飾磨港線、から分岐していた専用線跡。

分岐部より南側から飾磨駅跡方面を望む。

交差する車道脇には踏切警報器、等の設置台跡が、多数。
さらに少し南下、といいつつ専用線は西へと曲がって。


船場川手前、と船場川橋梁。
船場川…そうか、上流は姫路モノレールの横を流れてる、名の通りに水運で名を馳せた、とオトに聞く。
さらに、やや西へ。


この辺りは複線区間だったらしい、けど。
…けど、なンでかな?
機回し? 付け替え? にしてもすぐ北には飾磨駅のヤードがあった訳だし…
交換?するほどにも、そないにも列車の往来が激しかった訳でもないやろし。
引き続き、鋭意調査してゆきたいトコロ、であります。
と、この先はなんだか、ナンだか判然とせず。
どうやら、この先工場の敷地内、その区間はもう跡形も…建物が建っていたり。
半ば辺りでデルタ線が形成されていたり、大変興味深かったのだが。
と、このあたりから暗くなってきて。
少し、先を急ぎ。
やがて、


夢前川、その手前と架かっていた橋梁。
何やらケーブルらしきものが渡されてる。
とココで、耳を澄ませば。
対岸の広畑製鉄所から聞こえくる~、
プワァ-ン、プワァーンプワンプワン、と激しい?ホーン音に軋み音。
!!
スワッ! と色メキ立ち、現場?へ急行するも。
広い構内、もう西の方へ行ってしまったみたい。
何とか追跡したくも、渋滞に巻き込まれ…
ますます暗く、なのでノーフォト。
と、暗い中でも何か収穫を、と頑張って。
ウム、沢山ありました。
近日。
も少し暖かくなってから。
さらに、あわよくば平日、工場稼働中を見てみたいなー、
って、思ってます。
近いようで遠いンなー、姫路。
でもまた、駅そばを楽しみに赴いてみます。
(了)
やっぱシ 激ムズ、bbf.
現像、プリントなって。
期待してない分も差し引いても…
ショック、ショッキン、ヘタやわ。

左、大阪湾を。
右は十五番館、完全に露出不足、どなぃしたらえぇンや?!
と、ここで。
bbfで撮った画像はキホン、デジタルメディア化するつもりナイです、そやかてこんなまたまた原始的な撮り方すンなや、てな話ですが。
ちょっと、アマリにヘタで恥ずかしくってちゃんと見せる気になれない~ヘ~
と、ひとまず続けます。

八番館と、Cafe Fishサン。
右側は、まあまあ。

左は現ハーバーランド、湊川貨物駅へ向かっていた線路跡の歩道。
右は…
正直アンマシ、ベタは撮りたくなかってンけど。
初心者向け、ですかね。
タワー工事中やし-_-メ



Dedicated to U.K..

高浜倉庫群の、微かな名残。
(続)
期待してない分も差し引いても…
ショック、ショッキン、ヘタやわ。

左、大阪湾を。
右は十五番館、完全に露出不足、どなぃしたらえぇンや?!
と、ここで。
bbfで撮った画像はキホン、デジタルメディア化するつもりナイです、そやかてこんなまたまた原始的な撮り方すンなや、てな話ですが。
ちょっと、アマリにヘタで恥ずかしくってちゃんと見せる気になれない~ヘ~
と、ひとまず続けます。

八番館と、Cafe Fishサン。
右側は、まあまあ。

左は現ハーバーランド、湊川貨物駅へ向かっていた線路跡の歩道。
右は…
正直アンマシ、ベタは撮りたくなかってンけど。
初心者向け、ですかね。
タワー工事中やし-_-メ



Dedicated to U.K..

