風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -113ページ目
「中尉……杉浦中尉」呼びかける声に意識が引き戻される。
「穴沢です」頭上で声がした。
「あぁ、穴沢少尉」鳴海は腰を折る声の主に向けて寝返りを打った。
「具合の悪い時にすみません。明日出撃します。それでご挨拶に」
「聞きました。いよいよですね。どうぞお座り下さい」はい、と頷き穴沢少尉は枕元から少し離れたところに腰を下ろした。

「短い間でしたが、ありがとうございました。焦るな。〝生きるべきときは生き、死ぬべきときにのみ死ぬことこそ、真の勇気である〟これまでご縁はありませんでしたが、中尉の言葉は胸に染みました」
「水戸光圀の言葉です。新渡戸稲造の武士道“BUSHIDO,THE SOUL OF JAPAN” からの受け売りです。〝戦場に飛び込み、討ち死にするのはいつもたやすきことにて、身分の賎(いや)しきものにもできる。生きるべきときは生き、死ぬべきときにのみ死ぬことこそ、真の勇気である〟横になったままで失礼します。ひどくめまいがするもので」
「いえお気を遣わないでください。こちらこそ押しかけてしまって、申し訳ない限りです。
今日は我々二十振武隊の12人と六十九振武隊、三十振武隊のお別れの会が富屋(ふや)食堂であります」
「そうですか。最後の夜を、どうぞ存分にお楽しみ下さい。まさしく死ぬために我々が今ここにいるのも、時世時節(ときよじせつ)で致し方のないことですから」

誰だ。すらすらと言葉を発しているのは杉浦だろうが、自分でも違和感なく口が動く。まさしく同一化している。杉浦の記憶がそのまま頭に入ってきているようだ。

「中尉、最後にひとつ訊いておきたいのですが」
「はい。なんでしょうか? ひとつとは言わずいくらでも」笑った鳴海に穴沢中尉はすこしかしこまった。
「中尉は、その、何というか……飛行第64戦隊にいらっしゃったのですか?」
「あはは。多少操縦が上手くて隼に乗っていたら、加藤隼戦闘隊ですか。誰に聞きましたか?」
「いえ。誰というのではなく、みんながそう噂しています」
「それは残念でしたね。僕は59戦隊にいた人間です。ひとつ言い訳めいたことを許してもらえるなら、一番最初に隼を装備したのが僕たち59戦隊です」

「もちろん知っています! 64戦隊と共に、華々しい戦果を挙げた、あの59戦隊の方でしたか! 道理ですごい飛行技術なわけですね」
「まぁ、華々しかったのは最初の方だけですがね」

「こんなことを訊いて怒らないでください」
「いえ、何なりと」
「そんな腕利きのパイロットがなぜ特攻に……」
鳴海は頬を膨らませた。
「そうですねえ、どこから説明したらいいのでしょうか……最初は満州でした。2枚プロペラの九七式でした。脚の引っ込まない下駄履きですが、いい戦闘機でした。
その後はノモンハンでしたが、大した戦果は上がりませんでした。隼に乗り換えて、仏印コンポントラッシュに行きました。64戦隊と共にマレー上陸戦支援をしました。シンガポール攻略、パレンバン侵攻、ジャワ島攻略に参加しました。ニューギニアでの戦いは苦しかった。有能なパイロットを多く失いました。
皆が三式戦闘機に乗り換えましたが、僕は頑なに二式に乗り続けました。それから本土防空任務につきました。そして4月からここ知覧に来たのです。特攻の掩護(えんご)と突入経路の確保のためです」

「そうでしたか……それがなぜ特攻に?」
「グラマンが飛んできました。隼衰えたりといえども何機も撃ち落としました。しかし、やられて海に落ちる特攻機もありました。分かりますか?」
穴沢は申し訳なさそうに首を傾げた。
「彼らは海に突撃したのです。己の命を捨てて特攻を掛ける若者たちを、僕は導くことができなかったのです。どんなに悔しかったことか、どんなにか無念だったことか。命を捨てて海に突撃するのですよ」
「しかしそれは、やむを得ないというか、そんな機もあります」
「はい、その通りです。ですが……申し訳が立たないのです」

「だから、自らが飛ぼうと?」
「はい。そのひとたちの無念をも背負って飛ぼうと、そう決めました。もちろん止められましたが、僕が言い出したら聞かないことはみんな知っています」
言葉が捜せないのか、穴沢は小さく何度も頷いた。
明日死ぬ男と近日中に死ぬ男。様々な思いを載せて静かな時間が流れた。

「ところで、もう遺書はお書きですか」鳴海は片肘で起き上がった。
「はい。拙いものですが書きました」穴沢は照れるように両手で腿を叩き、撫でさすった。
「智恵子さんの心にも届くでしょう」
「え? 中尉にお話ししましたでしょうか? いえ、ちゃんとお話しするのは初めてですが」どぎまぎとするその様子は、やはりまだ23歳の若者だった。
「学生時代からのおつきあいだったとか。僕の耳は、案外大きいのですよ」
「あはは、耳に入りましたか。ええ、中央大学に通っていた頃で、かれこれ4年になります」
「穴沢さんは一式三型の隼でしたね」
「はい」
「僕も必ず後に続きますから、焦らずひるまず突撃して下さい」

