─イリュリムの覚悟─
「どうじゃ、石を切った感触は」
「剣が石に触れてもいないのに、手のひらと腕に衝撃が来ました」イエナは右手を開き、腕を曲げ伸ばした。
「うむ、魔物を斬ればもっと強い衝撃を受けるぞ。だが、やがて腕が慣れる」
「ところでイシュリム様、あと24本打つとなると、急いでも72昼夜もかかります。我が村の男たちが骨となって荒野に晒されております。なにか、先に打てる手はないのでしょうか」
「それはない。あれば打っておる」イシュリムは苦しげな顔をして首を振った。
「イエナ、お前がそうであったように、わしらの部族の子孫はあちこちに散っておる。それらが集まれば力になるであろう。しかし、村々をすべて回って剣を使える子孫を捜したとて、途方もない時が必要じゃろう。そして、その剣の数はせいぜい10数本……」記憶を辿るようにイシュリムは目を閉じた。
「忘れてしもうたが、20本に満たない。さらに、その中に何人の使い手がいるかなどわからぬ」
即座に10本集まったとしても16本、そしてそれは到底望めない。これでは闘えないではないか。
「イシュリム様、もっと少人数で闘うことはかないませんか」
イエナの言葉で、イリュリムの顔色が瞬時に変わった。ゆっくりとイエナの方へ顔を向ける。荒々しい呼吸が鼻から漏れている。肩を怒らせて一歩二歩と近づいてくる。
「たわけ者!」イシュリムの怒声が集会所に響いた。
「イエナ、お前は自分がなにを言っているのかわかっているのか!」イエナを指さす手が、怒りで震えている。
「わしらが全滅すればどうなる! 誰が闘う! いったい誰が魔物と闘うのだ! 荒野の民は死に絶えるぞ! お前の村の話ではすまぬ!」
イシュリムの狼のような瞳に睨みつけられて、イエナは声が出せなかった。
そうだ。自分は村のことばかりを考えていた。イエナはそれに気づいた。しかし……。
イシュリムが近づいてきて右手を挙げた。イエナは殴られる覚悟で身を固くした。しかしその手はイエナの肩をつかんだ。
「いよいよとなれば少人数で挑むしかなかろう。しかし、それは無謀な闘いであることは間違いない」
「イシュリム様、心が狭くなっておりました」
「謝らずともよい。お前の気持ちは痛いほどわかる。村に妻子もおるのであろう?」
「はい」イエナは小さく頷いた。
「いかに無敵の剣とはいえ、日々の剣の鍛錬をやめてしまった子孫たちに、かつての勇者の技量はとうてい望めまい」イシュリムは唸った。
「20人だ。それが揃ったら闘いを始める」
20人として、後14本。42昼夜。

「いよいよのときは、このわしも微力ながら剣を振るおう」イシュリムが口元に笑みを浮かべた。
「イシュリム様が?」
「わしとて闘う部族の男であることを忘れるな。昔も今も変わらず、その長だということも。そして、魔物と闘った最後の生き残りだということもだ」
「イシュリム様、わたくしが無理を言いました……」
「人が魔物と闘おうとすること自体がそもそも無理なことなのだ。我らであればこそ、その無理を可能にするのだ。
イエナ、そんな顔をするでない。その顔はますますネイトンを思わせる。人はなぜに闘うのであろうかと、悲しい顔をしたネイトンにな」
イシュリムは懐かしむように微笑んだ。
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