高浜倉庫群の、微かな名残。
(続)
忘れじの飾磨港線 ~山陽電鉄網干線との交差部。
前記事から、「忘れじの」って。
…もちろん、乗ったことも現役当時も見たコトもありません。
ハイ、ケレン味タップリにお送りしております。
♪♪
では。

山陽電鉄との交差部。
の画像、こんな場合、どちらがわざわざかさ上げしないと、させられないといけないのか。
どちらが先、てのもありますが、国有鉄道スナワち官鉄の場合は、高架化するから下げてくれ、とか問答無用に豪快に、東海道線高架化に伴う神戸市電の地上化=相生橋の撤去とかも例。
冷静に、姫路駅もそう、山陽電鉄も前述のよにアンダークロス、車道橋も撤去された。
とにかく官鉄レールには交わるな、触れるな、と。
ま、それはそれで。
近づいてみる。
お、足元。
嬉!?
イヤ、コレは…

山ちゃん。
山陽電鉄のん、か。
あ、↑サンちゃん、って、呼んであげましょう>v
と。
これより100m南下なれば一旦遊歩道はとぎれ。
すると東には紡績工場跡のショッピン'モール、西はリバーシティなる、なる…
…何やよぅわからん、ともかく細長い、明らかなヤード跡然とした敷地。
そう、これは飾磨駅跡。
何せ開発に開発され、跡形も…
一つ、鉄道カーブを描く壁が名残、か。
、して更にその南にはまた車道、おそらく踏切があった。
そして用水路を跨げば。
イョッ、待ってました!! 飾磨港線のクライマックス!!
、だぜモモ^^
まあ、デンライナーどころか、旅客列車、貨車列車さえも、もう通ることは、無い。
レールさえ、もう無いから……デンライナーは車両先端の物質生成照射装置でさ、レールと枕木を発生させるコト可能だからさ。
走ってくれるかな、いつか。
…
と、ある意味最も大きな遺構、
…のヒトツ、^^だ。

画像、奥にはガーダ橋、手前には。

遺る橋台。
そう。
此処は、分岐点。
飾磨港駅方面と、新日鉄広畑製鐵所への専用線、との分岐点。
ふむ、フム。
ひとまず、本線を。
暫し、旧家屋群の中を。
草群なるも、勾配標などの遺構を散見。
それを過ぎ、

飾磨港駅跡側より北へ望む。
更地なるも、クッキリとは線路跡。

撮った足元には微かな遺構、また橋台跡、小さな。
と、ココでショック、調査し終えて撮り終えて。
70cmほどの段差を軽やかに飛び上がり、と、ただ、それは。
そのレイコンマ数秒後に、只の妄想、机上の空論、でしかなくなり。
そう、滑ったコケた、ズリ落ちた。
×。×
ちょっとだけ、濡れてたから、ヌメってたからや。
苔とかでヌメってたンや、ンでコケたんや。
-_-;;
このサブさは、要らん言訳の所為、ばかりではなさそうで。
てな辺りで、ココで
(続)
…もちろん、乗ったことも現役当時も見たコトもありません。
ハイ、ケレン味タップリにお送りしております。
♪♪
では。

山陽電鉄との交差部。
の画像、こんな場合、どちらがわざわざかさ上げしないと、させられないといけないのか。
どちらが先、てのもありますが、国有鉄道スナワち官鉄の場合は、高架化するから下げてくれ、とか問答無用に豪快に、東海道線高架化に伴う神戸市電の地上化=相生橋の撤去とかも例。
冷静に、姫路駅もそう、山陽電鉄も前述のよにアンダークロス、車道橋も撤去された。
とにかく官鉄レールには交わるな、触れるな、と。
ま、それはそれで。
近づいてみる。
お、足元。
嬉!?
イヤ、コレは…

