風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -116ページ目

─口頭伝承─

「シェリ、なぜ剣など持っている。それを捨てなさい! 早くイシュリム様の村へ戻るのだ!」
「はい、この剣は落ちておりました。どなたかがお亡くなりになったのではと……それで村へ持ち帰ろうと思い、拾いました」それは確かに闘う部族の剣だった。
事の重大さに、シェリの瞳は定まることなく揺れていた。

「申し訳ありません。娘を寝かしつけておりましたらこちらも眠ってしまい、いないことに気がつくのが遅れてしまって……それにクロン様がこんなことに、すべてわたくしのせいです」
「それより早く戻りなさい!」
シェリは、はいと頷き頭を下げた。

〈イエナよ、斬れ!〉シャメーナの声がした。
「シャメーナ様、あれは我が妻子にございます!」
〈違う! イエナよ斬るのだ!〉
「しかし、紛れもなく我が妻子でございます!」
〈おかしいとは思わぬのか? あんな幼子がこの距離を歩いてくると思うのか? つかの間とは言えぬ時が過ぎたはず。お前の妻はそこまで間が抜けてはおるまい。あの二人が村へ入ったらひとたまりもないぞ〉

子を抱き、急ぎ足で遠ざかるシェリの後ろ姿をじっと見つめた。
〈早く行かぬと手遅れになる!〉
そのとき、シャメーナの声が頭の中を外れて、シェリの走り去る方向から聞こえた気がした。
イエナは再び問いかけた。
「それはまことなのですね」
〈私が嘘をつくと思うのか〉

イエナは走った。耳元で風が鳴る。シェリの背中がみるみる近づいてくる。間合いを計り、剣を振り上げ宙を飛んだ。
おのれ! 着地する寸前に肩口から剣を振り切った。手応えを感じ、黒い魔物が二つに弾け飛んだ。

「急ぎなさい!」イエナの声にシェリは走り出した。妻子の後ろを走りながら、右へ左へと剣を振り続けた。シェリと子は無事にイシュリムの村へ入った。
「申し訳ないことをいたしました。どうぞご無事のお帰りを」シェリが頭を下げた。

〈イエナよ、見事だ〉
「今度は本物のシャメーナ様ですね」
〈いかにも〉
「魔物はイシュリム様の村へは入らぬ、と教えてくれたのはシャメーナ様ではありませんか」
〈よく見抜いた〉
「しかしシャメーナ様、遅うございました」

踵(きびす)を返して歩く先に、うつぶせに倒れたクロンが見える。幼い頃からなにをするにも一緒だった。朝から宵まで、親よりも長く一緒にいたような気がする。
「クロンが死にました」

〈お前は見たのか?〉
「はい、何をでしょうか」
〈クロンの死に顔を見たのかと訊いておるのだ〉
「いえ、まだです」クロンの姿が近づいてくる。
〈私がお前とクロンに贈った衣は、我が宿りし木の繊維と生命力で作られたもの、私がただの衣を贈ると思うか〉
「はい?」
〈今までの死者はどうであった〉
「今までの、死者でございますか?……身体が……真っ二つに」
〈クロンはそうなっていたか〉
「いえ、繋がっております」うつぶせのクロンの元にたどり着いた。
〈衝撃で気を失っているだけだ。私はピシュナ神に叱責されるやもしれぬ。人の生き死にに手出しをするなと〉

「シャメーナ様、感謝いたします」しゃがみ込み、クロンの肩を揺すった。うめくような声が小さく聞こえた。
〈その衣は10昼夜ほどしかもたぬであろう。長引くようであれば過信はするな。二人分をこしらえるだけで、私が地上にとどまる期間も少し縮んだやもしれぬ〉
シャメーナが少し笑ったような気がした。



〝この闘いは7日の間くり広げられたと聞きました。そして彼らは勝利したのです。しかし、生き残った剣の勇者は僅か8人、いかに過酷な闘いであったかが分かります。

それから彼らは疲れの癒えぬまま馬を走らせ、村々を回りました。被害を受けたいくつかの村がすでに魔物によって滅ぼされていましたが、生き残った人々は彼らが引き連れて村を統合しました。

ティエンが率いていた人たちも含め、魔物の手から生き延びた人々の内の多くが、イエナの村に居着きました。曾祖父イエナがそれを望んだからです。
そして残りの人たちはシャーマン・シャメーナの村に向かいました。子を持つものは、水と穀物の豊かなシャメーナ様の村が良いだろうとイエナが判断し、勧めたからです。シャメーナを始めその族長も快く迎えてくれたそうです。

