五新線~ '萌の朱雀'との邂逅 ;その弐。
といいつつ、'壮絶な光景を目の当たりにした'角度から撮るのを忘れていました、すみません。まあ、それだけ本当に愕然、としたのです…
して…画像は左端のアーチでない部分がR24です。橋本側からR24を和歌山線沿いに走らせていて、当然和歌山線から分岐させようとしていたのだからこの辺りかな、と漠然と思っていただけで、ある程度民家や店が立ち並ぶ'街中'だけに破壊されているものとばかり思っていたのです。実際画像の右側にはマクドナルドがあります、その角度でシュールなショットを撮らないといけなかったのに、あらためて自分の狼狽ぶりを反省します…
そして私は和歌山線側へ赴いてみました。
このアーチ橋の上側です。何年かに一度、この部分に'豆汽車'を走らせる方がおられた様です、荒廃しきっている訳ではなさそうですね。
同地点より反対側。未舗装道として分岐線独特の美しいカーブを描いて和歌山線に向かっています。
和歌山線との分岐、予定地点、です。アーチ橋もですが、この部分もこんなに綺麗に残っていたとは思っていませんでした。
時に、画像に'コレ'と加筆しましたが、この時に気付きまして、和歌山線、架線がシンプルに一本だけの区間が随分あります。路面電車でも私は見た事なく、初めて見ましたが、こんなので大丈夫…なんですね!?他区間にも例はあるのでしょうか!?
和歌山線側より国道を臨む。国道部分以外の橋脚が大変美しいアーチを列ねています。
では国道を跨いで吉野川迄を次記事に上げさせて頂きます。
(続)
して…画像は左端のアーチでない部分がR24です。橋本側からR24を和歌山線沿いに走らせていて、当然和歌山線から分岐させようとしていたのだからこの辺りかな、と漠然と思っていただけで、ある程度民家や店が立ち並ぶ'街中'だけに破壊されているものとばかり思っていたのです。実際画像の右側にはマクドナルドがあります、その角度でシュールなショットを撮らないといけなかったのに、あらためて自分の狼狽ぶりを反省します…
そして私は和歌山線側へ赴いてみました。
このアーチ橋の上側です。何年かに一度、この部分に'豆汽車'を走らせる方がおられた様です、荒廃しきっている訳ではなさそうですね。
同地点より反対側。未舗装道として分岐線独特の美しいカーブを描いて和歌山線に向かっています。
和歌山線との分岐、予定地点、です。アーチ橋もですが、この部分もこんなに綺麗に残っていたとは思っていませんでした。
時に、画像に'コレ'と加筆しましたが、この時に気付きまして、和歌山線、架線がシンプルに一本だけの区間が随分あります。路面電車でも私は見た事なく、初めて見ましたが、こんなので大丈夫…なんですね!?他区間にも例はあるのでしょうか!?
