THE RUINS OF KOBE. -411ページ目

不肖当ブログの原点、灘に遺る神戸臨港線最後の鉄路。



 では満を持し、東海道本線から神戸臨港線の分岐点、東灘信号場近辺、そしてその南西部、現在唯一臨港線の忘れ形見、遺っているレールを紹介します。

 前記事で折から触れた'臨港線が廃止となった決定的な要因'としては全国の多くの貨物ヤードがそうであったように、"行止まり"レイアウトであった、という事です。

 現在神戸港駅の機能を実質引き継いでいる「国鉄鷹取工場」跡の'神戸貨物ターミナルは山陽本線沿いにあり奇しくもその工場レイアウトを利用して東西どちらからもアクセスが可能な構造となっており、拠点間輸送が主流の今必要不可欠のレイアウト、東灘信号場での方向転換を余儀なくされた従来からは飛躍的に効率よく列車を出す事が可能なわけです。

 そんな大手間をかける手段でさえも、それが一番手早かった鉄道全盛時代、如何に鉄道が珍重されていたかが偲ばれてしまうのです…



 しかしかつてのその'神戸臨港線全盛期'には「神戸湾岸ベルトライン」なる壮大な構想が存在し、それは画像矢印間の'未成'区間、兵庫駅と繋げるべく山陽本線沿いに鉄路を敷き、'東西の往来'を可能にするものでした。

 結局"幻"と潰えてしまうわけですが、実現していれば神戸港の様相、否ひいては街並、さらに経済までが大きく異なっていたかもしれない…

 と夢を見ておきましょう、その'未成区間'、現在は車道として遺っており一見普通の線路沿いの車道ですがJR神戸駅南西に位置する国道2号線の'東川崎'交差点が少し歪な五叉路になっているのはまさにその'名残'です。



 では東灘信号場に戻り、東海道本線跨線橋'灘橋'より現在の全景…

 分かりにくいですね(‥;)かつては転車台も備えた'機関支区'を擁し、貨車入換等に激しく勤しんだ光景は遥かなり、'03年の臨港線全廃後はヒッソリと、多数あった引上線、引込線も尽くトッパラわれ一部の保線車両用と貨物列車待避線を残すのみの平凡なレイアウトに成り果ててしまいました…

 さらにいうならこの灘橋からの絶景、好撮影ポイントでもあったでしょうにJR神戸線は'はまかぜ''スーパーはくと'と寝台特急数種のみ以外は近郊型車両のみ、優等列車の勇姿を見られる事はなく、哀しくも東灘信号場の寂景を望むのみ…



 本線をアンダーパスしていた'名物'トンネルもポータルは近年斯様に頑強な蓋が施され、切通部も'ドッからそんなに持ってきたんや!?'と驚くばかりの大量の土を以て埋められてしまいました。

 '有効活用'する訳でもなさそうなのにナゼ??



 反対側も同様に。

 画像手前が上下それぞれからの線路の合流地点でした。



 さらに下っていくと'人道橋があります。

 架け替えられはしたものの、臨港線を往来する全ての列車を知り尽くしていたこの橋は未だ周辺住民の方々に重宝されている様です。



 橋上より東灘信号場側を望む。

 上の橋は車道、跨線橋です。



 同地点より反対むいて。

 誠に残念な事に画像奥、マンションの建設が始まってしまいました…

 完成してみればいつでも線路を敷けるようにお腹にポッカリ穴を空けていてくれないかな~と( ̄~ ̄;)



 マンション建設すぐ西側の車道にはかつて踏切がありました、この駅前の街中を勇壮に通過する超現実的、とさえいえる姿を、当時然程興味を示していなかった私、一度も見られずに終わってしまったのはとても…とても悔やまれます。