ティエンの一家とスベラはイシュリムの村に戻りました。再び魔物が現れた時、この荒野の部族を守るためです。もちろん、スベラの妻子もそれに従いました。約束通り、イエナとスベラの妻子は対面しました。

これが、曾祖父イエナの語ってくれた物語のすべてです。

曾祖父イエナは必ず付け加えました。ミランダよ、もしも黒い魔物がやってきたら、陽の昇る方へ11昼夜進め。その川の畔に、胸の高さほどの石囲いの村がある。そこにネイトンから受け継いだ剣はある。お前にはきっと合うに違いない。その剣を手にとって闘えと。

子も孫もたくさんいる曾祖父がなぜ好んで、それも女児であったわたしにその話をしてくれたのか、今は分かるような気がします。

誰が目の前に立っても騙されてはならぬ。奴らはシャーマン・シャメーナにさえ化ける。その時頼りになるのはミランダ、お前の心である。お前の人を愛する心と闘おうとする勇気は、必ずや真実を見いだすであろう。
ミランダよ、光を掲げ、闇をはらえ、と。

すべてを見透したような曾祖父イエナの言葉を噛みしめながら、わたしは今、ミネラと共に陽の昇る方へラクダを急がせています。
イシュリムがいた場所へ、荒野の守り神たちが住むという伝説の村へと。〟

─FIN─


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この世界は、僕たちの本質からすれば「幻想」だけれど、でもやっぱり、痛かったり、苦しかったり、辛かったり、悲しかったりする。

世の中に偶然という出来事はなくて、だからこそ、人の生き死にや、生まれ落ちたときの状況というのも選んで生まれてきたということになる。

特にちいさいお子さんの場合は、親として現世に存在するソウルメイトに、なにがしかを学んでもらおうという意味合いが強いのだろうけれど、それでもやっぱり、辛いものは辛いのが人生という「幻想」。

「のかぜ」さんのブログを見てささやかな募金をさせていただいた〝かよ〟ちゃん、目標金額に達しましたね。でも、闘いはこれからです。




「こもれび」さん経由の〝なな〟ちゃんは、まだまだ目標金額に達していないようです。頑張るんだみんな!(≧▽≦)

ななちゃんを救う会
http://nanachan.jp/

このようなブロガーさんがいるのはありがたいことですね。でなければ、僕も知るはずもなかったのだから。

「助け合うのが人。それを忘れてしまえば野を這う獣に同じ。それを身をもって教えてくれたのはイエナ殿ではないですか」
剣伝のティエンの朗々たる声が聞こえてきそうです。

僕たちはそろそろ、この世という幻想から抜け出すために、打ち込まれた輪廻の楔(くさび)を外す時なのかもしれません。生き残るためではなく、永遠を思い出すために。

Jupiter - 平原綾香



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二日目の朝の闘いが終わり、イエナたちは転がるようにイシュリムの結界になだれ込んだ。
クロンもティエンも他の男たちも、俯せになりあるいは仰向けになり、肩で息をしていた。
セブナは、おやすみと大の字になるなり寝息を立て始めた。

「セブナはむろんずば抜けているが、最初は尻込みをしたあの腰抜けスベラの剣も素晴らしい。動きは羽が生えたように軽やかで、振り抜く剣は夜空を切り裂く稲妻のように素早く力強い」
結界の中央に座るイシュリムが感嘆の声を上げた。

昼前に闘うスベラたちは朝の部隊の闘い振りを座って見守るが、疲労困憊のイエナたちは彼らの闘う姿を見たことはなかった。
「お前とやり合っても、きっといい勝負をしよう」
「それはようございました。しかし、やり合いません」イエナは眠りに引きずり込まれながら苦笑した。



クロン……呼びかける声が、イエナの浅い眠りを荒野に呼び戻した。
「お疲れでしょう。あなた様にパンを焼きましたゆえお持ちしました」クロンの妻の声だった。

イエナを粘り着くような眠りが襲う中、ふとおかしなことに気がつく。この闘いのさなかにこの妻御は何をしている。イシュリムはなぜなにも言わぬ。
もしやこの声、クロンにしか届いていないのではあるまいか。自分はすぐ隣に横になっているため、たまたま聞こえるのではないのか。

イエナは首を傾け薄目を開けた。
見える。クロンの向こう、結界から2間ほど離れたところにパンを持った妻が腰を落としている。
「起きておるかクロン」イエナはささやいた。
「はい」
「クロン、お前の妻は皆の分のパンまで焼かぬほど薄情者ではなかったはず」
「はい、確かに」目を閉じて様子をうかがっていた風情のクロンが小さく応えた。
「そもそもパンなど持って、闘いの場にのこのこやってくるのはおかしい」
「どうすれば……」
「斬るか?」
「しかし……」
確かに、いくら魔物であろうとも我が妻の姿を切り捨てるのは容易なことではない。
「では、放っておこう」
「しかし、もしも、もしもあれが本物であったら妻の身が危険にございます」

