
酷暑もあれば酷寒もある。
痛みも苦しみもない人生、辛さや悲しみのない人生なんてない。
外見は恵まれた人だって、本当の苦しみは内面にあったりするものだ。

人はなぜ生きるのか。古今の賢人たちがいろんな答えを携えて現れたけれど、どれが正しく、どれが間違いなどと僕には判定できない。
ただひとつ思うことは、背負いきってやる! なんて気負いは未来に確かな希望のもてる人だけであって、それすらもてない人生だってある。

闇夜だと感じたときほど、人の魂は成長しているに違いない。だから、誰かの、何かのせいにすることなく、どれほど重かろうと、背負いきれない荷はないのだと信じて、僕はただ淡々と歩きたいということだけ。

時折漏らす僕や君の吐息も、鼓動も、足音も、誰の耳に届いていなくたって、僕たちはきっと、何かに見守られながら、生きているはずだから。

さあ、闇夜の国から二人で船を出すんだ。



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井上陽水「闇夜の国から」
僕の生まれた街にはいつも海風が吹いていた。

夏の日差しは眩(まばゆ)く地に注ぎ、天空を埋め尽くす青は山間(やまあい)から頭上を舐めて、果てしもなく海の向こうに広がっていた。

透明度を増した秋の空に浮かぶ筋雲が風に乗って流れてゆく様は、自然というものの一人立つ気高さと、何もかもを包み込む優しさと、すべてを押し流してゆく怖さを僕に教えた。

海岸線を南下すれば、海に注ぐ穏やかな川を越えるコンクリートの橋が架かっていた。
その橋を右手に見て上流にさかのぼれば、今度は小振りな橋がある。
それを渡ると道は左へと急カーブを描き、すぐ左手に、開け放たれたガラスの引き戸のある瓦葺きの家屋があった。
日差しに内部は薄暗く沈み、埃にまみれたような商店だった。



あれは父の自転車だったのだろうか。僕はその後ろにまたがり、前で漕いでいた兄にしがみついていた。
兄はどんどん漕いで僕は見知らぬ景色に驚嘆していた。小学生だった兄にしてみても、僕を後ろに乗せて遠くまで走るのは冒険だったに違いない。

小さい橋を渡った先の道路はまだ舗装されておらず、おしりを刺激するのはでこぼこ道。右手に迫るのは木々。左に広がるのは田んぼ。風に稲穂が心地よさそうに揺れていた。

あの時、僕はいったいいくつだったのだろう。小学校に上がる前であったのは確かだ。
交わした会話など覚えてはいないけれど、僕はあの風景を未だに思い出すことがある。それも色鮮やかに。

我ながらいろんな道を通ってきた。長く、時として辛く、でこぼことした道を。

君はこれまでどんな道を歩いてきただろう。そしてこれから、どんな道をゆくのだろう。
君の未来に幸多かれと、そればかりを僕は祈る。





ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード / ザ・ビートルズ

君の扉へと続く
長く曲がりくねった道
それは決して消えることなく
たびたび現われては
この場所へ僕を連れ戻す
どうか君の扉へと導いてくれ

荒々しく風の吹きすさぶ夜は
雨に洗い流され
あとに残ったのは涙の海
僕は明日を求めて泣いた
なぜここに放っておくんだい
どうすれば君のもとへたどり着ける?

寂しさに泣き濡れたことが
幾度あったろう
僕が手を尽くしているのを
君は知らない

そして結局 ここへ戻ってきてしまう
長く曲がりくねったこの道
君は僕をここに置いていった
遠い昔のことだ
いつまで待たせておくんだい
どうか君のとびらへと導いてくれ

けれど結局 ここへ戻ってきてしまう
長く曲がりくねったこの道
君はここに僕を置いていった
遠い昔のことだ
いつまでも待たせないで
どうか君の扉へと導いてくれ


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The Long And Winding Road/THE BEATLES

僕はものぐさである。名前はまだ無い。

そう、きわめて不精者なのだ。そんな僕が、飽きもせず続けていることがある。それは読書だ。いろんなものを読む。それこそ小説から雑学から人生探求の本まで。
そう、僕は若い頃から生きている意味を知りたかった。そして、それなりの答えは得た。
けれど、そんな僕が不調の時ほどよく呟く言葉がある。

