JR北宇智駅。そして五新線~偉大なる未成線; 前編ソノ1
本日(4/15)、和泉中央での用が済んだ折、遥々此処迄きたからにはもう一足のばして、'過去の遺産との訣別'を果たしたJR和歌山線北宇智駅を訪れずに帰る訳にはいきませんでした。
スイッチバック。
私は是に関しては'千'家言程もあり、∞長くなるので割愛をさせて頂きますが、この北宇智駅に関して説明を申し上げると、かつての非力な蒸気機関車の時代20%。の長い坂を登りきるなど到底不可能でした。
それに対す手段は主として、汽車を2つ(以上)繋げる、坂の途中で'休憩'区間をとる。その両者が使われる難区間も珍しくありませんでした。
して、後者の'休憩区間'は駅、もしくは民家の無い山奥等では信号場(交換=列車行き違い、これも何れ別記事で…)として設けられますが北宇智の場合は民家はあるので駅、となった様です…。
加えて、殊汽車が停車する部分は'平ら'でなければ逸走の可能性もありますし、再発車できない恐れも十分にあります。しかし山岳区間の本線上で平らな区間を造ってしまうと、その前後の勾配がキツくなってしまいます。
そこで、北宇智駅は(勿論他箇所にもある例ですが)本線の脇に平坦な分岐線を造り、そこに入線後更にその対角線上の後ろに同じく平坦に設けた線に後退で入線し、そして再発車していくのです。駅の場合はそのどちらかにホームを設置すればよい訳です。
かなり'乱暴'な説明ですが、スイッチバックに関しては別記事でしっかりと説明します。…!!!
そして和歌山線の電化により、馬力十分な電車が通るようになりましたが、然程の密ダイヤ路線でない事もあり、線路レイアウト変更に投資の価値を見いだせぬままに、現在に至っていました。
私は昨年10月、仕事で訪れた際に見る事ができたのですが、'電車'がソロソロと、目の前を計3回通過する光景を見られるのは、最早これは先述の事情であろうとはいえ'奇跡'としか言い様がないものでした。
因みに駅横の踏切は、その間10分近く閉じっぱなしでした。
でまたまた、と思われましょうが、卑しくも'鉄!'が全てではない私は、その時は再訪を誓って後にしたのですが…
先月中旬に新聞記事を目にし、愕然としました。…
…何と3/18付で北宇智のスイッチバックが廃止されていたのです!!!
私的には'近代遺産'とも思えるこのスイッチバックは、先述の様に吉野川の畔の山奥で、ひっそりと生き残っていくものと思い込んでいて、あれから後は全くマークしていなかったのです、それでも暖かくなったら単車で訪れよう、と思っていた矢先の事…暫驚愕しながらも距離的にもすぐ行けない、否、今行ってももう無いんや…と歯痒い思いを堪えました。
して、説明が長くなりまして、画像は載せ切れませんが次記事に掲載、とさせて頂きます。
(続)
スイッチバック。
私は是に関しては'千'家言程もあり、∞長くなるので割愛をさせて頂きますが、この北宇智駅に関して説明を申し上げると、かつての非力な蒸気機関車の時代20%。の長い坂を登りきるなど到底不可能でした。
それに対す手段は主として、汽車を2つ(以上)繋げる、坂の途中で'休憩'区間をとる。その両者が使われる難区間も珍しくありませんでした。
して、後者の'休憩区間'は駅、もしくは民家の無い山奥等では信号場(交換=列車行き違い、これも何れ別記事で…)として設けられますが北宇智の場合は民家はあるので駅、となった様です…。
加えて、殊汽車が停車する部分は'平ら'でなければ逸走の可能性もありますし、再発車できない恐れも十分にあります。しかし山岳区間の本線上で平らな区間を造ってしまうと、その前後の勾配がキツくなってしまいます。
そこで、北宇智駅は(勿論他箇所にもある例ですが)本線の脇に平坦な分岐線を造り、そこに入線後更にその対角線上の後ろに同じく平坦に設けた線に後退で入線し、そして再発車していくのです。駅の場合はそのどちらかにホームを設置すればよい訳です。
かなり'乱暴'な説明ですが、スイッチバックに関しては別記事でしっかりと説明します。…!!!
そして和歌山線の電化により、馬力十分な電車が通るようになりましたが、然程の密ダイヤ路線でない事もあり、線路レイアウト変更に投資の価値を見いだせぬままに、現在に至っていました。
私は昨年10月、仕事で訪れた際に見る事ができたのですが、'電車'がソロソロと、目の前を計3回通過する光景を見られるのは、最早これは先述の事情であろうとはいえ'奇跡'としか言い様がないものでした。
因みに駅横の踏切は、その間10分近く閉じっぱなしでした。
でまたまた、と思われましょうが、卑しくも'鉄!'が全てではない私は、その時は再訪を誓って後にしたのですが…
先月中旬に新聞記事を目にし、愕然としました。…
…何と3/18付で北宇智のスイッチバックが廃止されていたのです!!!
私的には'近代遺産'とも思えるこのスイッチバックは、先述の様に吉野川の畔の山奥で、ひっそりと生き残っていくものと思い込んでいて、あれから後は全くマークしていなかったのです、それでも暖かくなったら単車で訪れよう、と思っていた矢先の事…暫驚愕しながらも距離的にもすぐ行けない、否、今行ってももう無いんや…と歯痒い思いを堪えました。
して、説明が長くなりまして、画像は載せ切れませんが次記事に掲載、とさせて頂きます。
(続)