─剣打ち─
イエナが目にした剣を打つさまは、想像を越える過酷さだった。剣を仕上げてもらう者はまんじりもせずに見守り、剣を打つ男は鬼のような形相で焼いた剣に向かう。
「念を入れよ!」剣打ちの男がほとばしる汗も拭わず叫び、火花が弾け飛ぶ。そのたび剣の主は両の手を組み、念を入れ続ける。
「念を解け! もっと素早く解け! 強い念と果てない虚無、その交互が織り込まれなければ真に強い剣はできあがらぬ。この剣はお前自身だぞ! 弱き者を守り邪悪な者を斬り倒す、この世にただ一本の無双の剣なのだ!」
駄目だ! 剣打ちの男が、打っていた剣を投げ捨てて立ち上がった。
「雑念を入れるな! もっと素早く緩急をつけよ! それができなければ剣は打ち上がらぬ。まかり間違えて仕上がったとしても闘いの時に破れ去るのだ!
剛と柔だ! 久遠と瞬間だ! 始めと終わりだ! 呑(どん)と吐(と)だ! 張り詰めた糸とどこまでも緩んだ糸だ! 緩んでいたら闘えない、さりとて始終張り詰めていたら己の精神が壊れるのだ!」
剣打ちの男は、また新たな剣の元棒を火の中に差し入れた。

「いいか、闘いを甘く見ていたら必ずや大地がお前の頬を打つ。休まず戦い続け、イシュリム様の結界で休む。闘いと休息、放出と貯え、剣と眠り、交互に繰り返す。勝利の時までそれは果てなく続くのだ! よいか!」
「はい!」
「イシュリム様に聞いたところによれば、20人で闘うとか」剣打ちの男が鋭い目で問いかけた。
男が口を引き結んで頷いた。
「我が部族がそれほど少ない手勢で闘ったことはないはずだ。最悪の闘いになるだろう。下手をすれば全滅する。
わしは闘えん。剣を打つことしかできないのだ。皆のために最高の剣を仕上げる。それしかできないのだ。
もしも、もしもだ。お前たち20人が死に絶えたなら、わしは剣を持って必ずや魔物に斬り込む。わしは闘士ではないゆえ、あっけなく死ぬだろう。それで我が部族の剣も絶える。伝説の我が部族も滅ぶのだ」
剣打ちの男の目はこの上なく真剣だった。
「すべてはお前たちにかかっている。頼んだぞ!」
「はい!」
「いくぞ!」
「はい!」
イエナはいたたまれなくなり、その場を静かに後にした。
剣は一日早く2昼夜で1本打ち上がった。研ぎも鍔も省かずに剣打ちの男は仕上げたのだ。これで残すは後9人。このまま行けばあと18昼夜。しかし、2本目を打ち始めた時、突発的な事故の知らせは届いた。折れ飛んだ剣の先が剣打ちの男の腕に刺さったと。
「何ということじゃ!」イシュリムは杖をつく腕をブルブルと震わせながら打ち場へ急いだ。イエナとクロンも後を追う。
「もう、剣を打てる者はいないのですか?!」わかっていながらの問いかけだった。
「子がおるがまだ成人はしておらん。ゆえに奥義は伝授されてはおらぬ」
「イシュリム様お恥ずかしいことになりました。しかし左腕ゆえこいつに持たせればなんとかなります」剣打ちは横に立つ息子をあごで指した。
「必ずや打ち上げます」
亜麻の布で腕をぐるぐる巻きにした剣打ちは苦悶の表情を浮かべながら剣を打ち始めた。
「念を入れよ!」男の声が打ち場に響く。
しかし、予定は大きく狂うはずだ。ここでじっと待っているわけにもいかないと判断したイエナは、一度村に帰ることを決めた。
「イシュリム様、一度村に戻って様子を見てきたいと思います」
「うむ、気がかりであろう。ただし、その剣は置いてゆけ」
「なぜにでございますか」
「その剣を見れば奴らは全力で襲いかかってくる。本格的な闘いが始まる前に力でねじ伏せようとしてくるだろう。
周りの様子がおかしいと感じたら、まやかしではないかと疑え。そして己を捨て心を無にするのだ。魔物とて、心がそこにない者から意思を奪い取ることはできまい。しかし、奴らの漆黒の毒は人を瞬時に死に追いやる。充分気をつけてゆけ。そうじゃ、馬を使え。慣れぬうちは走らせてはならぬ。落ちて怪我をする」
〝曾祖父イエナとクロンは故郷の村を目指しました。イシュリムの村からおよそ11昼夜と思われます。馬を得たふたりはそれを4昼夜で行くことを決めました。〟
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