 斯様、ホントに神戸港から鉄路は完全に無くなってしまいましたから…

 見ておきたかった…。

 そして画像、以降2km弱に渡り遺る臨港線唯一の線路。

 何らかの形、どんな形でも、復活をひたすら望む。

 復活のその日をひたすら待ち侘びる。

 神戸の原景、少しでも遺したい、あわよくば'活かして'ほしい。

 そんな願いを、想いを込めて、私はこのブログを綴らせて頂いています。

 この鉄路潰えし時、当ブログも…

 終焉を迎えてしまうと思います。

 僅かな望み…



 こんな看板が柵に。

 何がどうなるのかは全く分かりません。

 私は哀しくも、見守る事しかできません。

 せめて、この姿は留めておいてほしい。

 そんな稚拙な'妄想'、ハシにもボウにもかからない。

 でも、この'原景'を活かしてほしい、そう願って止まずにはいられません。



 2号線南側に遺る橋台跡、ひたすら願いを込めて仰ぎ見るこの上部に迄レールは'在る'。

 麗しき日々再び、と願う夢譚、酔狂極まりありませんが望み潰えぬ限りは続けます、付き合わせてしまうのは憚られますが今後とも少しでもご覧頂ければ幸甚極まります。
(了)

神戸ウォーターフロント余話。

 寄り道ばかりで申し訳ありません^^;

 今記事では先日海王丸を見に中突堤メリケン波止場から新港第一突堤へ赴いた時に撮影したモノを紹介しておきます。



 チナミに画像の図には'高浜倉庫'、'中突堤'へもレールがあった様に記されていますが中突堤での荷役はかなり早い時期に止められており共に早々と撤去された様です。

 '高浜倉庫'部分のレールの痕跡、もう少し調査して何か少しでも見つかれば報告したいと思います。



 画像は水際を東側より、大水に備え護岸対策、防波堤が施されています。

 さらには正面、ボックス花壇が2ケ並べられている部分、この'切り欠き部'の先は海、かつて防波堤設置前は何もありませんでした。

 すなわちその先は"海"…

 私が期待していた事は結局起こりませんでした(~_~)

 ただ、自転車で落ちかけた、という知人は知っています。

 しかしそう侮るまじ、ボーっとしていたらフツーにはまりかねない、カナリの危険箇所でした。



 斯様に柵もキチンと施され、残念…

 イヤイヤ、望ましいカタチになってしまいました…

 …ン!?(‥;)

 少し東へ。



 コレはなんでしょう^^;

 浮筏の上に昔からずっとありますが人気があるのは見たことがありません(~ー~;)



 メリケンパークホテル、麓にいる船は無関係、これに関し触れられると私は荒ぶる不機嫌に…

 と、申しておきましょう、関わりません。



 といいつつ、画像はポートターミナルにホッタラカシにされているその船のアドボード。

 何がいいたいか、10年以上前の画像ですが…

 先程の現在画像とケッテ的に違うトコロがあります、すぐお分かりになると思われますが探してみて下さい(~入~)

 一応一週間程後にコメント欄に正解カキコしますがお気付きの方おられましたらどうか憚らずご投稿頂ければ幸いです><



 これも分かりにくい…

 ポートターミナルにあったアドスペースにかまされていた'THE PORT OF KOBE'とナ、恐らくポートタワーから東側、新港突堤部を。

 第一突堤倉庫もまだ健在、階段部の上の方だったので近寄れなくて見にくい…

 しかし、これを基に考察を進めてみるとまた何かわかるかもしれません、調査結果随時報告します( ̄~ ̄;)

 では最後オマケ画像…



 JR三ノ宮駅ビルに残る文字看板跡、かつてここにはJRの'三ノ宮~大阪19分'、との文字が自慢ゲに記されていました。

 先の'ゆとり'ダイヤ改正に伴い自粛的に取り外された様ですが、いにしえの神戸~京都の私鉄国鉄の争いもJRの複々線最大限活用、特急をも凌駕せん性能を備えた223系の投入によって決着を見た今、最早過去の遺物、感は否めていませんでしたが。

 では今回はここ迄と致します。
(了)

神戸三宮 カツ丼 「吉兵衛」さん。





 話題に入る前に、昨日は'土用'の丑の日、私は鰻のかわりに神戸三宮「吉兵衛」さんのカツどんを食みました(^v^)

 二種類あって'玉子とじ'と'ソース'の二種類、どちらが美味しいかなんて愚問であります><

 画像はお持ち帰り、しかもともに最大級サイズの'ダブル'=御飯大盛、カツ二枚、贅沢極めてます、それぞれ頂きました、完食であります。

 当然ですよ(‥)

