濡れたハンドタオルのような味。 -4ページ目

眠れない夜の続き。

 先日『メディアってなに?』という本を読んだ。メディア学と言うのだろうか、歴史に沿ってメディアとはなんだろうと優しく解説してくれる。とても読みやすく一日もかからず読んでしまった。
 というのも実はこれを書いた大学教授の講義を受けていたことがあるのだ。だいたいの内容は講義で理解しているし、理解しようとする必要もなく思い出すだけで良いのだから早く読めるのも当然。
 「もうメディアに踊らされるなんてごめんだ!」というメディアの実態を知りたい人におすすめ。ただあくまで概論であるからメディアについてさらに斬り込みたいなら別の書籍に頼るしかない。

 それと合わせて『編集者の学校』という本も読んでいた。ページ数はこちらの方が多いのだがこちらは一晩で読めてしまった。さまざまな仕事を成し遂げたベテラン編集者や作家らに聞く「編集者の心得」を説いた本であるがこれといって「なるほど!」と思うようなことは書かれていなかった。
 俗に我々一般人が持つ、町を駆け回るような編集者像こそが理想の編集者ということに収束している。などと偉そうなことをいっているが気に入ったいくつかの言葉はしっかり手帳に書き留めた。

あれから三日が経った。

 パソコン教室のインストラクターのバイトに応募して三日が経ったが未だに連絡が無い。これはもう、アレかと思い悩んで今日は京都市内のアルバム編集会社にアルバイトの応募を出した。
 するといろいろと記載に不備な点があったから、とすぐに返事が来た。アルバイト情報サイトを介して応募をしたのだが何かを記載する項目など一切無かった。どういうことなんだよとアルバイト情報サイトに対して憤慨しているところである。
 すぐにリプライをするも正しい日本語なのかわからず、ああこれはもうだめだなとあきらめている。そもそも画像編集で必要なIllustratorやPhotoshopなどのソフトを使ったことがまったく無いため初めからあきらめてはいるのだが。
 使ったことが無いからこそ自らのスキルアップに、と応募したのだがまあそこまで甘くはないよね。

 とりあえず今はMac miniが欲しい。コンパクトであることとガレージバンドという音楽編集ソフトが使えることが大きい。別にコンパクトであるならMacにこだわる必要も無いのだけれど音楽編集についてはやはりMacの魅力は大きい。
 現在使っているモニターが黒色だからできればパソコン本体も黒で統一したいところなのだが致し方ない。欲求には勝てないのである。
 
 先日、今年の春に卒業した大学で求人情報を見ていたら児童書などを扱っている出版社から求人が出ているのを見つけた。僕の子どものころに読んだ絵本は『アンパンマン』や『11ぴきのねこ』や『14ひきのひっこし』などで有名な「14ひきシリーズ」など、思い出そうと思えばいろいろ挙げられる。そういった記憶に残るような、「これから先自分に子どもができたら子どもに読み聞かせたい」と思えるような絵本作りに携われるのも素敵だなと思い行きたくなった。給料は低いけれどある程度はもらえれば多くは要らない。
 京都が好きだけれど勤務地が東京であるからもし受かれば東京で暮らすことになるがわがままも言っていられない。

 早く何かの仕事に就いてこのどうにも晴れない心のわだかまりを解消してしまいたい。
 わだかまりといえば思い出すのが梶井基次郎の『檸檬』であるがあれは今ファンの音でうるさい僕のパソコンの下敷きとなっている。こんなんだけれど結構好きだよ『檸檬』。

飲み残したコーヒー。

 夕食後、オレンジとコーヒーを持って部屋へ戻り煙草を一本吸う。
 出版関係の人物のブログを三十分ほど読んだ後にオレンジがあったことを思い出して食べる。また煙草を吸う。

 文章を書くにはポイントがあるらしい。それは思い切って絞り込むこと。
 例えば、A,B,Cを伝えたえたくとも当然紙面には限りがあるため、満遍なく書いたのではどうしても伝えきれない部分が出てくる。そこでAに重点を置き、Cはカットしてしまう大胆さが必要だと言う。
 また、客観的になりすぎず、‘ウケ'を狙わないこと。「私はこう思う!」ということをはっきりと述べる。これは評論家の小谷野敦氏が『『こころ』は本当に名作か』でも同じようなこと言っていたなと思い出す。頭の良い人は同じところに行き着くのだろうか。
 僕などは多少説明不足だと感じても書ききらないところがある。それは客観性にかけるということにも繋がることであるが、技術があればそれで十分なのだ。読むのはコンピュータではなく人間なのであるから多少のことは盲点を脳が補完するように予想してくれる。
 例えばこんな話がある。
 友人とドライブをしていると交差点に差し掛かったが友人はスピードを緩める気配がない。そこで僕は「赤だよ」と言う。当然これは「信号機は今赤だよ」ということを伝えたいのではなく、「赤だからスピードを早く緩めてよ」と言いたいのだが、「赤だよ」で十分伝わるのだ。これと同じことが文章上でも日常的に起きている。
 心配しなくても盲点はちゃんと補完されるのだ。

 思い出したようにコーヒーを飲む。
 少しドライブでもしてこようか。