「人生って何だろう?」って。

君はロバート・シュラーを知っているだろうか。
信念の力によって人生の成功を手に入れる思考法、「ニューソート」の第一人者であり牧師でもあった彼はこう言った。


何事も「自分にはできる」と考えている人にとっては、問題などあればあるだけ、燃える要素に過ぎない〟と。


君はナポレオン・ヒルを知っているだろうか。
代表著書である「思考は現実化する」で有名な成功哲学の祖とも言われる彼はこう言った。


心の中に限界を設けない限り、人生に限界なんか存在しない〟と。


君はノーマン・ビンセント・ピールを知っているだろうか。
牧師であり「積極思考の使徒」とも呼ばれた彼はこう言った。


どんなに最悪な状況になったとしても、顔を上げて可能性に目を向けなさい。
あなたの目の前に可能性は常にあり、いくらでも手の打ちようがあるのですから
〟と。


よく引き合いに出されるけれど、コップに残る水の話がある。
〝もう水が半分しかない〟と思うのか。〝まだ半分もある〟と思うのか。
世間では前者をマイナス思考、後者をプラス思考と呼ぶようだ。

このコップの水を用いて経営学者ピーター・ドラッカーはこう言った。
世の中の認識が、「コップに水が半分入っている」から「半分空である」に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる〟と。

イノベーションは技術革新と訳されることが多い。新しい切り口とか捉え方という意味だ。

「先生! コップに水はきっちり半分です!」
「万屋君正解!」
よろずや君って、だ、誰や……

そう、厳然たる事実はコップに水は半分も入っているのだ。 ん? 半分しか入ってないと言うべきなのか?
いや、半分入っているのだ。それをどう受け止めるかは本人次第ということだろう。大切なのは残った半分の水をどう使うか、どう割り振るかのような気もするけれど、そこはやはり捉え方の話なのだ。

僕たち日本人の多くが「もう、水が半分しかない」と考えるタイプではなかろうか。日本人はそもそも心配性なのだ。でも、それなりの利点はある。最悪な事態を恐れ、手を尽くすことは大事だから。

〝まだコップに水が半分ある〟そう考える人はあっさり飲んでしまうかもしれない。
まあ、コップの水は喩えだから僕の言い方も変だけれど。

どうなんだろう。己の捉え方にポジティブを上書きする必要性はあるのだろうか?
はたしてそれでうまくいくのだろうか?

だからといって、マイナス思考が生む不平不満とか、責任転嫁、悪口、文句などは何の役にも立たないことは明らかだ。特に愚痴が繰り言になってしまったらそれを聞かされる周りにも嫌われていくだろう。

僕は思う。「半分しかない!」とざわめく己の心を騙して、〝まだ半分もあるんだ〟と言い聞かせることに持続性が期待できるのだろうか?
そもそも効果の現れる人は、元々がそんなタイプの人間なのではないかと。

できうればもっと根源的な救いの言葉、心に染み入る言葉、気持ちの落ち着く言葉を探した方がいいと僕は思う。

どちらかと言えば心配性の僕は、「半分しかない!」と口にしがちなのだ。
どうにも無理だと思ったら開き直ることにしている。「ま、いいや、どうとでもなれ」って。

きっちりやることに囚われて自分を追い詰めていた頃の僕は、たびたび胃が痛んだし、やがて胃潰瘍からの出血多量で病院のレントゲン室で崩れ落ちた
前日まで仕事をしていたけれど、簡単に尻餅をつくし、階段を上がると息切れしていた。

出勤時に向かった駅の階段を上がれなくなり、もうダメだと判断し引き返した僕は傘を差す力も、その傘を持ち歩く力もなく道路に置き去りにして小雨の中を歩いた。家に帰り着けるだろうかとそれだけを心配しながら。
両手をだらりと下ろしたままよろめくように歩くその姿は、まさにゾンビのようだったに違いない。

翌日、病院に行く時の僕は10メートルを歩くこともできずにしゃがみ込み、信号機の色さえ判別できなくなっていた。
病院ではストレッチャーで運ばれてそのまま入院。緊急輸血を受けた上で長い禁食&24時間の点滴生活に入った。

カルテをのぞき見したら、顔面、全身蒼白と書いてあった。
それでも、点滴スタンドをガラガラと引きずりながら違う階に行って煙草を吸った……娘が生まれてまだ、半年も経たない頃だったろうか。