山ちゃん。
山陽電鉄のん、か。
あ、↑サンちゃん、って、呼んであげましょう>v
と。
これより100m南下なれば一旦遊歩道はとぎれ。
すると東には紡績工場跡のショッピン'モール、西はリバーシティなる、なる…
…何やよぅわからん、ともかく細長い、明らかなヤード跡然とした敷地。
そう、これは飾磨駅跡。
何せ開発に開発され、跡形も…
一つ、鉄道カーブを描く壁が名残、か。
、して更にその南にはまた車道、おそらく踏切があった。
そして用水路を跨げば。
イョッ、待ってました!! 飾磨港線のクライマックス!!
、だぜモモ^^
まあ、デンライナーどころか、旅客列車、貨車列車さえも、もう通ることは、無い。
レールさえ、もう無いから……デンライナーは車両先端の物質生成照射装置でさ、レールと枕木を発生させるコト可能だからさ。
走ってくれるかな、いつか。
…
と、ある意味最も大きな遺構、
…のヒトツ、^^だ。

画像、奥にはガーダ橋、手前には。

遺る橋台。
そう。
此処は、分岐点。
飾磨港駅方面と、新日鉄広畑製鐵所への専用線、との分岐点。
ふむ、フム。
ひとまず、本線を。
暫し、旧家屋群の中を。
草群なるも、勾配標などの遺構を散見。
それを過ぎ、

飾磨港駅跡側より北へ望む。
更地なるも、クッキリとは線路跡。

撮った足元には微かな遺構、また橋台跡、小さな。
と、ココでショック、調査し終えて撮り終えて。
70cmほどの段差を軽やかに飛び上がり、と、ただ、それは。
そのレイコンマ数秒後に、只の妄想、机上の空論、でしかなくなり。
そう、滑ったコケた、ズリ落ちた。
×。×
ちょっとだけ、濡れてたから、ヌメってたからや。
苔とかでヌメってたンや、ンでコケたんや。
-_-;;
このサブさは、要らん言訳の所為、ばかりではなさそうで。
てな辺りで、ココで

(続)
追憶の亀山駅跡。
これまた、久々にRuins Of Rail Explorer=R.O.R.E.記事を。
まあ、萬に一旦興味を持ったらちょっとやそっとでは薄れない、ある意味かなりタチの悪い私、記事には上げられずともかなりの方面、探索は敢行しております。
…で。
先日に赴いた飾磨港線跡探訪を。
姫路駅からしばらくの区間はJR高架化に伴う山陽電鉄のアンダークロスにトモナう路線変更に線路跡が利用されていたり、車道になっていたり歩道になっていたり、はたまた放置=草地であったり、と時間限られていたらオミットせざるを得ず。
折しも昨年11月に姫路モノレールを見学した際に駅そば食べにゆくのに姫路駅まで歩くついでにチョボチョボ見ていたので。
未だ何か鉄道設備、ちょっとしたものでも遺っているかもしれないので、暖かくなった頃にもう一度、ゆくとするか。
ただ…
懐かしいのは姫路駅の地上時代のホーム、飾磨港線用の発着番線、西側の端に切り欠きがあった、今はもう、跡形も。
そんなで、今回は姫路バイパス以南を。
と、イキナリ。

亀山駅、跡。
一応、モニュメント的に駅標と、やゃミニチュア化されたホーム。
愛され感、には乏しいものの、貴重には違いない。

以南。

以北、姫路バイパスが望める。
以南、暫し遊歩道にて色気は無くもふと"その気配"、寄ってみれば。
やっぱり。
あった。
嬉しい。
嬉しい、名残。

複数、並んでる、さらに寄って。

やや埋もれるも、「工」の字が確認なる。
さらに南、山陽電鉄網干線の下を。
と、ここで
(続)/~
まあ、萬に一旦興味を持ったらちょっとやそっとでは薄れない、ある意味かなりタチの悪い私、記事には上げられずともかなりの方面、探索は敢行しております。
…で。
先日に赴いた飾磨港線跡探訪を。
姫路駅からしばらくの区間はJR高架化に伴う山陽電鉄のアンダークロスにトモナう路線変更に線路跡が利用されていたり、車道になっていたり歩道になっていたり、はたまた放置=草地であったり、と時間限られていたらオミットせざるを得ず。
折しも昨年11月に姫路モノレールを見学した際に駅そば食べにゆくのに姫路駅まで歩くついでにチョボチョボ見ていたので。
未だ何か鉄道設備、ちょっとしたものでも遺っているかもしれないので、暖かくなった頃にもう一度、ゆくとするか。
ただ…
懐かしいのは姫路駅の地上時代のホーム、飾磨港線用の発着番線、西側の端に切り欠きがあった、今はもう、跡形も。
そんなで、今回は姫路バイパス以南を。
と、イキナリ。

