手塚治虫「アポロの歌(12)」 | ロロモ文庫

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女王シグマ(5)

王室アカデミーでシグマの首のすげ替えを命じるビビンバ。「小僧。そこで女王が別の女になるところをゆっくり見物してろ」「ダメだ。女王の顔を変えるな」「昭吾」「女王、俺はたった今わかった。女王、あなたが好きです」

しかし世にも醜い顔にすげ替えられてしまうシグマ。「女王。可哀想に」「後生だから、こっちを見ないで。もう私は女王シグマではありません」「いいや。あなたは女王です」「いいえ。私はもうただのこの上なく醜い人間の女です。あなたの知っている女王はもう死んだのです」「違う。そこに生きている。たとえ、あなたがどんな姿になっても、俺はもうあなたを離さないぞ」

首からクローンとして蘇るシグマ。「女王。そろそろお起きになっても大丈夫です。お体は整いました」「昭吾。あなた、私が回復してくれるのを待っていたの?」「残念ながら、私は昭吾ですが、人間の昭吾ではありません」「合成人の?」「そうです。私が女王のおそばにつきます。服をおつけください」「そんな物の言い方はイヤ。あなたは私の奴隷じゃないわ。もっとつっけんどんに言えないの」「しかし、私は」「俺と言って」「俺は」「ざっくばらんに話して。その方が昭吾らしいわ」「宮殿へ帰るんだ」

クローン昭吾にキスをするシグマ。「くだらねえことをしなさんな、女王」「くだらないこと?」「これが愛の作法ってものかい」「あなたは私を愛してくれるはずよ。私が首を切られる時、あなたは言ったわ」「へえ、俺は知らねえぜ。もう一度やってみてくれ。なんとなく興味を持ったからね」「違うわ。お前はやっぱり昭吾じゃない。合成人よ。感情がないんだわ」「お気に召すように練習してみますよ」「ダメだわ。真似るだけじゃ形だけよ」

宮殿を追放されアジトに戻る昭吾。「よく戻ってこられたな」「ビビンバのお声がかりでね。死刑だけは免れた」「その女は?」「俺の命の恩人だ。匿ってくれ。顔は醜いが、心は我々と同じなんだ」「合成人なのか」「ああ」「どうしてこんなところに連れてきた。ここは組織のアジトなんだ。合成人に知られて密告でもされたらおしまいなんだぞ」「俺の話も聞いてくれ。実はこの人は」

今までのいきさつを話す昭吾。「隊長。女王は地位を剥奪され追放された。しかも世の中で一番醜い顔にされて。わかってくれ。女王は俺に任せてくれ」「昭吾。その女王のために、人間は尊い血を流した。残忍で無慈悲な女王。許すことはできない」「やめてくれ。そっちがどうしても許さないなら、こっちが出て行く」「残念ながら、それもできん。女王はここで殺す。そこをどくんだ、昭吾」

「昭吾。離して」「シグマ」「あなたは死なないで。私だけを撃ちなさい。堂々と死んであげるわ」「シグマ、いけない」「私は確かに人間を殺したわ。私は合成人の女王として、それをやる権利があったのよ。さあ、どうぞ処刑しなさい。顔も体もすっかり消しておくれ。昭吾、さよなら。私、こんな幸福な気持ち、なかったわ」

分子分解銃で粉々になるシグマ。「畜生」襲い掛かる昭吾を叩きのめす隊長。「のぼせた頭を少し冷やせ。合成人と愛し合うなどどんなに無意味なことはわかるだろう。この子を田舎へ行かせて、俺の叔父に預けてしばらく落ち着かせよう。処罰することもない。今は一人でも人間を多く残したいところだから」「殺せ」「そう死に急ぐな。死ぬなら合成人と戦って死ね。そのチャンスを与えてやる。それまでに女王のことを金輪際忘れるんだ」

飯を食う昭吾に人間らしさを取り戻したかと聞く隊長の叔父。「いいものを見せてやる。外に出ろ」山を指さす隊長の叔父。「我々は合成人に追いやられて、山のふもとに貧しい集落を作って暮らしている、だがあの山を見ろ。素晴らしい景色だろ。これが人間の世界だ。人間は大地との調和を知っておる、あの山を登るんじゃ」

山の頂上に昭吾を連れて行く隊長の叔父。「ここから先は合成人の世界だ。見るがいい。山が真っ二つに切られ、草も木も虫一匹の姿すらない味わいも潤いもない合成人の住宅地を見ろ。あれが元富士山だったところだ。今は宇宙基地になっとる、合成人のヤツらには感情がないんじゃ。美しいと言う心も情けも潤いも一切持ち合わない。奴らの持ってるのは合理主義だけじゃ。なぜかわかるか?」

