─ネイトンの剣2─
「みなの者よ、鎮まれ!」イシュリムの一声で、瞬時に静寂が訪れた。男たちは固唾を呑んで次の言葉を待っている。
「お前たちの想像通りじゃ」
集会所は再び騒然とする。
やっぱりだ……。
闘いだ……。
俺は使えん……。
わしもじゃ……。
いや、俺は使えるぞ。
「剣を使える者は手を挙げよ」
男たちの中からぽつぽつと手が上がる。その数5人。その数の少なさに、イエナは呆然とした。
無理もない……イシュリムが呟いた。
「最低は幾人ぐらい必要でしょうか」両手を杖の上に乗せ、仁王立ちするイリュリムに尋ねた。
「イエナよ、昔闘った数が100人だったということは言ったな。数はもちろん多ければ多いに越したことはないが、最低限必要な数がいかほどかは、わしにもわからぬ。がしかし、我が部族の成人男子は、今50人ほどしかおらん。
50人……イエナは口をすぼめてため息をついた。
「奴らは後から後から湧いて出る。心の隙を突かれたら闇に飲まれるゆえ、我らとて長くは闘えん。そうだな……」
イシュリムは、考え込むように言葉を切った。
「30人揃ったら闘いを始める。日中の間交代で闘うこととしよう。夜の闇が力の源だから奴らは動かぬ。夜は力を貯えるからの」
「夜は大丈夫なのですね」
「いや、かならずしもそうとは言えんが、奴らが夜動いたことはない。一度闘いを始めればどちらかが死に絶えるまで闘わねばならん。攻撃を途中でやめるということは、すなわち荒野の民の全滅を意味する」イシュリムの目は、鋭くも悲しげだ。
「闘いでは鎧をまとうのでしょうか? 戦(いくさ)を好む大国では鎧を着るようですが」
「我が部族に鎧など必要ではない。ましてや鎧など魔物の前には裸も同然じゃ」
「イシュリム様、合うとは、使えるとはどういう意味でございますか」クロンが口を開く。その声に頷いてイシュリムがネイトンの剣を抜いた。
「イエナよ、この剣を持ってみよ」
その剣は奇妙な形をしていた。剣と言えば真っ直ぐな諸刃で、切っ先は敵を貫き通すように鋭角にとがっているもの、しかし手にした剣の身はゆるやかに反り返り、その曲線は美しく思ったほど重くはない。
「打撃も、突き刺すことも必要のない剣じゃ。究極は刃さえも必要ない」
「シャーマン・シャメーナ様が、黄金色に光る剣だと仰っていましたが」手にした剣は顔を映すほどに研ぎ澄まされ、銀色に光り輝いている。
「そうじゃ。その者の精神に合致した時初めて、その剣は黄金色に光り輝く。そして触れることなく敵を斬り倒す。ゆえに刃は相手を斬りつけるのではなく、己の気を鋭く放射するために付いている」
「剣が、精神に合致するのですか」イエナは手にした剣を見つめた。光り輝く剣の中に、自分の右目が映っている。
「人はそれぞれ、うねりを持っておる。川の淀みと急流のようなものだ。空と大地、昼と夜、笑いと怒り、そのうねりを行き来するのが人じゃ。
大地と風と空と太陽、それらと調和したとき、美しいうねりとなる。逆に不調和になるとビリビリと尖り、悪(あ)しくなる。
うねりは時として強くなり、やがて弱くなる。それをくり返すのが人。剣にはその両方を練り込む。良いうねりを大部分、そして、悪いうねりを少々じゃ」
「なぜに双方を練り込むのですか」
「どちらも、その人間だからだ。さ、構えてみよ」
イエナは両手で剣を構えた。
「心を穏やかにして何も考えるな。無心だ。風の音を聞け、その中に潜む聞こえぬ音を聞け。人とラクダ、獣と鳥、空飛ぶ虫と地を這う虫では聞き分ける音が違う。野生の耳を研ぎ澄ますのじゃ」
イエナは精神を集中して集会所の外に吹く風の音を聞いた。葉擦れの音、遠くで聞こえる小鳥のさえずり、川の流れの音、子らの声。
「さあ、草木の匂いを嗅げ、川の匂いを、石の匂いを、大地の匂いを嗅げ、わしらは生かされておる、その偉大なる力の息吹を全身で感じろ」
イエナは鼻に意識を集中させた。石の匂い、大地の匂い、水の匂い。

「己を考えるな、ちっぽけな己など捨て去れ、何も悩むな、恐れるな、心を解き放て。天より与えられし剣だけを信頼せよ」
しばらくそうしているうちに、剣の持ち手が熱を帯び始めてきた。
「持ち手が少し、熱を持ってまいりました」
「やはりお前はネイトンの血筋! よし、ぴたりと合うやも知れんぞ。次はお前の守るべき者たちを思い浮かべよ。己を棄てるのだ。利己を捨てて利他になりきれ」
剣の先が仄かに黄色みを帯びてきた。
「己が闘う姿を思い浮かべよ。剣の先から目に見えぬ力が放出されるのだ。さあイエナ、あの石に向かえ。あれは魔物じゃ」
イシュリムが指さす方へゆっくりと移動する。やがて剣全体が黄金色に輝き始めた。男たちが輪を描くように後ろへ引いていく。
「イエナよ振りかぶれ、何疑うことなくその石を切れ! 当てることなく切れ!」
イエナは言われるままに剣を袈裟に振り抜いた。男が数人がかりでも持てないであろう石の角が、ずずっと滑り砂地に落ちた。
おお、集まった男たちから歓声がわき起こった。
「これで6人は揃った。我が友ネイトンの再来じゃ」イシュリムが力強く頷いた。
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