「お父さんはこの甲子園口に住んでるんですか」

「ああここから10分ほど歩いたところで庭付きの1軒屋だ」

「私は社長の家の二階に居候さしてもらっとります」

隼人が改まった口調で言った。

「じゃー二人だけで住んどるんですか」

「あとキュウちゃんいう二十歳前の女の子のお手伝いさんが住み込みでおる」

「キュウちゃんって面白い名前やな!」

「本当は久子というんやけどわしらはキュウちゃんと呼んどる」

「じゃー3人だ。僕の寝るとこあるかなー」

「ああ十分ある。好きなだけ居ったらええ。そういえば省三は5年生だったな。早いもんやな、あと1年で中学か」


「社長、省ちゃんをこちらに引き取ってええ中学に入れたらと思いますけど」

隼人は笑みたたえて省三と秀雄を交互に見ながら言った。

「ええ学校いうたかて僕そんなに頭ようないで」

「学校なんて頭やない。根性や。貨物船に乗ってお父さんに会いに来る根性の省ちゃんなら絶対ええ中学校へ行けるって」

こんどは隼人は省三の目を見つめて真剣に説得しだした。

「灘中あたりを目指してやってみるか省三!」

秀雄は長男の忠義が成績はよいのに野球に夢中になって大学もあまり良いところへは行けないだろうなと思って省三に期待するようになっていた。


このときから省三は父の強烈なプレッシャーを感じ始めていた。

「ウーン、ウーン、ウーン」省三は頭を抱えて下を向いてうなってばかりだった。

ちょうど料理が次々と運ばれてきた。

「省三も急に言われても困るやろ。まーじっくり考えときや」


ー第16話に続くー

三人は省線(今のJR)に乗って甲子園口で降りた。

「お昼にはちょっと早いが省三、おなかすいたやろ」

「はらぺこや。何でもええからなんか食べさせてな」

省三は昨夜8時頃工場で出た夜食のうどんを食べただけでその後何も食べていないことを隼人に小声で言った。



「わしらも朝早かったから何も食うとらん。中華でも食うか」

省三の声が聞こえたようだった。秀雄はさっさと駅前の中華料理店に入って行った。隼人と省三も秀雄の後に続いて入って行った。秀雄は奥の小部屋の丸いテーブルに腰掛けて省三に横に座るよう椅子を引いてくれた。テーブルは2段になっていて上のテーブルが回転するようになっていた。

秀雄が店員にいろいろ料理を注文をしている間省三はこの回るテーブルが面白くてくるくる回して遊んでいた。



「それにしても貨物船でよく来たな。ねずみは出てこんかったか」

秀雄は横に座ってテーブル回しに夢中になっている省三に話しかけた。

「船にもねずみはいるんですか」テーブル回しの手を止めて省三は父の顔を覗き込むようにして聞いた。

「ああいるらしい。ねずみはかしこいから沈む船は本能的にわかるらしくて一斉に逃げ出して一匹もいなくなるらしい。だからねずみがいる間はその船は大丈夫らしい」

「へーそうなんですか。ねずみにはそんな予知能力があるんですか」

隼人が横から感心したような口調で秀雄に言った。



「貨物室で寝転んだのが夜の1時頃だったのすぐ寝てしもうたからねずみなんてぜんぜん気がつかなかった」

「じゃあの船は危ないかもしれない。今頃大阪沖で沈んでるかもしれない」

秀雄は自分で言った冗談がおかしくてわっははと笑った。省三も隼人もつられて大声で笑った。

急にその場がなごやかな雰囲気になった。



第15話に続くー

「昨日出荷を手伝っていたらこの荷物と一緒に乗ったらお父さんに会えるんじゃないかと思って。そしたら伝馬船の源じいさんが貨物船に乗せてくれるちゅうもんじゃけん」

省三は父の目を見つめて一生懸命に説明した。



「省ちゃんは誰にでも好かれる得な性分やなー」

井沢隼人が感心しながら笑顔で言った。

「隼人兄ちゃん、またよろしくお願いします」

隼人は5ヶ月くらい前仕事で白鳥の工場に来ていてちょうど春休みだった省三とトランプしたり、将棋したりよく遊んでくれた。省三も“隼人兄ちゃん”“隼人兄ちゃん”となついて隼人の後ばかりくっついていたのである。



「それにしても船が着いて2時間もたって起こされるまで寝とるとはええ度胸しとるなー社長」隼人が秀雄の同意を得るような口調で言った。

「だって若い船員さんが着いたら起こしてくれるゆうたけん」

省三は頭をかきながら秀雄に謝るしぐさをした。

「ほんまになんちゅうやっちゃ。あの船はまもなく大阪へ向かって出帆や。起こされなんだら大阪まで連れて行かれるところだったんだぞ。おかげでこっちの仕事も早く済んだから帰ろうか」秀雄は父に会いたさで貨物船に乗ってきた省三がかわいくて仕方なかった。



ー第14話に続くー