さようなら、神戸の臨港線 ~港の発展に大きく貢献した鉄路の侘びしき現景。
先記事、前編よりさらに西へ。
国道2号線の一本北側の道を越えるガーダ橋、橋自体は今も存在しています。
このまま!? 道路にする?! ここに新たに車道仕様の橋をかけなおすの!!??
現存する鉄道ガーダ橋は単線ですから、役には立たない。
ああ・・・
今ちょっと気付いたけど。
何とも、車道にするにはとてもとても好都合な要素が、皮肉なことに存在している。
それは、後述に詳しく述べます。
そして・・・2号線の上のガーダ橋。
現役当時、生では見たことはないのですが、ここを電気機関車牽引の貨物列車が通る映像を見たことがありますが、ゆっくり、ゆるゆると行くイメージがあったのですがけっこうな速度、60km/h位?で豪快に駆け抜けていました。チョットウルサかったかも・・;
これは以前に撮った画像、逆光著しいのでボツにしていたのですがココに上げておきます。
ガーダ橋を南側より。
勿論、レールはヒッペがされているでしょう、土で整地され、工事車両が行き来でsきるようにされている模様。
先画像とり右を向いて、レールが僅かに残っている。
コレもわかりにくいのでボツにしていたのですが、先画像と同じ地点から夏に撮影したモノです。
草だらけの中から、かすかにレールが見えていました。
そしてレールが現存していた区間の南端。ここにも短いガーダ橋がかかっていた、その橋台。左側は未成区間。
そう・・・
その近くに寄って。右側のプレートにはこんな刻印が。右側のプレートは残念ながら読み取れませんでした。
これを基に、考察したいのですが。
その橋台の反対側、無論こちらにも橋台はありましたが、斯様に整地、整備されてしまい、跡形もなく。
このタイルの下には、実は大きな”謎”が埋まってしまっているハズなのです。
それに関してはまだまだ調査が必要なのですが、調査進み次第、発表させていただきたく思います。
ちょっと戻って、2号線のガーダ橋の橋台も複線化を目論んだ設計に。
・・・
私、思うにこれが"命取り"になってしまったのではないか。
そうに違いない、か。
通常、廃止路線の車道化に於いて、"単線区間"は幅の狭さゆえ、一方通行だったり、途中で急に狭くなったり、結局使えずにそのままだったりと、他の例をみてもかなり苦労が見受けられます。
駐車場として使おうにも駐車スペースは確保できても幅の狭さに肝心の通路が賄えず、駐車スペースを斜めに設けるなど、車道同様に苦労が見受けられ。
そう、私はここは"線路は単線区間"、と思い込んでいてしまい、安心しきっていたのです。
しかし、よく考えればこうやって、線路沿いに複線用の空地が存在していたんや・・・
その幅があれば、車道として十分な幅が得られてしまうでしょう。
橋も架けなおして。
もう、僅かに残っているレールも虫の息。
覚悟はしていたとはいえ、辛い。
そもそも、今記事のタイトルにも記したように、神戸港に限らず、港の発展にはこうした臨港鉄道が大きく貢献したはずです。
なのに、神戸臨港線の廃止の推移を見ていても、オマージュが感じられない、むしろ有無云わさずに淘汰の憂き目に遭っている。
せめて・・・
ハッキリゆうて、私的にはそれも好きにはなれないけれどせめて、何らかのモニュメント、碑文が据えられてもいいと思う。
それさえもなく、むしろその存在を頑なに否定し、消し去ろうとしtいるのではないか、と思えてしまう位の勢い。
何も感傷的に迄なる必要はないとは思うけれど、せめて、何か。
でも、何よりショック大きく、今は何も考えられない。
居た溜まれず、その日は現場を後にしました。
その帰り、ガードレールの向こう側が線路跡。 往時の機関士さんも同じ夕日をみていたのか。
画像には当時ある筈もなかった高層建築物が卑しくも美しいトワイライト・スカイラインを醸し出している。
では、今回は此処迄、さりとて当ブログの原点のこの現状に関してはさらに観察、考察を続け、レポート、また見解が纏り次第、発表いたします。
最後、神戸港貨物駅跡に何故か頑なに残り続けていてくれている車両止め、2つ。
何をどううするかわからないけど、この現状ではこれさえ貴重な遺産、ということになります。
ショックいえぬままではありますが、一旦失礼させていただきます。
では。
(了)