亀山駅、跡。
一応、モニュメント的に駅標と、やゃミニチュア化されたホーム。
愛され感、には乏しいものの、貴重には違いない。

以南。

以北、姫路バイパスが望める。
以南、暫し遊歩道にて色気は無くもふと"その気配"、寄ってみれば。
やっぱり。
あった。
嬉しい。
嬉しい、名残。

複数、並んでる、さらに寄って。

やや埋もれるも、「工」の字が確認なる。
さらに南、山陽電鉄網干線の下を。
と、ここで
(続)/~
川西探訪~ 三ツ矢サイダー発祥の地、その栄枯。
昨日は、川西に赴き。
宝塚は安倉を過ぎたあたりから、いつもは…というより今までに全く経験したことの無かった渋滞に巻き込まれ。
抜け道マイスターの私、巧く抜けられる、と思ったら車道だった道が歩道化されてたり、ショック、そんなでも何とか抜け道という抜け道、秘策を駆使してまでも、予定の時間に間に合わなかった、大変、悔しい。
そんな、抜かってしまった私に、先方様には多大にご迷惑を被らせてしまったのに、なのに。
恐縮ながらも、至極恐悦な経験をさせてもらった。
そんな思いをしたあとって、大体は夢から醒めるパターン、なんだけど。
今回ばかりはギョウコウ、謹み乍らも至極恐悦の思いを心にしっかりと受け取りました。
して。
川西に来たからには、と気をとりなおし!?
どうしても訪れたかった地へ、そのお話、その前におさらい。

以前に紹介した、川西能勢口駅と国鉄川西池田駅を結んでいた短い路線、その廃止から30年近く経った今は。
上画像のマンホールの蓋と。

その横にある鉄輪のモニュメント、そして車道化されるも未だ美しい鉄道カーブを遺す道。
その役割たるや、阪急と国鉄を結ぶだけでなく能勢電鉄からの貨物を運搬する役割を担っていた。
往時のその主たる荷物、それは。
能勢電平野駅の北側に位置していた工場、その生産物とは。
三ツ矢サイダー。
そう、そここそが、三ツ矢サイダー発祥の地、この地で生産されていた三ツ矢サイダーが、全国へ出荷されていた、と。
また、腰を重くしていた不肖R.O.K.E.、結果から云えば…
否。
云わずとも、現状の写真を。

ともすれば、見落としてしまう、車道沿い、そして何より能勢電沿いの。
何で特定できたか。
次の画像。

といっても解りにくい、奥に立っているのが通称「三ツ矢塔」、炭酸ガスの精製に使用されていたという平野のシンボル、壁にその衿持たる三ツ矢マークが大きく。
保存の意向で現在の位置に移設されたという、ただこれ以上近寄った画像は望めない。
見ての通りの空地、払い下げられて久しく、足を踏み入れたくっても。
後悔甚だしく、というのも。

下り立ったその地の横にはこんな看板、そう、数年前までは資料館を遍く公開してたんだ。
アサヒビール株式会社、とある、その管理の下に。
でも、今はもう更地に。
ふと、というよりさっきから…漂う独特の硫黄臭。

横を流れる小川を見れば、どうやら今も昏々と湧き出ているみたい。
もう少し、車道沿いに川上に向かえば。

ちょっと解りにくい画像は歩道から覗きこみ、取水口の蓋らしきものが。


最後、ちょっと頑張って撮ってみた、殊二枚のうち最初の一枚は、能勢電と共に。
阪急の車両の払い下げん使用していることで有名な能勢電、かつては若干加工してオリジナルカラーも、数年前からは完全マルーン色。
にしても「1500」系って、メチャチャ旧いやん@。@ 乗ったことあったかな、また今度乗ってみるかな。

