─口頭伝承─
「シェリ、なぜ剣など持っている。それを捨てなさい! 早くイシュリム様の村へ戻るのだ!」
「はい、この剣は落ちておりました。どなたかがお亡くなりになったのではと……それで村へ持ち帰ろうと思い、拾いました」それは確かに闘う部族の剣だった。
事の重大さに、シェリの瞳は定まることなく揺れていた。
「申し訳ありません。娘を寝かしつけておりましたらこちらも眠ってしまい、いないことに気がつくのが遅れてしまって……それにクロン様がこんなことに、すべてわたくしのせいです」
「それより早く戻りなさい!」
シェリは、はいと頷き頭を下げた。
〈イエナよ、斬れ!〉シャメーナの声がした。
「シャメーナ様、あれは我が妻子にございます!」
〈違う! イエナよ斬るのだ!〉
「しかし、紛れもなく我が妻子でございます!」
〈おかしいとは思わぬのか? あんな幼子がこの距離を歩いてくると思うのか? つかの間とは言えぬ時が過ぎたはず。お前の妻はそこまで間が抜けてはおるまい。あの二人が村へ入ったらひとたまりもないぞ〉
子を抱き、急ぎ足で遠ざかるシェリの後ろ姿をじっと見つめた。
〈早く行かぬと手遅れになる!〉
そのとき、シャメーナの声が頭の中を外れて、シェリの走り去る方向から聞こえた気がした。
イエナは再び問いかけた。
「それはまことなのですね」
〈私が嘘をつくと思うのか〉
イエナは走った。耳元で風が鳴る。シェリの背中がみるみる近づいてくる。間合いを計り、剣を振り上げ宙を飛んだ。
おのれ! 着地する寸前に肩口から剣を振り切った。手応えを感じ、黒い魔物が二つに弾け飛んだ。
「急ぎなさい!」イエナの声にシェリは走り出した。妻子の後ろを走りながら、右へ左へと剣を振り続けた。シェリと子は無事にイシュリムの村へ入った。
「申し訳ないことをいたしました。どうぞご無事のお帰りを」シェリが頭を下げた。
〈イエナよ、見事だ〉
「今度は本物のシャメーナ様ですね」
〈いかにも〉
「魔物はイシュリム様の村へは入らぬ、と教えてくれたのはシャメーナ様ではありませんか」
〈よく見抜いた〉
「しかしシャメーナ様、遅うございました」
踵(きびす)を返して歩く先に、うつぶせに倒れたクロンが見える。幼い頃からなにをするにも一緒だった。朝から宵まで、親よりも長く一緒にいたような気がする。
「クロンが死にました」
〈お前は見たのか?〉
「はい、何をでしょうか」
〈クロンの死に顔を見たのかと訊いておるのだ〉
「いえ、まだです」クロンの姿が近づいてくる。
〈私がお前とクロンに贈った衣は、我が宿りし木の繊維と生命力で作られたもの、私がただの衣を贈ると思うか〉
「はい?」
〈今までの死者はどうであった〉
「今までの、死者でございますか?……身体が……真っ二つに」
〈クロンはそうなっていたか〉
「いえ、繋がっております」うつぶせのクロンの元にたどり着いた。
〈衝撃で気を失っているだけだ。私はピシュナ神に叱責されるやもしれぬ。人の生き死にに手出しをするなと〉
「シャメーナ様、感謝いたします」しゃがみ込み、クロンの肩を揺すった。うめくような声が小さく聞こえた。
〈その衣は10昼夜ほどしかもたぬであろう。長引くようであれば過信はするな。二人分をこしらえるだけで、私が地上にとどまる期間も少し縮んだやもしれぬ〉
シャメーナが少し笑ったような気がした。

〝この闘いは7日の間くり広げられたと聞きました。そして彼らは勝利したのです。しかし、生き残った剣の勇者は僅か8人、いかに過酷な闘いであったかが分かります。
それから彼らは疲れの癒えぬまま馬を走らせ、村々を回りました。被害を受けたいくつかの村がすでに魔物によって滅ぼされていましたが、生き残った人々は彼らが引き連れて村を統合しました。
ティエンが率いていた人たちも含め、魔物の手から生き延びた人々の内の多くが、イエナの村に居着きました。曾祖父イエナがそれを望んだからです。
そして残りの人たちはシャーマン・シャメーナの村に向かいました。子を持つものは、水と穀物の豊かなシャメーナ様の村が良いだろうとイエナが判断し、勧めたからです。シャメーナを始めその族長も快く迎えてくれたそうです。
ティエンの一家とスベラはイシュリムの村に戻りました。再び魔物が現れた時、この荒野の部族を守るためです。もちろん、スベラの妻子もそれに従いました。約束通り、イエナとスベラの妻子は対面しました。
これが、曾祖父イエナの語ってくれた物語のすべてです。
曾祖父イエナは必ず付け加えました。ミランダよ、もしも黒い魔物がやってきたら、陽の昇る方へ11昼夜進め。その川の畔に、胸の高さほどの石囲いの村がある。そこにネイトンから受け継いだ剣はある。お前にはきっと合うに違いない。その剣を手にとって闘えと。
子も孫もたくさんいる曾祖父がなぜ好んで、それも女児であったわたしにその話をしてくれたのか、今は分かるような気がします。
誰が目の前に立っても騙されてはならぬ。奴らはシャーマン・シャメーナにさえ化ける。その時頼りになるのはミランダ、お前の心である。お前の人を愛する心と闘おうとする勇気は、必ずや真実を見いだすであろう。
ミランダよ、光を掲げ、闇をはらえ、と。
すべてを見透したような曾祖父イエナの言葉を噛みしめながら、わたしは今、ミネラと共に陽の昇る方へラクダを急がせています。
イシュリムがいた場所へ、荒野の守り神たちが住むという伝説の村へと。〟
─FIN─
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