「イシュリム様、結界の周りに何か見えますか」イエナは寝返りを打ち、斜め前方に座るイシュリムに小さく問いかけた。
「何も見えてはおらん。そもそもここには手出しはできん」やはりイシュリムには聞こえてもいず、見えてもいない。

やりとりを理解したクロンが起き上がり、結界を出て剣を振りかぶるのと相手が剣を振りかぶるのが同時だった。漆黒の剣と黄金色の剣がぶつかり空中にまばゆい稲妻が走った。クロンは後を追った。

「追うなクロン!」イエナの声にクロンが止まった。
「クロン、近くに魔物が見えても追うな! 今は休め」事情を知らぬイシュリムの声がした。
「難儀にございます」戻ったクロンが呟き横になった。イエナは眠りに引きずり込まれていった。

「イエナ様! 幼子様が!」クロンの緊迫した声でイエナは目が覚めた。
「危のうございます!」クロンは結界を出て走っていく。イエナもすかさず飛び出した。
クロンの後ろ姿の向こうに我が子が見える。
「危ない! 危ない! 戻りなさい!」シェリが叫びながら後を追ってくる。これは幻想か本物か……しかし、イシュリムに尋ねている間はなかった。イエナはさらに走った。

「シェリ様! 幼子様!」呼びかけた直後、クロンの体が宙を舞い四肢をくねらせて大地に落ちた。
「クロン!」イエナは走り寄る。クロンはうつぶせに倒れ身動きひとつしなかった。
「クロン、何ということに……」

顔を上げた先にシェリが見えた。その手に剣を手にしたシェリが立っている。その横には我が子があどけない笑顔を浮かべている。
「シェリ、お前が切ったのではないね」イエナの問いに、「まさか」とシェリの口が動く。


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みんなもアメーバのアクセス解析を時々見る?

以前はまったく気にしてなかったけれど、
「昨日のアクセス数が多かった記事」という欄がある。

アップした記事のアクセスが一番多いのはもちろんなんだけど、その下位に頻繁にアクセスされている記事があることに僕は気がついた。

ほとんど途切れずにアクセスされているのが「君の天使たち
アップしたのが2013年03月24日 04時49分49秒になっている。2年以上前の記事だ。東京五輪が決定する半年も前。
ちなみに昨日のアクセスは5件になっている。



君の天使たち」←これ、個人的に好きです。僕は確かに、こんな傾向のブログをよく書いていた気がする。最近「妖精」の出る幕もなくなっている。そのうち書こうっと。

天使と来ればあの曲? と思った「未来」さん、正解です。
挿入歌は来生たかおの「はぐれそうな天使」

「美人は3日で飽きる?」も途切れない。まあ、これはその文面で検索されるのだろうから、実際にちゃんと読まれているかどうかはあやしい。

そして時々、超短編小説の「病室の窓から見える景色は」もアクセスされている。「検索ワード」を見てみると「病室の窓から見える景色 小説」となっていたりする。
僕の超短編小説を再読するひとなら嬉しいけれど、オーヘンリーの小説「最後の一葉」を探しているのかもしれない。
窓から見えるツタの葉の最後の一枚が落ちたら……という例の小説だね。

病室の窓から見える景色は」←これも、個人的に好きです。タイトルだけは何日も前に決まって、内容はなにも決めずにキーボードを叩き始めたという軽いドンデンのある小説です。
2011年11月15日 23時17分58秒のアップ。

検索ワードで途切れないのが「ざいおかん」
「罪悪感=ざいあくかん」が「嫌悪感=けんおかん」と混同してしまって「ざいおかん」と読む人がいる、とかなんとか記事に書いた記憶がある。きっとみんな困って検索していると見た。

あとは「太ってる」「嫌いな人」「恨む人」とか、
「タイサイキア」=事故なんかの時に周りがスローモーションに見えるあの現象ですね。
「ギルガメッシ叙情詩」とか。探すのが面倒なので記事には飛びません。

みなさまのブログへは明日訪問させていただきます。
今日もよい一日を。


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─襲来─

イエナの腕と肩は火照り、骨には魔物を斬って捨てた衝撃が残っている。シェリがそれを、濡らした亜麻の布で冷やしてくれていた。
今日はセブナに続いて、母を斬った。

「お疲れでございました。イエナは、お母様を斬ったのではなく、魔物を斬ったのでございます。お気に病まぬようにしてくださいませ」
確かにそうだ。しかし、母は剣ではなく、湯気の上がる椀を両手で捧げるように持っていたのだ。飛びかかり、それを斬った。斬られた瞬間、悲しい顔をした。
母の最期を看取っていないイエナにとって、その幻想は真実味を帯びていっそう心に重かった。イエナは隣に眠る我が子の頬を撫でた。

