横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道 -94ページ目

横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道

東急電鉄日吉駅3分にある平安の香りを創り楽しむ教室です。平安時代、貴族や「源氏物語」の主人公光源氏がたしなんだ香り創りや楽しみ方をご紹介。(by平安朝香道 朝倉涼香)

 

●香になるまで何年かかるでしょう

ご訪問ありがとうございます。

朝倉涼香です。

 

                                    山椒

昨日は曇り空でしたが、過ごしやすい陽気でした。

 

久しぶりにお庭の手入れをしました。

 

放置しておくと直ぐに増える雑草を取りました。

 

バラやクレマチスの花殻摘みをしたり・・・。

 

最後に鉢植えにお水をやりました。

 

最近植えた山椒の木や他の木にもお水をやって                                     

 

しっかり大きくなってくれるように

 

魔法の言葉をかけました。

   

      早くおおきくな~れ!

 

初代宗師は十数年ほど前に六種の薫物の「梅花」には

 

欠かすことの出来ない占糖と言われる香を再現しました。

 

これがなければ私たち生徒は平安時代の「梅花」を

 

作ることが出来なかったでしょう。

 

私も先生を見習ってその木を植えてみました。

 

果たして大きくなってくれるのか・・・。

 

途方もない先のことですが

 

不安と期待が交錯しています。

 

これから梅雨の季節が訪れ

 

湿気や蒸れで病虫害が多くなります。

 

植物の管理もまめにしないと・・・。

 

●令和に因んで「梅花」を作りました。

 

平安朝香道の朝倉涼香です

ご訪問ありがとうございます。

 

1月に作った「梅花」(春の薫物)ですが

 

その時点ではまだ新元号が決まっていませんでした。

 

5月に新元号が令和と改められ

 

是非「梅花」を生徒さんともう一度聞こうと考えておりました。

 

「令和」の由来となったのは

 

「万葉集」巻五「梅花の歌三十二種」の序文です。

 

「梅花の宴」が催されたのは奈良時代ですが

 

梅自体が外国から渡来したとても珍しい植物でした。

 

残念ながら、梅の香りについては何も歌われていませんが・・・。

                                     白梅

それから半世紀以上経って作られた

 

藤原冬嗣(ふゆつぐ)の「梅花」の香です。

 

冬嗣は、平安時代初期に政治的にも文化的にも

 

大変活躍した人物です。

 

特に平安朝香道にとって、藤原冬嗣(ふゆつぐ)は

 

香を作る合香家だったことでとても重要な存在なのです。

(当道の始祖)

 

そしてやっと先週の水曜と金曜にお教室で

 

再び「梅花」の薫物を生徒さんと聞きました。

 

「やっぱり冬嗣さんの梅花はなんともすばらしいわ!

癒されますよね」

 

「優しい温かさが感じられて嬉しくなる」

 

新元号になって作った新しい「梅花」と

 

何年も寝かせた香の違いも焚き比べて

 

その違いにとても驚かされもしました。

 

「新しい香と古い香ってこんなにも違うんですね」

 

「ほんと!う~ん、素晴らしい!!」

 

昨日の陽気は、すっかり春を通り越して真夏でしたが

 

お教室の中には白梅の香りを載せて春まだ浅い

 

清らかな風が吹き抜けていきました。

 

●薫物合わせ

 

平安朝香道の朝倉涼香です。

ご訪問ありがとうございます。

                                       ロイヤルジュビリー

「源氏香」って平安時代の遊び?

いいえ、決して平安時代の遊びではありません。

 

現在の「源氏香」と呼ばれる組香は「源氏物語」の帖数になぞらえたもので、江戸時代中期に考案されたものです。

 

「源氏香」は平安時代にはなかった遊びなのです。

平安時代に行われていたのは「薫物合わせ(たきものあわせ)」と呼ばれるもので、

その「薫物合わせ」の原型が「源氏物語 梅枝」の帖に詳しく描かれています。

「梅枝」では、明石の姫君の入内のために光源氏が薫物比べを思い立ち、六条院の御方々、朝顔の姫君、紫の上、そして光源氏自身も加わりそれぞが独自の香を創作しました。

後日創作した薫物を持ち寄り、それを焚いて、判者(審判)が判詞(判定のことば)を述べると言う「薫物合わせ」の原型を行ったのです。

 

