ブログ“ローゼンホーマ”

ブログ“ローゼンホーマ”

最強アラブの1頭に挙げられるローゼンホーマと福山けいば、あとは戯れ言。

① S56/4/4(土)

【 8R / 天候:雨 馬場:不良 】 C1 1600m
1着 フロイド [牝6・54・藤尾] 1.48.3

2着 ハナノカリム [牝5・54・吉井勝] (0.8)

3着 トモタカフジ [牡9・54・桧山龍] (0.5)

【 9R / 天候:雨 馬場:不良 】 新緑賞 [B3] 1800m
1着 アレンホープ [牡6・55・藤井勝] 2.00.3

2着 センジユツバキ [牝5・54・藤尾] (0.7)

3着 オバラハヤト [牡7・54・神原] (0.3)


② S56/4/5(日)

【 8R / 天候:曇 馬場:不良  】 B2 1600m
1着 マウントアロー [牝6・54・藤尾] 1.47.5

2着 シヨウマイムサシ [牡6・55・藤井勝] (0.1)

3着 ベルダンホース [牝6・54・高本敏] (0.2)

【 9R / 天候:曇 馬場:不良 】 第8回福山ダービー [4歳] 1800m
1着 ウインホープ [牡4・54・高本敏] 1.59.9

2着 ビソウチヤイナ [牡4・54・那俄性哲] (0.9)

3着 スカレーテンリユウ [牡4・54・藤尾] (0.2)

4着 エキサイトホース [牡4・54・吉井勝] (0.1)

5着 ナドラリンボー [牝4・53・渡辺勝] (0.4)

6着 マルイエース [牡4・54・神原] (0.4)

7着 ヒユウガヤマト [牡4・54・桒田晃] (0.7)

8着 クイーンダンク [牝4・53・桑田忠] (0.4)

9着 セコセンジユ [牝4・53・藤井勝] (0.0)
10着 カネタケヒリユウ [牝4・53・荻田] (0.5)



③ S56/4/6(月)

【 9R / 天候:晴 馬場:不良  】 B1 1600m
1着 ホワイトシーザ [牡6・55・北野] 1.46.4

2着 ハイエイコー [牝6・54・桒田晃] (0.6)

3着 ヤマトイチバン [牡7・54・吉村] (0.5)


④ S56/4/11(土)

【 9R / 天候:晴 馬場:不良 】 A3 1800m
1着 ミオアサフジ [牡7・54・藤井勝] 1.59.9

2着 アギラス [牡5・55・吉井勝] (0.4)

3着 ヒノカミエース [牡7・54・藤尾] (0.1)


⑤ S56/4/12(日)

【 9R / 天候:曇 馬場:良 】 第15回福山桜花賞 [A1] 2250m
1着 テルステイツ [牡5・57・宮岡] 2.34.7

2着 ウインマロツト [牡7・52・神原] (0.7)

3着 ハヤブサホマレ [牡8・55・藤尾] (0.6)
4着 アサリユウパール [牝7・57・黒川幹] (0.2)

5着 オーギセイハ [牡7・56・吉井勝] (0.6)

6着 スカイレデー [牝7・53・桒田晃] (0.6)

7着 トシホース [牡8・53・田代] (0.2)

8着 ゼンオーイン [牡7・54・藤井勝] (0.4)

9着 ハタカゼスター [牡7・52・吉井昭] (0.0)

10着 キリータイシヨー [牡8・53・那俄性哲] (1.4)



⑥ S56/4/13(月)

【 8R / 天候:曇 馬場:良 】 広島県競馬振興会会長賞 [C2-11組] 1600m
1着 カブロギオー [牡6・55・吉村] 1.46.6

2着 クニノパワー [牡5・55・吉井昭] (0.2)

3着 アレンホマレ [牡5・55・高本敏] (0.3)

【 9R / 天候:曇 馬場:良 】 A2 1800m
1着 ホワイトタマガワ [牡6・55・桒田晃] 1.59.5

2着 フジヨシマサ [牡8・54・吉井昭] (0.0)

3着 ダイコクスカレー [牡6・55・宮岡] (0.0)

 

 

 

 

昭和56年度の開幕開催、ヤナイエースが去ったあとの主役を張る2頭が前後半のメインに登場する、豪華番組・豪華メンバーに彩られました。


まずは福山ダービー。

当日の入場者数は、13,130人(53年)→12,269人(54年)→11,007人(55年)と、千人前後の減少が続いていました。

事務局としては大本命ウインホープの快勝劇に期待するファンの来場を心待ちにしていたと思いますが、3年連続となる雨馬場にファンの出足が鈍った面はありつつ、当年度も減ってギリギリ大台キープの10,211人でした。


