<阿佐田哲也、
坂口安吾>
727.「麻雀放浪記 (一)」 青春編
阿佐田哲也
長編 畑正憲:解説 角川文庫
この作品が週刊誌連載のかたちで初めて世にでたとき、
私は驚嘆して毎週愛読した。
小説の中の世界に没入できるということは、
大人になると時折しか体験できない。
そしてこれだけ面白い悪漢小説・教養小説(?)には、
めったに出会えるものではない。
当時、この匿名の筆者は誰か、話題になった。
そして今、阿佐田哲也という名前は、
色川武大という名前と同じ重味をもって、
私の頭の中に並んでいる。
吉行淳之介
<ウラスジ>
上野不忍池近くのチンチロリン部落に入りこみ、
博打打ち「ドサ健」「上州虎」「出目徳」達との
闘いにのめりこんでいく「坊や哲」。
<帯スジ>
奥付きには、昭和54年9月30日初版発行とあります。
カバーの折り返しには、
<10月末刊行 >
麻雀放浪記(三) 激闘編
麻雀放浪記(四) 番外編
の予告が載っています。
つまり、
この一巻と二巻が出た時は、三、四巻はまだ出ていません。
四巻ぐらいの文庫なら、
全部揃って刊行されたのち、まとめて購入していたのに。
とにかく、”幻” の名作小説、
ということで、多少勇み足気味に、
二巻を先買いしてしまいました。
それほど読みたかった作品だったということなのです。
時期的にそうさせたという事もあるでしょう。
私が麻雀を覚えたのは高校のころ、
友人の家が雀荘をやっていたという事情もあって、
人数さえ揃えば、卓の準備は常に出来ている、という状態でした。
ですから殆んど恒常的に、
麻雀をやろうと思えばすぐに出来る環境が
そこにはあったのです。
で、思いっ切りのめり込んでしまう――。
賭け事としてではなく、そのゲーム性に夢中になりました。
それはともかく。
阿佐田哲也と言えば 『麻雀新撰組』 。
小島武夫、古川凱章を擁し、
昭和40年代の麻雀ブームの火付け役でした。
男性週刊誌には必ず、誌上対局が掲載され、
「パイ活字」が普及してゆく。
現在は<Mリーグ>も始まり、ギャンブル性を廃した、
完全なる競技コンテンツとして、市民権を得ています。
<余談>
この文庫について。
……ってこっちが本論だろうに。
今回、例によって40年ぶりにこの本を手にしたわけですが、
またまた記憶違いか、思っていたものとは全然違っていました。
<ウラスジ>にもある通り、
最初は 『チンチロリン部落』 が舞台なので、
麻雀の話は出て来ないはず、との印象があったのです。
『チンチロリン』 とは茶碗の中に三つの骰子をころがして遊ぶ、
”オープンな” 博打のこと。
骰子を振る時の音からその名が付く。
これ、漫画の 『ドカベン』 と一緒だろう、と。
『ドカベン』 も、最初は野球漫画ではなく、柔道漫画でしたから。
ところが、パラパラめくってみると、
最初こそ<サイコロ活字>のオンパレードでしたが、
40ページで早くも「パイ活字」の登場。
そこから先はサイコロに戻る事なく、
ずっと「パイ活字」がページを席巻していきます。
これでなくちゃ。
……と思ったら、思わぬ落とし穴が。
それは次の回に。
728.「麻雀放浪記 (二)」 風雲編
阿佐田哲也
長編 江國滋:解説 角川文庫
背筋がぞくぞくしてくるな。
トイレに立つ時間も勿体なくなるね。
ときどき深いため息をつくな。
そして読み終ったら、永遠に続巻があったらいいと思うさ。
つまりこれは、
それほどの名作なんだ。
僕は十回以上読んじまった。
畑正憲
<ウラスジ>
大阪に乗りこみ、
巷に隠れた恐るべき打ち手達と、
牌をめぐる技と技との応酬に秘術の限りを尽くす、
「坊や哲」の執念!