穴沢少尉は飛行マフラーの下に彼女のマフラーを巻いて出撃した。
穴沢の日記にはこう記(しる)されている。
「智恵子よ、幸福であれ。真に他人を愛し得た人問ほど幸福なものはない」と。

見送るなでしこ学徒隊と出撃する穴沢機


「では、杉浦中尉、お早く回復されますように」
「穴沢少尉、ご武運を祈ります」
穴沢の後ろ姿が三角兵舎から消えた。
あの穴沢少尉と自分は言葉を交わしたのか。妙な感慨が湧いた。

一番手前が穴沢少尉、婚約者のマフラーで首元が膨らんでいる。


知覧の地に〝特攻の母〟と称された人がいた。
知覧飛行学校(大刀洗陸軍飛行学校知覧分教場)ができた時に軍指定食堂となった富屋食堂の鳥浜トメである。指定とはいえ健全で清潔で安心して軍人が立ち寄れる所だと推薦してくれるだけのことだったが、数日後には死んでいく金の少ない少年兵たちに、トメは着物や家財道具を売りながら食事を振る舞い、母として尽くしていた。

過酷な訓練に明け暮れ、たまの日曜日に外出しても何の娯楽もない知覧。その少年兵たちにとって富屋はたちまち心のよりどころとなった。
少年兵たちは畳の部屋に寝そべったり、トラン プや将棋に興じたり、郷里に手紙を書いたり、トメの手料理に舌鼓を打ったり、時には風呂で背中を流して貰うこともあったという。

新潟出身の宮川三郎軍曹(20歳)のエピソードは「ホタル帰る」として有名だ。20歳の誕生日を迎えた特攻の前夜、「死んだらまた小母ちゃんのところへ、ホタルになって帰ってくるよ」と言い残して宮川軍曹は出撃した。
翌日の夜、約束の9時に食堂に一匹の源氏蛍が入ってきた。トメはそのとき初めて泣き崩れた。トメの2人の娘や特攻兵たちは、宮川の希望どおり「同期の桜」を歌った。

鳥浜トメと特攻隊員たち


戦後のジャーナリズムが軍国主義を否定する立場から、特攻隊員たちを冒涜するような言動を弄(ろう)した。それにより、トメはひどいジャーナリズム嫌いとなった。自らの命をかけて特攻をした彼らに罪はないのだ。

時代が変わるように常識も変わる。日本国内で大名同士が血で血を洗って領土拡張を図ったのと同じく、世界にも同じ時代があった。そしてそれを身をもって守ろうとした人たちもいたのだ。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、上杉謙信、伊達政宗、あまたの大名がいまだに尊敬されるのに、なぜ特攻は、靖国神社は疎まれるのか。
靖国神社は日本のために命を散らせた者たちの眠る場所。靖国参拝は日本国内の問題である。他国にとやかく言われる筋合いはない。鳴海は改めて、強く思った。

キミガタメ


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「鳴海さん」呼びかける声に、うっすらと開けた目には明るい室内が見えた。
「先生がみえました」看護師の隣に立つ縁なし眼鏡を掛けた医師が小さく頭を下げた。
「妻は、どうなんですか」
「一時的ですが奥様の意識は戻りました。日に何度か高圧酸素療法を施します」
「助かるのですね」
「はい」医師の声に鳴海は安堵の息を吐いた。

「お子様の事をご心配されていたので、今は治療中だと伝えました」
「娘の治療状況はどうなんですか?!」

「いえ」医師は首を振った。
「やはり回復しませんでした。手遅れだったと言わざるをえません。しかし、最善はつくしました」医師は眼鏡を中指で押し上げた。

鳴海は白い天井を凝視した。すみれが、死んだ……。いってらっしゃいが、鳴海が耳にしたすみれの最後の言葉になったのか。
ドラマの中にでもいるような気分になる。現実感が伴わない。
「そうですか」鳴海は呟いた。「死んだんですか」



報いだろうか。
自分を父と慕うすみれに、お前は実の子ではない、と冷たく告げる自分を幾度も想像した報い。いや、報いならなぜ自分に降りかからないのだ。なにもすみれの死という形にならなくたって。

もう二度とあの笑顔に接することはできない。繋いでくる小さな手もこの腕の中で笑う声も聞くことは叶わない。4年とちょっと。何と短い人生だったのだろう。人生の半分は、父と信じていた男に素直に愛されなかった子。
未来へと続くあの子だけの橋は、わずか1500夜ほどで崩れ落ちた……。

どれぐらい天井を見つめていたのだろう。医師の声が鳴海を病室のベッドに引き戻した。

「奥様のことですが、後遺症の症状が現れることもありますので、経過を見る必要はあります。場合によっては通院の可能性も。ただ、発見が早かったのが救いでした」
「先生、どうすればいいでしょうか」
鳴海の問いに少し首をかしげた。「お子様のことですか?」
「はい」鳴海は頷いた。医師は一度窓の外に目をやってから小さく息を吐いた。

「むろん隠し通すことは出来ません。縁起でもない話ですが、奥様がもうだめな状態でお子様の心配をされているなら、助かりましたと伝えてもいいでしょうが、今はショックを与えない方がよいかと思われます」
「そうですね」
「ちなみにですが、高圧酸素の治療は数日続けます」
「数日ですか? 妻は娘の葬式に出られないのですか?」
「回復次第ですが、無理かと思います」
「分かりました。ありがとうございました」鳴海は両手で顔を覆った。