 超柔らか極上黒豚、サクサクコロモ…

 玉子とじは、外食店にありがちな辛めの味付けでは全くなく、むしろ薄めながら魅力溢れる、大変深い味わい。

 ソースはキャベツタップリに絶品ソース、に半熟玉子…

 この玉子も御飯も極上品ばかり、なんというか、今も涎が…

 アンマシ問題のある表現は憚られますが'もう一度'食べたいわ~と、いつも思います。

 して、私はこの「吉兵衛」さん、数年前に親友に連れていってもらってから'虜'に…

 特に感激したのが、その親友の彼も一時は足繁く通うも、私と行ったその時で約五年ぶり、にもかかわらず…

 「吉兵衛」さんのご主人は'アッ毎度!!'と元気よく声をかけられ…

 彼もかなり感激していましたが私もそれをきいて、三宮に行った時はほぼ寄せてもらう様になり…

 程なくして私にもいつも温かく、元気に'毎度!ありがとう!'とお声かけて下さり、それだけでも光栄、感激しきり、残念ながらなかなか立ち寄れなくても久々に訪れた時も挨拶下さって感謝しきり、そのご主人の心意気、お人柄に惹かれた私は'カツ丼'といえば絶対に「吉兵衛」さん以外は食べない。

 …と同時に気のおけない僅かな朋友とのみ、一緒に食べにいく。

 あらためてこの「吉兵衛」さん、私にとって誇りにさえ思う、素晴らしいお店です。

 水、日定休。

 チナミに連日11時開店から昼時はいつも大々行列、昼時を過ぎても席は満席、いつでもすぐに行列ができてしまっています。

 行列に並ぶのはカナリ苦手な私ですがそれを圧してでも食べたい、そんな絶品、逸品を今回は紹介申し上げました。

 では。
(了)

難波ぶらり散策譚。

 先日難波に赴いた際の他愛もないネタを少し。

 ブン、チャッ、、ブン、、パラリラ、、みんな、、大好・・き…♪



 北極の、、アイスキャ・・ン・・デー…!

 何がいいかって…



 棒が割りバシなんよね、一本に折ってある(‥;)

 ムカシっからでホンマ、、大好き♪よ(^^)

 して、私が買った現在店舗の近くにかつて地下一階から二階まである北極さん直営の'純'喫茶がありました。

 内装やメニュー、とかく雰囲気全体が'昭和'そのもの、レジャーの多様化なる迄はお出かけの楽しみには欠かせないものだったのでしょう。

 私も幼少時~高校の時まで幾度か訪れた事あります。

 しかし、現在は跡形もなく、この喫茶店跡を含め多くの昔からあった店がケイタイショップやゲームコーナに姿を変え、一抹の寂しさを拭えぬ光景となっています。



 JR難波駅から歩いてきたので遠景となってしまいましたが三宮店に続き難波にもできてましたか、マルイさん…。

 難波高島屋デパート前、南街劇場跡ですね。

 この関西人にとって様々な…というより'新鮮'に映った"○I○I"マーク、馴染み薄かったモノに違いありませんが…

 イヤしくも私は小さい頃から知ってました、イヤ偶然…というかなんというか。

 再放送回数アマタ、多分私はサンテレビで見ていたかも(~ー~)

 …と、特捜最前線。

 二谷英明さん、パンチパーマの藤岡弘さん…脚本も地味ながら私は好きでしたが(~~~)

 そのエンディングテーマ、これまた様々な解釈を孕む…

 あ~の~ひ~と~は~~ あ~の~~ひ~と~は~~~

 'こ~の~み~せ~あ~く~の~~~'

 ではなく^^;; 小学生ネタですね><

 'わ~た~し~だ~け~の~~~

 '十~字~架~'…

 ですね、このエンディングのハリガネヘリ!?からの夜景鳥瞰、ふと画面の隅に一瞬見える'○I○I'…

 ナンじゃあれは??

 と疑問を抱きつつ…

 三宮店ができた時に忘れ去っていた記憶が蘇り、あぁ、アレがマルイの看板やったんか…と(‥;)

 とまあンなエピソード長々とすみません。

 …でイキナリ帰りにとンで、JR難波駅前を歩いていると、エラく爽やかな水のせせらぐ音が。

 水フェチの私はそそられ周りを見渡しても何もない、その音をたよりにいざいざ…

 マンション敷地内。

 …!?!?!?

 ズンズン手際よく!!、玄関横にて目にしたものは!



