寝言で声高に平和を訴える -10ページ目

真紅と薔薇のベタ加減

最近某所で、過去のW不倫の経過を克明に綴った
女性のブログを見つけて、出会いから始まる話しを一通り読んでみた。
これをオカズにする奴もいるんじゃないかと思う程、
男性との性の営みが生々しく書かれていて、
「やはりこの世で一番エロいの人妻」
という確信を得て、あるはずのない股間が膨らむ思いでした。


というのは嘘で、実際は童貞が書いた官能小説みたいな描写だし、
時おり「こいつネカマか」と思った程だった。
パンツのこと「パンティー」って書くし。

でも、本当に女性みたいなんだけどね。
この人は、不倫相手の男性に生まれて初めて「オーガズム」を与えられて
身も心もその相手に溺れ行くんだけれども、
このブログを読んで、一番心に刻まれるのは、
不倫の恋の辛さ切なさでも、犠牲になる子どもの哀れさでも、
はたまた、男女の性(さが)と業でもなければ罪深さでもなく、
「遅咲きは狂い咲きになりがち」という一点のみだ。
中年になった時点で枯れ果てる事のないよう、余力を残しつつも
若いうちにある程度経験を積んでおく事は、男女ともに大事だなぁ。


また、扱っている内容が「不倫」だからか、コメント欄も、
批判的なものあり、擁護するものありと色々だけれど、
よくよく読んでると、この女の人、批判的な意見には
懇切丁寧に噛み付いてみせるんだ。
ネットで公開した以上、「不倫なんてする人は幸せになれない」
くらい言われるのは、想像に難くないだろうに。
自分の見る限りでは、不倫をしたから誹謗中傷をされるというより、
この女性自身が「イタい」から批判の意見が出る、という印象。


自分は不倫自体に関しては、第三者が良いだの悪いだの言う事じゃないと
思っている。
が、サイトの壁紙を真っ赤にし、尚且つ薔薇の画像(プロフ欄)を使っているのを見ると、
「自己陶酔してるなぁ~」
と、ゾクゾクしてしまう。それもまた一興。目はチカチカするけど。

余計な気を遣わすな

今、自分の勤める会社は、社員の人数が少なく、
事務全般を請け負っているのも社長の奥さんという、
志村がコントでやるアットホームな零細企業のような形態だ。

しかし、現実はそんなこじんまりと和気あいあいといったものではない。
社長と奥さん。この二人がまたよく喧嘩するんだ。
プライベートと仕事は区別するといった概念が希薄。というかほぼ無い。
今日も朝から二人でピリピリしていたので、家で喧嘩でもしてきたか、
と思っていたら、案の定会社でもこちょこちょ小競り合いをしている。
退社時刻間際、いつもは二人で仲良く帰るのだが、
奥さんが1人で帰ると言い出した。以下にお伝えする。


奥「私、もう帰るから」
社「ちょっと待てよ、あと少しで仕事終われるから、待ってなさい」
奥「いや。もう知らないから。帰る」---バッグを持ち退社する奥さん---
社「おいっ!!」

-----社長が奥さんの携帯に電話をかける-----

社「ホントにちょっと待てよ、お前。
  あとちょっとで終わるんだからさ」
(電話の向こうで何やらごねている様子)
社「わかったから。戻ってこいよ。待てるだろ少しくらい」
(さらにごねてる様子)
社「お前、いい加減にしろっ!」---社長ついにブチ切れ電話ガチャ切り---

-----3分後、膨れっ面した奥さんが会社に戻ってくる-----

社「あと、5分で終わるからね、ごめんね」

-----5分後-----

奥「5分経ったから、私もう帰るからね」
社「そんな事言わないで待ってなさいよ、もう終わるから」


どうですか。
会話だけ聞いていると、わがままいっぱいの女の子と
時々腹を立てながらも若い女に振り回されハマって行ってしまう男という
昭和のラブコメの一場面のようですが、これらが全て、
会社で、社員の前で、そして五十近い男女の間で交わされたやりとり
だと考えると、本当に声に出して「ギャフン」と言いたくなります。