和歌山線側より国道を臨む。国道部分以外の橋脚が大変美しいアーチを列ねています。
では国道を跨いで吉野川迄を次記事に上げさせて頂きます。
(続)
そして偉大なる未成線、五新線~'萌の朱雀'との邂逅。
紀伊半島の利便性、輸送性の向上を目指し、五條市と新宮市を結ぶ計画が浮上したのは鉄道初期段階から。しかし、閑散地区に於ける利用者数の少なさ、難工事等様々の事情が紆余曲折絡み、一部完成区間を暫定的にバスを通す事となるも、それ以後も工事は殆ど進まず、鉄道規格に基づく頑丈で立派な橋やトンネルには結局鉄路が敷かれることなく、姿そのままに現在に至っているのです。
詳細の史実は当記事では割愛しますが、興味本位で、というのも憚られる苦難の数々ですが、大変考察のしがいのあるものです。
またこの五新線の史実はカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞された河瀬直美監督作品の'萌の朱雀'にも採り上げられました。
私はこの五新線の存在は知っていましたが、ついでは嫌で、あらためて全程を訪れようと思って、先記事のJR北宇智駅へ向かっていたのです。
しかし和泉から山を越え、橋本から国道24号線を走っていると…
五條駅手前、壮絶な光景を目の当たりにしてしまったのです。以下、次記事に画 像と共に上げます。
(続)
詳細の史実は当記事では割愛しますが、興味本位で、というのも憚られる苦難の数々ですが、大変考察のしがいのあるものです。
またこの五新線の史実はカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞された河瀬直美監督作品の'萌の朱雀'にも採り上げられました。
私はこの五新線の存在は知っていましたが、ついでは嫌で、あらためて全程を訪れようと思って、先記事のJR北宇智駅へ向かっていたのです。
しかし和泉から山を越え、橋本から国道24号線を走っていると…
五條駅手前、壮絶な光景を目の当たりにしてしまったのです。以下、次記事に画 像と共に上げます。
(続)
JR北宇智駅。 ~その3 ;^^;
新駅舎…です。元々無人駅だった事もあり、10人で一杯になるような待合スペース程度にしかならないような簡素な物です…これ以外に雨よけの手段はありません。
旧ホームのかさ上げされていない、汽車時代!?の高さの低い部分がありました。これは他駅でもよく見掛けますが、黙して語らずも急坂に苦悶した頃を知る'生き証人'です…
旧ホーム線路終端部です。左側は山につき当たる迄延びていました。
右側線路の車両止め、です…。
左側の線路終端部の車両止め、山ギリギリに迄迫っていました。
架線終端標ですね。他でも見かけなくもないですが…
旧ホーム横にあった建物、これも本線1線のみとなり、交換(列車行き違い)さえも今後無いであろうこの駅にとっては最早お役御免、しかし私だけでしょうか、長きに渡りこの駅の安全を支えた矜持の念を、この扁額に垣間感じた様に思います。
旧ホームより、和歌山方面へ下り行く線路と列車です。平らなホームの線路との高度差を画解表現しようと思いましたが…わかりにくいですね(‥;)
今回、斯様に長い記事になり、重々申し訳ありませんでしたが、記事作成の最中にも募りゆく偉大な近代遺産への惜別の想いにまかせ、細部に渡り撮影した画像全てを掲載せずにはいられませんでした。
かつて、汽車がこんな手間のかかる事をしてでも一番早い手段として利用されていた時代、今と比べると世間の時間というものがもっとゆっくりと流れていた時代の空気、此処のスイッチバックの光景はそのまま残していたのです。
この4/15の光景のまま、旧設備は遺されていくのか、それとも………
補遺; この北宇智駅構内は、スイッチバックに伴う列車の後退が運行に含まれるにあたって、手動でATSを切らないといけなかったのですが、それの再投入を失念したまま運行、という'事故'が昨年2度連発し、それで今回の改路に踏み切る事、となった様です。この事実により直の事惜念がつのってしまいますね、止む無しとはいえ。…
[追加画像] ; 未公開画像、という事になりますが大した物ではありません。
新ホーム中程のレールを見ると1m程の短いレールが…
付け替え時に暫定的にポイントが設けられていたとか!? そんな事はない!?!?
