作:雁屋哲、画:花咲アキラ 「美味しんぼ(129)」 | ロロモ文庫

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究極vs至高

東西新聞の究極のメニューに対し、帝都新聞は海原雄山を総指揮として、至高のメニューに取り組むと発表する。良三に言う海原。「至高のメニューの第一回は卵を使う前菜だ。士郎に私と張り合う気力があるなら、究極のメニューの第一回で卵の前菜を出してみろと伝えろ」了承する山岡。そして、究極のメニューと至高のメニューは審査員に食べてもらい、その結果を週刊タイムで掲載されることになる。

究極のメニューとして、ゆで卵を出す山岡。「どうして、ゆで卵が究極のメニューの前菜なんだ」「心配いりません。ただのゆで卵が究極のメニューに変身します」「なんだ、これは。真っ黒でトロリとしてるぞ」「卵は黄身は勿論、白身も固まらない程度に、軽く茹でてあります。この特製ソースをてっぺんの穴から、卵の中に入れてください。黄身も白身も混ぜてしまって、ソースを適当に足しては、一さじずつすくって食べるんです」「あっ、このソース。トリュフだな」

その旨さに驚く一同。「トリュフのええ香りと深味のあるソースが、ただのゆで卵に黄金の味を与えよったで」「軽く茹でた卵とソースが合わさって、とても複雑な味を生み出している」「ただの卵からこれほどの美味を引き出すことに、トリュフの凄さの一端があるんだな」

説明する山岡。「トリュフをすって裏ごしした物をフォン・ド・ヴォーで溶き、生クリームを少し加えて味を調えました。この料理の原型は、パリの「フォージュロン」と言うレストランの物なんです。今まで食べた卵の中でピカイチなので、究極のメニューの前菜の採用することにしました」

至高のメニューとして、卵の黄身の味噌漬けを出す海原。「えっ、これは凄い」「トリュフソースのゆで卵も美味しいと思ったが、これに比べると品がない」「まさに、これこそ至高の味」「勝負はついた」「黄身の味噌漬けの勝ちだ」「味の高貴さと鮮やかさではるかに上だ」「どうしてなの。黄身の味噌漬けなんかありふれた料理のはずなのに」

この味の秘密の第一は味噌になると言う海原。「この黄身の味噌漬けのための味噌は白味噌のように甘くてはダメだ。かといって、八丁味噌のように渋すぎてもダメだ。すっきりとした赤味噌にほんのりと甘味をつけたい。そこで赤味噌には富山の艶麗と言う品種を使い、白味噌は秋田の白千成と言う品種を使った。黄身に漬ける味噌はその両方を混ぜて作った。そして大豆は二品種とも、農薬と除草剤を使わずに栽培した物であることは言うまでもない」

しかし決定的なのは卵だと言う海原。「鶏の品種は後藤130。白色レグホンより産卵数が少ないが、卵の味が濃い。これを屋外の自然な環境で飼育した。餌はくず米、麦、米ゆかを主体に与えた。不健康な鶏は肉もまずくて臭いが、その卵が実に臭い。中でも黄身にイヤな臭いが集まる」「そんなことは、卵料理を作ろうと思った時点で、当然気をつけるべきだ。ゆで卵トリュフソースの卵だって、ちゃんと自然養鶏の卵を使った」「ふむ。自然養鶏と言ってもピンからキリまである」「どういう意味だ」

この卵のもう一つの秘密は初卵だと言う海原。「初卵は鶏が産んだ初めての卵だ。当然、初卵は一羽の鶏から一個だけ。そして、初卵には、鶏の体内にヒヨコの時から蓄積されてきた栄養素の中でも、価値のある物が含まれていると言う説があって、珍重する人が多い」「そんなの迷信だ。科学的根拠に乏しい」「なるほど、多分、そんなことだと私も思う」「では、なぜなぜ初卵などと」

「人間はどうやって初卵を手に入れるか。鶏を飼っている人間が、一羽一羽の鶏をずっと注意深く見守っていなければ出来ないことだ。それは何を意味するか」「そ、そうか。そういうことだったのか」「それほど注意深く育てられた鶏の卵は、初卵であろうとなかろうと、その中身は素晴らしいに決まっている。完璧な健康状態にあるように見守られ続けてきた鶏の産んだ卵なのだからな」「むう」

「料理の技法を云々する以前に、どれだけ本物の材料を求めることが出来るか。それを極言まで追求していって得た物を、後世の者に残し伝えることこそが、究極のメニューなり、至高のメニューなりを作る目的であるはずだ。本質を追及せず、表面的な口当たりのよい料理で一時的に喜ばせることは出来る。しかし、人の心を感動させることは出来ぬ」「ぐ」

「人の心を感動させるのは、唯一、人の心を持ってのみ出来ることなのだ。それを忘れて、究極のメニューとやらを求めてみても、それはただのグルメごっこ。悪質で愚劣な遊びに過ぎない。前菜からしてこの有様では、究極のメニューとやら、どんな物が出来るか先に見えた。大原社主、この企画を本気で進めたいのなら、担当者をもっと物のわかった人間に変えることですな」「ぬう」

この判定に不満があると言う唐山。「確かに今の勝負は雄山の勝ちじゃ。しかしそれは雄山が士郎に勝ったと言うだけで、ゆで卵トリュフソースの負けと言うことにならない。ゆで卵トリュフソースを雄山の使った卵で作ったらどうなるか」「唐山先生、それはおかしいのでは」「何がおかしいもんかい。雄山の言う通りの料理ばかりだと、堅苦しくてつまらん。卵は本物かどうかだけで勝負を決めるのなんて、つまらんわい」

よろしいと言う海原。「私の使った卵を東西新聞に提供してやろう。その卵で、ゆで卵トリュフソースを作ってみるがよい」「士郎、どうじゃ。雄山に卵をもらって、もう一度やってみるか」「はい」「たとえ卵を取り換えても、同じ料理を出したのでは感激は薄い。それでもやるのか」「やる。俺にだって新しい考えがある」「よかろう。見せてもらおうではないか」

トリュフソースと黄身だけを混ぜた前菜を出す山岡。「これは凄い」「この間のゆで卵トリュフソースより数段上や」「山岡、やったぞ。これは黄身の味噌漬けより旨いぞ」ぬうと唸る海原。

説明する山岡。「俺は以前からこの料理は卵の白身が余計だと思っていたんです。舌ざわりも悪いし、味も薄まる。だが、ゆで卵と言う先入観にとらわれていて、それをどうこうしようと考え着つかなかった。要はゆで卵と言う概念から逃れてしまえばよかったのです。それで今回は黄身だけを取って、かたまらない程度に温め、その上にソースをかけてみました。やはり卵は黄身が美味しいのだから、こうした方が遥かによかった」

結局、卵前菜勝負は引き分けとなる。海原に感謝する唐山。「礼を言うよ。お前のおかげで、士郎の面目が立った」「ヤツのことで先生に礼を言われる筋合いはありませんよ」「ふむ」「ふ。士郎めが」