去年があまりにひどかったせいもあるかもしれないが、今年の大河は大河らしからぬ地味な時代・ジャンルを取り扱っているにも関わらず、いまのところ興味深く観られている。今後にも期待したい。

 そんなわけで、「今週の公卿補任」と題して、登場人物たちの現在をチェックしてみよう。

 今週(正暦4、993)の『公卿補任』はこちら

 

 まずは藤氏長者で、人臣トップ道隆お兄ちゃん(41、井浦新さん)。四月には、摂政を辞し、関白(正二位)となっており、権勢はいよいよ盛んだ。
 ついで道長(28、柄本佑さん)の舅・源雅信(74、益岡徹さん)は五月から病気のため、左大臣(従一位)の職を辞めると、七月二十八日には出家し、その翌日に薨じた。その後、正一位が贈られている。雅信の弟・重信(72、鈴木隆仁さん)はこのとき右大臣(正二位)であった。
 狂おしいほどの野心を隠そうともしない、次兄の道兼兄ちゃん(33、玉置玲央さん)は、この頃、内大臣(正二位)右大将を兼ねていた。典型的な破滅型キャラだが、いったいどんな運命をたどるのだろう。
 準主役の道長は権大納言(従二位)で、中宮大夫(後宮に関する事務等を扱う役所の長官)を兼ね、甥(道隆の次男)の伊周(20、三浦翔平さん)は同じく権大納言(正三位)であった。
 道長の従兄弟で、無能扱いされている顕光(50、宮川一朗太さん)は中納言(従二位)左衛門督検非違使別当を兼ねていた。
 道長の叔父・公季(38、米村拓彰さん)は同じく中納言(正三位)で、春宮大夫(皇太子に関する事務等を扱う役所の長官)を兼ねていた。
 庶兄の道綱(39、上地雄輔さん)は参議(正三位)右中将備前權守を兼ねていた。
 切れ者と噂の実資(37、秋山竜次さん)は同じく参議(従三位)左兵衛督美作権守を兼ね、道長の友の一人・公任(28、町田啓太さん)は同じく参議(正四位下)で正月十三日の県召除目では新たに近江守を兼ねていた。
 道長の父・兼家(故人、段田安則さん)の家司を勤ていた平惟仲(50、佐古井隆之さん)も同じく参議(正四位下)右大弁を兼ねており、正月十三日の県召除目ではさらに近江権守を兼ね、十一月十三日には従三位に叙された。

 

 以上、「上級貴族」といわれる公卿は総勢32名(正暦4、993)でじつに狭い世界であったことが分かる。

 今回はまひろ吉高由里子さん)や道長柄本佑さん)が属す世界、平安貴族について考えてみたい。とりあえずは、その前に前回、少し触れた位袍の色について。以下の画像は『有職図譜』から。

 

 まずは天子の黄櫨染(こうろぜん)

黄櫨染の位袍

 

 つぎは東宮(皇太子)の黄丹(おうだん)。劇中では師貞親王(後の花山天皇。本郷奏多さん)が着ていた。

黄丹の位袍

 

 つづいて実資秋山竜次さん)が身につけていると思われる麹塵(きくじん)の袍。これは青色の袍ともいって、天子が黄櫨染よりもカジュアルな袍の色に用いた。天皇官房とでもいうべき蔵人所の副長官格である蔵人頭(くろうどのとう)や、五位蔵人(ごいのくろうど)のほか、最古参の六位蔵人(ろくいのくろうど)も時と場合によって、これを拝領・着用することがあったという。

麹塵の位袍

 

 つづいて四位以上の人が用いる(つるばみ)の袍。もともとは一位の人の位色であった深紫をより濃くしていったものらしい。

橡の位袍

 

 五位の人が用いる蘇芳(すおう)の袍、本来、深緋は四位の位色であったが、いつしか五位が用いるようになった。しかし風紀を取り締まる側の検非違使大夫(五位の人のこと)は厳格にきまりに則って、本来の五位の位色である浅緋を用いたという。

蘇芳の位袍

 

 六位以下(はなだ)色の袍。もともとは八位と初位の位色であったが、平安中期以降は六位以下の色とされたらしい。劇中ではまひろの父為時岸谷五朗さん)や、安倍晴明ユースケ・サンタマリアさん)がの袍を着ているが、これはおそらく本来(律令の制)の六位の位色が緑であるからだろう。

縹色の位袍

 

 位袍は勤務時に着る、今日でいえば、スーツのようなものだ。だから、登場人物の個性を際立てるイメージカラーは、むしろ雑袍ともいわれた、ふだん着の直衣や、狩衣などの色に込められているのかもしれない。そういう視点で劇中の衣装を観察してみるのもおもしろいだろう。

