20期に突入しました。”15期に突入しました。”
本当にあまり変わってないと言いたいところですが、5年ほど前に止めた全体会議を今年からは復活しようと思っております。
出社からリモートワークに変わったので、大事にしないといけない事、今までおざなりだったことを改めて見つめなおして、大事にしていく必要があるからです。
19周年(20期)に入りました。
会社のニュース記事に文字制限があるようで、全文掲載できませんでしたのでこちらに全文掲載します。
皆様には平素よりご高配を賜り、誠にありがとうございます。
当社は2004年5月6日に創業し、池袋の小さなオフィスからスタートしました。
以来、お客様とのご縁に恵まれ、何とか開発会社としてお仕事をさせて頂きながら、様々なコンテンツの製作・提供などまで幅を広げさせて頂くことが出来ました。
近年ではデザインでもご評価を頂く機会を得ることがあり、スタッフ一同、様々なチャレンジをさせて頂ける環境に心より感謝しております。
開発実績は、お客様のシステムということもあり詳らかには出来ませんが「お客さま期待の大きなシステムの開発」「グローバルを見据えた基盤」「業務効率化を実現するシステム」など共にアイデアを練らせて頂く部分から手掛けさせて頂くこともあり、更には「今後の方向性」などまで共にお話ができるとても幸せな状況となっております。
これもひとえに皆様のお力添えと、ご縁、そして、大きく誇るのは違いますが、経営陣ではなくスタッフが日々のお仕事をしっかりとこなして、お客様と共に日々できる範囲での研鑽を重ねてきたからであると思います。
「会社が違えども喜びを分かち合う」
そんな瞬間を嬉しそうに報告してくれる弊社のスタッフの姿はとても嬉しく、頭が下がる想いです。
また、それぞれの上長が私にまでその声を届けてくれるので、私はその声を知ることが出来、どんなスタッフとも屈託なく話をすることが出来、組織運営をしっかり行うことが出来ます。
報連相は基本と申しますが、それができる中間管理職がいるというのはRRJという組織の屋台骨であります。
これからも共に会社を守るために一生懸命に仕事だけではなく部下の生活も守り育んで行きたいと思います。
今後の社会情勢は不安定な上に大きな変革が起こりえる時期であると思います。
会社の創業者たる橋満克文として、ここ数年で社長は引退して、後進に会社を委ねて参ろうと思っており準備を進めておりましたが、それができるのは代表になりたい人間が自ら志願した時だと思いますし、今までは例外なくそうして参りました。
弊社にはグループ会社が数社ございますが全て代表取締役はなりたいと志願した人間のみです。
しかしながら、今回のRRJグループの中核たる株式会社アールアールジェイの社長交代は、橋満克文が乞うて交代していただこうと考えておりました。
これは後任を予定している小川純平が、共同創業者であることもありますし、人徳もある人間であるからです。
しかしながら結論として、交代を撤回することになりました。(現時点では無期限)
会社の状況については、相変わらず無借金経営ができており、決して悪いわけではないのですが、今後の事を踏まえると、もう少しだけ小さな事業をいくつか立ち上げてきたいという考えと、お陰様で弊社が求められるお仕事が徐々に今までと違って共に悩んで立ち上げるというものになりつつあります。
お客様も弊社も、働き方だけではなく事業構造が多様化する中で、国内、海外を強く意識したお仕事、現状のシステムのブラッシュアップ、将来を見据えつつ小規模ビジネスの立ち上げを共に行うことなど、これからのことを共に進める中で、現場力に力の主軸を置いていきたいと考えた際に、株式会社アールアールジェイの役員陣には今一度、現場を強くこなしていき、会社としての地力を底上げするべきという判断となりました。