<帯スジ>
戦後の大阪というと、開高健の 『日本三文オペラ』 ですね。
インテリ・知識人でもない限り、大体がこんな感じ。
あとは、麻雀でいうと、
”三人打ち” と ”ブー麻雀”。
よく解りませんが、<博打>の香りがプンプンする。
で、いろんな人が面白い小説と言うなか、
気づかなかった盲点が存在していました。
それを指摘したのは、解説の江國滋さん。
あの江國香織さんの御父上です。
江國さん曰く、
”「パイ活字」という偉大な発明には、
実は強烈な副作用がある。
第一に、文章の中でパイ活字が使われていると、
麻雀に興味を持たない人は、それだけで読もうとしない。
第二に、パイ活字を用いた作品は、
それだけで特殊な作品とみなされやすい。
趣味の作品、遊びの作品という印象を、
ほかならぬパイ活字が植えつけるのである”
”無頼の人間像をいきいきとえがいたこの小説は、
麻雀場面を抜きにして読んでも傑作の名に恥じないこくを備えている。
麻雀を知らない人が読んでもおもしろいはずだし、
ぜひ読んでもらいたいところだが、
それには全篇にちらばっているパイ活字が足をひっぱっている。
パイ活字が目についただけで、
麻雀を知らない人は頭から敬遠するにきまっている”
ですよね。
私自身、麻雀ではなくトランプでしたが、
その遊び方を知らない、というだけで、
興味が半減した作品がありました。
クリスティの 『開いたトランプ』 です。
ああ、クリスティと言えば 『アクロイド殺害事件』 に
麻雀のシーンがありましたね。
これはちょっと驚きました。
<閑話休題>
まあ、昔と今じゃ麻雀に対する見方もだいぶ変わって来ているし、
煙い中、不健康に徹夜麻雀、っていうイメージも払拭されそう。
<朝だ、徹夜>(阿佐田哲也のペンネームの由来)
の時代じゃないってこと。
やる人間も若返っているみたい。
『咲-Saki-』 なんて
<美少女麻雀漫画(アニメ)>も誕生してるしね。
では、一か月後に、
『麻雀放浪記』(三)・(四)でまたお会いしましょう。
729.「暗い青春・魔の退屈」
坂口安吾
短編集 奥野健男:解説 角川文庫
収録作品
1.石の思い
2.二十一
3.暗い青春
4.二十七歳
5.いずこへ
6.三十歳
7.古都
8.居酒屋の聖人
9.ぐうたら戦記
10.魔の退屈
11.死と影
青春は力の時期であり、
同時に死の激しさと密着する時期である。
そこには大きな野心と絶望、
明るい希望と暗い死への誘惑が並存する。
安吾の青春は、
その両極の間をさ迷いつつ刻まれた、
真摯な魂の軌跡であった。
自らの<暗い青春>を回想した自伝的11短篇を年代順に配列、
真剣に生きることへの自覚を呼びさます感動の作品集。
<ウラスジ>
まだ達観する前の自分を紐解きながら、
若かりしころの感情を綴ることのためらい――。
青春ほど、死の翳を負い、死と背中合わせな時期はない。
人間の喜怒哀楽も、舞台裏の演出家はただ一人、
それが死だ。
<暗い青春>
戦後、悟りを開いたかのような安吾の物言いは、
やはりここに集約されています。
この短編集、一つの長編として読んだほうが、
しっくりきそうな感じがします。
自伝風作品のお楽しみ、
円地文子の 『朱を奪うもの』 の所でも書いたけど、
今まで何を読んできたかが窺いしれること。
立川文庫、モリエール、ボルテール、ポオ、スタンダール……。
ポオは 『Xだらけの社説』 に言及している。
これが 『風博士』 を書くきっかけになったらしい。
で、全編を通じて見え隠れする、
恋人・<矢田津世子>。
原節子を思わせる、面長のモダンな美人作家。
安吾は途中でフラれたらしいけど。
この戦争中に矢田津世子が死んだ。
私は死亡通知の一枚のハガキを握って、
二、三分間、一筋か二筋の涙というものを、ながした。
<二十七歳>
この 『二十七歳』 を手始めに、
矢田津世子の名が作品をまたいで出てきます。
三千代さんはいつ出てくるんだろう?