「ご遺体をきれいにしたら霊安室にお移しします。お会いにいけそうですか? 心の整理はつかないでしょうが葬儀社のリストもありますので」看護師が告げた。
「選ばなくてはなりませんか」
「料金も違いますのでそのほうが良いかと思います。手頃な業者さんをこちらで指定しても構いません」
「じゃあ、それでお願いしていいですか」
「分かりました。ご主人の体調も万全ではありませんので、明朝の搬送がいいかもしれません。詳しくは葬儀社の担当と相談して下さい」

「冷たいですか」
「はい?」
「霊安室は冷たくはないですか。すみれが……寒がりませんか」
「霊安室……ですからね」看護師は気の毒そうに俯いた。
「でも、鳴海さんがいらっしゃるところは寒くはありません」
寝返りを打ち布団に顔を埋めた。堪えてもかみ殺しても嗚咽が漏れた。


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白い天井が目に入った。辺りを見まわすと並ぶベッドと入院患者の点滴を取り替える看護師の姿が見える。
三角兵舎じゃないことに鳴海はほっとしたが、そんなことを言っている状況ではないことを思い出してしまった。

こちらに気がついた若い看護婦が歩み寄ってきた。
「鳴海さん熱が高いですよ」
「ひょっとして倒れたんですか」
「ええ。痛むところはありませんか?」
鳴海はベッドの中で足を動かし両腕を伸ばしてみた。
「大丈夫だと思います。それより妻と娘は、助かったんですか?」
鳴海の問いに、看護婦は壁掛け時計に目をやった。鳴海もそれを目で追った。11時を少し過ぎていた。看護師は答える気がなさそうだった。良い知らせなら口を開かない理由はない。

「妻と娘は助かるんですか?」無理を承知でもう一度尋ねた。
「あとで先生がお見えになると思います。これ以上熱が上がるようだったら座薬を入れますね。それとお昼の食事は用意しませんけど大丈夫ですか? 動けるようだったら一階に食堂がありますし売店もありますので」
看護師では埒(らち)があかないか。ベッドに肘を突き、起き上がろうとした鳴海はひどいめまいに襲われた。ふぅ、とため息をつき、目を閉じた。


「杉浦さぁ(さん)のあんべ(案配=具合)はどげんな?」
「まだ熱が高かようです」
「風邪じゃろかい? 夜はまださんか(寒い)でなぁ、こいでもし飛べんごとなったら、ぐらしかぁ(かわいそう)」
「体ん弱かとですか?」
「うんにゃ、知らん。ここで知りおうたでなぁ。しかし、こん人の飛行技術は並じゃなか。たたき上げの飛行機乗り、そいも、歴戦のパイロットじゃろ。そいが、ないごて特攻になぁ」
「優しか顔をしとるばってん……」

「あぁ、明日でよかで、靴下ん穴がほげっ(開いて)しもうたで繕いをしてくれんか」
「今やりましょか」
「明日でよかが。洗濯いつもあいがとな。さっちゃんな、こまんか(小さい)体でよう気張っちょ。かろうた(背負った)カバンに押し潰されんごとせんとなぁ」
「外園(ほかぞの)さぁが肥えすぎじゃっち」
「やじょろしかぁ(うるさい)」爽快な笑い声が遠ざかり、枕元で小さい笑い声がした。
またこの夢か……。

「目が覚めもしたか? 外園さんの声は太かから」
「ここは……知覧(ちらん)だね」
「杉浦さんな、お熱が出て記憶が飛んどりもはんか」サチと名乗った娘は心底心配したように眉を曲げた。

東京に住んでいた学生の頃、夏休みを使って鹿児島に旅したことがある。ゼミの先生の「日本人であるなら、一度は知覧を訪ねるべきだ」という言葉に押された形だった。観光をかねて鹿児島市内に宿を取り、維新の英傑西郷隆盛最期の地、城山に登り、桜島に渡った。

何を買おうとしたのかは忘れてしまったが、天文館近くの店にいるときに鼓膜が圧迫される不思議な現象に襲われた。
「噴いた噴いたぁ。夏じゃっでへがふっど」
鹿児島の言葉は九州全般のものとはかなり異なり、短縮化する特徴を持っている。津軽弁と並んで日本で最も分かりにくい方言としても有名だ。

へがふっど。灰が降るよ。どうやら観光客だと見抜いた自分に向けて発した店主の言葉だった。夏だから東風に乗って市街地に火山灰が降る。そう言っていたのだ。その言葉どおり、やがて町は灰色に霞(かす)んだ。

その旅のメインイベントとして知覧を訪ねた。知覧特攻平和会館は胸が痛むような資料が数多く展示されている。



九州の南、薩摩半島南部の中央にその町はある。武家屋敷が多く残り、薩摩の小京都と呼ばれる山間の小さな町だ。
盆地になったその町外れの小高い丘に、陸軍知覧飛行場が完成したのは日本軍の真珠湾攻撃によって太平洋戦争(大東和戦争)が開戦した1941年(昭和16年)のことだった。今は畑になっているが、広さはおよそ200ヘクタール(1km×2km)という広大な敷地だった。

