伊達と酔狂とRRJ!橋満克文(RRJグループ代表) -4ページ目

55歳以後の想定

橋満さん、引退してどうすんの?

 

って質問がちょいちょい来るのでありがたいのですが、ちゃんと伝わってない気もしてて。

これはちょっと書いておこうかということ、書きますと、、、。

 

 

僕は、どんな仕事も続けることが大事で。

続けていると見えてないものが見えてくるのでそこが大事だと思っています。

 

だから、辞めるのか?といわれると、まさに、そう。

 

続けるためには創業者といえども、去り際を考えておかねばならないと思います。

 

実際は決算の兼ね合いもあるので、

55歳ではなく、56歳の4月末で代表取締役社長は辞任と思っています。

(思っていますという表現は嫌いなのですが、そう書いているのは変更の可能性が常にあるからです)

56歳の5月1日から会長として、5年。

僕は現在、グループ会社を複数経営しているのと、1社はオーナーなので会長となっても編ではないかなと思うのですが。

 

ただし、それは、あくまで、それぞれの会社が続けば、であります。

ですので、明日の仕事を真面目に誠実に、頑張りぬくだけだと思っています。

 

また、会社を続けるためには、次の経営者と、その次の経営者を育てておかないと僕には安心することなんでないですし、会社の皆が困ったことになるので、そこの責任をちゃんと果たしたい、それが、会社を続けるためには必要なことだと思っています。

 

僕の中では、次の社長の次まで決めていて。

四代目のことは、後継者の誰かが、決めてくれていいと思っています。

 

僕は60歳になったらフリーターになり、一度、様々な仕事をしたいと思っています。

また、時給で働くことの大変さを改めて実感したいと思ってます。

 

そのあと、僕が老害になっていないなら、もう一度、株式会社アールアールジェイで雇用して頂けるかを、相談したいと思っています。

 

最後は自分で自分をリストラするのが夢なんですが。

それも含めてすべて後輩に残せる形式を整えておきたいと思っています。

 

また、創業当初は、50歳で代表取締役社長は辞任という予定でしたので、5年ズレています。

 

何でもかんでも最初に決めた通りにはならないと思いますので、朝令暮改も大事ですが、ここからどうなるかもまだわかりません。

 

あくまでもそうなれたらいいな、と思っていることを書いていますが、いつか人はいなくなるので、その道筋を責任ある立場の人間は立てておくべきだと思います。

 

必ず、権限を持つ人間の腐敗を防止しないといけませんし、そうする予定です。

自分の今の立場で見ていても、老害には目も当てられませんので、自分は絶対にそうなりたくないです。

 

これから、僕が経営を直接教える人は限られますが、いまそばにいるなるべく多くの人に、何かしらのことは教えていけると思っています。

 

中小企業の代表取締役は、実力でのみ引き継げるものだと思います。
実力とは、実績に他なりません。
何を成せたのか。そして、何を成すのか。
それが大事です。

じゃないと、部下がついてきませんし、会社なんて一瞬でぶっ潰れます。

社長になるのがゴールではないので、その点はこれからも、本当に大事にしてもらいます。

 

 

 

”個人主義か連帯責任主義か。”

 

なんか偉そうなこと書いていますけど、本当に真理ですね。

 

代表取締役は全ての責任を背負うので命令ができるということもであると思います。

そして従業員は命令を受けて動いてくれるかどうかは、僕自身の姿勢が大事です。

 

そういうもんだと最初からわかっていたので、別に孤独とは思ったことないんですが。

 

孤独を友として、憂鬱な浮世を、体裁にとらわれず進むしかないのですが、信なければ立たずですので、結果は全部、自分が引き受けないといけないことになります。

それは全てにおいて共通することだと思われます。

 

会社が好きだとか、仲間意識であるとかは、給料を支払ってるからこそ、成立することですし、給与だけではなく支払いが、足りなければ借金経営してでも払うか、リストラするのも代表取締役の職責ですからね。

誰かのせいにはならないので、それもまた、事実。

 

以前、僕も借金経営していた時期がありまして、ホントに嫌な気持ちでいましたので、もうやりたくないです。

 

結果、どうやれば出来るのかを常にもんもんと考えながらも進むことが大事だなと思います。

 

僕の後ろには、僕ついてきてくれている従業員がいて、家族が居て、だからこそ、僕も一生懸命に無限に働かないといけないのだなと思います。

 