せめてレースは熱い戦いを!と腕撫す精鋭たちの先頭を切らんとするのは、ここまで負けなし10戦10勝のウインホープ。

ステップレースの弥生賞(のちのキングカップ)が降雪により中止となったことで、調整に狂いが生じたのではないかと見る向きもありましたが、それでいて単勝オッズは1.4倍ですから、絶対的な支持を受けていたと言ってよいでしょう。

牝馬限定のクイーンカップを制したセコセンジユ、若駒賞でウインホープに食い下がったマルイエース、ここまでウインホープに対し最も善戦してきたスカレーテンリユウが次位とされました。


レースがスタートすると、大外10番枠からセコセンジユが先手を取り、スカレーテンリユウが2番手、そしてウインホープが3番手。

雨で馬場が締まったこともあり、淡々と流れながらも速いペースに。

ウインホープが向正面で一気に加速し、セコセンジユは第3コーナーまで粘ることもできず早々のギブアップとなりました。

先頭を奪うとあとは独走一途のウインホープを追って、後続も次々とセコセンジユを交わしていきます。


2番手を死守するスカレーテンリユウに、外からマルイエース、中を割ってナドラリンボー、内を突いたビソウチヤイナと、中団待機勢が一気に詰め寄り、さらには直線に向いて後方待機のエキサイトホースも大外強襲。

大激戦となった2着争いは、ゴール前10mでビソウチヤイナがスカレーテンリユウを捉えて手中にしました。

7番人気の伏兵を2着に持ってきた那俄性哲也騎手、さすがは大型新人といったところでしょうか。


これで11戦11勝のウインホープ。

園田・楠賞全日本アラブ優駿へは、堂々の本命での挑戦です。



後半週は、福山桜花賞。


前年はヤナイエースが圧巻のレコード更新で連覇を成し遂げましたが、ヤナイエースはすでに岩手へ去ったあと。

スターホースとしての座を継ぐ馬の誕生が心待ちにされるところですが、2月のスプリンターカップでヤナイエースを破ったテルステイツがその最有力候補と言えるでしょう。

アサリユウパールとハヤブサホマレもヤナイエースを下して勝ったことがありますが、2頭とも衰えが見え隠れする状況からも、充実の5歳を迎えたテルステイツには一層の期待が集まります。


ヤナイエースとともに時代をリードしてきたミスタマキが前月をもって引退したことにより、快速で鳴らす馬が1頭減った中での先行争いは、テルステイツには手ぬるいものだったに違いありません。

好位追走からひと捲りで決着をつけ、王座奪取を高らかに宣言したのでした。

 

 

 

 

地方競馬について、売り上げということなら今が最盛期と言えると思いますが、人気ということなら間違いなく昭和40年代であったでしょう。

そうなると、その狭間にあるといえる当年度のころというのは、どうだったのでしょうか。


福山競馬場については、すでに売上の減少傾向を数年来続けていました。

しかし、傾向としては「ジリジリ」という感じで、売上を伸ばしている競馬場もあれば減らしている競馬場もある、そんな中では特別目立ったものではありませんでした。

ところが、当年度はいよいよ目に見えてハッキリと減少してきたと言えるようになったのです。


たとえば、正月の大一番、福山大賞典。

昭和55年度の第16回は、ヤナイエースというスターホースの存在が大きかったでしょう、1億2,684万7,000円の大台越えを達成しました。

ところが、当年度の第17回は、テルステイツ vs ウインホープの名勝負が繰り広げられたにもかかわらず、6,203万1,900円にまで落ち込んだのです。


まさかの「半減」には、関係者も大ショックだったはず。

こうなると、マスコミは厳しい論調で売上げ減を報じるようになり、市民の目も冷たくなっていきます。


ただ、ここをこらえるための力になるであろうスターホースたちの流出と後継不在、景気の停滞…有効な一手をなかなか打てないでいた福山競馬場はさらなる下降線を辿り、苦難の色はますます深くなったのでした。

 

 

【第1回福山2歳優駿】

年月日:2008(平成20)年9月21日(日)
天候:雨 馬場:不良
距離:1250m
条件:2歳
出走:10頭

優勝:アグリヤング [牡2・54・嬉勝則]
調教師:江口秀博
タイム:1.22.5

2着:ザビックサンサン [牡2・54・周藤直樹] (0.1)
3着:マルサンジョイ [牝2・53・池田敏樹] (0.4)