そんな感じでそれこそ何かの'遺構'やったらええのになあ~とふと撮影した迄です。取るに足らずですみません。
(続)
JR北宇智駅。そして五新線~偉大なる未成線; 前編ソノ2
先記事に続いて北宇智駅、今記事では4/15時点の画像を掲載します。この際、事細かに撮った全ての画像をUPしたいと考えますのでかなり多くなります。ご容赦下さいませ。
また、この度の撮影方法に関し、一切の免責を明言し、同様の手段をとられた際の事故、トラブル等には全く関与しない事を記しておきます。
後残念乍ら健在時の画像は持ち合わせておりません。ご興味お持ちの方がおられましたら他サイト御閲覧をお願いしておきます。
駅舎にあった貼紙です。
ホームも閉鎖されており、跨線橋もご覧の様に柵が施されていました。
ホームを王寺方面より臨む。線路が切断されています。 アレ!?…まあまあ;^^;
同地点より'王寺側'を臨んでいます。
新駅です。一面一線、棒島式の何とも簡素極まる駅になってしまいました。
グルグル回ったので順がメチャメチャになっていますがすみません;;。
同地点より'王寺側'です。もう少し寄ってみましょう。
画像手前が件の踏切、左側の線路が本線、和歌山側から登ってきた電車は右側の切断された線路へ一旦入線し、後退運転で…
こちらのホーム入線後、再び本線へ復帰し、王寺を目指します。…この辺りから撮影場所は少しずつ…厚かましくなってきます;^^;
再び新駅ホームより、勾配標です。和歌山方面へ10‰の下り勾配です。してこれの反対側は…
4.3‰の上り勾配です。これは新ホーム中程にあるのですが、電車の停車区間は平らじゃなくても良いのですね…下り逸走の可能性は否定できないように思いますが。
大変申し訳ありませんが、長くなってしまったので、もう一記事に分けさせて頂きます。
(続)
また、この度の撮影方法に関し、一切の免責を明言し、同様の手段をとられた際の事故、トラブル等には全く関与しない事を記しておきます。
後残念乍ら健在時の画像は持ち合わせておりません。ご興味お持ちの方がおられましたら他サイト御閲覧をお願いしておきます。
駅舎にあった貼紙です。
ホームも閉鎖されており、跨線橋もご覧の様に柵が施されていました。
ホームを王寺方面より臨む。線路が切断されています。 アレ!?…まあまあ;^^;
同地点より'王寺側'を臨んでいます。
新駅です。一面一線、棒島式の何とも簡素極まる駅になってしまいました。
グルグル回ったので順がメチャメチャになっていますがすみません;;。
同地点より'王寺側'です。もう少し寄ってみましょう。
画像手前が件の踏切、左側の線路が本線、和歌山側から登ってきた電車は右側の切断された線路へ一旦入線し、後退運転で…
こちらのホーム入線後、再び本線へ復帰し、王寺を目指します。…この辺りから撮影場所は少しずつ…厚かましくなってきます;^^;
再び新駅ホームより、勾配標です。和歌山方面へ10‰の下り勾配です。してこれの反対側は…
4.3‰の上り勾配です。これは新ホーム中程にあるのですが、電車の停車区間は平らじゃなくても良いのですね…下り逸走の可能性は否定できないように思いますが。
大変申し訳ありませんが、長くなってしまったので、もう一記事に分けさせて頂きます。
(続)
JR北宇智駅。そして五新線~偉大なる未成線; 前編ソノ1
本日(4/15)、和泉中央での用が済んだ折、遥々此処迄きたからにはもう一足のばして、'過去の遺産との訣別'を果たしたJR和歌山線北宇智駅を訪れずに帰る訳にはいきませんでした。
スイッチバック。
私は是に関しては'千'家言程もあり、∞長くなるので割愛をさせて頂きますが、この北宇智駅に関して説明を申し上げると、かつての非力な蒸気機関車の時代20%。の長い坂を登りきるなど到底不可能でした。
それに対す手段は主として、汽車を2つ(以上)繋げる、坂の途中で'休憩'区間をとる。その両者が使われる難区間も珍しくありませんでした。
して、後者の'休憩区間'は駅、もしくは民家の無い山奥等では信号場(交換=列車行き違い、これも何れ別記事で…)として設けられますが北宇智の場合は民家はあるので駅、となった様です…。
加えて、殊汽車が停車する部分は'平ら'でなければ逸走の可能性もありますし、再発車できない恐れも十分にあります。しかし山岳区間の本線上で平らな区間を造ってしまうと、その前後の勾配がキツくなってしまいます。
そこで、北宇智駅は(勿論他箇所にもある例ですが)本線の脇に平坦な分岐線を造り、そこに入線後更にその対角線上の後ろに同じく平坦に設けた線に後退で入線し、そして再発車していくのです。駅の場合はそのどちらかにホームを設置すればよい訳です。
かなり'乱暴'な説明ですが、スイッチバックに関しては別記事でしっかりと説明します。…!!!
