横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道 -26ページ目

横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道

東急電鉄日吉駅3分にある平安の香りを創り楽しむ教室です。平安時代、貴族や「源氏物語」の主人公光源氏がたしなんだ香り創りや楽しみ方をご紹介。(by平安朝香道 朝倉涼香)

今年は雨の紫陽花ではなく

紫陽花の涙

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

 

線状降水帯が南から北へと

各地にかなりの被害を与えています。

被害に遭われた地域の皆様に

お見舞い申し上げます。

 

 

遅い情報となりましたが

札幌では7月5日(平年より11日早い)

紫陽花が開花したそうです。

 

北海道には梅雨がない

 

と言われていますが

梅雨に相応しいアジサイも咲きました。

 

関東では紫陽花の見頃は

過ぎていることと思います。

 

 

アジサイは毎日お水が不可欠

空梅雨ですと枯れる心配をしなければ・・・

この酷暑に水やりも億劫になります。

 

梅雨はどこへ行ってしまったのでしょう?

 

雨が降ると

紫陽花の花は生き生きとして

太陽の光がなくとも

そぼ降る雨の中で輝いて見えます。

 

特に青色の紫陽花は

雨に打たれ、静かに咲く佇まいは

梅雨の蒸し暑さを吹き飛ばし

ざわつく心をも

鎮めてくれる気がします。

 

 

今年は雨にぬれた紫陽花の画像が見つかりません

 

 

 

 

過去の画像となりました

 

 

 

 

お花のように思える萼が

裏を見せるようになると

アジサイの季節も終わりに近づきます。

 

 

 

 

 

やがて

シックに色づいて

 

 

 

 

 

同じ紫陽花とは思えませんね

 

6月もさほど雨が降らず

7月の酷暑続きで

紫陽花がとてもかわいそうな状況です。

 

連日の熱射でシックな色も

茶色く変化して。

 

大好きな雨に

数回しか逢えず・・・

 

 

このまま梅雨明け?

 

各地の紫陽花は今年は

どうなっているのでしょう?

 

 

もう一度雨に煙る

青い紫陽花をみたいものです。

 

ピンクハート「源氏合わせ」の香を

  小風呂敷に移してみました

 

 

 

梅雨とは名ばかり

 

さほど雨は降りませんが

蒸し暑い日が多いこと

 

 

6月は「源氏合わせ」でしたが

当方の都合で一週間延ばして頂き

7月になってしまいました。

 

ザァーッと

通り雨のような雨が降った

先週の土曜日

「源氏合わせ」

第十五帖「蓬生」(よもぎう)

を行ないました。

 

少し湿気を帯びた梅雨の季節

香を薫くのに

とても良い条件です。

 

 

源氏が須磨、明石に逃れ住んで

2年余り

やっと都へ戻るのですが

長い間音信が途絶えていた

末摘花(すえつむはな)の邸へ

偶然にも足を踏み入れることとなりました。

 

その邸の庭は蓬に覆われ

見る影もなく荒廃していたのです。

 

その帖が「蓬生」です。

 

それぞれ創作された薫物を

薫いて頂きました。

 

それぞれの想いが

薫物に散りばめられ

改めて個性を感じさせられました。

 

 

帰宅して

自身の薫物の香りを

小風呂敷に移してみました。

 

 

 

 

 

 

電子香炉を使ってみましが

とても上手く移すことが出来ました。

 

皆様もご自分で香りを移すことが出来ます

香道では薫染めると申します。

 

 

末摘花は

容姿には恵まれぬ女君でしたが

常陸宮家に代々伝わる

唐渡り(からわたり)の衣香(えこう)は

源氏の君を捉えることができました。

 

2年の間に少し成長した末摘花

再び再会した折には

成長と共に可愛らしさが・・・

 

 

そのような想いで

香を合わせてみましたラブラブ

 

 

母の白粉の香りにも似て

とても懐かしい香り

ウットリする香り

になったでしょうか?