会社の寿命は30年という説もありますが、私としては若い世代の人生も考えると、その説については、「そういうことを言う人もいるね」くらいのとらえ方で、我々の自問自答する所の「普通」を実現しながら、スタッフには安心できる会社で、中間管理には、部下の生活を守る行動を、経営陣にが現場での仕事と中間管理の手が回らない部分のカバーを、そして、代表取締役には組織が回るように圧倒的な行動力とスピード感と、視点を持ち、話しに来る人の話を聞き意図を正しく理解し伝え、守るべき人を徹底的に守る行動をとることを旨として進めればと思います。
今期からは、社長を交代するから二代目の判断&現場に良きようにとしてきた部分はではない、若干のトップダウンをしつつ、お仕事に向き合いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
引き続き、当社並びに当社グループをご支援賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
ひとりの人間
社長だからって強いわけでもないし、かといって弱いわけでもない。
自分の後ろには多くの人間がいるのだ、そういう自負があればこそ、弱いなんて事を思うこと自体が甘え。
だから、常に強く、強く。
強くあれたら、やっと初めて、優しくあれるのだ。
自分は、ひとより体力もないし、ひとより賢いわけでもない。
これは謙遜でもなんでもない。
部下より圧倒的に能力は低いし、部下に食べさせていただいてる。
感謝がある。
だから、自分は追い付かねばならないのだ。
せめて部下には。で、ある。
創業当初、才能がないから時間で補って、会社に住み込んで、とにかく足りないところで時間で埋めれるところは時間で埋める。
それを続けてて、起業して7年でやっと、自宅を借りれるようになって、生活は安定してたけどなんかヌルいなぁと思う時もあって。
いま、ちょっとわがままだけど、週の半分くらい、会社に住み込めるようにした。
今は、あの時と全然、状況が違う。
そして、圧倒的に体力が足りない。
無理がきかない。
だから時間で埋めないと無理。
会社への行き帰りの時間をカットして休息に充てる。
経営は一芸ではない。
熟練するものではない。
随時対応、臨機応変と最低限の知識で頑張るしかない。
ひとりの人間が自分の人生を顧みず、他人様のために生きるとしたら、どれほどのことがなしえるのだろうかを確かめてみたいと思ってた。
今も大枠、その考えは変わってない。
ちょっと違うとしたら、他人様ではなく、自分の仲間の為、という部分に変わってきてる感じ。
僕には自分が守りたいと思える人の範囲がおぼろげに見えてきた。
手が届く範囲しか難しい。
そして、お互い様で居られる範囲でしか難しい。
そこが分かり始めてきた。
とにかく顧みず、頑張ってみたい。
これは自分の人生のテーマかもしれない。
答えは恐らくは死ぬ時までわかんないんだと思う。
そして、今が続けばそれで幸せ過ぎるくらい幸せな人生なんだと思う。
今、今、今。
それを大事することを、なぜか知らぬ間に忘れてしまい、そして、なぜか、当たり前になる。
卑屈になる必要はない。
いまあることに、心の中でありがたいなぁと思うだけでいい。
ありがたい状態を続けたい。
感謝は言葉で示すだけでは足りない、行動で示す必要がある。
その為には、僕が、安全地帯でぬくぬくしてれば、誰かにそれを逆手に取られかねないから、自分が自分に対して一番厳しくあらねばならないのだと思う。
そんな強迫観念みたいなものは、20年近く、全く消えない。
人のことを思って生きてれば、大体のことは何とかなると思っているけど、それだけだと現実に追い付けない。
悪意に引きずられたとき、必ず自分以外の人に迷惑がかかる。
優しく生きるには必ず、強くなければならないし、付け入れられてもならないのだと思う。
だから、優しく居続けるのは難しいなぁと思う。
自分がいる場所に自信があれば、それだけで大きな安心が生まれる。
その安心感を維持できる人間でありたいと思い続けて、まもなく今期も終わる。
安心していてください。必ずサバイバルをし続けます。
そう、みんなに伝えて進んでいきたい。
決算の時期なので、考える仕事が多くなってきて、相変わらずバタバタ。
それでも、やはり、自分はどこまで先の先まで進めるのだろうかと思う。
そして、体力的に疲れることはあれど、心が疲れることだけは、自分には許さないのだと思う。
