スワバカ!?
とは云いませんね、失礼しました。
今見ていたのですが、特に誰がどういい味をだしてる、とかいうわけでもないようですが、何故か、何となく!?見ちゃってますね。
地味、というかなんというか。
でもそれがかえって、ケレン味が無くて私的にはスッキリ、ヘンに気負いなく見れる。
思い入れも特にナイ、おコヅカイは正直不便してない、あえていうなら出費の多い趣味が多すぎ><;;アホ
で、この枠なんか好きですね、「結婚デケナイ男」とかね。
アレは再放送で見たかな。
オノレもソヤロガイナ、と云われたら、確かに否定できる余地はないです。
ただ同じのは一応自営業、ってダケで収入、イデタチとほぼヨロズ、共通点はありません。
一緒にされるとヒタスラミジメでしょう。
でも、そんなの抜きにして、面白かったです。
カナリウケてしまったこともありました。
掃除は机の裏側まで、とか家族で映画DVD?を見ている時にその映画監督の拘りを語り始め、シマイに皆が見ている途中でREWするシマツ^^;
掃除は私も休日の午前、早く目が覚めてしまうととまらないですね、サスガに人と一緒に見ててマキモドしたりはしませんが、したくてしてくてウズウズ、結局あとで一人みて深く味わい尽くす、とかね。
せやから映画とか、人と観たり聴いたりするのがイヤで。
・・・嗚呼、コリャ"真性"だナ´`
特に問題がない限り、このまま突っ走ります×~×
最後、田中美佐子さんが同窓会の帰り、家まで送ってもらったクルマってレンタカーやったけどナンカ意味あるンかな・・・
まあ、それを呟きたかったんですが。
始末に終えませんのでこの辺りにて。
では。
(了)
BOZ SCAGGS & TOTO.
夢の、究極のコラボ。
むしろ原点。
TVのC.M.を見た時、暫し固まってしまった。
チケット。
入手しちゃいました。
3/24,25大阪公演2DAYS!!
あの頃に戻れるのかな。
ま、というより。
私の音楽の趣味は10代から全く変わっていない。
進んでいないのネ-_-
激しく影響を受けた、あの頃にTOTOサウンドに出会えてホンマ、よかった。
J=ポーカロ氏のドラムは当時の私の人生観を変えたと同時に確固たるものにしてくれた。
残念なことにもう、生で聴ける機会はもうない。
感傷的にはなりたくないけれど、未曾有の天才のエモーショナルなドラミングに夢中になって、価値観が変わらない人はいないのではなかろうか、とさえ。
来年の来るその日迄、聴きなおそう!
と、あらためる迄もなく。
普段からずっと聴いてます^^
ああ、楽しみ。
東京公演も行きたい位や> <
そう。
音楽に関しては。
当ブログで語りたい、と思いつつ、なかなか。
ですので、この度、音楽専用のブログを。
別途、立ち上げる・・・!!
・・・
・・・可能性、を示唆しておきます^^
詳細はまた後日。
こんなの、早く紹介したいのですが。
何れも、私の原点の一つ。
では。
(了)
さようなら、神戸の臨港線 ~港の発展に大きく貢献した鉄路の侘びしき現景。
先記事、前編よりさらに西へ。
国道2号線の一本北側の道を越えるガーダ橋、橋自体は今も存在しています。
このまま!? 道路にする?! ここに新たに車道仕様の橋をかけなおすの!!??
現存する鉄道ガーダ橋は単線ですから、役には立たない。
ああ・・・
今ちょっと気付いたけど。
何とも、車道にするにはとてもとても好都合な要素が、皮肉なことに存在している。
それは、後述に詳しく述べます。
そして・・・2号線の上のガーダ橋。
現役当時、生では見たことはないのですが、ここを電気機関車牽引の貨物列車が通る映像を見たことがありますが、ゆっくり、ゆるゆると行くイメージがあったのですがけっこうな速度、60km/h位?で豪快に駆け抜けていました。チョットウルサかったかも・・;
これは以前に撮った画像、逆光著しいのでボツにしていたのですがココに上げておきます。
ガーダ橋を南側より。
勿論、レールはヒッペがされているでしょう、土で整地され、工事車両が行き来でsきるようにされている模様。
先画像とり右を向いて、レールが僅かに残っている。
コレもわかりにくいのでボツにしていたのですが、先画像と同じ地点から夏に撮影したモノです。
草だらけの中から、かすかにレールが見えていました。
そしてレールが現存していた区間の南端。ここにも短いガーダ橋がかかっていた、その橋台。左側は未成区間。
そう・・・
その近くに寄って。右側のプレートにはこんな刻印が。右側のプレートは残念ながら読み取れませんでした。
これを基に、考察したいのですが。
その橋台の反対側、無論こちらにも橋台はありましたが、斯様に整地、整備されてしまい、跡形もなく。
このタイルの下には、実は大きな”謎”が埋まってしまっているハズなのです。
それに関してはまだまだ調査が必要なのですが、調査進み次第、発表させていただきたく思います。