 

 

 

 

 

 

様々な薫物を聞くだけでなく

自分で香を合わせ

薫物を作ることも

とても愉しいものです音符

 

 

作り手は限られていても

古の女子は

薫物に触れ合え

とても充実した日々

だったのではないでしょうか。

 

 

傘紫陽花も最終章を迎えています

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

沖縄は梅雨明けしたそうです

横浜はほとんど曇り空ばかり

雨は降っても梅雨っぽくありません

 

雨を待っているうちに

我が家の紫陽花は

最終章を迎えています。

 

 

5月半ばに

少しずつクリーム色に色づいて

 

 

 

 

 

次第に白へと変化

 

 

 

 

 

梅雨入りには

青色が差し始め

 

 

 

 

青い紫陽花へ

 

 

 

 

今では緑を帯びて

同じ紫陽花とは思えません

 

 

目を離している間に

変身したアジサイになってしまいました

 

 

 

 

 

紫陽花の七変化ですね~キラキラ

 

これは紫陽花の花びらの

老化で起こるのだそうです。

 

水分が足りていないのかも知れません。

 

 

紫陽花には雨が似合う雨

 

雨はあと何度降るのでしょうか?

紫陽花は最終章を迎えているのですが・・・

 

 

 

ピンクハートあ~~なんてステキな香り~

  後をつけたくなる香りラブラブ

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

前回は、衣に香りを移す香(衣香)

のお話しをいたしました。

その続きのお話しです。

 

 

 

 

 

衣香(えこう・いこう)の中でも

薫衣香(くのえこう)より素晴らしい

とされるのが百歩香(ひゃくぶこう)です。

 

 

 

「源氏物語」には

生まれつき芳香を持った

貴公子が登場いたします。

 

源氏の息子薫です。

実は源氏の正妻女三の宮と柏木との不義の子

薫は

生まれつき芳香を発していた

と言われます。

 

薫の母である女三の宮は

朱雀院の皇女です。

最高の位の方が父なのですから

薫物も日常から慣れ親しんで

最高の香りが

常に身近にあったのですから・・・

 

 

衣を保存するのに使われた

裛衣香(ゆうえこう・えびこう)

特に唐渡りの物は

相当な身分の方だけが

手にすることが出来るのです。

 

 

 

 

 

 

受け継がれた

母君の愛用の香が

薫に伝えられ

薫衣香(くのえこう)や

百歩香(ひゃくぶこう)は

薫きしめる香として

 

また

口臭を消したり

決まった期間服用すると

身体から芳香がするようになる

と言われる躰身香(たいしんこう)

 

現代でもサプリとして

飲んで香るローズの香りとか

グレープフルーツの香りとか

皆様ご存じのことと思います。

 

人間の考えることは

遠き昔も今も

変わらなそうです。

 

 

 

 

 

躰身香も当然のことながら

最高の薫物を受け継いだ薫

母君のお腹にいた時より

全てが香りに満ちていた。

 

そう思えるのです

 

乳母がいたとはいえ

誕生後も母君の胸に抱かれては

肌から香る香りの息づかいを感じ

移り香を子守歌ならぬ

眠りの妙薬として感じていたのでは?

 

いつもいつも

どんな時にも

ごく身近に芳香があった

と推測できるのです

 

成長してもなお

躰身香としての薫衣香を

常に使用していれば

自然に芳香が体臭として

身体から発せられても

不思議ではありません。

 

成長すれば

代々受け継いだレシピに

薫自身のアレンジを加えたり

 

周囲に羨ましがられるほど

得も言われぬ香りで

百歩のずっと先まで香って来る

と表現されるほどになったのです。

 

薫は、貴種を受け継ぐ身分

そうでなければ

この世のものとも思えぬ香りを

纏っているとは考えられないのです。

 

又とない香りを

常に纏うようになりました。

 

門外不出の秘密の香り

 

えも言われぬ香り

と周囲が感じたのも

当然なことなのです。

 

「源氏物語」に登場する

薫の香は「薫集類抄」(くんしゅうるいしょう)

に記載された

承和百歩香(じょうわのひゃくぶこう)

若しくはそれ以上の芳香へと

進化した香と思われるのです。

 

現代でも

すれ違った瞬間

  ファ~~

と香りを感じられた経験を

お持ちではないでしょうか?

 

その香りがとっても素敵な香り

だったとしたら

 

どのような方?

 

ふり返るのではないでしょうか?

最近は少なくなってしまいましたが・・・

 

私は何度かございます。

 

後をつけたくなる香り

 

「源氏物語」の中で

薫が行動すれば

どなたもそのような反応を見せたのです。

 

時代時代で

香りの好みも変化しております。

平安時代の貴公子の香り

現代でもふり返らせることができるでしょうか?