「奴らの前身が都会の人間だったからじゃ。1970年ごろ、都会の人間は暮らしを合理化するためにバカなことをやった。町の真ん中に工場を建て、空気の汚れるのも平気で車を乗り回し、川や海に毒を捨て、平気で毒入り缶詰を食い、野山を掘り返しては宅地にしていった」

「奴らが気づいた時にはもう遅かった。有毒ガスのために取会は死人の山みたいになっていた。そして奴らが分身術みたいに作った合成人は、都会人の性質をそのまま受け継いでしまったんじゃ。奴らはわしらのような人間らしい暮らしをする者を軽蔑する。動物の子供など可愛いとも思わんし、花を見ても美しいとも思わんのだ。やつらと人間は共存できんのだ」

「だけど、合成人だって人間らしい心に目覚めることが」「絶対にそんなことはありえない」「もし、合成人はが愛を知ったら」「そんなことはありっこない」「俺は知ってるんだ。ある合成人の女が、愛したいと言う心を欲しがって苦しんだことを。そしてとうとうその心を知ったんだ。合成人だって生き物なんだ。彼等だっていつかはきっと人間らしい心が芽生えるさ。違うかい」

「そりゃあ、そういう振りをするだけだ。都会の人間だって昔はよく自然に戻れとは公害追放とか言ったもんだ。だが、それはジェスチャーだったのよ。合成人だってその程度だ」「違う。俺は合成人を信じている。女王シグマは少なくとも愛情を持っていたぜ」「冗談じゃねえ。あの女は昨日も人間追放令を出しやがった」「え。昨日も?」

(女王は死んだはずだ。また復活したって?そうだ、あの首。あの首から新しい女王ができたのか)「おい、どこへ行く」「東京へ行ってくるぜ」「バカ。東京は人間追放令が出て、えらいことだぞ」(女王はきっと俺に会うとも)

アジトに戻った昭吾に、一か八かで今日宮殿を襲撃すると言う隊長。「俺も連れてってくれ」「ダメだ。お前は顔を知られてる」「俺は王室アカデミーの様子に詳しい。ここは警備も少ないし、中にいるのは学者だけだ。ここを初めに襲えばきっと成功する」

王室アカデミーに突入する人間密動隊。「わっ、これは」「みんな女王の体だ。まだ未完成のものもあるぞ」「いったい、これはどういうわけだ。説明しろ」

説明する長官。「女王のお体の一部から分身を作る命令を出されるのはビビンバ首相です。もうイヤと言うほど作りましたな。だが、みんなやり直しなのです。どういうわけか、できた分身はどのお方もみんなあなたの名を口にされて、あなたへの愛おしさが消えませんのじゃ。昭吾さん。我々は万策尽きた。他のことはともかく女王の心は、我々学者にはどうにもならんのです」

命令する隊長。「ひと部屋に学者どもを閉じ込めろ。女王の出来損ないを始末するんだ」「やめてくれ」「昭吾。合成人の女王にそれほど慕われて満足だろうな。しかし生憎だがその頼みは聞けぬ」

分子分解銃で跡形もなく消えてしまう無数のシグマの体。「やめてくれ。もう沢山だ」「おい、昭吾。ぼんやりするな。これから宮殿に行く。そこには最後の女王がいる。その女王とビビンバ首相を殺せば、独裁者は消えるんだ」

人間密動隊の乗ったトラックを爆破し、ビビンバを分解して宮殿に入る昭吾。「王女」「昭吾。本物の昭吾ね。この日を待っていたわ。きっと戻ってくると信じてたわ」「もう誰にも邪魔されねえ。首相も密動隊もみんな死んだ。君と俺はどこへだって行けるんだ」

しかしクローン昭吾に狙撃されてしまう昭吾。「俺の分身か。生きていたのか。お前も女王が好きだったのか」「とんでもないね。俺は人間とは違うんだぜ」「俺と同じ心のはずなのに、お前はどうして。そうか。俺がまだ女王を好きになる前に、お前は生まれたのだったな」「そうだよ。俺はただ女王のガードマンとして勤めているだけさ」「なんてことをしたの。本物の昭吾なのに」「だって、こいつは人間だぜ、女王」「お前に用はないの」クローン昭吾を分子に分解するシグマ。

「昭吾、しっかりして。アカデミーへ運んで分身を作ってあげるから」「分身。いやだ。俺は人間のまま死にたいんだ。女王、君が好きだった」「私もあなたが好きだったわ、昭吾」「俺の最後の願いを聞いてくれ。人間を追放しないでくれ。それだけだよ。さようなら」

息絶える昭吾。「ええ。あなたの言った通りにするわ、昭吾。なぜなら、私も、もういなくなるもの。どこかの高い空の上で、あなたと私の原子が混じり合って一つになるのよ」スイッチを押すシグマ。大爆発する宮殿。