知覧は戦争末期の1945年(昭和20年)、戦局の悪化に伴い沖縄戦における本土最南端の陸軍特攻基地となった。日本各地で飛行訓練を積んだ彼ら特攻兵は、知覧の地で4.5日間の訓練の後、特攻を掛けるべく沖縄を目指した。

陸軍の沖縄戦で散華した特攻隊員は1.036名、そのうち知覧から出撃したのは436名だった。
20歳前後の少年航空兵や学徒航空兵たちが、250キロ爆弾を抱えた陸軍一式戦闘機「隼」や三式戦闘機「飛燕」、四式戦闘機「疾風」の操縦桿を握りしめて飛び立っていった。

特攻といえば「神風特別攻撃隊」として広く認識されている。しかしそれは海軍の特攻隊の名称であり、陸軍は振武隊と呼んだ。現在は双方を「神風」と呼ぶ。

この地で特攻が始まったのは3月。米軍が沖縄本島に上陸したのが4月1日。
6月11日5時20分、悪天候を突き3機の特攻機が飛び立ったのが、知覧における最後の特攻出撃となった。そして8月には戦争が終わった。

満開の桜の花が一度に散るように潔く死ぬ。特に戦死することを「花と散る」という。しかし、負け戦が決定的になった時期の彼らの死を「散華」と呼んでいいのだろうか。かつて平和会館を訪れた鳴海はそんなことを思った。



「サチさん、熱で頭が変になったようだ。今は何月かな?」
「4月ですよ、4月の11日です。杉浦さん、ほんのこて(ほんとうに)大丈夫ですか?」

航空戦力の枯渇した沖縄戦の末期には、九九高練や二式高練。海軍の練習機『白菊』のような練習機までが特攻に投入されていったという。
『赤トンボ』の愛称で親しまれていた海軍の複葉の中練までも投入されたという記述も読んだ記憶がある。特攻は学徒動員があって初めて成り立った人命無視の戦法だった。

「じゃあ、まだ隼があるね」
「杉浦さんの飛行機は隼ですがね。僕の愛機だよ、一式戦の二型だよって初めて会うたときに言うとったじゃなかですか。しっかりしてください」
サチは泣きそうな顔をした。
あぁそういうことか、杉浦という人物は生粋の飛行機乗りなのだな……鳴海は苦笑した。
一式二型か。隼があるなら、杉浦という人物はなんとか特攻を成功させるだろう。

旧日本軍の戦闘機といえば海軍の零式艦上戦闘機、零戦があまりにも有名だ。攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの零戦は、戦闘能力はずば抜けていたものの、防弾性能は紙と呼ばれるほどに脆かった。米軍にしてクレイジーと言わしめた戦闘機だった。

一方、陸の零戦と呼ばれた隼は防弾性能が高く、航続距離と旋回性能とある程度のスピードを実現したバランスのとれた陸軍の名機だった。エンジンは零戦と同じものを積み、航続距離は驚異的な3.000kmを誇った零戦よりも長かったとも言われている。



しかし、もうこの時期は敵国の戦闘機の性能には及ばなくなっていた。最高速度は515km/hしかなく、武装は大口径20㎜砲を搭載した零戦に比べ12.7mmの機関銃2門のみであり軽量化のための犠牲は機体にも及んだ。

そのもろさを見抜かれてからは敵の戦闘機は急降下で逃れた。隼で無茶に追えば、翼の振動が加速度的に増すフラッター現象で翼がもぎ取られ、空中分解を起こす。

それでもなお、可憐な乙女を思わせるもろさと、じゃじゃ馬並の加速力と旋回性能は魅力であった。
鳴海はふと疑問を抱いた。これを考えているのは鳴海修作だろうか、それとも杉浦という人物だろうかと。

零戦と隼がなければ、日本はもっと惨めな負け戦になっただろうとさえ言われる。陸軍初の引き込み脚の戦闘機。海軍の零戦に比べ華奢な姿だったが、初期の頃は連合軍に零戦と誤認された。
連合軍のコードネームはOscar……。

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額がひんやりとする感触に、鳴海はうっすらと目を開けた。
見慣れぬ天井がぼんやりと目の前に広がる。ここはどこだろう。

「あ、目が覚めもしたか? さっちゃんな、今洗濯をしちょいますが。呼んできましょうか?」
やがて景色が焦点を結び始めた。目に映る天井は斜めに迫る木造だった。そしてこちらをのぞき込む声の主、色の浅黒い頬のふっくらとした少女の顔があった。

「さっちゃんなもう、ひったまがって大変だったですがね」
さっ……ちゃん?
「杉浦さんが死んでしもうっちゅうて、なっかぶっちょいました。あたしが今呼んできますが」
小走りに遠ざかる後ろ姿は、お下げ髪にもんぺ姿だった。

さっちゃん? 杉浦? なっかぶっちょい?
首を曲げると、額から何かが落ちた。拾い上げると水で濡らした手ぬぐいだった。その視線の先には粗末な寝具がたたまれている。長方形に切り取られた入り口からコンクリートの階段と明るい日差しが見えた。

ここはどこだろう。あの言葉と不思議なイントネーションは聞き覚えがある。そう、あれは学生の頃だ。
外の日差しを見つめながら、鳴海の体は起き上がることも許さぬほどの気怠さを訴えていた。