社長引退に向けて
まもなく、期末に突入します。
本当に毎年毎年、この時期は色々と気持ちがさわさわします。
決算の数字が見えていればいいのですがまだ、見えてないというのが実情で、いつもギリギリまでわからないんですよね。
想定外のことが起こりまして、自分は社長はそろそろ退任することになるかなぁと思っております。
それまで、もちろん会社を経営し続けることが大事なのですが、このペースですと60歳で会長も引退となりそうです。
創業当時、50歳で社長引退、会長5年、55歳で引退というのが予定でしたので、創業当時の予定通りになったともいえるのですが、やっぱり5年延長って話してたので、更に元に戻る感じです。
5年ズレるとちょっとなぁと思わなくもないのと状況により色々と変わると思っております。
むしろ柔軟に考えていくべきだと思うのでそれもいいかなと思います。
そんなこともありまして、社長は代替わりなので、社長とは?みたいなことを割と最近よく考えております。
社長とは?と考えるときに思うことを箇条書きで書くと。
サービス業で、社員が働きやすいサービスを提供すること
納税と給与の支払いを行うこと
状況が悪いときは、従業員に包み隠さず、自分の不能を詫び、会社の状況を伝えて方向性示すこと
失敗はどんな小さなことでも失敗と認め謝罪すること
責任に対して逃げないこと
会社の経営ができるように勉強をしつづけること
従業員を働かせて、安全地帯で権利をむさぼることをしないこと
会社の失敗は自分の失敗で他人のせいにしないこと
鬼にもなれること
時に恨まれても会社の為にならない人をクビにすること
自分の会社の従業員が何事においても優先であること
いったことは守ること
役職に使われないこと
自分だけは別格みたいなアホにならないこと
言行一致していること
就任した瞬間に自分の社長としての終わりを決めておくこと
社長なんて誰でもなれるのでそれが続けられないと何にもならないのだと思います。
なにがどうあれ、会社の経営を、うまくやっていかないと従業員が困るわけで、守れなくなるのが一番の悲劇だと思います。
良いことも悪いことも片耳だけで聞いてもダメだけど、良い情報はあまり大事でもなく聞きたくもなく、悪い情報こそちゃんと聞いて、物事の分別を自分なりにしてきたから、会社を何とか続けられている気がします。
僕は、社長は孤独であると思いますが、そうでもないと思います。
そもそも従業員、管理職と、新入社員とも雑談できるくらいの距離で居させていただいてるし、理想とか志とか目標とかを話して響き合いながら、一緒にいるので。
だからみんなで力を合わせられるのだと思います。
今期(4月末決算)も本当にありがとうございますと思いつつ、社長で居させてもらえてるこの時間を僕なりに一生懸命、頑張ろうと思います。
僕は雇われ社長ではないですし、誰も肩を叩いてくれません。
オーナー企業だからこそ、社長は自らやめるべきなのだと思います。
仕事ではなく責任に向き合ってきた結果。
創業当初に想定した通りになるのはこれ幸いなりです。
オーナー社長の自殺とも思えるこの行為ですが、従業員の為にそこまでできるのは良いことだと思います。
僕が守りたいのは従業員のみんなだし、僕の無能や忖度に巻き込まれて連鎖倒産なんてことにならないようにしたいと思っています。
会社は何があるかわかりませんが、オウンゴールだけはしないように頑張ろうと思います。
最後は、ドラゴンボールの孫悟空の死に際みたいに、じゃ!といって一瞬で僕はフリーターなり無職になるのが理想だなと思います。
”雑感をつらつら。”
1年くらい前に書いた記事。
人それぞれ考えも経営の考えもあると思います。
僕はこの考えという感じです。
ひと様には、なるべく迷惑を掛けないで、頑張っていきたいと思います。
「人生の大事なことは他人から告げられる」とは、銀河英雄伝説のユリアンという人物が言った言葉。
本当にそうだなぁと思います。
だから自分と分かり合える人を大事に進んでいくのがいいのだと思います。

自分の自分の自分
自分は自分である。
それは当然だけど、プライベート、ビジネス、外出先、などなど。
