伊達と酔狂とロックンロール!RRJ橋満克文のブログ-株式会社アールアールジェイ-
 

伊達と酔狂とロックンロール!

株式会社RRJ  橋満のブログです。

人生は旅、どうせ行くなら笑いながら行こうよ。

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代表取締役社長

代表取締役社長

 

名前は、カッコいいけど、誰でもなれる。

 

続けることがすごく難しいのが企業で、社長業だと思う。

 

ハイリスクハイリターンみたいなものでもない。

時と共に、普通に構えて進んで行くものだ。


周囲に認めて貰えて初めて名実伴う社長になれるものだと思います。

 

僕はいま社内で社長として認めてもらっているのは、実力ではなく。

 

社内で一番、みんなのことを思って行動していて、

社内で一番、実力不足を、休みを潰して埋めていて、

社内で一番、新しいものに取り組んで行動して

社内で一番、安全地帯もない状態で、責任に対して、逃げないでいるからだと思います。

 

また、名誉欲や、虚栄心などは、感じても持たず、こだわらず、そして、自分の名誉欲は全て部下を目立たせる行動に繋げて、自分は目立たず、主張もせず、部下のミスは自分のミスで、自分のミスは自分のミス。

成功は全て会社のもので、自分のものではないとわきまえて、自分が目立つチャンスがあっても固辞する。

 

会社を目立たせることにこそ全力を傾ける必要がある。

 

19年、会社を経営をなんとかさせていただき、幸運にも、会社の規模も少しだけ大きくなり、幸運にも会社を何社か経営するに至り、自分はいま、責任を取るための存在として代表取締役社長という職業はあると思うに至っています。

 

自分は「空」の存在ではあるけれど、責任というものに対しては逃げることはしない、代わりに責任ある立場の人間に対する厳しさも愛情も持ち合わせて、本気で指導したり、本気で助言したりさせていただいている。

 

今は、もちろん求められたとき、かつ、とても時間を使うので相手に対して、言葉を受け入れてくれると信用に足る人にのみ(信頼ではなく信用)そんな話をさせて頂いている。


 

「地侍であれ、大名みたいに振舞うな」とは、ある会社の社長さんに助言した時の言葉の一説。

たしか大河ドラマを混じえて武田信玄の村上崩れを話しつつ、伝えた。

その会社は、上場企業のように会社の組織を作り、上司がいかに働かないかに特化してしたので、そうお伝えした。

つまり社長がちゃんと働いてないのが一番よろしくないと伝えました。

 

また、別の会社の社長に、

「どうしてそんなに何台も車を持ち、加えてバイクまで何台も持つ必要があるのか?」

と質問をした。

その人は外車を3台、バイクを2台持っていた。経費について話した時。

「部下が、自分にあこがれて仕事を頑張ってくれると思うから」

「どうして僕をこのような政治家が行くような高級な店で相談するのか?」

「あなたといると安心するから」

と方向違いの答えが返ってきた。

1年以内にその会社はなくなった。

代表取締役の勘違いが倒産の原因だと感じた。

 

そんなに偉いのかな?代表取締役社長とは。

と、思い続けて今がある。

 

一番、働くから、代表取締役社長なのではないのか?

僕は常に自分に問いかけ続けている。

 

責任が重たいのは当然、そして、プレッシャーもあるのも、人生をかけないといけないのも当然のことでそんなことは息を吸うのと同じくらい自然な考えなので意識もしない。

 

その上で、必死に働き続け、スキル不足を時間で埋めて、それでもなお効率を求めて動き続けることこそ、自分の代表取締役社長像である。

 

自分が偉いとか、自分だけは大丈夫とか、自分は構わないが出た時点で、一瞬で、おしまい。

 

そして、不安があるとすれば、それは、僕がそのままの考えで生き残れるわけではないので時代というか、状況に合わせて柔軟に考えをうまく変化させていかないとならないということ。

 

天地人

戦略戦術戦闘

 

自分の師匠の言葉は今なお重く、足元にも及ばないので、これからも反復して進むしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

余裕ぶらない、困った時は困ったという。

人生には色々とある。

 