その景色の中に黒い影が現れた。

「さっちゃんな、急用が出来たちゅうて家に帰ったそうです」
先ほどの娘が戻ってきたようだ。
「杉浦さん、頭は冷やして置いた方がよかです」娘が手ぬぐいを取り、鳴海の額に乗せた。

「さっちゃんって誰?」痰が絡んで声は出なかった。鳴海は咳払いをひとつした。
「なっかぶっちょいって何?」
「あぁ、なっかぶるって、半べそ? 泣きそうになるとかそんな意味ですがね。かごんまべんはむつかしかですか?」娘は口元を押さえて笑った。
そう、確かに鹿児島弁だ。

「むっちゃん、呼んだ?」さらに人影が現れた。
「さっちゃん戻ったとね。杉浦さんな、さっちゃんの看病じゃなかとダメんごたる。さ、あたしも洗濯をせんといかん」むっちゃんと呼ばれた娘が笑いながら走り去っていった。

「さき……ちゃん」
「いやだ。杉浦さんな寝ぼけっしもうたとですか? サチですがね」枕元にしゃがみ込みながら自分の鼻先を指さした。ここは通路が一段低く造られている。寝具をのべる両サイドが高くなっていると言うべきか。
「ここ、は?……」鳴海は再び明るい屋外に目をやった。サチと名乗った少女が素早く額の手ぬぐいを押さえた。
「ここはって、三角兵舎ですがね。杉浦さん、お熱が出て倒れっしもうたとですよ」
三角兵舎?



「風邪んときは、体ば温(ぬく)めて、水ばたくさん摂ると良かって死んだじいちゃんが言うとりました。さ、水ば飲んでください。あとでまたお薬も飲みましょう」サチと名乗った娘は五角形にたたまれた紙包みを頬の辺りで振った。
「こいは、苦かばってん効くとですよ」眼(まなこ)をくりっと大きくして頷き、一呼吸置いたあと外を向いた。

「明日は穴沢少尉さんたちが出撃します」なぜか小声になった。
「出撃?」
「はい。今度こそはと意気込んでいらっしゃいます」ふぅと息を吐く音がする。

「あたしは」少女の顔がすぐそばにあった。瓜実顔の可憐な少女だった。
「杉浦中尉さんが出撃する日が来んようにと祈ります。こん戦争が早く終わりますようにと。あ、こいは内緒ですよ。非国民ち言われますから」お下げを揺らしながらコクコクと頷く。
「杉浦さんにはいろんなことを教わりました。とても優しくしてもらいました」
少女の顔は憂いを浮かべながらも、どこか凛としていた。

穴沢少尉……
婚約者に遺書を残した、あの穴沢利夫少尉の事か?
ならば鳴海はわずかながらも知っている。そして、三角兵舎も。

「洗濯の途中じゃっで、お薬ん時はまた来もんで」すっと立ち上がり、手ぬぐいを取った鳴海の額に手のひらを当てて小さく頷いた少女は、小走りに遠ざかった。その後ろ姿は、三つ編みにやはりもんぺ姿だった。年の頃は十代半ばか。

妙な夢だ。鳴海は天井を眺め、目を閉じた。
これは夢だと気がついている夢。白日夢? いや明晰夢だったろうか。

今日は何曜日だったろう?
スノーダンプを掛けなくちゃならないだろうな。

スノーダンプ……

スノーダンプ……

吹雪……

一酸化炭素中毒……?!


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玄関の扉を後ろ手で閉めて、鳴海はどんよりと曇った空を見上げた。
すみれが生まれたての乳飲み子であれば、冷たく切り捨てることもできただろう。しかし、僅かばかりとはいえ、本物と疑わなかった父娘としての歳月があった。

いびつにはめ込まれたジグソーパズルはいつか破綻する。それがこの家族の現状だ。それを食い止めることが出来るのは自分だけなのに違いない。この家族を地上に留めることができるのは自分だけ。
パズルの最後のひとかけらなど捨ててしまえばいい。

もしも、耐えきれなくなったら、明日にでも、いますぐにでも、この家族を地上から消し去ることができるのだから。

それに何より、すみれに罪はないのだ。私はすみれを愛おしく思っている。鳴海はふぅとため息をついた。

「こりゃあ、ずいぶん積もったな」鳴海のひとり言は盛大な白煙となって眼前を舞い、すぐに消えた。

昨夜は吹雪いたせいで雪は厚みを増していた。この冬は随分と長く、雪国にはまだ春の足音が届く気配はなかった。物置からプラスティック製の赤いスノーダンプを引っ張り出し、玄関前と簡易の屋根付き駐車場周辺を雪かきしたあと、車のウィンドウに吹き付けた雪を払いのけた。

「気をつけて行きなさいよ。轍(わだち)が消えてるかもしれない」
背中を見せて洗い物をする妻の早紀に声を掛けた。
「大丈夫よ、ゆっくり行くから」妻は振り返って頷いた。
「すみれ、パパ出かけるからね」
女の子座りをして、お気に入りのアニメのビデオを見ていたすみれの背後から近づき頬にキスをする。
ぐふふぅとくすぐったそうに身をよじったあと、「いってらっしゃーい」と元気よく手を振った。