自分の中で自分の種類はたくさんいる。
全て自分だから、逃げられもしないし、最後まで自分。
押し問答のような屁理屈を言っているようだけど。
自分の間に、他人様がいるのだ。
僕はあまり裏表ない方だけど、極度の人見知りである。
そこは自分でも自覚してて、だから、自分がアウェイだと思ったら、そそくさと帰ってしまう。
橋満さん知らぬ間に居なくなってた、みたいなことは学生時代から変わってない状況で、知らぬ間に居なくなれるほど存在感がないのである。
「空」の境地という話を先日、ブログに書いたけど。
自分はそこからあまり変わってない。
受け身でふわっとしてて相手次第。
人により態度も変わっているようにも見えると思うけど、そうでもなく、空っぽなだけなんだと思う。
僕は、自分の会社のみんなを守りたいだけで、それが自分の中で普通なので普通にしてて、仕事の責任からも逃げないのが普通なだけで、そのままなんだけど。
そういう人間は時として正論過ぎて怖いみたい。
けど、それも自分の自分なのだ。
橋満さんらしい決断、と役員に言われることもある。
弟に兄貴は何も変わってないな、と言われることもある。
こんな音楽が好きなんですね。
とも言われる。
僕は当たり前だけど人間だし。
それが自分にとって自然なこととして対応しているに過ぎない。
自分の自分の自分
自分他人自分他人自分・・・・
他人にサンドイッチされた自分は、全て自分だけど、それぞれが違う自分。
だから僕はまだまだ、ブレブレで空っぽで、あと、自分らしさを探しているのだと思う。
”信頼と信用と能力”
自分の過去に書いた記事に対して感じることは。
「あまり、僕は変わってないなぁ」ということです。
変化することは大事な事ですが変わらないことも大事な事。
最近は相談事も比較的に頂くことがありますが、僕は大体、二番目に相談されることが多いなぁと感じています。
僕に相談する前に最初に相談していた人の信頼に応えきれてないのではないか、と伝えることがあります。
僕も偉そうなことが言える人物ではないかもしれませんが、それでも、やはり、お伝えしなければならないのは、「甘えるな」ということ。
現時点の失敗も認めず、行動も変えず、では、誰も反省していると持ってくれないですし、実際に反省してないと思います。
「運が悪い」
「今までの自分は悪くなかった」
このメンタリティーでは、結果、環境のせいにしているだけになります。
また。
「やる」「できる」と言葉にしたことは完遂して貰う必要があります。
未完遂では、約束を守らないと思われても致し方ありません。
助ける気にもなれませんし、助けない。
僕には財産があるようでないようであります。
それは、仲間がいることです。
お金ではなくこれが財産です。
僕の仲間の定義は裏切らない事。
そして、共にならびたっている(自立している)こと。
僕は穏やかに見えて苛烈です。
経営者として共にならびたっているという前提として話すので、経営者からの相談事には特に苛烈です。
僕は失敗を宣告する係でもなければ、助けるエンジェルでもないですので。
信頼を信用に変えてくれる人としか仲間にはなれないんですよね。
成功はひと様が決めてくれる。失敗は自分で決める。
最近、悪い話題が多い。
それもめちゃくちゃ多い。
不況の足音が聞こえてます。
決まって運が悪いといわれる。
そして、未来のいい話をする。
短期的レンジの成果を大成功といって次の呼び水を呼び込もうとする。
つまり金貸してくれ話が多い。
そんな話をしている中で、いつも思うのが。
君ら景気良さげに、自分達は大成功したと言ってきてたじゃん。
といいたくなる。
成功はひと様が決めてくださるものだと思います。
ですので、人様に言われる前に、自分で成功したと誇った瞬間に、成功は失敗だと私は考えます。
なぜそうなるかというと、成功の定義が、人それぞれだからなのです。
だから、成功の定義を自分でできるレンジまで、殆どの人はたどり着けないと思います。
だれが見ても大成功という時は、「お陰様で上手くいきました」程度が言えてせいぜいです。