率先垂範こそ、社長のあるべき姿ですといえば、反論もあるでしょうけれど、最初に切り拓くという宣言をするだけではなく、行動できる人にこそ、人は付いてくるのだろうと思います。

 

こう書いているうちに、自分の甘さ、弱さの自覚が強くなります。

あと老害にならない自身もなく、いま自分が老害ではないと思っていること自体が老害なのかもしれません。

 

人は大事なことは言ってくれません。

だからこそ、僕は最後には自分で自分ことをリストラするのが夢なのです。

 

 

まぁ、黙れ。

最近、ペットのシェルター活動をされている方に寄付してる。

 

こういうことは黙ってやることだと思っている。

 

特に、世界的にデカいことが起きると、今まで困っていた人たちの声が小さくなる。

 

けど、もともと、声が小さかったり、そもそも言葉が話せない動物の声はなかなか届かない。

 

だから、寄付して宣言してる。

 

そういうの、もう、必要なことだと思うことにした。

 

だから、偽善者だとか言うやつらは、まぁ、黙れ。

 

 

 

 

”会社は既に自分にあらず。”

 

なんか、カッコいいこと言ってるな。。。

 

けど、書いてあることは本当にそう。

 

健康診断の結果

健康診断の結果、大きな問題はなかったのですが、脂質代謝異常ということになりまして、1か月くらいで、病院行った方がいいですということになりました。

 

1か月の間、薬などを服用して、病院での血液検査がどれくらい改善しているのかも見てみるつもりなんですが、うーん、ちょっと複雑。

 

胃痛は相変わらずあるので、ちゃんと見てもらおうと思っています。

 

どうも、僕は昔から胃腸が弱いのですが、弱いと思っている場所にやはり出るんだなと思いました。

 

47歳なのでそろそろ色んな所にアラートが出てくるころだと思いますので用心してまいります。

 

あとはストレスもあるかなと思ったりもしています。

 

 

10年前から変わってないらしく。。。

 

会社の課題など頭の中で色々と考えているうちに、

ふと、思い立って、

昔の記事を検索しました。

 

滅私想皆という造語を自分で色々と思ってた時に、もう一つ造語があったなと思って。

 

腹心経営という造語で、記事を読み返していたら、自分でも新たに思うことがあるかなと思ってたら、内容的にあんまり今と思うことが変わってなくて。

 

あ、10年前から変わってないのかーと思って役員に話しました。

 

役員のみんなは僕を立てて褒めてくれているんですが、どうも違和感。

 

俺、成長していないのかも、とか。

 

進化してないとか。

 

色んなこと、思いました。

 

 

雑感をつらつら。

会社の経営をしていると色々とありますが、一切、おてんとうさまに顔向けできないことはしてないんですけど、恨まれることもありまして、恨まれるたびに、心から感謝して進んでいます。

 

逆恨みを受けることは、自分の人生を強くしてくれますし、ひとつ優しくなれます。

 

本来はお礼をいわなきゃな人に対して、あべこべに恨むようなことも時にあるのだそうです。

とはいえ、やはりそんな人がいてもいいと私は思います。

 

世界を想うと、隣国と仲いい国なんてないと言いますので、そういうのに少しだけ似ていますね。

 

全て受けいれて欲しいとか、全て認めて欲しいというのは、エゴなので、僕は全部認めて欲しいなんて思うことも考えることもないです。

 

ですので、全部を感謝して進むのみなのですが、いささか、人間のどす黒い部分を見過ぎてしまっているような気もします。

(社内のひとだと、知ってる人は知っていることなんですけど。)

 

ですので、これくらいのことは、まぁ、そだよね、と許せてしまうのだとおもいます。

 

価値観が似ている会社のみんなのことを想えば、やはり、自分のことだけを考えて生きることもできないです。
 
大事な仲間とサバイバルして、それこそ人生は旅ですので、役割が終われば、きれいさっぱり後任に引き続いて、おしまい。
 
自分の人生観はそういうものが大半を占めて言います。
 
最後は空に溶けていくような感じですかね。
 
 
ブログのタイマー設定でかなり先の未来の公開予定で遺書を書いていますので、幹部スタッフは遺漏なくできれば頼みますね。
 
大事なのはみんなに優しいことではなく、自分が嫌われても会社の生存率を上げることが大事です。
その為は時に恨まれても、ほめたたえられても、そんなのは一時のことです。
 