職場に電話があったのは9時半過ぎだった。
「あ、鳴海さんですか? お忙しいところすみません。めぐみ保育園ですが」聞き覚えのある保育士の声に嫌な予感がした。
「はい、どうしました」
「まだすみれちゃんが来てないんですけど、今日は何かご予定がありましたか? ご自宅の電話もお出にならないので」
心臓がトクンと跳ねて、血流が肌の表面を虫のように撫でた。
「いえ、今日もいつも通りです。ちょっと様子を見てきます。ひょっとしたら娘が急に熱でも出して病院に行ったのかもしれません」
「あ、そうですか」

そんなはずはない。それであれば妻が電話一本入れればいいだけの話だ。二人は連絡も取れない状況に陥った。そう考えなければならない。

「状況が分かったら連絡しますので」
「はい、分かりました。具合が悪いようでしたらお大事になさって下さい」電話は切れた。

早紀の携帯に応答がないことを確認してから、鳴海は上司に事の次第を説明して会社をあとにした。白く染まった景色の中を震える手をハンドルに押しつけるようにスバルのレガシィ・アウトバックを走らせた。

事故だ。それに違いない。妻の早紀は雪道には慣れているとはいえ、決してドライブテクニックが上等とは言えない。



保育園に通じる道路へ右ハンドルを切った。念のためにこの道路も確認しておかなければならない。保育園が見えたところで車を止め、携帯電話を取り出した。

「いえ、すみれちゃんはまだ来てません」保育士の心配げな声が聞こえた。
鳴海は車をUターンさせた。鼓動の音が耳の奥でうるさく鳴った。ハンドルにしがみつくように前傾姿勢をとり、自宅への道をひた走った。

駐車場に止まっているスバルのフォレスターが見えた。あぁ、事故じゃなかったんだ。鳴海はアウトバックを止めて車外にまろび出た。屋根にうっすらと雪の降り積もった車にはエンジンがかかっている。
ワイパーでも故障したか。あるいはウィンドウォッシャー液が切れたか。しかし、時間が経ちすぎている。それに携帯に応答はなかったのだ。

駆け寄った車内に見えたのはシートベルトを肩に掛けたまま頽(くずお)れている妻と娘だった。119番を押す指が震えた。

「高圧酸素の治療をしていますが奥様はまだ意識不明です。お子様は非常に危険な状態です……」
マフラーに雪が詰まったことによる一酸化炭素中毒だった。ゆらりと景色が上昇した。
「鳴海さん大丈夫ですか?!」


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─prologue 2─

「たっくんがねぇ、ここんところ」
作業用のジャンパーを羽織りながら食卓を見ると、すみれがおでこを指さしている。
「お怪我しちゃったんだよ」
「あらそう」コーヒーカップを両手で持ち、両肘をテーブルについた早紀の、興味のなさそうな声がする。



「でねぇ」
「ほらよそ見しない。話はいいから早く食べちゃいなさい!」
驚いたように動きを止めたすみれは、まつげを伏せて不器用な手つきでフォークを操りウィンナーを刺した。
俯き加減に何気なさを装うその横顔は、天真爛漫であるはずの子供のものとは思えないほどに影を含んでいた。
子供の話は聞いてやれ。喉まで出かかった言葉を、鳴海は飲み込んだ。

妻の早紀がときおり見せる素っ気ない態度は、いつの頃からだったのだろう。
食卓からは皿とフォークがふれあう音だけがした。

東京の大学に通っている時に2人は出会い、やがて結婚した。その後、なかなか子宝に恵まれなかった。同棲を始めた頃から計算すると10年近く子供が出来なかったことになる。

かといって、不妊治療はしなかった。それどころか検査さえしなかった。それでいいのだと、鳴海は考えていたから。
川の流れのように、何ものにも逆らわない生き方をすべきだと思った。だから、これも運命なのだと。

半ば諦めていた子供だったから、妊娠したときの早紀の喜びようは尋常ではなかった。
名前は二人で色々と考えた。そして、謙虚、誠実、温順などの花言葉を持つすみれと命名した。その名の通り、駄々をこねて困らせるということもさほどなく、素直な子だった。

そんなある日のことだった。すみれと二人で入浴しているとき、ふと疑念が頭をかすめた。すみれは自分の子ではないのではないか? そんなあり得もしない想像だ。
子というのは、どちらかにより似ていることはあっても、片親の要素をまったく引き継がないことはないのではないか? バスタブの中でアヒルのおもちゃに話しかけるすみれを見て、面差しが自分にまったく似ていないことにあらためて気がついたのだ。

そういえば妊娠前、パートの仕事で、今日は欠勤者が出て急に呼ばれたなどとよく口にしていた早紀の様子を思い出した。
思い返してみれば、服の趣味も変わったような気がした。鳴海が家に帰り着いても、まだ化粧を落としていない時もあった。今日は疲れていると夫婦の営みを拒否することも多くなっていた。

そうだそうだ。すみれがおじちゃんとよく口にしていた時期があった。近所の商店主かもしれないけれど、すみれの実の父親だったのではないか。だとするなら自分は飛んだ道化だ。
雪の塊が傾斜を転がり大きくなるように、疑念が新たな疑念を呼び、深読みがさらなる深読みを生んだ

たまりかねて泌尿器科を受診したのは2年前だった。そう、10年子が出来なかった原因が自分にあったとしたら……。


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3年前に書いた小説ですが、日本人にとっていろんな意味で大切な8月に再び問うてみたいと思います。