そして和歌山線の電化により、馬力十分な電車が通るようになりましたが、然程の密ダイヤ路線でない事もあり、線路レイアウト変更に投資の価値を見いだせぬままに、現在に至っていました。
私は昨年10月、仕事で訪れた際に見る事ができたのですが、'電車'がソロソロと、目の前を計3回通過する光景を見られるのは、最早これは先述の事情であろうとはいえ'奇跡'としか言い様がないものでした。
因みに駅横の踏切は、その間10分近く閉じっぱなしでした。
でまたまた、と思われましょうが、卑しくも'鉄!'が全てではない私は、その時は再訪を誓って後にしたのですが…
先月中旬に新聞記事を目にし、愕然としました。…
…何と3/18付で北宇智のスイッチバックが廃止されていたのです!!!
私的には'近代遺産'とも思えるこのスイッチバックは、先述の様に吉野川の畔の山奥で、ひっそりと生き残っていくものと思い込んでいて、あれから後は全くマークしていなかったのです、それでも暖かくなったら単車で訪れよう、と思っていた矢先の事…暫驚愕しながらも距離的にもすぐ行けない、否、今行ってももう無いんや…と歯痒い思いを堪えました。
して、説明が長くなりまして、画像は載せ切れませんが次記事に掲載、とさせて頂きます。
(続)
スイッチバック。
私は是に関しては'千'家言程もあり、∞長くなるので割愛をさせて頂きますが、この北宇智駅に関して説明を申し上げると、かつての非力な蒸気機関車の時代20%。の長い坂を登りきるなど到底不可能でした。
それに対す手段は主として、汽車を2つ(以上)繋げる、坂の途中で'休憩'区間をとる。その両者が使われる難区間も珍しくありませんでした。
して、後者の'休憩区間'は駅、もしくは民家の無い山奥等では信号場(交換=列車行き違い、これも何れ別記事で…)として設けられますが北宇智の場合は民家はあるので駅、となった様です…。
加えて、殊汽車が停車する部分は'平ら'でなければ逸走の可能性もありますし、再発車できない恐れも十分にあります。しかし山岳区間の本線上で平らな区間を造ってしまうと、その前後の勾配がキツくなってしまいます。
そこで、北宇智駅は(勿論他箇所にもある例ですが)本線の脇に平坦な分岐線を造り、そこに入線後更にその対角線上の後ろに同じく平坦に設けた線に後退で入線し、そして再発車していくのです。駅の場合はそのどちらかにホームを設置すればよい訳です。
かなり'乱暴'な説明ですが、スイッチバックに関しては別記事でしっかりと説明します。…!!!
そして和歌山線の電化により、馬力十分な電車が通るようになりましたが、然程の密ダイヤ路線でない事もあり、線路レイアウト変更に投資の価値を見いだせぬままに、現在に至っていました。
私は昨年10月、仕事で訪れた際に見る事ができたのですが、'電車'がソロソロと、目の前を計3回通過する光景を見られるのは、最早これは先述の事情であろうとはいえ'奇跡'としか言い様がないものでした。
因みに駅横の踏切は、その間10分近く閉じっぱなしでした。
でまたまた、と思われましょうが、卑しくも'鉄!'が全てではない私は、その時は再訪を誓って後にしたのですが…
先月中旬に新聞記事を目にし、愕然としました。…
…何と3/18付で北宇智のスイッチバックが廃止されていたのです!!!
私的には'近代遺産'とも思えるこのスイッチバックは、先述の様に吉野川の畔の山奥で、ひっそりと生き残っていくものと思い込んでいて、あれから後は全くマークしていなかったのです、それでも暖かくなったら単車で訪れよう、と思っていた矢先の事…暫驚愕しながらも距離的にもすぐ行けない、否、今行ってももう無いんや…と歯痒い思いを堪えました。
して、説明が長くなりまして、画像は載せ切れませんが次記事に掲載、とさせて頂きます。
(続)