その時だった。腹に響くような叫び声が村に轟(とどろ)いた。
来た、ついに村の中にも魔物がやってきたに違いない。

「シェリ、子を抱きなさい」イエナは剣を手に外に飛び出した。そこには胴を真っ二つにされ、腹から内蔵とともに血を噴き上げる男がいた。下半身を大地に、上半身を木の枝にぶら下げた男は果てていた。

「イシュリム様! ティエン殿! セブナ!」呼びかけに声は返ってこなかった。
「スベラ殿! クロンどこにいる!」
イエナは剣を抜き、かがり火の燃える中を走った。やがて広場に男たちが固まって剣を構えているのが見えた。
男がひとり剣を振り上げ躍りかかる。その剣は空を切った。走り込んだイエナは見えない敵に切り込んだ。だが手応えはなかった。

この村にはおよそ200人の村人に加え、難を逃れた者たちが50人ほどいる。いまここで、剣を使えない男や女や幼な子たちに魔物が襲いかかったら、瞬く間に屍の山が築かれる。

「イシュリム様はいずこに!」イエナは背中合わせに立ったひとりの男に尋ねた。
「まだ騒ぎに気づいていらっしゃらないようです!」
「誰かイシュリム様を起こしに行ってはもらえぬか!」



〈イエナ、イエナ、聞こえるか〉その時、頭の中で声がした。
〈もしや、シャメーナ様ですか〉
〈いかにも〉
〈助けてくださいシャメーナ様! もうだめかも知れません!〉
〈イエナよよく聞け、私は言ったであろう、魔物はイシュリムの村には入らぬと〉
〈いえ、来ているのです! さきほどひとりが斬られました!〉
〈イエナよ、落ち着きなさい。そしてわたしの言葉を聞きなさい。もう一度言う、魔物はイシュリムの村には入ってはこぬ〉
〈では、これは何でございますか?! この騒ぎが見えておるのでありましょう?!〉

イエナは剣を右に左に動かし魔物の姿を追った。背後に立つ男も同じ動きをしているようだ。闇雲に剣を振る男がいる。走り回る男がいる。
〈それは、お前たちの恐怖心が創りあげたものだ〉
〈しかし、男がひとり斬られたのですよ!〉イエナはなおも見えない敵を剣の先に探した。

〈その者は闘士であったか? お前はその男の顔をしかと見たのか〉
〈いえ、見てはおりませぬ! しかし、胴体が真っ二つでございました!〉
〈イエナ、それも幻想である。誰も死んではおらぬゆえ、早く戻って身体を休めなさい。さもなければ明日の闘いに負けるぞ。
心配は一切いらぬ。よく見てみなさい、イシュリムはもちろん、セブナもティエンもスベラも、お前の友であるクロンでさえ、そこにおらぬであろう。彼らは恐怖心と闘いそれに打ち勝っているのだ〉
〈シャメーナ様、それは真でございますか〉
〈私がお前に嘘をつくと思うか?〉
〈いえ、思いません。思いませんが……〉
〈では、信じるのだ〉

〈シャメーナ様、私は恐怖心に負けた腑抜けでございましたか〉イエナは剣を降ろした。
〈己を卑下するではない。お前は助けようとする気持ちが強すぎるのだ。人を案ずる心がその心に重くのしかかっているのだ。200人を越す人間をお前ひとりで守りきれるものか。
まず己が生きよ。己が生き残ればそれだけ多くの魔物を斬り倒すと考えよ。それは紛れもなく他の人間にとっての価値である。
イエナよ、この世にあっては誰しもが、生きることで価値を生むのだ。さあ、帰ってもう眠れ、明日の朝には私からの贈り物が届いているであろう。私が宿る木で創ったものだ、きっとお前の役に立つ〉


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─帰陣─

朝に闘った男たちは昼までイシュリムの結界の中で休息をとり、午後に再び闘いの場に立つ。
昼前に闘った男たちは午後に休み、夕に再び剣を手に取る。

朝に始まった闘いは、昼が過ぎ、夕が訪れても終わる気配はなかった。魔物は斬っても払っても一向に減っていく様子がない。

「帰陣じゃ! 村へ入れ!」イシュリムが立ち上がり声を上げた。
「お前たちは援護に回れ」
闘っていた男たちは村へ向かって走った。夕に結界で休んでいたイエナたちは剣を片手に走り、夕闇の迫る荒野に剣を向けた。



