旦那の家で晩御飯を御馳走になるようになって、ビックリした事がある。



たとえば焼き魚。



他の人の分は普通の焼き魚。



旦那の分は、どんな魚でも必ず義母がむしって食卓に出すのである。



小さい子供に出すかのように・・。



理由を聞いたら



「いつもめんどくさいからおふくろにやらせてる。自分では出来ん。」



と言っていた。



「外で食事するときに魚が出たらどうするの?」



と聞いたら



「食わない!」



の一言だった。



たとえば鶏肉入りの野菜炒め。



基本的に旦那は牛肉しか食べない。



「鶏と豚は臭い!」らしい。



野菜炒めはどうやって出てくるかというと、1~2cm角の鶏肉が、主人の皿だけ全て除かれて出てくるのだ。



炒めて出来上がった後に、義母が1つずつつまみ出す。



私には理解出来なかった。





ある時旦那と二人で行ったカレー屋では、店員さんに



「ルーを片側にかけないで、ご飯の上にかけてきて!!」



と上から目線で言っていた。



「めんどくさいから!!」



らしい。



私も店員さんも「目が点」である。



もちろんそんな言い分が通るはずもなく、断られた。



すると旦那は



「融通の利かない店だ!社員教育が出来ていない!!」



と怒りたくっていた。




こういったエピソードは結婚後にも語りきれないほどあるが、それは追々紹介していこうと思う。




1つ1つ、日に日に、理解できない「?」が増えていった。



不安がつのっていくばかりの日々だったが、ついにその日が来てしまったのだ。




出会ってから一年と半年・・



私たちは結婚した。



勘弁してほしいと思いつつも、いつも晩御飯を御馳走になってばかりでは申し訳ないので、旦那の実家に行く時には必ず何かしら手土産を持っていった。



いつもは自分で買った物を持っていくのだが、たまたまその日は職場で.取引先の人から、帰る時間にケーキを沢山もらったのでみんなで山分けした。



それでも1人につき10個以上あったと思う。



箱はあいているけど、手をつけたものでもないし、これから」は家族になるんだし・・



そんな軽い気持ちで旦那の家に持っていった。



もちろん義母にはきちんといきさつを説明して、渡した。



団欒が終わり、旦那と庭で飼っている犬を見に行こう、ということになり、席を立とうとすると何やら義母の様子がおかしい。



明らかにあわてている。



犬を見に行ったら義母があわてた理由がわかった。



犬は私がついさっき渡したケーキを箱ごと食べていた。



全部。



こんなことなら自分の家に持って帰ればよかった。



うちの家族なら大喜びで口にしてくれた事だろう。



なにか冷たいものを心に感じながら、二度ともらいものを持ってくるのはやめよう、と思った。



親と同居する・・ということを身にしみて感じたのは、このときが初めてかもしれない。



先行き、とても不安だった。



あれやこれやで本格的に結婚の準備に入った頃である。



旦那に



「親父が同居してほしいと言っている。」



と突然言われた。



私は当然



「別に暮らしたい。将来は一緒に住むことになるとしても、最初の2年間くらいは別々で・・」



と伝えた。



数日後、



「どうせ先々一緒に住むなら、最初から一緒じゃないとうまくいかないらしい。アネキがそう言ってた。それに親父が、弟が結婚してほとぼりがさめた頃に、二階を2世帯風に改装してもいいと言っている。」