平安時代には「歌合わせ」「絵合わせ」「貝合わせ」など人々が左右に分かれ、物を比べ合わせた「物合わせ」が行われました。

 

平安時代に香を聞き比べ、競ったのが「薫物合わせ」

そして江戸時代から始まった組香が「源氏香」なのです。


平安朝香道では、師範以上になると「源氏合わせ」として「源氏物語」
の一帖から始まって帖ごとの香を独自に創作しております。

 

オリジナル薫物を作る時、その月の課題を、情景や状態、心象風景などを思い描いて、香を合わせていきます。

 

ある人は言葉を操る小説家や作詞家のように、ある人は音符を操る作曲家や演奏家になったつもりで香を合わせ、それぞれの思いを描いていくのです。

 

心を研ぎ澄ますと、同時に心を落ち着かせ、完成した折りには、日常では味わえない達成感を感じることが出来ます。

 

後日、それぞれ創作し、持ち寄った香を聞き、楽しく和やかに「薫物合せ」を行っております。

現代的な表現にすると、様々な香をブレンドした物を皆でテ-スティング、またはスメリングし評価するとでも言えるでしょう。

 

様々な思いで創作したそれぞれの香を聞くひとときは、平安朝香道をたしなむ者の醍醐味であり、至福の時なのだと考えております。

 

●「香を聞くってどうするの?」

 おはようございます。

  朝倉涼香です

 今日もご訪問ありがとうございます。

伊吹麝香草が満開です。

「香道」の言葉を聞かれたとき、皆様はどのようなことをイメージなさるでしょうか?

「香を聞くってどんなこと?どうするの?」

多くの方のイメージは、

香炉を鼻に近づけ手で覆った指の間から木片や練香の香りを聞く。

このような動作を想像していらっしゃるのではないでしょうか?

 

私たちが物の匂いを確かめる時は、極力鼻をその物に近づけます。

ワサビなら「ツーンとくる」とか雑巾なら「蒸れて臭い」とかですよね。

直接物の匂い(臭い)を確かめる場合でしたら鼻を近づけることは利に叶っていることです。

 

現在、一般に使われている 「香を聞く」所作は、平安時代の所作ではないのです。

 

平安朝香道では香に鼻を近づけることはいたしません。

火取(ひとり、香炉)を置き、空間に放たれた薫物の香りを扇でそよぎ寄せるのです。

 

「源氏物語 鈴虫の帖」で女三宮の持仏供養に集まった女房たちを六条の院(光源氏)がいさめたことばがあります。

「空薫物というものは、どこでくゆらしているかわからないくらいが良いのです。富士の峰より高く煙を上げるのは感心しません」」と・・・

 

そこはかとなく空間を漂う香りを鼻で感じる、それが空薫物の本来の

聞き方なのです。

★今日はお香の日です

おはようございます

平安朝香道の朝倉涼香です

ご訪問ありがとうございます。

枯木神社

今日4月18日は「お香の日」です。

1992年全国薫物線香組合協議会が制定した記念日です。

 

日本書紀に、推古3年4月(595年)に淡路島に漂着した流木を島民が火にくべると、えも言われぬ芳しい香りが立ち込め、驚いて朝廷に献上した。

と言う記述があります。

なぜ18日なのかと言うと、「香」の字を分解すると一十と八と日になります。

それで4月18日が「お線香の日」に制定されたそうです。

推古3年は推古天皇の時代で奈良時代、ちょうど聖徳太子が摂政として政治を行っていた時代です。

 

この香木を聖徳太子が沈香であると判断し、沈水香木であることを認めました。(「聖徳太子伝歴」に記述)

既に聖徳太子は知っていたのです。

538年の仏教の伝来とともに香も日本にもたらされたのですから、当然聖徳太子には沈香の知識が あったのですね。

 

淡路島の枯木神社には御神体として香木が祭られているそうです。

今日、4月18日は「お香の日」様々な形でお香に親しみたいものです。