摘要:当年度創設



【第2回福山2歳優駿】

年月日:2009(平成21)年10月26日(月)
天候:曇 馬場:稍重
距離:1250m
条件:2歳
出走:10頭

優勝:ムツミマーベラス [牝2・53・池田敏樹]
調教師:末廣卓己
タイム:1.22.3

2着:ナカドイセンプー [牝2・53・周藤直樹] (0.4)
3着:イワミウェーブ [牝2・53・三村展久] (0.3)

摘要:



【第3回福山2歳優駿】

年月日:2010(平成22)年10月25日(日)
天候:曇 馬場:重
距離:1250m
条件:2歳
出走:10頭

優勝:ユメミルチカラ [牝2・53・黒川知弘]
調教師:高本敏明
タイム:1.22.6

2着:ネルヴァート [牝2・53・佐原秀泰] (0.5)
3着:ビクトリーロマン [牝2・53・渡辺博文] (0.4)

摘要:



【第4回福山2歳優駿】

年月日:2011(平成23)年10月31日(日)
天候:晴 馬場:稍重
距離:1250m
条件:2歳
出走:9頭

優勝:クーヨシン [牝2・53・佐原秀泰]
調教師:那俄性哲也
タイム:1.22.9



2着:トールキング [牡2・54・岡田祥嗣] (0.6)
3着:カンピオーネロサ [牝2・53・楢﨑功祐] (0.2)

摘要:



【第5回福山2歳優駿】

年月日:2012(平成24)年10月29日(日)
天候:晴 馬場:重
距離:1250m
条件:2歳
出走:10頭

優勝:カイロス [牡2・55・佐原秀泰]
調教師:高本友芳
タイム:1.19.2

2着:イワミノキズナ [牡2・55・岡崎準] (0.8)
3着:メイライト [牝2・54・池田敏樹] (0.3)

摘要:当年度をもって廃止






残念なことにわずか5回しか施行されなかった福山2歳優駿ですが、上位入賞馬の名前を見ていると、ちょっと面白いなと思うことがあります。


何ということもない話なのですが、アラブの時代の命名には、①父または母の名前の一部を取る、②父と母の名前を合体させる、の2パターンがやたら多かったのです。


その最たる例が、トライバルセンプー産駒の○○センプーまたはトライバル○○でしょう。

(例:ハイセンプー、オールセンプー、東海・兵庫で活躍のトライバルサンダーなど。アサリユウセンプーは②にも該当)


古い例を出すと、1984(昭和59)年の第19回福山大賞典などを勝ったミヤトラブアンも実はこのパターン。

フランスからの輸入種牡馬ラヴアンダン(Lavandin)の産駒で、ミヤトの冠名に父の名前の一部なんですが、当時は「ヴ」の字が使えず、小書き文字の「ァ」も使えなかったため、父の名前とちょっと遠い感じになっちゃって、馬名の意味はMiyato Love Ann じゃないですよ注意!みたいな。



そのあたりからすると、同じパターンにハマってくるのは、マーベラスサンデー産駒のムツミマーベラスとか、お母さんがジョイのマルサンジョイぐらいになっちゃいますかね。

ザビックサンサンは、オリオンザサンクス×ボンサンスなので②のパターンでサンサンなのかな?と考えると、ちょっと面白いかも。


サラブレッドになってから云々というよりも、命名の仕方は単純に時代や流行を反映しているだけかもしれませんが、こういうところにも何かしらの興趣を見出せることができて楽しいです。




それより何より、カイロスとクーヨシンの名前が勝ち馬に並んでいるのがいいですよね~。

2頭の子どもが競馬場を駆け抜ける日が待ち遠しくあります♪
 

 

 

 

【古馬】

工事中


【3歳】

工事中


【2歳】

ヤングチャンピオン

福山2歳優駿




福山競馬場の歴史を紡いできたのはアラブたちです。

しかし、最後のバトンを受け継いだサラブレッドたちもいました。

彼らの重賞競走と主要特別競走の一覧表も順次、作っていきたいと思います。


ただ、サラブレッドの福山競馬場に関する情報というのは、決して埋もれているわけではないんですよね。

ネットをたぐれば、拙ブログよりも詳しく知ることができます。


それに私は、サラブレッドについては写真やテレカなど、視覚に訴える資料をほとんど持っていないのです。

必然、文字ばかりになってしまい、つまらないという…。



そして最近はいよいよ病んできた感があって、仕事もブログもまったくもって捗ることがありません。

それでもまぁ、福山けいばの調べ物のおかげでまだ気持ちが落ち着くところもあるというか、拠りどころでもあるというか。

ぼちぼち進めていこうと思います☆


 

