大地を焦がした陽の光もいくぶん和らぎ、季節の変わり目を教えていた。父を失った子らもしばし悲しみを忘れ、仲間らと走り回る声がこだまする、村の昼下がりだった。
石組みの仄暗い部屋の中、チロチロと赤い火が燃えていた。その炎の中に、ウロトナは小さく刻んだ香木をひとつまみずつ蒔(ま)いてゆく。炎の勢いが増すにつれ、部屋中に伽羅(きゃら)の甘い香りが満ちていった。
やがてウロトナの肩が小刻みに震え、白髪混じりの髪がゆらゆらと揺れ始めた。ビシュヌ神が下りてきたのだ。
「何が見えますか」イエナはシャーマン・ウロトナに問いかけた。
ああ、と呟いたウロトナは小さく頷き、やがてその頷きが次第に大きくなり、髪が前後に揺れる。
「黒い世界からそやつらはやってくる。闇の世界から湧き出てくる」ウロトナの声は違う者の色合いを帯びる。
「闇とは何です。見知らぬ部族ですか、それとも獣ですか」問いかけたイエナの声に、違う! と一喝をくれる。
「魔物じゃ、悪魔の使いじゃ。漆黒の闇を身にまとい奴らはやってくる」
「魔物とはどのようなものですか、我らは戦えますか」
ウロトナは両の手を胸の前で組み合わせブルブルと震わせながら、大きく首を左右に振った。
「いや、それはならん。人間では太刀打ちできん」

最近おかしなことが立て続け起こっていた。近くの森に鳥や小動物の狩りに出た男たちの内、戻らない者が続出し始めたのだ。そしてその男たちは、肉を食いちぎられ赤茶けた血をこびりつかせた骨となって荒野に亡骸を晒していた。
「もしやその悪魔の使いとは、町で祭りのある、あの伝説の魔物の事ですか」
「それやも知れぬ」
「知れぬとはどういう事でございましょう。わからないということでしょうか」
「よくは見えぬ」
「見えぬとは、風のようなものですか」
「風より早く、風のように目に見えぬもの」
「その魔物は人間を食うのですか」
「いや」ウロトナは長くゆっくりとうなり声を上げた。
「奴らは人間を食うことはせぬ。人間を食うておるのは獣よ。魔物は人の意思を抜き取る。抜き取られた者は立つことも座ることもできず、石ころか枯れ木のように横たわるだけじゃ」
「殺されてしまうのですか」
「生きておる、意識もはっきりしておる。ただ、動けなくなるのじゃ。その状態で獣に食われる」
「ウロトナ様、闘う術は!」
黙り込んだウロトナはやがて髪を左右に振った。
「ない!」膝の辺りの衣をつかみ、ブルブルと身を震わせた。
「ないのですか!」イエナはにじり寄った。
「ない!」
「どうしてですか! それがピシュヌ神のお言葉ですか?! 伝説の勇猛なる部族は現れないのですか!」
イエナの声に答えず、シャーマン・ウロトナは、そのままどうと横倒しになった。
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