必要以上に謙虚になる必要もないのですが、合意形成と情報共有が出来てない時、良い情報しか耳に入らなくなりますし入れてもくれなくなります。
そんな程度の風通しではいい事しか言えなくなるのものです。
更に悪いことに誰も言ってくれなくなれば、重箱の隅から、わざわざいい情報を探しだします。
しかし、どんな時もサイレントマジョリティーという言葉があるように物言わぬ大多数がいます。その人たちがどんな気持ちでいるのか、どんな想いでいらっしゃるのかは想像しなければなりません。
かくいう私も想像力が足りてません。
ここで自分のそうだといって安心している風に見えてしまったらそもそも僕は大失敗中です。
常に厳しい批判や状況を想定して、反省すべき点を突き詰めて、何とか、いい点を少しだけ掬い上げることが出来ます。
ですので、成功はひと様が決めてくださいます。
それも半分は愛想が込められてると思っていいと思います。
そして何より、失敗はひと様だけではなく、自分でも決めないと、反省を得る機会すら失われます。
振り返れば、毎年毎年、失敗のなかった年なんてなかったですし、失敗だらけで敗北だらけ。
良くて、トントンと言えましょう。
だからこそ、勝って兜の緒を締めよなんて生ぬるいくらいに、頑張らねば、自分達は失敗に失敗を重ね続けます。
失敗をみぬふりして1度でも上書きするとその失敗に関わる反省点、工夫点は二度と失われます。
成功は上書き出来ても、失敗は上書きした時点で、失敗の流れを作り上げてしまって失うものだらけ。
岡本太郎先生の名言
2023年以前の話と今年の話
年末年始はコロナ陽性となりまして、寝込んでおりました。
体調は大丈夫なのですが、体力が下がっていたんだなぁと改めて感じました。
さて、一昨年くらいからあまり語らず起きたことを、書いておこうと思います。
社名とか詳細はぼやかせます。
2021年
(1)株式会社アールアールジェイのグループ会社設立(代表取締役は僕)
(2)関西中心に倒産した会社の従業員(30名)と取引先すべての権益を守るため、引き受ける。
(3)シナリオ制作会社の某社、弊社のグループ会社になってくれる
2022年
(4)完全子会社のゲーム会社設立(僕は代表取締役社長ではない)
倒産した会社の従業員、自分達で自分たちのことはできるということで、独立したいということになり。独立を承認。
100%株式会社アールアールジェイから仕事を渡して、現在に至る。そろそろ自力で頑張る時期だと思います。
(5)2社ほど、グループ会社に加入希望ありですが、橋満個人が株主としておきました。
という感じで色々と動いてるなぁという感じ。
子会社といっても僕は基本的には経営に関与しません。
全ての責任は代表取締役に帰するので、それでいいと思っています。
成功しても失敗してもそれは自分たちの責任であり、納得してもらうためです。
今年は、ガタイだけ大きくなってもあんまり意味はないですし、仲間同士助け合えるように関係値を構築していく予定です。
さて、2023年どうするかということなのですが、
なんでこんなことわざわざ書かないといけないのかというと、自分達のことをちゃんと語らないと、人様から軽く扱われるということが増えたからです。
御社のような規模の会社にはわかって貰えないかもしれませんが、とここ数か月で、新規取引先さんから何度かよく言われるなぁと思ったのですが、我々は当然のこと無名の会社ではあるのですが、それにしても何をもって規模というのかなぁと思うことも多くて。
お仕事の依頼も数十万円で、正直、僕らからしたらボランティアなのですが、相手は支払ってやっている感すごくて。
はぁ?と僕が言わないといけないシーンも増えております。
売上、人数、そういったものが規模として言われているのかなぁと思ったのですが、どうも違う。
我々にそういってきた会社さんはHPに公示されていたので分かったのですが、弊社の売上と人数は半分でした。
となると、知名度というものが会社の規模というものに組み込まれてるのだなぁと思うのですが、知名度というのもなんとも良くわからないものですし、そもそも、お互いそんなにかわらないでしょうと思いました。
やっている仕事の規模?
