「まず荷物を上げるのが先や。省ちゃんも手伝えや」
源三は櫓を片手で操りながら貨物船の上から降りてきているロープに伝馬船を近ずけていった。
「そのロープをつかまえてくれ」源三はロープが省三の手の届きそうなところまで伝馬船を近付けると省三に叫んだ。



ロープは5mくらい離れてもう一本降りていた。
「つかまえたよ」省三は1本の太いロープを両手で握って源三に言った。
「よっしゃ。今行くからはなさんようにしっかり握っててや」


源三は長い櫓を伝馬船の中に引き込んでから船首にいた省三のところまできてロープを受け取った。
源三はすばやい手つきでロープを伝馬船の船先に縛りつけた。
もう1本のロープは源三がつかんで船尾のほうに引っ張って行き櫓をこぐあたりに縛り付けた。


「これで伝馬船は動かん。さー荷物を上げるぞ」
省三に声をかけながら貨物船の甲板の3人に手を振った。


甲板の黄色い鉄製のリフトからするすると1本のロープが降りてきた。ロープの先には黒い鉄でできた大きなひょうたん型のフックが付いている。源三は積んでいた短い2本のロープを木箱の底から両端2箇所にロープを架けリフトから降りてきた太いロープのフックに2本とも引っ掛けた。


「OK!」
源三が頭上で両手で丸い円をつくって合図をすると甲板のリフトがギーと音立ててロープを巻き上げていき木箱がゆっくり引き上げられていった。


ー第7話に続くー

波打ち際に乗り上げてあった伝馬船には2人の工員が6個の木箱をすでに積み込んでいた。

省三は砂浜から伝馬船の後部に渡された厚い板の上を歩いて伝馬船に乗り込んだ。
源三も省三に続いて伝馬船に乗り込んできた。


「さあーちょいと押してくれや」
工場長の橋本と2人の行員が3分の1ほど砂浜に乗り上げていた伝馬船の後部を持ち上げるようにして押した。ザーザーと砂の上を滑る音を立てて伝馬船は勢いよく瀬戸の海に浮かんだ。


「お父さんに港まで迎えに来てくれるよう電話しとくからね。気を付けてね」
美奈子が大声で省三に向かって叫んだ。
「大丈夫だよー、行ってきまーす」
省三は母の心配をよそに小さな伝馬船の船首に立ち上がって大きく両手を振った。


源三のこぐ長い櫓がぎーぎーと音立て始めると伝馬船は砂浜からだんだんと遠ざかって行った。砂浜で手を振っている美奈子、橋本、2人の行員の姿がだんだんと小さくなって行く。4人の姿が小さくなっていくに従って黒い貨物船が大きく前方に迫ってきた。


伝馬船が近付くと甲板に3人の人影が現れた。
「すまんの、子供1人神戸まで乗せてやってや」
源三が貨物船の3人に向かって大声で叫んだ。
「あいよ。後ろに低いところがあるからそこからあがんな」
船長らしい帽子をかぶった男が貨物船の後方を指差しながら叫んだ



ー第6話に続くー

この荷物どこまでいくの?神戸まで?大阪まで?」
省三は手袋の出荷作業が始まる夕方までは毎日伝馬船に乗せてもらって飛び込んだり、泳いだりして源じいさんにはよくかわいがってもらっていた。



省三も5年生なった今年の夏休みは毎晩工場の出荷作業を手伝っていた。
省三の兄の忠義は中学1年生だったが野球部でピッチャーをやっており連日の猛練習でくたくたになって帰ってきて夕食をとるとすぐ寝てしまってあまり工場には顔を出さなかった。



「この荷物はわしの伝馬船で沖の佐藤汽船まで運んで佐藤汽船は神戸の港で荷揚げや。省ちゃんも荷物と一緒に神戸まで行くか」源三はうまそうにお茶を飲みながら省三にいった。毎日のように伝馬船の掃除を手伝ってくれる省三を源三は気に入っていた。



「そうだな、夏休みはまだ1週間残っているし、明日は土曜日や。社長も明日の朝は神戸の倉庫に来て荷受け作業に立ち会うはずや。省ちゃんも一緒に荷受してもろたらええ。よく手伝ってくれたからそれくらいごほうびあげなくちゃな。奥さん」橋本は省三の頭をなぜながら美奈子に言った。



「ほんと?源じいさん、あの佐藤の船に乗せっててくれる?」
省三は目を輝かせて源三に言った。
「なにいってるの、子供が1人で貨物船に乗って神戸へ行くなんて」美奈子は心配そうな目で源三を見た。


「別に心配はいらん。荷物の間に寝っころがっていたら明日の朝6時には神戸の港に着いとる。今夜の海は静かやし、ゆれる事もなかろう。わしも神戸に用があるときはいつもあの佐藤の船に乗せてもらうんや」



源三は赤銅色に日焼けした顔をくしゃくしゃに崩して白い歯を覗かせて美奈子に言った。
海で鍛えた源三のしわしわの顔に白い歯を見せて笑う顔にはなんといえない安心感を美奈子に与えた。



=第5話に続くー