─セブナ─
「生きておったか!」
「はい」
「なんと……夢ではなかろうか」イエナはシェリの二の腕と我が子の頬に触れた。
「夢ではございません。しかし、村が襲われました」
「うむ、クロンと行ったのだ。目も当てられぬありさまだった。しかし、よくぞ無事で」
「はい。運良く助かりました。けれど、目覚めたときには、村の人々は倒れていました」シェリはその泉のような瞳に夕日を映す涙を浮かべた。
「すまぬ、私が留守の間に取り返しのつかないことになってしまった」イエナの声に、シェリは両耳の後ろで編んだ髪をゆすりながら首を振った。
「我が村の者たちは?」
「少数ですが生き残りました。事が起こったのは昼をすませて、時がいくらか過ぎた頃です。眠っていた人たちは助かりました。しかし、隣村の方たちが気に掛けて昼前に尋ねてくれたのですが、その方たちと談笑していたり、外で遊んでいた子らは命を奪われたようです」
「ユインも」イエナの問いかけに、シェリは頷いた。
「父母もか」シェリはうつむき、はい、と小さく答えた。
「けれど、クロン様の妻子はご無事です」
シェリが誘(いざな)うように後ろを振り向く。クロンの妻とその胸に抱かれた幼い男児がいた。その妻が頭を下げた。近くに彼の父母の姿は見えなかった。
「ようご無事で」イエナは歩み寄った。
イエナ様!
族長様!
人々の中から声が上がった。我が部族の民たちだった。皆夕日に顔を赤く染めて、頷いたり目頭を押さえたりしていた。その数ざっと20人ほど。400人の村で、生き残った民はそれだけだった。
「すまぬ」イエナは膝に手を当て頭を下げた。
「イエナ、よくご無事で」歩み寄ってきたのは叔母エレナだった。

「私は何の役にも立ちませんでした」
「お前が気にせずともよいのです。これもまた我が部族の定めでしょう」エレナは声を落とした。
「イエナが族長などやりたくなかったのはわたしが一番よく知っております。あなたが気に病むことではありません」
そう、兄が族長を継ぐのが定まった道だった。イエナよりも逞しく、智恵があり、やさしく強かった兄は、イエナが幼い頃に病で死したのだ。
「クロン!」呼びかけた先を見ると、すでに妻子の姿を確認したのか、馬にまたがったクロンが口元を押さえて肩を震わせていた。
「あの方が助けて下さいました」シェリの指さす先には、ラクダから降りたティエンが見えた。イエナは再び人混みを分け、ティエンの元に走り寄った。
「ティエン殿が助けてくれたのですね!」
「あれはイエナ殿の村でしたか。ご妻子にございますね?」
「はい、そうです」
「ご無事で何よりでした。もっと早くにたどり着けていれば、救えた人も多かったろうと思いますが」
「ティエン殿、このご恩、イエナは生涯忘れません」
「よいのだイエナ殿、助け合うのが人。それを忘れてしまえば野を這う獣に同じ。それを身をもって教えてくれたのはイエナ殿ではないですか」頷くティエンが、イエナには幼い頃に亡くした兄のように思えた。
「夢に従い村々を回っている時に、イエナ殿の村へ着いたのです。みな倒れ伏し全滅かと思われました。
しかし子を寝かしつけていたり、昼寝をしていたり瞑想に入っていた人たちは幸いにも無事でした」
「おじちゃん」ラクダに乗った男の子が手を振った。
「また会ったね。君も将来は、お父さんみたいな剣の闘士になるのだね」イエナはラクダに乗った男の子に笑いかけた。
「もしやこの子を男児と間違えてございますか?」ティエンが白い歯を見せて笑った。
「イエナ殿、これは我が子セブナと申す女児でございます。そして、すでに剣の闘士にございます。これほどの使い手はいないとさえ思われる剣の名手。この子がおらねばわれらも全滅していたでしょう。
魔物と闘っている時、私は死を覚悟したのですが、この子の剣は無類の強さを見せてくれました。そして夕になり闇が迫った頃、魔物は去ったのです」
「セブナ、ありがとう。その小さな身体でよく剣が操れるのだね」イエナはその足を軽く叩いた。セブナは恥ずかしそうに微笑んだ。
「この子は止まることなく走り回り、肩にからげた剣をまるで放り投げるかのように振りまわすのです」
「だって、この剣は大きいし重い」セブナはラクダにくくりつけた剣を叩いた。
「以前会ったときも剣をお持ちだったのですね。気がつきませんでした」
「2本とも袋に入れて、私が背負っておりましたから」ティエンが笑った。
「して、ティエン殿が剣をお持ちなのに、さらに、どうやって手に入れたのでしょう」
「セブナには亡くなった親族に伝わる剣がぴたりと合いました。イエナ殿のご先祖もそうでしょうが、闇との戦(いくさ)でよく闘った私の祖先は、兄弟で今の村へ居着きました。その剣です」ティエンがセブナの剣を指さした。
「ところでティエン殿、剣を使える闘士は集まったのでしょうか」
「村を回るうち3人を見つけましたゆえ、私たち親子を含めて5人です。先頭のラクダに乗る人たちがそうです。イエナ殿の村でも、剣を抜いて闘ってくれました」
イエナは小走りでその3人に駆け寄った。
「ありがとうございました。我が部族も20人ほどが助かりました」
「おお、あの村の方ですか」
「族長をしておりました、イエナと申します」イエナのあいさつに3人はそれぞれ名を名乗った。いずれもたくましい体つきをした男たちだった。
「力を合わせて闘いましょう」男たちは強く頷きながら、腰の剣を叩いた。
「ティエン殿、今も剣を打っておりますが、打ち手の者が腕を怪我するという事故が起こり途方に暮れておりました。これで15人、その後何本打てているかにもよりますが……」
「15人、それは真ですか」
「はい。イシュリム様の村でも、もう剣を持つものが少ないのです」
「それで、剣を集めよとご先祖様が夢を見せてくれたのですか」ティエンは夕焼け空を見上げた。
「しかし、なんとも少ない。かつては100人で闘ったと伝わっていますが」
「それは叶わぬ数です。イシュリム様は最低20人が揃ったら闘いを始めると仰っていました」
「20人……」ティエンは口を引き結んで厳しい顔をした。
「しかし、闘わなければなりますまい」
「ティエン殿、私とクロンは向きを変えてシャーマン・シャメーナ様の元へ向かいます。魔物が今どこにいるのか尋ねて参ります」
「分かりました」ティエンはあごを引いた。
「わたくしはどうすれば……」いつの間にシェリがイエナの後ろに立っていた。
「シェリよ、この方たちと一緒にイシュリム様の村へ向かいなさい。ティエン殿とセブナの剣は頼りになるであろう。ティエン殿頼みます」
「血肉をお分け給いしイエナ殿よ、お任せ下さい。あなたがたのご家族が亡くなる時は私の家族も死ぬ時です。最後の最後までお守りしましょう」
「おじちゃん、また会いましょう」夕日を浴びながらセブナが笑った。
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