田代騎手のジョッキー人生最良のパートナーともなった、テルセイホー。
 

 

 

 

 


福山競馬場隆盛の礎を築いたオペレーシヨンや三冠馬テルステイツなど、数々の名馬を所有した佐土井照氏の冠名をいただき、その先達と同じく上原齊厩舎からのデビューとなりました。


トスター産駒らしいスリムな馬体と素軽さを武器に、1986(昭和61)年のデビュー戦8馬身ブッチギリ快勝など、期待に違わぬ上々の滑り出しを見せました。

ただ、この世代は、初期にはズーカーマンやサギタリウスといった顔ぶれが引っ張っていたので、しばらくはやや目立たない感じでしたが、タマキサンセイとともにグッと成長を遂げ、2頭で三冠を激しく争ったのでした。


余談ですが、サギタリウスは1988(昭和63)年の寒椿賞というC2級の特別戦で、枠連7-7・720円を1点買いにて爆勝ちさせてもらった恩人…ならぬ恩馬でした。

買ったのは父でしたが。


サギタリウスは馬券云々だけでなく、名前とか、明るい鹿毛に500キロ台の雄大な馬体とか、とても印象に残る馬でしたね。

たしか、引退後は大山乗馬センターで余生を過ごしたのではなかったでしょうか。



テルセイホーに話を戻しますと、やはり第1回西日本アラブダービーの惜敗が印象に残ります。

最終コーナーから延々と続いたマッチレース。

あそこで勝っていれば、テルセイホーの、田代騎手のその後に当たった光は違う色や輝きを見せていたでしょうか。





(「地方競馬」昭和63年1月号から複写しました。)



それからタマキサンセイとの激闘を経て、古馬戦線に躍り出たテルセイホーの前に立ちはだかったのは、怪物ローゼンホーマ。

もはや相手が悪かったというようなレベル差ではなく、テルセイホーは悪戦苦闘を続けることとなり、時を同じくして中堅からベテランへと差しかかっていた田代騎手も成績面の停滞に悩んでいました。



ローゼンホーマが競馬場を後にし、元号が平成に代わると、田代騎手は現状打開の勝負服変更を選択しました。






1989(平成元)年のハンドブックから(生年等は修正かけています)。

「胴緑・袖白・緑一本輪」と、これまでに比べてややシンプルなデザインです。


個人的には、この直前から競馬場に通い始めましたので、こちらがいちばん印象に残っています(というか、オールドファンとは異なり、私にはこの勝負服のイメージしかないのです)。


ただ、印象に残っているといっても、単調なレース運びのイメージが。

お手馬としては、A2級で連勝街道を突っ走ったホクトローゼン、旧4歳牝馬戦線で穴人気だったウォーターコースなどがいたものの、いずれもタイトルには手が届きませんでした。


ホクトローゼンは“逃げてナンボ”。

ウォーターコースは“差し一辺倒”。


馬の脚質もあってのことですから、一概に決めつけてしまうことはできません。

しかし、テルセイホーとともに田中道夫ダンデイダイドウに食らいついた第1回西日本アラブダービーの直線の粘っこさは、このころの騎乗ぶりにはもうなかったように感じます。


やがて田代騎手は、誰もが必ず迎えるジョッキー人生の終着駅へたどり着きました。

通算570勝。

多いと考えるか少ないと考えるか、そこは人それぞれです。

ただ、競馬ブームや好景気から人材が集まっていた激戦の時期、しかも原則1日6鞍までの自主的制限が設けられていた時期、そんなときに騎手人生の大半を過ごしていたわけですし、私は決して価値の低い数字ではなかったと思っています。




ところで、1989(平成元)年のハンドブックの趣味の欄。

「パチンコ」とは、かつての映画少年、レコード鑑賞を好んだ青年がどうしたのでしょう。

このころどんな機種がヒットしたのかよく分かりませんが、ちょっとハマっちゃった台があったのかも。






そう思ったところへ、1996(平成8)年度版のハンドブックから(生年は修正かけています)。

突如、パチンコとは真逆(?)の「熱帯魚の観察」に目覚めます。

目覚めたというよりは、解脱した、いや達観したというべきでしょうかねぇ。

 

 

熱帯魚が前なのか後なのかは分かりませんが、田代騎手は穏やかな心境を得たわけです。

 

このことが、騎手引退後に得たリーディングトレーナーの称号(平成14年度)へ繋がったのかもしれません。

 

 

やっぱり人間、ピリピリカリカリしたところで、良いことはないということなのでしょうね。