そうだそうだ、退院して食欲が出て毎日たくさん食べるようなった僕は、座って足を組むと上の足がぴょーんと前に出る、いわゆる太るという現象に出会った。僕が60キロ代のウエイトを経験したのはあの時だけだ。
あ、また余計な話になったから元に戻そう。


君はシルバー・バーチを知っているだろうか。
世界三大霊訓のひとつに数えられる「シルバー・バーチの霊訓」の中にこう書かれている。


何度でも繰り返し申し上げられる私からのメッセージがあるとすれば、それは〝心配の念を棄てなさい。そうすれば内部に静穏が得られます。内部が静穏になれば外部も静穏になります〟ということです。

さらにこうも言う。

元気をお出しなさい。くよくよしてはいけません。取り越し苦労はお止しなさい。心配しても何にもなりません。心配の念は霊界から届けられる援助の通路を塞ぎます。自信を持つのです。道はきっと開けるという確信を持つのです。


君はバシャールを知っているだろうか。
惑星エササニに住んでいる複数の意識が合わさったような存在のバシャールは、チャネリングでこう伝えてきている。


ぜひ覚えておいてほしいのは、宇宙はあなたが対処できないものを与えることはないということです。

ニール・ドナルド・ウォルシュ著、「神との対話」の〝神〟はこう言っている。


心配というのは、最悪の精神活動のひとつだ。非常に自己破壊的な憎悪の次に悪い。心配は何の役にも立たない。精神エネルギーの浪費だ。それどころか、身体を傷つける生物化学的反応のもとで、心配するのをやめれば、直ぐにも健康状態は良くなる。

プラス思考の最高のかたちは、感謝の言葉だ。
「人生で成功させてくれてありがとう、神さま」そういう考え、思いを口にし、それに従って行動すれば、すばらしい結果を生む。


君はガンガジを知っているだろうか。僕はこの人の穏やかな声と柔らかな笑顔とウィットに富んだ話し方が好きだ。ガンガジはこう言う。

あなたの本当の姿は、平安、安らぎそのものなのです。

さて、君はどの言葉が胸に響いたろう。まあ、僕がこんな話をするときは絶好調の時か絶不調の時なんだけどね。


こ……好調ニャのかアニキ!

ガンガジ 「愛と感謝(Love&Gratitude)」!
 



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誰の言葉であったかはとんと忘れてしまったけれど、「人間はしかるべき場所にいる」というのがあった。
アラン・コーエン? ま、曖昧な記憶でものを言うのは時として嘘をつくことがあるのでやめておこう。

〝然るべき〟であるから、要は〝ふさわしい〟場所にいる、ということだ。そこで然るべき学びをしているのだろう。
だから、ここは自分の居るべき場所ではない、と拒否していることは学びの放棄なのかもしれない。

では、その学びとは、課題だけが出された僕たちの自習なのだろうか?
いや、そんなはずはない。答えはすでにどこかに出ているはずだ。僕たちがすでに持っているはずだ。先生がすでに教えているはずなのだから。
だから、わ~いとか言って黒板に落書きしている場合ではない。

誰しも仕事はきつい。人間関係もしかり。
僕の仕事も襲いかかってくるが如きにきつい。でも、みんなそうなのだ。そうとは分かっているのだけれど挫けそうになる。人間は弱い生き物だ。いや、僕は弱い人間なのだとつくづく思う。

〝山上の垂訓〟でイエスは言った。
「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」
              マタイによる福音書 6章34節

そう、僕たちはまだ来ぬ明日を思い悩んだりする。これを取り越し苦労というのだろう。未来が僕たちを押しつぶそうとすることがあるのだ。

過去でも未来でもなく。今日を生きよう。今を生きよう。瞬間を抱きしめよう。呼吸を感じよう。たとえ今が、望むものとは遥かに違っていたとしても。

だって僕たちは、然るべき場所にいるはずなのだから。



オフコース「時に愛は」
作詞/作曲 小田和正

走り来る日々達よ
僕らは知っている
新しいいくつもの 嵐の訪れを
時に愛は力尽きて崩れ落ちてゆくように見えても
愛はやがて二人を やさしく抱いてゆく



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