そんなのはわざわざ、公に言う方が変ですし多くの会社はいいませんし、言ってどうするの?と思います。
そうでなければ、僕が現場に出て率先垂範しているのが、なめられる原因であろうと思います。
笑顔で接しているので、なめられちゃうんだなぁと。
とはいえ、僕が言いたいのは、つまりは、相手が失礼であるということです。
そんな相手の相手を部下にさせるのは個人的にはNGなのと部下が疲弊した時に、法律面で相手とちゃんとビジネスのやり取りはさせて頂きますがそれでも部下嫌な思いをしたままですからね。
新規取引先であれ、なんであれ、失礼な人には頭をさげるいわれもないし、利益で黙らせてみろといいたくもあるけど、う
ちの会社、お金だけで動かないという伝統があるので。
(巨額の受注規模を誇る体育の祭典のお仕事を、相手が失礼という理由で断りましたので)
それはそれで無理筋かなぁと思います。
というわけで、2023年は失礼な奴を相手にしない年、、、、、、
言葉を変えると、
自分達を大事にしてくれる取引先と取引をして行く年
にしようと思いました。
代表取締役社長
代表取締役社長
名前は、カッコいいけど、誰でもなれる。
続けることがすごく難しいのが企業で、社長業だと思う。
ハイリスクハイリターンみたいなものでもない。
時と共に、普通に構えて進んで行くものだ。
周囲に認めて貰えて初めて名実伴う社長になれるものだと思います。
僕はいま社内で社長として認めてもらっているのは、実力ではなく。
社内で一番、みんなのことを思って行動していて、
社内で一番、実力不足を、休みを潰して埋めていて、
社内で一番、新しいものに取り組んで行動して
社内で一番、安全地帯もない状態で、責任に対して、逃げないでいるからだと思います。
また、名誉欲や、虚栄心などは、感じても持たず、こだわらず、そして、自分の名誉欲は全て部下を目立たせる行動に繋げて、自分は目立たず、主張もせず、部下のミスは自分のミスで、自分のミスは自分のミス。
成功は全て会社のもので、自分のものではないとわきまえて、自分が目立つチャンスがあっても固辞する。
会社を目立たせることにこそ全力を傾ける必要がある。
19年、会社を経営をなんとかさせていただき、幸運にも、会社の規模も少しだけ大きくなり、幸運にも会社を何社か経営するに至り、自分はいま、責任を取るための存在として代表取締役社長という職業はあると思うに至っています。
自分は「空」の存在ではあるけれど、責任というものに対しては逃げることはしない、代わりに責任ある立場の人間に対する厳しさも愛情も持ち合わせて、本気で指導したり、本気で助言したりさせていただいている。
今は、もちろん求められたとき、かつ、とても時間を使うので相手に対して、言葉を受け入れてくれると信用に足る人にのみ(信頼ではなく信用)そんな話をさせて頂いている。
「地侍であれ、大名みたいに振舞うな」とは、ある会社の社長さんに助言した時の言葉の一説。
たしか大河ドラマを混じえて武田信玄の村上崩れを話しつつ、伝えた。
その会社は、上場企業のように会社の組織を作り、上司がいかに働かないかに特化してしたので、そうお伝えした。
つまり社長がちゃんと働いてないのが一番よろしくないと伝えました。
また、別の会社の社長に、
「どうしてそんなに何台も車を持ち、加えてバイクまで何台も持つ必要があるのか?」
と質問をした。
その人は外車を3台、バイクを2台持っていた。経費について話した時。
「部下が、自分にあこがれて仕事を頑張ってくれると思うから」
「どうして僕をこのような政治家が行くような高級な店で相談するのか?」
「あなたといると安心するから」
と方向違いの答えが返ってきた。
1年以内にその会社はなくなった。
代表取締役の勘違いが倒産の原因だと感じた。
そんなに偉いのかな?代表取締役社長とは。
と、思い続けて今がある。
一番、働くから、代表取締役社長なのではないのか?
僕は常に自分に問いかけ続けている。
責任が重たいのは当然、そして、プレッシャーもあるのも、人生をかけないといけないのも当然のことでそんなことは息を吸うのと同じくらい自然な考えなので意識もしない。
その上で、必死に働き続け、スキル不足を時間で埋めて、それでもなお効率を求めて動き続けることこそ、自分の代表取締役社長像である。
自分が偉いとか、自分だけは大丈夫とか、自分は構わないが出た時点で、一瞬で、おしまい。
そして、不安があるとすれば、それは、僕がそのままの考えで生き残れるわけではないので時代というか、状況に合わせて柔軟に考えをうまく変化させていかないとならないということ。
天地人
戦略戦術戦闘
自分の師匠の言葉は今なお重く、足元にも及ばないので、これからも反復して進むしかない。