ま、今ではすっかり慣れて、こっちも気にならなくなったからいいけど、
喧嘩の途中で、こっちに「あなたもそう思うでしょ?」と
同意を求めてくるのは止めて欲しい。
もちろん、自分は聞こえなかったフリをしてシカトするわけだけど、
時々社長から、
「聞こえないフリが上手くなったな」
と仕事以外でお褒めの言葉をいただき、とても気まずいです。

所詮スポコンは無理ということか

今更、ジャニタレ及びその番組についてどうこう言うのも
大変気が引けて恥ずかしいのだけれど、その恥ずかしさを
甘んじて受け止めてでも、言っておきたい事がある。
決して、辱めで興奮するタイプではないけれど。念のため。


土曜の午後1時過ぎからフジテレビでやっている
「嵐」出演のバラエティ番組をご存知だろうか。
いつもは、嵐メンバーが地方に住む老夫婦の元へ出向き、
「一日孫になります」といういわゆる癒し企画をやっているが、
ここ最近は、特別企画なのか知らないけど、嵐・ボート部として、
コーチを招き、嵐メンバーの頑張り、心の葛藤、汗・涙・青春
と、嵐ファン以外をも取り込もうとしているかのような、
甘酸っぱさ満載の内容となっている。
基本的には、ドラマ「がんばっていきまっしょい」の好評に
味をしめてやってみました、みたいなところだと思うけど。

で、自分も毎回ではないのだけど、時々この番組を見ている。
え、もう?と思うような早い段階で挫折する奴がいたり、
上手くできないメンバーに苛立つ奴がいたりと、色々だが、
まぁ、でも、特に部活などでスポーツをした事がある人間なら、
「あるある」って感じで、同調できる所も結構ある。
けれど、やっぱり見てて思うのは、ちょっと「早い」感じ。
できない自分に悩むのも、壁にぶつかってもがくのも、
番組自体がそういう方向に演出しているのは分るが、
それにしても、まだそんな段階にいないだろうに。
実際の自分達よりも、数段上のポイントで行き詰ったりしている印象。
競技ボートを漕いだ事もない自分ですら、「ボートをナメるな!」と
罵声の一つも浴びせたくなる。
それでも、今までは、「所詮ジャニタレ」みたいな気持ちで
流して見る事ができた。


が、前回の放送はちょっと今までと様子が違った。
嵐メンバーの中にファンから「マツジュン」と呼ばれている
松本潤という子がいるのだが、この間の回では、
この男の子とコーチとの対立が番組の肝であった。
嵐・ボート部のコーチは京大ボート部出身の「光さん」という
じいさんがやっているのだが、この光さんの指導法に
どうにも納得のいかないマツジュンが不満を募らせていく。
他のメンバーより少し遅れをとっているマツジュンは
もっと明確な言葉で指導して欲しいと焦る。
しかし、昔堅気の職人のような不器用な光さんは、
マツジュンが望むような指導法は得意としない。
自主練などで遅れを取り戻そうとするものの、なかなか
前に進めないマツジュンの不満は、次第にコーチである
光さんへの怒りへと変わっていく。
ちなみに、番組の中ではさらりと流していたが、
マツジュンの上達を阻んでいる原因の一つとして、
「体力不足」という問題が多分にあるのは、
どうにもマヌケ感を払拭できない。
本業であるはずのところの、歌や踊りに支障はないのか、
体力不足は。
それで、長々と書いてきたけれど、このマツジュンとかいうガキ。
こいつの態度がまたひどいんだ。コーチに対して
「どこが悪いのか明確に示してくれない」
とふて腐れまくり。そんな事では欽ちゃん劇団ではやって行けないぞ(注)
それはまぁ、心情的に分らないでもないけど、練習後のミーティング途中で、
「もういいよっ」
とキレて部屋を出ていってしまったり。
そもそも、「教えてくれない」という事に関して、
不満を感じるのは理解できるとしても、キレるってどういう事だ。
自分に対する苛立ちもあったのかもしれないけどさ。
自分は、人に物を教える立場の人間が自分を越えられたくがない為に
出し惜しみするのもセコイと思うけど(光さんはこのタイプではない)、
人がその人の力で習得したものを教えてもらうという事を
簡単に考えているというか、当然の権利のように思ってるような奴も
鼻持ちならないと思う。
人から物を教わるって、そういう事じゃないし。
マツジュンの場合、他のメンバーはじいさんのやり方で
上達していってるんだから、ほぼ自分の問題だろう。
体力云々より、メンタルの問題かもな。
番組では、マツジュンのあんまりの態度に1度は腹を立てた
光じいさんも、マツジュンの意見を聞いて、歩み寄る形で
一件落着してたけど、それも何だかな~。