当時の賑わいを思わせてくれる、お食事処跡。
惜別の思いを裁ち切り、川西を後に。
と、久々にR.O.H.E.=Ruins Of Hyogo Explorer記事、でした。
次回は既に探索済みの飾磨港線跡探訪記を。
(了)
宝塚は安倉を過ぎたあたりから、いつもは…というより今までに全く経験したことの無かった渋滞に巻き込まれ。
抜け道マイスターの私、巧く抜けられる、と思ったら車道だった道が歩道化されてたり、ショック、そんなでも何とか抜け道という抜け道、秘策を駆使してまでも、予定の時間に間に合わなかった、大変、悔しい。
そんな、抜かってしまった私に、先方様には多大にご迷惑を被らせてしまったのに、なのに。
恐縮ながらも、至極恐悦な経験をさせてもらった。
そんな思いをしたあとって、大体は夢から醒めるパターン、なんだけど。
今回ばかりはギョウコウ、謹み乍らも至極恐悦の思いを心にしっかりと受け取りました。
して。
川西に来たからには、と気をとりなおし!?
どうしても訪れたかった地へ、そのお話、その前におさらい。

以前に紹介した、川西能勢口駅と国鉄川西池田駅を結んでいた短い路線、その廃止から30年近く経った今は。
上画像のマンホールの蓋と。

その横にある鉄輪のモニュメント、そして車道化されるも未だ美しい鉄道カーブを遺す道。
その役割たるや、阪急と国鉄を結ぶだけでなく能勢電鉄からの貨物を運搬する役割を担っていた。
往時のその主たる荷物、それは。
能勢電平野駅の北側に位置していた工場、その生産物とは。
三ツ矢サイダー。
そう、そここそが、三ツ矢サイダー発祥の地、この地で生産されていた三ツ矢サイダーが、全国へ出荷されていた、と。
また、腰を重くしていた不肖R.O.K.E.、結果から云えば…
否。
云わずとも、現状の写真を。

ともすれば、見落としてしまう、車道沿い、そして何より能勢電沿いの。
何で特定できたか。
次の画像。

といっても解りにくい、奥に立っているのが通称「三ツ矢塔」、炭酸ガスの精製に使用されていたという平野のシンボル、壁にその衿持たる三ツ矢マークが大きく。
保存の意向で現在の位置に移設されたという、ただこれ以上近寄った画像は望めない。
見ての通りの空地、払い下げられて久しく、足を踏み入れたくっても。
後悔甚だしく、というのも。

下り立ったその地の横にはこんな看板、そう、数年前までは資料館を遍く公開してたんだ。
アサヒビール株式会社、とある、その管理の下に。
でも、今はもう更地に。
ふと、というよりさっきから…漂う独特の硫黄臭。

横を流れる小川を見れば、どうやら今も昏々と湧き出ているみたい。
もう少し、車道沿いに川上に向かえば。

ちょっと解りにくい画像は歩道から覗きこみ、取水口の蓋らしきものが。


最後、ちょっと頑張って撮ってみた、殊二枚のうち最初の一枚は、能勢電と共に。
阪急の車両の払い下げん使用していることで有名な能勢電、かつては若干加工してオリジナルカラーも、数年前からは完全マルーン色。
にしても「1500」系って、メチャチャ旧いやん@。@ 乗ったことあったかな、また今度乗ってみるかな。

当時の賑わいを思わせてくれる、お食事処跡。
惜別の思いを裁ち切り、川西を後に。
と、久々にR.O.H.E.=Ruins Of Hyogo Explorer記事、でした。
次回は既に探索済みの飾磨港線跡探訪記を。
(了)