ちょっと戻って、2号線のガーダ橋の橋台も複線化を目論んだ設計に。
・・・
私、思うにこれが"命取り"になってしまったのではないか。
そうに違いない、か。
通常、廃止路線の車道化に於いて、"単線区間"は幅の狭さゆえ、一方通行だったり、途中で急に狭くなったり、結局使えずにそのままだったりと、他の例をみてもかなり苦労が見受けられます。
駐車場として使おうにも駐車スペースは確保できても幅の狭さに肝心の通路が賄えず、駐車スペースを斜めに設けるなど、車道同様に苦労が見受けられ。
そう、私はここは"線路は単線区間"、と思い込んでいてしまい、安心しきっていたのです。
しかし、よく考えればこうやって、線路沿いに複線用の空地が存在していたんや・・・
その幅があれば、車道として十分な幅が得られてしまうでしょう。
橋も架けなおして。
もう、僅かに残っているレールも虫の息。
覚悟はしていたとはいえ、辛い。
そもそも、今記事のタイトルにも記したように、神戸港に限らず、港の発展にはこうした臨港鉄道が大きく貢献したはずです。
なのに、神戸臨港線の廃止の推移を見ていても、オマージュが感じられない、むしろ有無云わさずに淘汰の憂き目に遭っている。
せめて・・・
ハッキリゆうて、私的にはそれも好きにはなれないけれどせめて、何らかのモニュメント、碑文が据えられてもいいと思う。
それさえもなく、むしろその存在を頑なに否定し、消し去ろうとしtいるのではないか、と思えてしまう位の勢い。
何も感傷的に迄なる必要はないとは思うけれど、せめて、何か。
でも、何よりショック大きく、今は何も考えられない。
居た溜まれず、その日は現場を後にしました。
その帰り、ガードレールの向こう側が線路跡。 往時の機関士さんも同じ夕日をみていたのか。
画像には当時ある筈もなかった高層建築物が卑しくも美しいトワイライト・スカイラインを醸し出している。
では、今回は此処迄、さりとて当ブログの原点のこの現状に関してはさらに観察、考察を続け、レポート、また見解が纏り次第、発表いたします。
最後、神戸港貨物駅跡に何故か頑なに残り続けていてくれている車両止め、2つ。
何をどううするかわからないけど、この現状ではこれさえ貴重な遺産、ということになります。
ショックいえぬままではありますが、一旦失礼させていただきます。
では。
(了)
さようなら、神戸の臨港線。
JR灘駅東の跨線橋「なだはし」より西側、夕景を。
ヘタですみません×ヘ×
重ねて、私が"不肖当ブログの原点"と憚らず述べてきた東灘信号場、そして今も線路が遺る岩屋~脇浜手前の廃線区間跡。
ココを私がどうこう出来るわけもなく、ただその動向を見守るのみ。
機会あるごとに、できるだけ立ち寄るようにしてはいたものの、昨日ひと月ぶり位になりましょうか、赴いてみました。
テーマ"THE RUINS OF KOBE"の記事に此処を紹介させていただく時にいつも上げるこの写真。
阪神岩屋駅前の踏切跡より西側、レールの遺る区間を望む。
先記事の最後にも上げましたが、昨日撮ったこの画像。
いつもと違う違和感は。
草木がキレイに刈り取られていて。
さらに・・・
目にしたくない光景。
とうとう・・・
画像奥、どうやら。
とうとう、撤去作業が始まってしまっていた様です。
道路になるんか。
先の画像撮影地点、岩屋踏切跡より100m程西のガーダ橋、これも名物、ということだったのでしょうか。
私は屈まないと通れない、制限高1,6m、殊貨物線に関しては、こういったのは各地で見かけるように思います。
ガーダ橋側より東、岩屋踏切側を望む。 しかし・・・
その橋の上にはレールの切断部が。 これより東は・・・
重機も入り、早や整地されています。
ガーダ橋南側より。

ちょっと巧く撮れなかった、程なくこのレンガ積み橋台も見納めか。
複線化を目論んでいたようで、用地その他、幾つかのその"未使用"物が見受けられます。
かなり旧い、黎明期のものであるハズです。
ちょっとここで、一旦区切り、続きは翌日の後編記事に委ねさせていただきます。
オマケ画像。
先画像のガーダ橋の南側の道沿いにあるA-プライス、早や神戸のレストランの「味」、トーホーさんのお店ですね。 よく利用させてもらっています。
ここでは文字通り業務用の商品がほぼ卸価格で売られており、かなり重宝します。
コーヒ豆の試飲コーナもあり、豆は大概こちあで購入します。
あと調理器具や衣服、ドレッシングやパセポンなどの調味料など、それこそ厨房でよく見るモノがいっぱいあって。
器具や服はともかく、調味料などは嬉しがって入手して愛用したりしているうちに、ヘンに調味料に関しては詳しくなってしまっていたりします・~・
あと、パスタとかもいいモノ、業務用の品が激安価格だったりするので助かっております。
以後も繁く、通わしてもらいます^-^
では続きを明日に、今宵は此処迄と、失礼致します。
ウロチョログ: 住吉~芦屋、山幹沿い!?