「剣伝」が思いの外長引いてしまって悩んでいたのですが、ここで強引に割り込み掲載します。

戦争とは、特攻とは……

現代と戦時中を行き来する男の物語です。
娘の正体は果たして……。

実在した人物も何人か登場しています。できる限り史実に忠実にと心がけて描いたつもりですが、筆足らずはご容赦ください。
そのため、証言に食い違いがあるものに関しては書き込みを避けました。陸軍の振武寮に関しても同じ理由で書いていません。

特攻と言えば海軍の神風ですが、ここはあえて陸軍の振武隊を描いています。
足早に掲載してゆくつもりです。



翳(かげ)りゆく愛に

─prologue─

4歳になる娘のすみれが、食卓でトーストを頬張っている。妻の早紀は、「すみれ、パンだけ先に食べちゃダメよ」と、ウィンナーエッグを焼きながら肩越しに声を掛ける。

咀嚼(そしゃく)にリズムを合わせるように頷きながら、すみれは足をぶらぶらさせている。
一足先に朝食をすませた鳴海修作は、吹雪いた庭にスノーダンプを掛けなくてはと、時計を気にしていた。

換気扇のファンの音、フライパンで弾けるオイルのリズム、朝の何気ない家族の風景、ありふれた食卓の香り。
どこにでもいる家族。しかし、どこにもいない組み合わせ。ここにしか咲かない、日溜まりに寄り添う野辺の花。

幸せという名のあやふやな定規は、対象物を失って初めてその存在に気づくもの。幸と不幸の境界線は0と1との二進法。

問われたことも、立ち止まって考えたこともなかったけれど、幸せかと訊かれれば、確かに幸せだった。何疑うことなく、心穏やかだった。

失ったのではなく、実は得てさえもいなかったもの。
その正体は、あまりにも惨(むご)かった。

鳴海の視線に気がついたすみれが満面の笑みを浮かべた。口の端にイチゴジャムを付けたまま。



「鳴海さん、まったくいないというのではなく通過障害も考えられますので造影検査をしましょう。それで見つかる場合もありますので」
医師は小さく頷きながら、少しの憐れみと、幾ばくかの励ましを含んだ老練な笑みを浮かべた。
「通過障害……ですか?」

「ええ、精管と精巣の造影検査をして原因を探ります。たとえば精索静脈瘤といって、まあコブですが」医師は紙にボールペンでイラストを書いてゆく。

「それが妨げになって精子が送られていない可能性も考えられます。閉鎖性の無精子症ですね。大げさな手術ではありませんが検査入院をおすすめします」
「精子がいるかもしれないということですか」
「ええ、見つかる場合もあります」

「いえ、結構です」
眼鏡を押し上げ怪訝そうに眉根を寄せた医師に、鳴海修作は慌てて言葉を継ぎ足した。
「というか……今仕事が忙しくて休むわけにはいかないんです。落ち着いたらまたお願いしたいと思います」
「そうですか。そのときはまたご連絡下さい」笑顔を浮かべた医師に鳴海は問いかけた。

「先生、急になることってあるんですか? たとえば、この一年二年の間にそうなってしまったとか……その、無精子症ですが」
「いえ、それは考えにくいですね。というか、ないと思って下さい。それにそもそも、精子の有無さえ検査をしてみないと分かりませんのでね」


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ついさきほどアンインストールしました。インストールじゃなくて〝アン〟です
個人的な使用感を少し。ま、わずか2日程度だから良くはわかっていないのだけれど……

不評だったウィンドウズ8と8.1の反省を生かして、スタートメニューが復活しましたね。これはいいです。
左上に表示される「戻るボタン」とか「Xボタン」とか、上に表示される開いているサイトの表示が白黒でがおそろしくシンプルに。
慣れていないせいか、使いにくかった。

Windows Media Playerとかが使えなくなるという書き込みもあったけど、使わないからわかりません。



原因はわからないのだけれど、不都合が生じた部分。

僕は日本語変換ソフトATOKを使っているのだけどワード以外では使えなくなったこと。わかりやすく書くと英字の半角入力しかされなくなった。
だから、アメーバでもネットでも英字の半角入力しかできなくなった。そのためいちいちMicrosoft IMEに切り替える必要があった。

右クリックでのネット検索が使えなくなった
意味を調べたいときに、たとえば「いとおかし」ってなんだろうって、ぺろぺろっと文字を指定して右クリックで調べる例の機能ですね。あれがまったく使えなくなっていた。
これは史上最悪に不便。僕がアンインストール決めたのもこのせい。

不都合が生じている方は早めにアンインストールしてください。インストール後に、削除できる期限が存在したと思います。

アンインストールの方法を検索したら
1) Settiing
2) 保守と管理
3) 回復
4)前のバージョンのWindowsに戻す

とあったけど、いくら探してもスタートメニューからのSettiingが見あたらない。

諦めきれずに探し続けて、結局アップデートのところで、回復(だったかな?)を見つけてアンインストールに成功しました。ほっと一息。

不良品並みだった8に比べれば、改良されたらいいOSになりそうな気配です。
が……迷走を続けるウィンドウズって感じ……

ウィンドウズ10が搭載されたパソコンが発売されるのは来月9月予定。それもあくまで予定……それまではPCメーカーからもプロバイダーからもサポートも受けられないはずです。

来年2016年7月までは無料でアップグレードできるので、改良されてからインストールすることを強くお勧めします。

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永遠に夏、永遠に冬、どっちがいい? ブログネタ:永遠に夏、永遠に冬、どっちがいい? 参加中

私は派!