人生を振り返ると、自分は様々なことをあきらめて生きてきました。
 
年齢が上がるほど可能性が上がるのは人生と、誰かしらがそんなことを言ってたような気もしますが、それもその通りです。
 
けど、僕は、まぁ、可能性も上がっていますけど、あきらめているものもあります。
これもまた事実なのです。
 
先日も、また、一つ。
 
それも、ま、ええかという種類のものでして執着などはないので、その程度のこととして僕は人生を進んでいくのでしょう。
 
新しいことも始まっています。
ですので、そろそろ、大事な仲間とフロンティアを開拓に行ってきます。
 
楽しみです。次の場所もきっと楽しいと思います。
 

 

 

 

””今日の全体会議。””

 

毎年、同じこと思うなーと思いました。

 

あとは、今年もがむしゃらに働くので、働いてないと役員が思ったら突き上げてきてくださいと話しました。

 

アホな上司は打ち砕くべしですので。

信頼と信用は両輪

年始となりまして、ここ何度か(少なくとも2回は)この話をしているので、ブログに書いておこうと思ったことを書きます。

 

タイトルの通り、信頼と信用は両輪であるというお話です。

 

何かお仕事をさせて頂く際に、まずはお客様から信頼をしていただきます。

 

RRJさんならきっと応えてくれるはず、ここをやってもらえるのではないか?

と、思っていただける。

 

信頼とは、まず、お願いする側から期待されて、頼ってもらえるもの。

信用とは、過去の仕事、行動に対して、信じて用いれると判断していただけたもの。

と僕は考えます。

 

言いたいことは、その期待に(信頼に)こたえてこそ、信用が得られるということなのですが。

 

これがなかなか頭の中で整理整頓できてないことがあります。

 

僕は比較的、他人を信頼します。

ここは性善説で考えますが、信用となると性悪説で考えても大丈夫だとならないと信用までは至りません。

 

期待に応えてもらえるか、で、最終的に、信用に繋がるので、お仕事が終わってないうちから新規の売り込みや予算が欲しいとなると、それはまずいまの仕事しっかりこなしてくださいね。ということになります。

 

じゃないと、関わる人が不幸になっていしまいますので。

 

これを当てはめると、やはり、信頼されてお任せされている仕事が終わらないと、新たな提案やこちらからの提案はなかなか通りにくいと思っています。

 

もちろん、マルチタスクなイメージでお仕事が同時進行することはありますが、それは、過去にたくさんのお仕事をしっかりこなした結果で、信用を得ているから、そのような期待を寄せて頂いて、ご相談いただけるのだと思います。

 

私は特に新規ですとか、最初のお仕事やお願いは大事にします。

最初のお願いをこなせないと未来の期待に応えることができないと思われてしまうからです。

 

ですので、最初のお仕事にしっかり取り組む、そして予算やスキルの問題などもでてきますが、達成できれば、僕としてもこれほどうれしいことはありません。

 

信頼が、信用に代わり、新たな期待が生まれ、信頼していただく。

よくよく考えれば、ごくごく当たり前のことなのですが、これは両輪だと思います。

 

片方だけで頑張ってもその場で円を描くばかり。

 

ですので、信頼はなるべく早く信頼に変えて欲しい。と話しました。

 

これを言われた取引先さんは僕に新規の提案をする前に、いまお願いしている仕事を完成させていただけますと助かります。

じゃないと、僕がただお人よしの、お金出すだけの人になってしまいますからね。

 

滅私想皆

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

去年は、激しい年でした。

 

恐らくは今年もそうなると思われます。

 

昨年は、図らずも、責任をたくさん背負わせていただきました。

図らずも、ではありますが、自分一人で決めて自分一人で経営判断をして背負いました。

 

ですので、責任は僕だけにあります。

リスクも僕がひとりで背負うべきでしょう。

 

よく言えば清水の舞台から飛び降りる気持ちとはよく言われますが、気持ちでは弱い表現なので覚悟というべきだと思います。

言い換えれば、死ぬ覚悟ともいえますね。

 

今年は、滅私ということばを僕の中で大事にしようと思います。
 
人間というのは欲望の塊であると書けば、何様だとなりますが、それ以上の、滅私であると思っています。
 
皆のことを想うためには我はいらないということですが、自分の大事な仲間を守るという一点においてそのように考えていくことも大事な時期だと思っています。
 
まだまだ、先の先に進まねばなりませんので、いま組織としての地盤作りをしっかり行いたいと思います。