向日町!?
兵庫駅!?!?
とにかく、文字通り、ジャマをしてしまいにいってきました。
と、その行きしなに。
山手幹線の本山~芦屋間、最大の”難関”が開通したのですね。
ここはカナリの間、私の幼少時から長らく未通、もう迂回する習慣が身にコビりついてしまっていたので気付いていませんでした。
まあ、様々な要因があった訳で、特に触れません。
一先ず暫定1車線の様です。
と、東へ進むと。
芦屋川手前で行き止まり、しかし恐らく芦屋川の橋梁完成を待つのみなのでしょう。
フム、橋台部は完成している。
・・・しかし、コレが後のショッキングな事件の予兆だったのか、果たして。
少し東へ、住宅街には画像、セイドー外国語学院が。
カナリ伝統、ある学院の様です。
私のハンパチュートなエングレシュはココでの”数ヶ月”によって培われました-_-;;
10歳の頃ですね、なんか、レッスンネームみたいなん付けられてました、確か・・・
R.O.K.E.、ではなく^^;
FRED、クン、というコトでした。
芦屋川沿い。
芦屋市民会館、これまたツタを這わせたコンクリの壁が”特徴”、理由は定かではありません。
ここで、ミョーにハッキリ覚えている記憶が。
”お山の幼稚園”といって、幼稚園に入る前に暫し通った保育施設?、ソコからみんなでココへ。
何をしにきたのかは分かりませんが、到着した時の点呼で私だけが呼ばれず、そのまま終了、帰園。
”!?・・・ まあ、ええけど”と、ミョーに冷めていたのを覚えています。
して・・・
ちょっと、山の手の道、ロクロクソー手前辺り、ですね。
イチ小市民にとってはこの道はとても便利な近道でしか、ないんです・・;
して、画像、山腹に多々そびえる豪邸や白亜のマンションなどが軒・・・
”軒”は、ない・・・なあ・・・
けど、軒を連ねる中。
この建物は・・・
芦屋倶楽部、とあります。
ヒッソリとしていましたが。
何をするトコロなんかな!??
We love short shorts?^^;
・・・かと思えば。
ちょっと近くにはこんな建物が。
屋上水タンク、壁から突き出る風呂釜、これはどう見ても。
昭和の建築やないですか、ソコソコ人は住んでいる様です。
歩道を歩いていると。
こういうの、ドコでも見かけますが。
年配の方でしょうか、こういうのは・・・
タチは悪くはなさそうですが、好きにはなれません。
また少し歩いていると、JAFさんが。
旧車も然ることながら、メル●デスとかのような外車も、ヤッカイになる機会はしばしばあるみたいですね。
600とか、置いているだけでも壊れていくし。
基本、外車は乗るなら”覚悟”を決めて買わないと、ダメですね。
芦屋を跡にし、阪急が住吉川を越える住吉川橋梁。
ソウトウな天井川、この画像の右奥、この橋梁より東側の線路は高さを稼ぐ為、カナリの勾配がつけられています。
そう、この東側の岡本駅は普通~特急の全ての列車が停車します。
10年程前のダイヤ改正以前には特急は止まらなかったのですが。
この特急停車化、に関しては有名な”都市伝説”が存在しますが・・・ まあ、いいでしょう・~・
して、岡本駅を発車し、三宮方面に向かう列車、前の方の車両に雨の日に乗っていると。
その坂で、車輪をメチャメチャ空転しているのよく分かります。
大変興味深い”現象”です、追ってさらに調査を続けたい、と思っています。
少し下って。
住吉l川を。
両端は散歩コースになっており、休日だからか人の往来はけっこう激しく。
その横辺りには。
そう、谷崎潤一郎氏のこの作品、神戸が舞台なんですよね。
雪の結晶の意匠は、小磯良平画伯、に因るものだそうです。
東へ。
石屋川、もかなりの天井川、車道とてこんな坂をのぼらないと川を越えられない。
ヘンな画像ですみません、石屋川西部にあるこの市バス石屋川車庫は。
かつては神戸市電の車庫でした。
http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10046048500.html
↑以前紹介したれーるぎゃらりー六甲さん、は山幹沿いのお店が無くなったと思ったら、模型販売をやめられて鉄道模型に一本化した訳だった様です。
模型の売上は全盛期の1/10まで落ち込んでいたのか。
確かに、私もこんな小売のお店では先ず買わないですから・・・
そうか。
と、さらに西へ、用事で三宮方面へ。
と、例の場所に寄ってみた。
酷い光景。
ショック隠せず。
ちょっと落ち着いて考えたく、記事は一旦此処迄、と致します。
さようなら、神戸臨港線。
(了)












































