★★剣を持った青獅子★★ -78ページ目

吟遊詩人になりたかった頃

たった…
1杯の酒






アコーディオンおじさんこと、吟遊詩人。
絶好調です。

今日はほぼベルばらでないお話になってしまいました。




私はアコーディオンは弾けませんでしたが学生時代、本気で『詩人』になりたいと思っていたときがありました。





愛読していたのは萩原朔太郎と寺山修司。




いわゆる『病的美』と言われる、病みに存在する闇の美しさみたいなものにうっとりしている時期がありました。



そして何だか気に入ったのがこの漫画。
『ロリータの詩集』





主人公は人とのコミュニケーションをうまく図れない女子高生。

クール過ぎてクラスに馴染めない彼女ですが、様々な理由でやはり社会に馴染めないキャラクター達と出会い、その出会いを一つ一つ詩にしていきます。




淡白で不器用なこの主人公が
、最終巻までにコミュニケーション能力を劇的に高めて成長した!

というオチはありませんでした。



しかし、その綺麗に終わらない感じが気に入りました。



この主人公はある日、海で溺れた時に凄い勢いで泳ぐ魚の群れを見ます。



それを見て感動するのですが、
魚が泳いでいるのは気持ちが良いからでも、楽しいからでもなく、
泳がないと生きていけないからなのだと言うことを改めて知ります。


海から離れたら生きていけない
から。
だから泳ぐんだ。

生きるために一生懸命になる姿は素晴らしいんだな。


そう思うのです。




海で溺れかけた彼女でしたが、自力で海面まで泳ぎ切ります。



そして今度はこの海にみんなで来よう。
そう思うところで『ロリータの詩集』は最終巻となります。


めちゃくちゃ盛り上がって終わる!


と言うものではなく、
すーっと終わります。




全三巻で読みやすいです。
(o^^o)


そうそう。
新宿西口の小田急デパート、
シャネルの看板前あたりで
『わたしの志集』という詩集を手売りしている女性がいますね。


あの方、かれこれ15年はあの場所にいらっしゃいます。

見たことある!

と、言う人は沢山いるのですが
詩集を購入したという人には未だにお会いしたことがありません。



『わたしの志集』300円

というA4サイズくらいの紙を持って、
ひと言も発しないで立っていらっしゃいました。(値上がりしたかな???)



無言の存在感が半端ありません。



その存在はこのベルサイユのばらの吟遊詩人そのものです。


賑やかな街新宿のダークサイドに現れるこの方は新宿という街の景色の一部となっています。



ほんの30メーター程、京王デパートの方に歩いて行くと、若いアーティストがギターの弾き語りやバンド演奏をしている陽の当たる広い歩道となるのですが、



この女性は歩道橋の交差するその下、
少し日陰になる処にいます。



夕刻になるとだいたいいらっしゃるのではないでしょうか。



世界各国から老若男女集まり賑わう街。
人も景色も日々変わるのに


この方は15年前から何も変わらず、
その同じ場所に立っています。


そんな姿には安定感さえあります。


活動そのものが詩人(志人?)なのかな、
と思えます。









そう、先日描いた画ですが
Oscarerみーこさんから指摘されました。



これ、進まないで、停滞しない?と。



おおおー!


確かに!!!



2人とも前にも後ろにも進めないではないかー!!!






ま、いいか。



(o^^o)(o^^o)(o^^o)(o^^o)(o^^o)(o^^o)(o^^o)

揺れるアントワネットとオスカル


2人で船に乗るアントワネットとオスカル。


マリーアントワネットはフェルゼンの事を語り出します。



やはり水面にその姿を映し、逆さ絵の演出がなされます。


『今は静かにあの方を思うことが出来ます』


フェルゼンと逢瀬を重ねていた当時はまだ王女も王子も誕生していなくて、

国王も温厚で優しい人だったとはいえ
アントワネットの心をしっかりと支えるタイプの男性とは言えなかった。

初恋が不倫になってしまった
アントワネットは苦しい毎日を送っていたに違いありません。




そしてオスカル。


あの王妃の伝言を伝えに行った日のようにその姿を水面には映しませんでした。








子供たちと幸せそうに戯れている姿を見て安心したのも束の間、

『静かに想う事が出来る』

と、未だにフェルゼンを心の拠り所にしているあの日のアントワネットが彼女の片隅に残っていることをオスカルは改めて知ります。


フェルゼンを想うアントワネット。

ではオスカルはもうあの想いを過去の物に出来たのか?