旦那には弟がいて、私たちの結婚式の3か月後に結婚することが決まっていた。



義姉は義兄の実家に同居後、義兄の仕事の都合で自分の義理親とは離れた場所に暮らしていた。



ほとぼりがさめたら・・というのは、金銭的に今だと余裕がないので・・ということだった。



のちにこの話は、私を同居に踏み切らすための義父の大嘘だったと知ることになる。



そして義姉が嫁ぎ先を出た本当の理由は、義兄の親との同居がうまくいかなかったからだ、ということも・・。



その時はまだ外面の良い義父や義母の本当の性格には気付けなかったし、私は2世帯にしてくれるなら・・と半ば諦めの気持ちでOKしてしまった。



これが悪夢の始まりだった。



取り返しのつかない間違いだった。



このときに私は泣いてすがってでも首を縦に振るべきではなかったのだ。


私には親友と呼べる人が何人かいる。



今でもそれぞれ立場や性格は全然違うが、色々な事を相談したり励まされたり、お互い本当に大切な存在だ。



旦那にはそういう人がいない。



独身の時も旦那の家に休日遊びに行くと、歳の近い弟の部屋には、彼女と一緒にいつも何人かの友人が来ていたが、旦那は1度もない。



私が友人と出かけるのが気に入らないのも、自分に友達がいないせいもあるかも知れない。



結婚式の招待客も、普通なら友人席に何人か友達を呼ぶと思うのだが、旦那のほうの友人席は行きつけのショップのオーナーだとか、いわゆる「知り合い」の人ばかりだった。




「結婚前・2」で旦那の家で会うことが大半になった事を書いたが、部屋にいる時にはいつもテレビとステレオが同時についていた。



テレビの音声をステレオで聞く訳ではない。



旦那は自分の気に入ったものしか見たり聞いたりしない。



自分の気に入った映画のビデオをテレビで流しながら、自分の好きな音楽をステレオで流すのだ。



しかも両方とも結構な音量で。



映画と音楽にまったく関連性はなく、ただ旦那が気に入っているものだった。



時間がたつと当然最後までテープは流れる。するとまったく同じものを延々見て、延々聞くのである。



毎回そうだった。



もちろん私には選択権はない。



どちらか1つにしてくれればまだ良かったのだが、いつも最後には頭が痛くなった。



「どっちか1つにしてくれない?」と頼むと、



「俺の部屋なんだから俺の自由だろ!!」



と言われるだけ。



私の役目は、ただそこにいる、事だった。


一緒に行く場所は、いつもダンナ(当時はまだ彼氏)の行きたい場所ばかりだった。



例えば、たまに私が行きたい場所があって、そこに行くと必ず後から文句を言われた。



「お前が言うところは、いつも絶対ハズレだ!」



遊ぶ場所へいっても、食事をする場所へいっても、いつもこう言われた。



いまだに同じ事を言われている。



私が提案するところは、雑誌などにも載っていて、友達の間でも評判のお店やスポットが多かったのだが、毎回



そう言われるので、



「この人は流行りの場所はあまり好きではないんだ。」



と思うようになり、だんだん私は自分の希望を言わなくなっていった。



デートの定番だと私は思うのだが、カラオケや映画にもほとんど行ったことがない。



ダンナ曰く、



「カラオケは歌うだけに金出すのがもったいねーし、映画はあの狭い座席が嫌だ!」



らしい。



私はそういう場所へは女友達とだけ行くようになった。



しかし、友達と出かけていると、必ずと言っていいほど携帯が鳴る。



「お前、どこにいるんだ!?」



「友達と遊んでるんだけど・・何か用事だった?」



「用事だった?・・じゃねーだろーが!!結婚前の若い女がこんな時間まで、どこほ


っつき歩いてんだ!!早く家に帰れ!!」



ダンナは完全にキレていた。



時計を見ると夜7時である。こんな時間・・なのか?



毎回こんな電話がかかってくるので、次第に友達も気を遣うようになり、申し訳なく思っていた自分を思い出す。



確かにまだ「結婚前」だ。



私はまだ独身であり、友達と会うことに関してなぜこんなに束縛されなくてはいけなかったのか?



その時は「結婚決まると、こんなものなのかな~?」くらいに思っていた。



ダンナに対して、いろいろ心の中で思ってはいても、口には出来なかった。



今考えると非常に腹がたつ。




私が提案する場所で会わないとなると、当然ダンナ(彼氏)の言う場所で会ったり食事したりする事になる。



ダンナが私を一番連れていきたい場所は、自分の家であり、自分の親の前だった。



そして一緒に食べたいものは、自分の母親の手料理だった。



もう1度書くが、この話は結婚する前の話である。



それからは  毎回、



彼の家がデート場所になった。



そして一緒に食べる食事は親同席での母親(今の義母)の手料理。



たまらなかった。



でも、嫌とは言えなかった。