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run1236さんのブログ

久しぶりも5年ぶり。
私も年をとり、色んなことがおきました。
そんな色んなことをしたためたいと思います。

茶とらが旅立って、約4年間、ぶーにゃんは、私たち家族と一緒にいてくれました。


茶とらがいない分、自分が頑張ってここにいなきゃ、というより、いれるだけいよう、という気持ちだとAC(アニマルコミュにケーター)さんは語りました。


旅立って、お葬式もしたけれど、その姿を今でも探してしまう。砂のおトイレも、いつもいてくれた段ボール爪磨ぎベッドもおもちゃも、病気に耐えて頑張ってくれていた時に使っていたシーツもマットも何一つ捨てられない。


お骨も茶とらと一緒に目の前にいてくれているけれと、寂しくてたまらない。もふもふして感じたい。


ゆっくりじっくり、旅立を受け入れなきゃ、そんな時に、ぶーにゃんが、旅立って約一ヶ月後、また事件が起きてしまいました。



僕は、大丈夫だから!


そう見せてくれたぶーにゃん。


その日朝起きると、横たわって寝ている筈のぶーにゃんは、チェストによりかかっていました。

辛い体を動かし、体を起こそうとしたのかもしれない。


私の顔を見て、何かを伝えようとしていたようでした。

でもきっと、その時は意識もあまりなかったのかもしれません。それでも、寄りかかっ体を起こしていました。


ぶーにゃんの姿を見て、パニックになりました。


下血。


まだ出血は続いていました。


原因は便通。

そのせいで、腸や、血栓から、出血したのかと思いました。


それでも、私は何故かぶーにゃんは大丈夫!と思っていました。

今日は家族も休むことになっていて、病院に連れて行ってもらえる。

でも、まだ7時。開院にはまだ時間が。


大丈夫かな、頑張れるかな。


でも、私は何故か、何故か仕事に行かなきゃ、という気持ちになっていました。

本来なら、そんなぶーにゃんの姿を見たら休めばいいこと。でも、行かなきゃいけない、という頭に固定されていました。


ぶーにゃんに、行ってくるね。

といつも通り声をかけました。


その時少し目が動きました。


家族は朝ご飯の買い出しに一緒に出て直ぐ戻る予定で外に出ました。


そして、家族が戻った時には、

虹の橋に

もう出発してしまっていたそうです。



私が戻って来た時は、穏やかに眠っていたように見えました。


私たちは、何故外に出てしまったのだろう。

冷静に考えれば目が離せない状態のはず。


それなのに。


一人で逝かせてしまった。


悔やんで、悔やんで謝って、涙が溢れました。


でも、ありがとうと言わなければならないね。

感謝しかない。これで苦しくないね。自由だね。



後に、ぶーにゃんは、猫というより、本当に男の子だったんだと、知ることになるのです。


和室で過ごすぶーにゃん。ほぼ横たわったまま。

でも、頭をあげたりしてはくれます。

以前は、シリンジでフードをあげようとすると、手を出して、やだやだ、をして、私の手を引っ掻くのバスタオルで体を巻いたり(巻き方が悪く失敗)、軍手を使ったりしていたのに、今では手では抵抗も少なくなりました。

日中は仕事に出てしまうので、ご飯もお水も朝と夜、寝る前位。あまり沢山あげないほうがと、先生からも言われてました。


そんなある日、出勤で出かける時に、いつものように「行ってくるね」と声を掛けた時、いきなり、上半身の体を起こして、顔を真っ直ぐに正面に向けて、ほら、僕、しっかりしてるでしょ?と見せているように見えました。


そして、私は出勤をしました。


いつもは寝たままなのだけれど、どうして今日は?

と、思うと、この日は私の誕生日でした。


もしかして、ぶーにゃんは、この日、私を不安にさせないようにと、心配しながら過ごさないようにと、無理をしたのかもしれない。


そう思うと、今直ぐ帰りたい、そんな思いに駆られました。

ぶーにゃんは、優しい子で、そして逞しくて賢い子なんだと、ホントに思いました。