この番組を、「ま、ジャニタレの番組だし」という視線で
見れている人はいい。
でも、そういう判断のできないふんわり脳みその人達が、
「こういう態度もアリなんだ」
とか思っちゃいそうで怖い。


というか、こういうタイプの奴が、会社で部下として入ってきたら
すげー嫌。自分で考えるべき事まで、
「教えて下さいよっ」
とか偉そうに言われたりしたらどうしよう。
目つぶししたくなっちゃう。


(注)欽ちゃんファミリーの人がよく話すエピソードに
 「舞台の稽古時、どこが悪いのかを一切伝えられないまま
  何十回も欽ちゃんにダメ出しされて、やり直しを
  させられる」というのがある。

純愛ブームの余波か

美味しい旬のネタとして、ネットの至る所で
話題になっているこのニュース。


「電車の運転席でアイを叫ぶ」という、ベタな上に
上手くもなければ語呂も悪い事を言ってみたく
なりましたが、正直ちょっと笑ってしまった。
抑え切れなかったんだろうなー。
電車の加速と共に自身のボルテージも上がってしまったのか。
気持ちは分らないでもない。
でも、実際に叫んでしまうのと、
グッと堪えて心の中で叫ぶというのとでは、それこそ
天と地ほどの差だろう、人間として。
まぁこの場合、本当にちょっと、頭の具合がアレな人なら
運転士としてまずいけど、そうじゃなければ、
別にいいんじゃないかと。
名物運転士として、時間を決めて叫ばせるとかね。
「次の回は4時となっておりますので、時間に合わせて
 ご乗車ください」
とか。東京メトロに大貢献。
実際そうなっちゃったら面白くもなんともないんだけど。


あと、タイトルにしておいて何だけれど、
「純愛」ってそもそも‘ブーム’とか
そういう括りのもんじゃないだろうに。
「純愛ブーム」という言葉は「純愛」とは程遠い位置にある。

大人への階段

親にとって、子どもはいくつになっても子ども、
とは言うものの、ある程度の年齢に達すると、
親も我が子に対し大人として接してくるようになる。
お茶の間で親と子の間に交わされる「大人同士の会話」。
それを認識した時、親はもちろん子どもの方もまた、
「自分も大人になったもんだな」とかなんとか
クソ生意気にも思ったりするものだ。

自分の場合、それを初めて実感したのは高2の時だった。
確か夕食前の時間で、茶の間には父と母、
そして自分の3人が居り、茶を飲みながら
当たり障りのない会話を交わしていた。
何とはなしに、その日学校の帰りに立ち寄った池袋で見た光景を
両親に話す自分。


自分「今日さ、友達と池袋に寄ったんだ。そしたらさ、
   西武デパートが休館で、シャッターが下りてたんだけど、
   その前ですごい人数の乞食が、車座になって宴会してたよ (注)
父 「そんなに大人数だったのか?」
自分「うん、20人以上は居たと思う。
   そんな人数が一同に会してるの初めて見たから、
   しばらく観察してたんだ。そしたら、その中にたった一人だけ
   女の人が居た」
父 「ほほう。紅一点だな」
母 「……。そんな大勢の男性の中に女性が1人だけなんて……。


   みんなで強姦(まわ)すのかしら!?」


父 「!!! ばっ、お前っ!!!」

自分「(まるで何も聞こえなったかのように茶を啜る)」
   ↑
子どもの役割を完遂


実際、茶ぁ吹きそうになりました。
言うに事欠いて「強姦す」って。
なかなか親の口から聞けるセリフじゃないですからね。
こんな単語を我が子の前で言う母親、
そして、充分にその意味を理解している自分、
というのを考え合わせた時、
「あぁ、こうして人は大人になっていくのだな」
としみじみ。


下ネタかよっ!というツッコミは
幼き日の母の残像と共に、胸の奥にしまい込みました。



(注)ずいぶんと昔の話しです。