─変わらぬ世界─
「ミランダ……ミランダ」セブナの声が遠くで聞こえる。
自分がどこにいるのか、なにをしているのか、虚ろな頭は理解できずにいた。目を開けてふと周りを見ると、石垣を背に座り込んでいる自分に気づく。影は日が傾き始めていることを教えた。
「泣くでない。お前の望み通り荼毘に付されたミネラは、たった今、神になった。お前と荒野を守る神になった」
そうだ、自分は焼かれるミネラが煙になるのを見たくなくて、じっと目を閉じていたのだ。
「お前が死んで一番悲しむのは誰だ」立てた剣に両手を乗せたセブナが、のぞき込むように頭を傾けた。
「父と、母と……」
「一番じゃ、ミランダ」
「父……母?……」
「一番じゃと訊いておる!」
「ミネラ」
「ならば会いに行こうなどと、弱々しいことは考えぬ事だ。そのようなことをしてもミネラは決して喜ばぬ。死力を尽くして生き延びよ。そして、ミネラと共に荒野の民を救え」
「はい」
「声が小さい!」
「はい!」
「ミランダ、お前はこのセブナが全力で守る。でなければ、イエナ様とシェリ様に叱られる。我が父ティエンにもな」
「はい」小さく頷いて、ミランダは再び膝に顔を埋めた。
髪を揺らす風は変わらない。耳に届く小鳥のさえずりもそのままだ。ただ、この世にミネラがいなくなった。
それでも世界は、いつもと変わらず動いている。誰も悲しみはしない。彼の居なくなった場所に穴など開きはしないのだ。元々そこになにもなかったかのように。

「ミランダ殿」呼びかける声が聞こえる。ミランダは顔を上げる気力もなく、ただ頭を小さく動かした。
「わたくしは止めません。お泣きなさい。思い切り泣けばよい。このわたくしは早くに父と母を亡くしました」
ゆっくりと顔を上げるとシオンが跪(ひざまづ)いていた。
「いっとき遊びほうけては、いっとき眠るような幼児の頃です」
ミランダは頷いた。
「いなくなったという現実と二度と会えないという不条理……その感覚がどうしても飲み込めずに、泣くことしかできませんでした。喉が枯れても泣きました。声が出なくなっても、涙が出なくなっても泣きました。
泣けばすぐにやってくる母も、男は無闇に泣いてはいけないと諭す父も、帰っては来ませんでした」
ミランダはシオンの目を見つめて頷いた。悲しげな瞳だった。
「叔父や叔母や親戚がその代わりになるでしょうか?」
ミランダはゆっくりと首を振った。
「そう、けっしてならぬのです。それを承知で育ててくれたのは、血の繋がりのないセブナ婆でした。孫のミシュンと仲がよかったという、ただそれだけの理由でした」
「はい」ミランダはようやく声を出した。
「ミネラ殿、人は誰も悲みを抱えています。辛さもそうです。それを抱えて生きていくのです。その道の途上で、大切な存在を喪わぬ人などおらぬのです」
「はい」話を促す返事が涙声になった。
「歯を食いしばらぬことです。乗り越えようとは思わぬことです。静かに受け止めて、涙枯れるまで泣けばよいのです。
幾度も幾度も空に巡る日と月が、必ずやミランダ殿を癒してくれましょう」
「はい」
「やがて穏やかな朝日が昇る日が来ます」
「ありがとう、シオン様」
「勇敢でお優しい、よいお方でした」立ち上がったシオンは頭を下げた。
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