 美しくデザインされた、かなり大規模な壁を使った滝、駅のまン前でいくらするンやらしらんけどとても羨ましく思いました…

 贅沢ですね^^確かにええコトやと思います、家を選ぶ時の基準にしたいなぁ…

 と一先ずここまで、最後オマケ画像。



 知人が食べていたインスタントヌードル。



 意匠をはじめそれこそ様々な問題を孕みそうなので特に言及はしませんが文字通りコープで売ってました…

 問題ない!?

 私なら日清サンのん選びます!(‥;)!

 一回位食べてみようかな…

 なんとない記事ですみません…

 では。
(了)

微かに遺る川崎重工専用線跡。



 画像の資料にチョロリと記されている湊川貨物駅より伸びていた川重への専用線。

 ハーバーランドへと姿を変えた原景は、とうに全て掻き消されたものと諦めきっていたところ…

 以前から興味あったDVD「蘇る近畿の国鉄路線と関連鉄道」上下巻。

 漸く入手、目の当たりにするは近畿一円の鉄道原景を含む貴重極まる潰えし風景の数々、その中の神戸臨港線、在りし日の湊川貨物駅、そして…

 駅以南の川崎重工へ繋がる単線路。

 民家の軒先迫る線路上に拡がるは…

 戯れる子供達の姿、さらにそれに交じり洗濯に勤しむ大人の姿も(‥;)

 そもそも専用線とて頻度は然程でもなく問題はない模様、やがて現れた鉄道管理員の姿に勝手知ったる諸氏は忽ちチリバラと線路より待避、そして勇壮に来たる神戸型のハチロク牽引の貨車列車…

 走り去りし直後より再び線路内に群がり遊びまくる子供達…

 大変麗しき光景に感激、その後の映像に現景との対比画像が…

 !!

 えぇぇぇッッッ!!!…

 今も遺っているの!?!?

 とスワ、現地へ。



 あった、ありました、これです!!!

 一先ず東川崎公園以南を追います。画像は東川崎公園を'背'に。



 線路跡径反対側、南より東川崎公園を向いて。



 そして同地点より反対側を向いて。

 川重の敷地まではあと150m位。



 川重前の車道、路側帯より。

 ここ迄は健在、しかし…



 画像左側、壁を経て川重の敷地、車道の形状はあるものの、この奥は建物や壁に阻まれ判別は厳しく…

 …と!? 川重の敷地内に?な'構造物'が。



 ?



 ??



 ???ホッパー???

 仮にそうだとしても線路跡脇にはありますが線路とは直角方向です、そもそも何に使っていたか、ホッパーとして機能していたにしてもわざわざ上にまで荷を持ち上げる意味はないです(-_-)現況から正確な情報を得るコトは困難、要調査です、それによって線路跡の情報も何か得られるに違いありません!!

 線路跡部を跡にし、東川崎公園へ戻ってみましょう。



 川重沿いの壁にこんなモノを見つけました。どうやら小橋の欄干車道反対側を見ると小川があり車道とこの下を通ってどうやら川重敷地に流れ込んでいる様です、線路とのかかわり合いは薄くも、なぜ斯様に'遺って'いるのか!?!? 謎(@_@;)



 最初の小径の画像の撮影地点より反対側、湊川貨物駅跡方面を向いて。東川崎公園として整備されています。



 この三角の形状をした東川崎公園、マエから気にはなっていたのですが…

 さらに精査の必要があります。



 湊川貨物駅跡方面より東川崎公園側を。

 この敷地が線路跡、には違いありません…。



 足下を見ると小溝のコンクリートに年季が感じられ…



 同地点より湊川貨物駅跡を。

 ハーバーランド西端、画像に写る歩道が線路跡か。

 以降は全く痕跡はない…です。



 国道2号線、'東川崎'の交差点へと続くこの南北に真っ直ぐ伸びる車道は湊川貨物駅の端部に相違なく。

 何故ならこの南端部にはかつて鉄道桟橋なるものが存在し、東より来た線路は一旦北上のちスイッチバックでこの南北線に入線するようになっていた様です。



 同地点より南、湊川貨物駅の忘れ形見か、JR西日本の敷地、支社の建物。

 今回貴重な映像により知り得た微かな遺景、これを手掛かりにさらなる調査を確約しつつ、神戸臨港線を東上し東灘信号場近辺の現況を次記事にてお伝えします。
(了)