だから、あんまりやせ我慢は良くない。

状況を悪くするだけ、だから困ったら、困ったと言うべき。

 

だから、困りましたと、私はちゃんと言うようにしてる。

恥ずかしいけど、それも大事な事なのだと思います。

 

余裕ぶっていたい気持ちもあるし、そうじゃなきゃ保てないものもある。

 

けど、それって、その手順で手に入れた物事はそこから更にきつく厳しくなる。

 

いっかい、ちゃんと、無理というときは無理といって、ごめんなさいして、仕切り直しが大事だと思います。

 

なんでこんなことを書いているかというと、最近はちょっと色々なことから、「離れる」時期が来ていると実感しているからなのですが、それがなかなか言語化できない。

 

自分の存在がどうとか、相手にとって会社がとか、ふとそういう風に考えてしまうのが、とても傲慢なものに感じるようになっていて、これでは僕は良くないなーと思ってしまいます。

 

離れるというのは、一見、マイナスなワードのように思えるかもしれませんが、今年のテーマ―は「滅私想皆」なので、流れとしては間違えてないように思われます。

 

ただ、見守るというのとも違ってて、相手に対して、自分のできることはない、それはとてもめでたいことなのだと考えれるような境地に行かねば、自分の存在がまた、知らず知らずのうちに出てきて、また、自分が傲慢であると、自問自答が始まるので、それが本当に無限のループなので、自分の現状と、内面とで息を合わせて離れることが大事な事だと思います。

 

離れることで、一番わかることは、責任の範囲。

責任がある範囲とない範囲もそれぞれでふわふわしていた場所が、綺麗にではないかもしれませんが明確になってくると、それはそれで気楽だとうなぁと、思ったりもしてて。

 

最近は、そういう時期に来たかなと思ったりしていまっす。

 

見守るとも、任せるとも違う、離れる行為というのは、自分でも経験したことがないことで、それを言語化できるとも思えない。

 

悲しくもなく、辛くもなく、嬉しすぎることもなく、気楽すぎることもない、この感覚は、何なのだろうかと思えてくる。

 

松田優作が死の間際に「空」ということばをよく使ったとか、テレビで見たことがある。

 

自分は、そのテレビを見ながら、ただただ、「一定」でありたいと思っていたのを思い出した。たしか中学か高校の時だと思う。

 

そのころから、そもそもが、すぐに連絡が付くとか、繋がるとかそういうのは好きでもなく。

人に何かを決められるのも好きではなかった。

 

そして、その煩わしさから離れていく方向に、徐々に、大きな弧を描いて、進んでいたのだなとさかのぼって考えると思う。

 

会社は私が居なくとも回る。

発展もできる。と思っている。

 

あとは、何ができるかを思うと、残された選択肢は僅かだなと感じる。

 

今の僕の心境は、嵐の前の静けさではないというのだけはわかるので、一定であり空の境地で、そして、何を偉そうにと言われてもそれも空を切るように心に波風を絶たすこともなさそう。

 

 

 

55歳以後の想定

橋満さん、引退してどうすんの?

 

って質問がちょいちょい来るのでありがたいのですが、ちゃんと伝わってない気もしてて。

これはちょっと書いておこうかということ、書きますと、、、。

 

 

僕は、どんな仕事も続けることが大事で。

続けていると見えてないものが見えてくるのでそこが大事だと思っています。

 

だから、辞めるのか?といわれると、まさに、そう。

 

続けるためには創業者といえども、去り際を考えておかねばならないと思います。

 

実際は決算の兼ね合いもあるので、

55歳ではなく、56歳の4月末で代表取締役社長は辞任と思っています。

(思っていますという表現は嫌いなのですが、そう書いているのは変更の可能性が常にあるからです)

56歳の5月1日から会長として、5年。

僕は現在、グループ会社を複数経営しているのと、1社はオーナーなので会長となっても編ではないかなと思うのですが。

 

ただし、それは、あくまで、それぞれの会社が続けば、であります。

ですので、明日の仕事を真面目に誠実に、頑張りぬくだけだと思っています。

 

また、会社を続けるためには、次の経営者と、その次の経営者を育てておかないと僕には安心することなんでないですし、会社の皆が困ったことになるので、そこの責任をちゃんと果たしたい、それが、会社を続けるためには必要なことだと思っています。