 

この薫物も皆様と創ってみましょうキラキラ

 

少々上級者の薫物ですが

皆様が創作されるのを

愉しみにしております。

キラキラ不思議な香りがする香

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

昨日に続き、今日も

蒸し暑い日となりました

 

 

五月のお稽古前から

六月に入って

ほぼ毎日「薫衣香」(くのえこう)を

聞いておりました。

 

 

 

 

 

「薫衣香」は

香材の粉末を蜜などで練り合わせ

炉や釜などで薫き燻し

衣に香りを移す香として

使われていました。

 

やがて空薫物(そらだきもの)

として

使用されるようになりました。

 

 

別名躰身香と呼ばれる香もございます。

ある期間服用すると

身体から芳香を発するようになる

と言われる薫物です。

 

 

お稽古でその香りを

聞いて頂きました。

 

 

奥が深く品のよい香り

 

これは皆様

同様に感じられました。

 

 

一人の門下生の方は

お子さまを小さいころから

保育ママに預け

働いていらっしゃったそうです。

 

その保育ママは

とても香水がお好きで

香水の香りがいつもしていたとのこと。

 

「薫衣香」を聞いて

その方を想い出されたのでした。

お世話になった保育ママは

既に亡くなられていらっしゃるそうです。

 

その方の着けていらした香水と

薫衣香の香りが似ていたのでしょうか?

きっとどこかに共通点があったのでしょう。

 

 

親しい方との別れは

とても哀しいものです。

故人となられた方の香りが

偶然にも薫衣香と重なったのでした。

 

いつもの香り

安心感と安らぎをもたらしてくれますが

その香りを纏った方の姿を失った時には

かなりの喪失感を覚えることでしょう。

 

懐かしく想い出すには

相当な時間が必要になるのでは?

旧懐の香りとなるには

永い時間が必要なのですね。

よく耳にする言葉では

「時間が解決してくれる」

なのです。

 

 

ここで

奈良時代に見られる

「薫衣香」のお話しです。

 

「薫衣香」は

正倉院の庫内に現存はしませんが

正倉院文書の「買物申請帳」には

多くの香料と共に

「薫衣香」の購入の記録が残されています。

(「正倉院の香薬」米田 該典)

 

奈良時代には海外より

「薫衣香」を製品として

購入していたのです。

 

 

正倉院はご存じのように

奈良時代の聖武天皇と光明皇后の

遺愛の品々が納められている倉です。

 

聖武天皇の后の光明皇后は

聖武天皇が崩御された

四十九日の忌日に

聖武天皇遺愛の品々を

東大寺に献納されたのです。

 

 

「国家珍宝帳」の特に巻末に

したためられた文は

現代の私たちにも胸に迫るものが・・・

 

「追感疇昔 触目崩摧」

ついかんちゅうせき しょくもくほうさい
聖武天皇が使っていた物が目に触れると

哀しみで心が砕けてしまう

 

 

夫を亡くした哀しみから逃れる

手段が

「遺愛の品々を東大寺に献納する」

だったのです。

とてもお強い女性です。

 

 

生前聖武の好んだ品々をみるにつけ

ありし日が思い出されて泣き崩れてしまう

薫衣香の香りもそうであったに違いありません。

 

聖武天皇も光明皇后も

慣れ親しんでいらした「薫衣香」

だったのではないでしょうか。

 

正倉院に残る宝物の

球状の銀薫炉や銅薫炉から

その頃既に、香は仏前だけでなく

日常に取り入れられていたと思われます。

 

聖武天皇の居室には

愛用の薫衣香の香り

 

光明皇后にすれば

寝室や衣から香る移り香や残り香が

崩御された後も香って来るのです。

 

懐かしく思うのはずっと先のこと

哀しみに暮れる日々であったと思われます。

 

正倉院に残された珍宝帳から

品物としての「薫衣香」が

存在していたことがわかります。

 

 

思うように香を合わせて

「薫衣香」の創作が出来るようになったのは

もっと後だったのでしょう。

 

平安時代に書かれた

「薫集類抄」に載る薫衣香は

どの薫衣香も

創作者や所持者により

香材が違い同じ香りではございません。

特徴は香材の種類がとても多いことです。

 

不思議なことに

聞くたびに違う香りを感じました。

心の持ちようにより違ってくる。

季節により変化する。

寝かせた年数で変化する。

 

兎にも角にも

七変化の薫物でしたラブラブ

 

 

次回は「源氏物語」に登場する

「薫衣香」をお送りいたします。