春が来る・夏が来る・秋が来る・冬が来る……ふむ、どれもおかしくない。

では、これはどうだろう。

春が終わる・夏が終わる・秋が終わる・冬が終わる……ふむ、夏以外はあまり使わないような気がする。使うとすれば次の季節が〝来る〟ではないだろうか。

たとえば冬なら〝春が来る〟秋ならば〝冬が来る〟といった感じで。
〝終わる〟が一番しっくり来るのは夏だ。



ふとのぞいた路地裏に夏の終わりを感じたりする。古びた民家の軒下に並ぶ植木や、ちょっと錆びて、色の褪(あ)せたピンクの三輪車。なぜだろうとじっと見ていて気がつく。ああ、影のせいかと。

夏の終わりは影で感じることが多い。音なら晩夏から初秋に聞こえるツクツクボウシの鳴き声。見上げればうろこ雲。

ああ、夏が終わる。そこには胸がキュッと締め付けられるような寂しさがある。




インパクトが強い分、夏なんてしょっちゅう経験している気がするけれど、ほかの季節と同じように、夏は一年に一度しか巡ってこない。

君は今まで何回夏を過ごしてきただろう。そして、残りの人生はあと何年なのだろう。

もう二度と夏を経験できない秋が、冬が、春が、誰にも必ず訪れることを思いながら、この夏を過ごしてみたらどうだろう。

汗をたくさん掻いてさ。


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久石譲 - Summer





永遠に夏、永遠に冬、どっちがいい?

気になる投票結果は!?







─変わらぬ世界─

「ミランダ……ミランダ」セブナの声が遠くで聞こえる。
自分がどこにいるのか、なにをしているのか、虚ろな頭は理解できずにいた。目を開けてふと周りを見ると、石垣を背に座り込んでいる自分に気づく。影は日が傾き始めていることを教えた。

「泣くでない。お前の望み通り荼毘に付されたミネラは、たった今、神になった。お前と荒野を守る神になった」
そうだ、自分は焼かれるミネラが煙になるのを見たくなくて、じっと目を閉じていたのだ。

「お前が死んで一番悲しむのは誰だ」立てた剣に両手を乗せたセブナが、のぞき込むように頭を傾けた。
「父と、母と……」
「一番じゃ、ミランダ」
「父……母?……」
「一番じゃと訊いておる!」
「ミネラ」

「ならば会いに行こうなどと、弱々しいことは考えぬ事だ。そのようなことをしてもミネラは決して喜ばぬ。死力を尽くして生き延びよ。そして、ミネラと共に荒野の民を救え」
「はい」
「声が小さい!」
「はい!」
「ミランダ、お前はこのセブナが全力で守る。でなければ、イエナ様とシェリ様に叱られる。我が父ティエンにもな」
「はい」小さく頷いて、ミランダは再び膝に顔を埋めた。

髪を揺らす風は変わらない。耳に届く小鳥のさえずりもそのままだ。ただ、この世にミネラがいなくなった。
それでも世界は、いつもと変わらず動いている。誰も悲しみはしない。彼の居なくなった場所に穴など開きはしないのだ。元々そこになにもなかったかのように。



「ミランダ殿」呼びかける声が聞こえる。ミランダは顔を上げる気力もなく、ただ頭を小さく動かした。

「わたくしは止めません。お泣きなさい。思い切り泣けばよい。このわたくしは早くに父と母を亡くしました」
ゆっくりと顔を上げるとシオンが跪(ひざまづ)いていた。
「いっとき遊びほうけては、いっとき眠るような幼児の頃です」
ミランダは頷いた。

「いなくなったという現実と二度と会えないという不条理……その感覚がどうしても飲み込めずに、泣くことしかできませんでした。喉が枯れても泣きました。声が出なくなっても、涙が出なくなっても泣きました。
泣けばすぐにやってくる母も、男は無闇に泣いてはいけないと諭す父も、帰っては来ませんでした」
ミランダはシオンの目を見つめて頷いた。悲しげな瞳だった。

「叔父や叔母や親戚がその代わりになるでしょうか?」
ミランダはゆっくりと首を振った。
「そう、けっしてならぬのです。それを承知で育ててくれたのは、血の繋がりのないセブナ婆でした。孫のミシュンと仲がよかったという、ただそれだけの理由でした」
「はい」ミランダはようやく声を出した。

「ミネラ殿、人は誰も悲みを抱えています。辛さもそうです。それを抱えて生きていくのです。その道の途上で、大切な存在を喪わぬ人などおらぬのです」
「はい」話を促す返事が涙声になった。

「歯を食いしばらぬことです。乗り越えようとは思わぬことです。静かに受け止めて、涙枯れるまで泣けばよいのです。
幾度も幾度も空に巡る日と月が、必ずやミランダ殿を癒してくれましょう」
「はい」
「やがて穏やかな朝日が昇る日が来ます」
「ありがとう、シオン様」
「勇敢でお優しい、よいお方でした」立ち上がったシオンは頭を下げた。


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