 

僕の中では、次の社長の次まで決めていて。

四代目のことは、後継者の誰かが、決めてくれていいと思っています。

 

僕は60歳になったらフリーターになり、一度、様々な仕事をしたいと思っています。

また、時給で働くことの大変さを改めて実感したいと思ってます。

 

そのあと、僕が老害になっていないなら、もう一度、株式会社アールアールジェイで雇用して頂けるかを、相談したいと思っています。

 

最後は自分で自分をリストラするのが夢なんですが。

それも含めてすべて後輩に残せる形式を整えておきたいと思っています。

 

また、創業当初は、50歳で代表取締役社長は辞任という予定でしたので、5年ズレています。

 

何でもかんでも最初に決めた通りにはならないと思いますので、朝令暮改も大事ですが、ここからどうなるかもまだわかりません。

 

あくまでもそうなれたらいいな、と思っていることを書いていますが、いつか人はいなくなるので、その道筋を責任ある立場の人間は立てておくべきだと思います。

 

必ず、権限を持つ人間の腐敗を防止しないといけませんし、そうする予定です。

自分の今の立場で見ていても、老害には目も当てられませんので、自分は絶対にそうなりたくないです。

 

これから、僕が経営を直接教える人は限られますが、いまそばにいるなるべく多くの人に、何かしらのことは教えていけると思っています。

 

中小企業の代表取締役は、実力でのみ引き継げるものだと思います。
実力とは、実績に他なりません。
何を成せたのか。そして、何を成すのか。
それが大事です。

じゃないと、部下がついてきませんし、会社なんて一瞬でぶっ潰れます。

社長になるのがゴールではないので、その点はこれからも、本当に大事にしてもらいます。

 

 

 

”個人主義か連帯責任主義か。”

 

なんか偉そうなこと書いていますけど、本当に真理ですね。

 

代表取締役は全ての責任を背負うので命令ができるということもであると思います。

そして従業員は命令を受けて動いてくれるかどうかは、僕自身の姿勢が大事です。

 

そういうもんだと最初からわかっていたので、別に孤独とは思ったことないんですが。

 

孤独を友として、憂鬱な浮世を、体裁にとらわれず進むしかないのですが、信なければ立たずですので、結果は全部、自分が引き受けないといけないことになります。

それは全てにおいて共通することだと思われます。

 

会社が好きだとか、仲間意識であるとかは、給料を支払ってるからこそ、成立することですし、給与だけではなく支払いが、足りなければ借金経営してでも払うか、リストラするのも代表取締役の職責ですからね。

誰かのせいにはならないので、それもまた、事実。

 

以前、僕も借金経営していた時期がありまして、ホントに嫌な気持ちでいましたので、もうやりたくないです。

 

結果、どうやれば出来るのかを常にもんもんと考えながらも進むことが大事だなと思います。

 

僕の後ろには、僕ついてきてくれている従業員がいて、家族が居て、だからこそ、僕も一生懸命に無限に働かないといけないのだなと思います。

 

率先垂範こそ、社長のあるべき姿ですといえば、反論もあるでしょうけれど、最初に切り拓くという宣言をするだけではなく、行動できる人にこそ、人は付いてくるのだろうと思います。

 

こう書いているうちに、自分の甘さ、弱さの自覚が強くなります。

あと老害にならない自身もなく、いま自分が老害ではないと思っていること自体が老害なのかもしれません。

 

人は大事なことは言ってくれません。

だからこそ、僕は最後には自分で自分ことをリストラするのが夢なのです。

 

 

まぁ、黙れ。

最近、ペットのシェルター活動をされている方に寄付してる。

 

こういうことは黙ってやることだと思っている。

 

特に、世界的にデカいことが起きると、今まで困っていた人たちの声が小さくなる。

 

けど、もともと、声が小さかったり、そもそも言葉が話せない動物の声はなかなか届かない。

 

だから、寄付して宣言してる。

 

そういうの、もう、必要なことだと思うことにした。

 

だから、偽善者だとか言うやつらは、まぁ、黙れ。

 

 

 

 

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