村に帰り着いたのは19人だった。イシュリムの怒りに火をつけた3人目から、さらに一人が死んだ。松明(たいまつ)を持った村の男たちがその亡骸を回収して土に埋めた。
「戦いが終わったばかりの者たちは休んでいるがよい」イシュリムが声を上げた。そうはいかずと、大地に横たわっていた男たちが起き上がってきた。

「まだ若いというのに、哀れよ……次は普通の部族に生まれるがよい。それまで安らかに眠れ」土が被せられてゆく遺体に、イシュリムが呟いた。
みなが手を下ろした後も、合掌の手を解かないイシュリムの姿が印象的だった。

「もっと灯りを焚け! 弔いの火じゃ!」イシュリムの声に応じて、村のかがり火が夜空を焦がすように赤々と燃える。

「イシュリム様、斬っても数は減らぬようです。我らに勝ち目はあるのでしょうか」イエナは心底の恐怖からイシュリムに尋ねた。

4人目の戦死者をイエナは見た。その男が魔物と対峙して剣を振るうさなか、前方に血飛沫を上げながら斜めに切断された瞬間だった。そう、姿も見せず気配さえ感じさせず、後ろからいきなり斬り込まれたらひとたまりもないのだ。

「確かに増えてくるように見える。だが、斬った分だけ確実に減っておる。だからこそ、わしやネイトンたちは奴らを根絶やしにして勝利したのだ。真に強いものはそれほど増えぬもの、弱いからこそ数を頼む。虫や地を這う生き物と同じじゃ」

「有効な闘い方はないのでございますか。ネイトンはどう闘ったのでございましょう」
「イエナよ、あればとうに教えておる。此度(こたび)の闘いにおいて、昔の勇者と肩を並べるのは一握りしかおらぬ。
イエナよ、己と剣を信じるのだ。己を信じぬ者を、いったい誰が信じるのだ。我らが剣は、紛うことなき無敵なのだ。それを振るう己を信じ切れ」イシュリムは噛んで含めるように口にした。
「だが、明日も被害が出るであろう」
頼るは己の精神力と腕一つ。イエナは分かりましたと呟いてその場を辞去した。

「おじちゃん、あたしを斬ったんだって?」セブナが笑いかけてきた。
「誰に聞いたんだい?」
「クロンのおじちゃんに。あたしがおじちゃんに剣を向けるなんてあり得ないから、構わず斬って」
「分かったよセブナ。それにお前を斬るほどの腕はないという当たり前のことに、今やっと気がついたよ」イエナは苦笑した。
「そんなことないよ、おじちゃんはなかなか強い。あたしの父さんといい勝負をするかも知れないよ」笑ったセブナは、じゃね、もう寝ると走り去った。

弔いを終えた男たちが、再び大地に横たわったり座り込んだりしている。夕まで闘っていた男たちの疲れはまだ癒えない。
「スベラ殿大丈夫か?!」イエナはそばに座り込んだ。
「ああ、イエナ様、ほんのちょっと疲れているだけにございます」スベラは薄く笑った。立ち上がる気力も体力も残っていないのだ。それほどまでに過酷な闘いだった。そしてこれは、まだ初日だった。

「しかし」スベラは目を閉じたまま口を開いた。
「イシュリム様は、桁外れの強さでございましたな」
「うむ、飛びもせず走りもせず、ただのしのしと歩くだけで斬り捨てていった」

「イシュリム様より強かったというネイトン様とは、いったいどのような闘い方をしたのか見てみとうございましたな」スベラは遠く思いを馳せるような顔をした。
「そのネイトンと双璧をなしたという、スベラ殿のご先祖スメロ様の闘いぶりもな」
イエナの声に、スベラはうっすらと微笑んだ。


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─怒りのイシュリム─

「おじちゃん後ろに!」セブナの声に、イエナは屈み込んだ身体をひねり、振り向きざま右手で剣を払った。骨と肉を震わすような衝撃と共に黒々とした塊が宙を舞い、音もなく大地に落ちた。急速に雨雲が去るように、その塊も瞬く間に消えていく。

「セブナ!」礼を言おうと振り返ると、そのセブナが剣をこちらに向けている。イエナは再び、振り向きざま剣を払った。しかし手応えはなかった。前を向くとセブナは剣を構えたまますり足で近づいてくる。
「セブナ、私の後ろにまだ魔物がいるのか?」イエナの問いにセブナは無言だ。

これが、幻想か?
「セブナ、冗談はやめてくれ」イエナの声も届かぬかのように、セブナはじりじりと間合いを詰めてくる。
斬れるのか? もし、まかり間違えてセブナ本人だったらどうするのだ。