 

追記)関根正直という人の『装束図解』によれば、本来、六位の位色は深緑(こきみどり)であり、七位が浅緑(うすみどり)、八位は深縹(こきはなだ)、初位が浅縹(うすはなだ)、無位は黄であったが、正暦・寛弘の頃に四位以上はみな黒袍(橡)となり、五位は本来四位の深緋(蘇芳)を用いるようになり、六位の深緑も八位の深縹になったが、六位の「緑衫(ろうそう)」という名前だけが残り、七位以下の服制は廃れた、とある。七位以下の服制が廃れたというのは、この頃になると、六位以下は「正六位上」ばかりになってしまい、七位以下は稀になってしまったからかもしれない。実際、長徳二年(996)の大間書を見ると、(七八位相当官もふくめ)六位以下の新任者二十二名全員の位階が「正六位上」となっている(2024.2.8追記)

 ついに始まった2024大河『光る君へ』。おもしろくなるかどうかはまだ分からないが、昨年とは大いに違って、丁寧かつ真摯に制作されている印象を受けた。

 人気の戦国大河でもなく、チャンバラ要素もなければ、派手な合戦シーンなどもないだろうから、視聴率的には苦戦するかもしれないが、大河の新しい地平を切り拓いてくれそうな予感もあり、期待は膨らむばかりだ。

 

 さて、ここ(第三回)まで見て気になったことを三つほど。

 一つは初回(1/7)の放送において、まひろ吉高由里子さん)の目の前で母のちやは国仲涼子さん)が殺されて、いきなり大きなトラウマを抱えさせられてしまったことだ。この瞬間、私たちが知る紫式部とは違う、悲しい過去を背負ったヒロインになってしまったわけで、今後の展開を考えるとき、本当にこれでよかったんだろうかと思わずにはいられない、

 二つ目はまひろ一家の貧しさが強調されていることだ。現代の生活レベルとは比べようもないことはいうまでもないが、乳母がいたり、従者を抱えているなど、同じ時代の人たちから見れば、兼家段田安則さん)の家ほどではないにせよ、十分に豊かといえるだろう。江戸期の貧しいお公家さん像からの連想だろうか。少々違和感を覚えた。

 違和感といえば、道長柄本佑さん)がいとも簡単に屋敷を抜け出し、町中を徘徊しているのも違和感を禁じえない。お互いを知らないまま、まひろとめぐり逢わせるには不可欠な演出ということなのかもしれないが、暴れん坊将軍遠山の金さんじゃあるまいに、こういう安直で、嘘っぽい演出はせっかくの筋を台無しにしてしまいかねない。もう一工夫してほしかったところだ。

 とはいえ、今のところは十分に先を期待させてくれそうだ。

 

 ところで、見ていてまず目についたのは衣装(位袍)だ。碁盤を囲みながら、談笑する道長ら三人の若手貴族たち。四位の公任町田啓太さん)が黒(橡)の袍を身に着け、五位の道長と斉信金田哲さん)、後で出てくる道兼玉置玲央さん)たちは少々鮮やかすぎる気もするが、深緋(蘇芳)の袍に身を包み、といった具合で、有職故実に准じた演出がドラマを盛り立てている。同じ四位の実資秋山竜次さん)の位袍が緑っぽいのは頭中将(近衛中将=武官を兼ねる蔵人頭のこと。蔵人頭は天皇の秘書室長のような役職)ゆえに、禁色(麹塵)、いわゆる青色の袍を許されているということなんだろうかなどと、あれこれと妄想をさせてくれるのだ。位袍や位色なんてことは、知らなくてもドラマを見る上ではまったく困らない知識ではあるけれども、知っていればそれだけリアリティを感じられて、より話に入っていけるだろう。もしかしたら、制作側が隠れたメッセージを忍ばせていることだってあるかもしれない。そんな想像ができることもリアリティあふれる上質な史劇だけがもたらしてくれる楽しみ方の一つといえるだろう。

 そういえば、まひろの父為時岸谷五朗さん)の位袍が緑なのはどうしてなんだろう。このころには、六位以下の官人も縹色の袍を着ていたんじゃないかという気もするのだが、違うのだろうか。お詳しい方がいらしたらご教示ください。

 

 ここでは今後も、まひろや道長たちを取り巻く平安貴族の世界に関して、些細でどうだっていいようなことかもしれないけれど、妄想を逞しくするための、あれこれを書いてみたい。

 先週時点(永観二984)の『公卿補任』はこちら。道長の父兼家(56歳)に加えて、お兄ちゃんの道隆(32歳。井浦新さん)も非参議 従三位として公卿の仲間入りをしている。