そんなことはありませんでした。


同じ男性を想う2人は
ゆらゆらと美しく揺れる池に浮かぶ船に一緒に乗っています。


不安定に揺れる心。
その演出なのかな、と思います。



広い池にたった二人。



『星も月もない海原で
船乗りは何を目当てに
船を進めたいい…』


かつてオスカルは、フェルゼンがスウェーデンに帰国した際に寂しさを必死で埋めようとするアントワネットをこう、喩えました。


今、まさにマリーアントワネットとオスカルは、港すら失った船乗りのように穏やかな水面に揺れていました。




フェルゼンのいない虚しさと、
『今は静かに想う事が出来る』

というこの気持ちを心から分かち合えるのは
オスカルにとっても、
アントワネットにとっても、
同じ船に乗っているこのお互いしかいなかったのだろうな、と思えたシーン。



見た目にも美しく、

そして考えさせられる

『同じ船に乗り揺られる2人』

という演出でした。




この後、オスカルが心揺さぶられるのはやはりこの人の登場でしょう。





原作には1ミリも描かれない、
独立戦争から帰還した兵隊。


とても印象深いキャラクターで
私にとっては
アニメオリジナルのキャラとしては
吟遊詩人のおじさんと同じくらいの衝撃でした。

戦友の遺品を家族に届けるというこのおじさん。


独立戦争に参加していた兵士が帰還する中、フェルゼンはまだ帰ってきていない。


そして戦死した者のいることも改めて現実として受け止めなくてはいけないオスカル。

その時のオスカルのこの表情が良かったです。









サーッと顔色が変わる様子に、
セリフなんか無くても
オスカルの動揺が伝わります。


ここで優しいのがアンドレ。
アンドレのこの感じ、人として尊敬します。




馬から下りて怪我をしているおじさんを、乗せてあげる


そしてその戦友の家まで送り届ける

アンドレの気配りが出来る所と、優しさにキュンとしました。


オスカルは、『戦死した者がいる』という状況に放心状態で、動けなくなってしまったのでしょう。





このおじさんにもドラマがある。



そして、後ろに立つ戦死した息子の遺品を抱きしめている年老いたお父さんと目にハンカチを当てているお母さん。



短いシーンでしたが大変濃いドラマがありました。





オスカルとアンドレ2人の遺品もこのようにしてロザリーとベルナールによって届けられたのだろうか。


その時、ジャルジェ将軍と夫人は。
そしてばあやは、どのようにして2人を迎えたのか。




アニメで描かれることはありませんでしたがこの帰還兵の短い物語に、バスティーユ陥落後にジャルジェ邸に帰ってきたオスカルとアンドレのことを少し想いました。





マリーアントワネットもイリュージョン

ティアラをしてなかったけど、


突然ティアラをつけられる!


と、いうイリュージョン。


この前の記事にもアンドレのイリュージョンを書きましたが、みんな度々イリュージョン使いますね。



そして、このお船。





とても美しいですが







モーターで動いているのかしら。


オスカルとマリーアントワネット以外誰も乗っていない。


船頭さんもいなければ、
モーターもない。


ま、さ、か。。。。








手動!?

足動???


じゃないと、あんな風には進めない。。。







どちらにしても、アントワネットは椅子なのにオスカルは地ベタって、きついですね。。。



最後に、この小池を写真に撮ったら



こんな感じ。

しかし、新しい携帯のフラッシュはオートになっていて、勝手に明るく照らしてくれました。


すると。



わっ。

なんか綺麗。


ここもイリュージョンでした!