「セブナ、冗談だったらやめてくれ」イエナは後ずさる。
そのセブナが剣を振りかぶり躍りかかってきた。イエナは横飛びに転げるように避けた。そのとき、視界の隅で剣を振るうセブナの姿が見えた。
イエナは立ち上がり走った。大地を蹴り大上段に魔物の化けたセブナに斬りかかった。
手応えを残し、二つに割れた真っ黒い塊が地を這うように飛び散った。

「おじちゃん、大丈夫だったあ?!」
前髪を風に立てながらセブナが走り寄ってくる。先ほどの背後の魔物を知らせるあの声は、本物のセブナだったのだ。
「セブナ、見えるのか?!」
「見えるよ、たくさんいる!」
邪気のない子供には魔物が見えるなどとは、イシュリムは言わなかった。だとするなら、セブナ特有のもの。なんという能力。

「セブナ! 今どれぐらいいるんだ」
「多分8人の手の指ぐらい! でも、斬っても減らない! おじちゃん後ろ!」
横飛びに避けたイエナは振り向きざまに地から天に向けて剣を振り抜いた。しびれるような手応えを残して黒い塊が宙を舞った。

「やられた!」イシュリムの悲痛な声が聞こえた。もしや魔物に! イエナは結界の方を見た。そのイシュリムは仁王立ちをしている。残る闘士11人も半分腰を上げかけている。イシュリムは杖をつきながら結界を出て歩いてくる。
「3人もやられてしもうた! 3人も、死んでしもうた!」肩を怒らせ眉はつり上がっている。

「イシュリム様、お戻りください!」イエナは叫んだ。
「イシュリムはここじゃ!」声を張り上げ、なおも歩いてくる。
「うぬりゃー!」イシュリムが両手でつかんだ杖を高く頭上に掲げた。そして、左右に強く引く。
「イシュリムが相手をしてやる!」
杖の中からは、日差しよりも眩(まばゆ)く、黄金色に輝く剣が出現した。

「腐れ魔物どもが!」右袈裟に振り切った剣の先で黒い塊が千切れ飛んだ。イエナは目を見張った。セブナの剣よりも遥かに先で魔物が散ったからだ。
「よくもわしの仲間たちを!」返す剣で左袈裟に振り切った先でまたも黒い塊が千切れ飛ぶ。イシュリムはなおも進み、剣を振るう。
白い衣と髪が風に乱れ、イシュリムの怒りの強さを強調するかのようだ。いにしえの闘う神がそこにいた。

「イシュリム様、お戻りください!」口々に叫びながら、闘っていた男たちが駆け寄ってくる。結界に座っていた11人も剣を片手に飛び出してきた。



全員がイシュリムを囲むように剣を構える。イエナもイシュリムを背にして剣を構えた。「お戻りください!」イエナは叫んだ。
「イシュリム様にもしものことがあれば、我が部族は滅んだも同じ! お戻りください!」ショナムが哀願の声を上げる。

「お前たち、死ぬな! もう、誰も死んではならぬ!」イシュリムの声に耳を疑った。
闘いに挑めば死は常に背中合わせ。それは覚悟の上。その指揮官の口から出た言葉とは思えなかったからだ。

しかし、不敗不死であればこそ、イシュリムは否が応でも部下たちの死を多く見てきたに違いない。イシュリムの叫びに、肩を震わす男もいた。
「イシュリム様、誰も死にませぬゆえ、お戻りください!」
「お戻りください!」
「お前たち、前を空けよ。もう少し、わしが片付けてやる」イシュリムが静かに口にして、前に進んだ。

「強いねーじいちゃん。でも、ここはあたしたちに任せて」セブナがイシュリムの衣を引く。
「じいちゃんが死んだら、みんなが困るんだよ」
憑き物が落ちたように険しい表情をゆるめたイシュリムは、やがて苦笑した。
「そうじゃな」セブナの頭をひと撫でして背中を向けた。

「気を緩めるではないぞ! 死んではならん!」イシュリムは振り向きもせずに檄を飛ばした。
「はい!」全員の声が揃った。
遠ざかる闘う神の背中は、とてつもなく大きく見えた。



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─幻惑─

二人の男に、駆け寄る姿があった。
「そこをどきなさい! どかぬなら魔物と断じて斬る!」腰を落とし、剣に右手をかけたショナムが叫んだ。

魔物は目前でしかその姿を現さないというイシュリムの言葉通り、彼らには魔物が化けた女の姿が見えているのだ。
「騙されるな! ここからはなにも見えぬぞ! それは魔物に違いない!」イエナは声を張り上げた。
「いくらなんでも女は斬れない」男が首を振る。
「騙されてはならんぞ! 女などおらん! 斬って捨てよ!」遠くからイシュリムも声を上げる。
「イシュリム様、女は斬れません!」男は腰の剣に触れもしない。それほど見事な幻惑なのだろう。

