胆大小心録 その55
五十五
女郎も昔は質の悪い物を着て、木の櫛を挿して、
終始客が付くというのが全盛だった。
また大阪屋の万太夫、春木屋の梶などは、かぐや姫のような無理を言っても、
客がいくらでも金をくれたものだ。
今聞くと、客は抱え主の目を盗んで女郎と会おうとする盗人のような者ばかりで、
女郎と示し合わせてこっそり会ったりする事が多い。
しかし、金を使わない女郎遊びはつまらないものだ。
近頃では金をやらずに
かえって女郎から金をせびる悪鬼のような者が粋と言われるそうだ。
これも翁(秋成)の生涯の内に、こんなにも変わってしまったという事だ。
変わったというよりも、醜さを聞こえのいい言葉でごまかしただけだ。
粋という言葉はよく聞きますが、
悪鬼とは辛辣な言い振りですね。
女郎も昔は質の悪い物を着て、木の櫛を挿して、
終始客が付くというのが全盛だった。
また大阪屋の万太夫、春木屋の梶などは、かぐや姫のような無理を言っても、
客がいくらでも金をくれたものだ。
今聞くと、客は抱え主の目を盗んで女郎と会おうとする盗人のような者ばかりで、
女郎と示し合わせてこっそり会ったりする事が多い。
しかし、金を使わない女郎遊びはつまらないものだ。
近頃では金をやらずに
かえって女郎から金をせびる悪鬼のような者が粋と言われるそうだ。
これも翁(秋成)の生涯の内に、こんなにも変わってしまったという事だ。
変わったというよりも、醜さを聞こえのいい言葉でごまかしただけだ。
粋という言葉はよく聞きますが、
悪鬼とは辛辣な言い振りですね。
胆大小心録 その54
五十四
儒 者の身の処し方が厳しいものではなくなったのは、
翁(秋成)の人生の間の事だ。
(昔の儒者は)学問や詩文は下手でも、
必ず聖人の片鱗は見えたものだった。
第52条の補足ともいうべき文ですね。
儒者に限らず、学者や歌人など
高尚な職業の人間が堕落していくのを常日頃から憂いているのでしょうね。
儒 者の身の処し方が厳しいものではなくなったのは、
翁(秋成)の人生の間の事だ。
(昔の儒者は)学問や詩文は下手でも、
必ず聖人の片鱗は見えたものだった。
第52条の補足ともいうべき文ですね。
儒者に限らず、学者や歌人など
高尚な職業の人間が堕落していくのを常日頃から憂いているのでしょうね。
胆大小心録 その53
五十三
内本喜斎という茶人は、姉の師であった。
天神祭りに弟子が遊船に色茶屋の女を乗せて出たのを見つけて、
「今後わが門に出入りするのを断る」
と言った。
(表千家の)今の宗佐は、
(富豪の)鴻池の善五郎が梶原平二で、
何とかといった男が源太で、宗佐は千鳥になって、
(祗園の料亭の)一力で遊んだのを見た人がいた。
宗可と今は名乗っている茶坊主は、まだ俗人だった時に、
宇治川の先陣の役割に、千鳥になって、
よく化粧した顔に千鳥と銘をかいて喝采を得た事がある。
宗佐の紋を右頬に書いたので、
源太も平二も顔負けだったという事を見た。
宗佐が積んだ修行というのも
(喜斎とは違って)大したものでは無いのだろうな。
内本喜斎という人物は詳細は不明ですが、
秋成の姉の師だったそうです。
表千家は千利休が興した一族で、
当主は代々宗佐を名乗ったそうです。
ここで出てくる宗佐は10代目か11代目だそうです。
千鳥だの源太だのというのは、
「ひらかな盛衰記」という浄瑠璃の登場人物だそうです。
源平盛衰記という軍記物語を元にしており、
宇治川の先陣という下りも、盛衰記に出てくる場面の事です。
精神の清さと正しさを重視した喜斎と比べて、
表千家の名人達の俗っぽさを批判しているのでしょうね。
内本喜斎という茶人は、姉の師であった。
天神祭りに弟子が遊船に色茶屋の女を乗せて出たのを見つけて、
「今後わが門に出入りするのを断る」
と言った。
(表千家の)今の宗佐は、
(富豪の)鴻池の善五郎が梶原平二で、
何とかといった男が源太で、宗佐は千鳥になって、
(祗園の料亭の)一力で遊んだのを見た人がいた。
宗可と今は名乗っている茶坊主は、まだ俗人だった時に、
宇治川の先陣の役割に、千鳥になって、
よく化粧した顔に千鳥と銘をかいて喝采を得た事がある。
宗佐の紋を右頬に書いたので、
源太も平二も顔負けだったという事を見た。
宗佐が積んだ修行というのも
(喜斎とは違って)大したものでは無いのだろうな。
内本喜斎という人物は詳細は不明ですが、
秋成の姉の師だったそうです。
表千家は千利休が興した一族で、
当主は代々宗佐を名乗ったそうです。
ここで出てくる宗佐は10代目か11代目だそうです。
千鳥だの源太だのというのは、
「ひらかな盛衰記」という浄瑠璃の登場人物だそうです。
源平盛衰記という軍記物語を元にしており、
宇治川の先陣という下りも、盛衰記に出てくる場面の事です。
精神の清さと正しさを重視した喜斎と比べて、
表千家の名人達の俗っぽさを批判しているのでしょうね。