好きな に・ほ・い | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」
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石けんも好きだしお線香の香りもいい。
特に白檀(サンダルウッド)が好みかな。

早春の甘い沈丁花いいし、


秋の金木犀もいい。


でも、もっと好きなものがある。

僕が二十歳を少し過ぎた頃の話だから、どんな香りであったかさえ忘れてしまったけれど、おそらく複数回、それに出会っていたはずだ。
人混みでふっと鼻腔をかすめるフローラルの香りはとても強く印象に残った。

その名前が分からず、僕はそれを知りたかった。
けれど香りを言葉で人に伝えてその名前を知るなんてできるだろうか?
そう、できないのである。その名前を求めて、僕の長い旅路が始まった。

昼下がりの自由が丘駅。渋谷行きの東横線に乗り換えるため電車を降りた僕の鼻先に、風に乗ってふわりと、それが香った。
来た!
そう、滅多に出会えなかったのだ。

僕は人混みをかき分けるように、その香水の主を探した。目で追った、鼻を働かせた。けれど特定することなくその香りはかき消えてしまった。

目の前には自由が丘駅のロータリーが見えた。僕は肩を落とし、東横線のホームへと階段を上がった。
どうするつもりだったのかというと、その人に訊いてみるつもりだったのである。
「これ、何という香水ですか?」と。

落胆の日から、さらに月日は流れた。

ある日の仕事中、勤務する飲食店の通路で小さな円筒型のプラスティック容器を拾った。蓋の内側にはスティック状のものが付いている。
これ、何だろう? 興味を惹かれてその蓋をそっと外してみた。鼻先を近づけた僕に香ってきたもの……。

「こ、これだ!」
そう、それは紛れもなく僕が探し求めた香りだったのである。
やっとその名前の書かれた香水を手にしたのである。

僕は片っ端からアルバイトの女子たちに聞いてみた。
けれど、誰もそれを知らなかった。名前さえ読めなかったのである。
女子大生のアルバイトでは分からなくても仕方がなかったのかもしれない。

僕はいつもそれをポケットに入れて、ことあるごとに女子たちに訊いた。

あるときついに、その名を知ることになる。教えてくれたのは初めて会った女性だった。何人かで飲みに行った六本木だったろうか。

「ニナ・リッチのレールデュタン。時の流れって言うのよ」僕の隣で彼女は言った。

その名が表すとおり、僕の周りでは時が流れていた。

今度暇なときに引き出しを片っ端から開けてみようと思う。きっとどこかに、今でもあるはずだから。

二十歳そこそこの僕を虜にした香りは、今でも心を揺さぶるだろうか。

いや、間違いなく……。


*ニナ・リッチ(Nina Ricci)のもっとも有名な香水〝レールデュタン〟『時の流れ』
故ダイアナ元妃が使用していたことでも有名で、1948年に登場して以来、時を超えて愛されるレールデュタンは2014年秋、日本で再発売された。


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