男が口を閉じたか閉じぬかの瞬間、その上半身が飛んだ。血を噴き上げる下半身は、まだ上に持ち主が付いているかのようにかくかくと揺れながら大地に立っている。腹から血飛沫を上げながら離れ飛んだ男の顔は、呆気にとられたようであった。

「違う! 違うぞ! 斬りつけてきた!」イシュリムが叫ぶ。血を見た剣の闘士たちの緊張感は一気に高まった。
イリュリムやティエンに聞いた魔物とは確かに違う。風より早い漆黒の毒を吐くのではなかったか。これが、シャメーナの言う、似て非なるもの、より醜くなりつつある魔物の新たなる姿か。

「ショナム殿! 剣を抜け!」ティエンが叫ぶ。
続けざまに隣の男の身体が、頭から股へと真っ二つに裂けた。眼球は飛び出し、大地が一直線に血で染まる。男の身体はぐにゃりと左右に倒れていった。
おのれー! ショナムが走り込み斬りつけたが、それは空を切った。視線を左右に魔物を捜すショナムの息づかいが聞こえてくるようだ。

闘いの端緒(たんしょ)で、すでにふたりの男が死んだ。それも剣さえ抜かずに。やはり、かつての剣の使い手のようにはいかないことが露呈した。これで残るは21人。

奇声を発したショナムが真横に剣を払い、黒い塊が飛び散ったのを合図のように、黄金色に輝く剣を引っさげた男どもは雄叫びを上げ、扇の輪を広げるように前に走った。荒野の大地にもうもうと土煙が巻き起こる。



「我らを見くびるではないぞ!」ティエンの声がする。イエナが注視する中、ティエンは大上段に構えた剣を袈裟に振り切り、返す剣で滑らかに横になぎ払った。二つの黒い塊が瞬時に四つの切れ端となって宙に飛び散った。

「我が部族の敵討ちじゃ!」クロンも走り、飛び退(すさ)り、追いかけ、黄金色の剣を振りまわした。千切れた黒い塊は派手に宙を舞った。

セブナは野生の小動物のように走り回り、飛び上がり、しゃがみ込み声を張り上げて剣を振るった。セブナの斬って捨てた魔物だけは、ほかの誰より遠くで千切れ飛ぶ。

遅れてはならじと、イエナも剣を片手に風が耳を切る音を聞いた。朝日が大地を斜めに照らす中、息を弾ませ見えない敵を追った。
「深追いするな! 村と結界から遠ざかってはならん!」イシュリムの声が聞こえる。

見えた!
異様なほどに真っ黒なそれは明確な形を持ってはいなかった。どちらが前でどちらが後ろなのかさえわからない。しかし、見えているということは、相対しているということ。

その塊が信じられないほどに上に伸びた。
斬ってくる!
イエナは腰を落とし片膝を付いて剣を後ろに引いた。黒い剣が猛烈な早さで頭上に降りてくる。左へ避けながら右上に剣を振り切った。ネイトンの剣は両手がしびれるほどの衝撃を伝え、黒い塊が二つに千切れ飛んだ。


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─払暁(ふつぎょう)─

「娘を頼む」イエナの呼びかけに、はい、と背中から声がした。
「このようなことになるとは思いもしませんでした」

風に鳴る葉擦れの音と、水のせせらぎが、夜の静寂(しじま)に生命の音を響かせる。
「平和な荒野でしたのに」シェリの声にイエナは無言で頷いた。

白々と明けゆく空に、星のまたたきは溶け込み、暁(あかつき)を払う旭日が、やがて木立を抜けて川面を照らした。
「宵には戻る」イエナはゆっくりと振り返った。



「皆のもの、出陣じゃ!」杖を突き立てたイシュリムの雄叫びに、男たちが気勢を上げた。
「魔物どもに、剣の部族の胸を貸してやろうぞ!」
朝日を照り返すイシュリムの姿は、まさに闘う神を思わせた。

「ご武運を祈ります。なによりもご無事で」子を抱いたシェリが愁いを帯びた瞳で頭を下げた。

「では、イエナの授かってきたシャメーナの言葉を踏まえてここで待とう」
イシュリムの言葉に従い、村の目前に陣を構えた。迎える総勢23人。

魔物を退けるイシュリムの結界は、村の入り口よりおよそ60間(108m)ほど離れた左前方に設けられた。
木の杭が打たれた5間(9m)四方ほどの空間の真ん中にイシュリムは座った。

12人の男たちは村を背に、お互いが離れて半円を描くように座っていた。村に最も近い扇の中心から石積みの入り口までおよそ30間(54m)。それぞれの距離およそ4間(約7m)。

扇の中心にセブナ、以前集会所でネイトンの帯を見せてくれたショナムは右に二人置いて座る。その反対側に剣の間に合ったクロン、左の端にイエナ。
右の端には、剣を肩に凭(もた)せ掛けた長身のティエンがじっと目を閉じている。
スベラを含む残りの11人はイシュリムの結界の中に座り、戦況を見守る側だった。

なぜ女児が扇の中心なのか、イシュリムの村の中でも異論が起きた。
「剣の色を見よ、黄金色を通り越して白金を思わせる。それは紛れもなく強い証!」
イシュリムが言い放った刹那、セブナは3間(5.4m)ほども離れたところに立っている大木を一刀両断で斬り倒した。

「早く来ないかな」セブナの声に一同から笑いが漏れた。みなセブナの剣の腕をすでに認めていた。

「おいおい、こんなところに女とはどうしたことだ」右の扇の中程にいた男が腰を上げ、驚いたような声を出した。
「お前は何を言っているんだ」隣に座る男が立ち上がって近づいていく。
「これが見えないのか?」
「あ……いや、まさしく女だな。ここは危ないから村へ案内しよう。これから闘いだからな。早く村へ入ろう」男は村を指さした。

ふたりの男がこちらに向かって歩いてくるが、そこには何ものも存在しない。それを見ていた男たちは剣を抜いて静かに立ち上がった。抜いたばかりの剣は、まだ銀色の光を放つだけだった。



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─幻想の魔物2─

「シャメーナ様、再び伺います。我々はどこへ向かえばよいのでしょうか。どこに向かえば魔物と出会えましょう。今どこにいるのでしょうか」
「そこでもない、ここでもない、あちらでもない。魔物は幻想であると教えたばかりではないか。魔物は移動するのではなく、湧いて出るのだ。彼らの唯一の敵はイシュリムだ。イシュリムの村で待てば、やがてやってくるだろう」

「村の近くでは村人が危険なのではないですか」
「魔物はイシュリムの村へは入らぬ。そもそも、魔物に近いも遠いもない。イエナよ、自信がないか」
「はい。恥ずかしながら、その幻想とらやと闘う自信が私にはないのでございます。勝てる自信がないのです」

「イシュリムがなぜ強いのか、教えて欲しいか?」シャメーナの問いにイエナは頷き、その目を見つめた。飲み下した唾が、耳の奥でゴクリと音を立てた。
「むろんイシュリムは剣の始祖ではない。彼とて初めて手にした剣を握りしめ、武者震いをしながら闘いの場に立ったことがあったのだ。やがて長じて闘士を率いるようになってから、負けたことがない」
シャメーナは、ここまではわかったかと言いたげな顔をした。イエナは黙って頷いた。

「イシュリムは負けるなどとは思ったことがないのだ。負けたくないと思えば、負けるときもあろう。勝ちたいと思えば、勝てぬときもあろう。
イシュリムはただ、剣の前に敵はないと、なに疑うことなく思っているからこそ、不敗を誇っているのだ。無敵であると、口元に笑みさえ浮かべるからこそ勝つのだ。これが答えだ。お前の恐れはわかる」
シャメーナは小さく頷いた。



「闘いの2日目の朝、ネイトンもあの古木の前でひざまずいた。彼もまた不安に駆られていたからだ」
「ネイトンも死を恐れていたのですね」
「いや、違う。ネイトンの恐れは、荒野の民を守りきれるだろうかということにつきた。むろん、死を恐れぬ者などいない。しかし、ネイトンの問いは違っていた。
我が部族を、この荒野のあらゆる民を守れるであろうかとシュムランに訊いたのだ。イエナよ、恥じることはない。死を恐れぬものなどおらぬのだ。シュムランが最後に、ネイトンに贈った言葉をお前にも贈ろう」
「はい、お願いいたします」

「大いなる因果を、お前個人の力で動かすことはかなわぬ。かなわぬものの結果を恐れることは真に無意味である。どう転ぼうと、それはお前にとって最良の道なのだ。何事にも、何者にも、恐れを抱くではない。逃げることなく、今をひたむきに生きよ」
「ありがとうございます」

「ゆけイエナよ。もし闘いのさなかに私の声が届いたなら、耳を傾けてくれ」
「シャメーナ様、感謝いたします」
「最後に、これは私からの言葉である。苦しい時ほど喜べ、辛い時ほど笑え、幻想をしなやかに受け止めよ。それがピシュヌ神の願いである。悔いの残らぬ闘いを祈っている」

礼を述べ、イエナはイシュリムの村へ馬を向けた。


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