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尾川永次のブログ

小説、ポエム、旅日記などなど徒然なるままに行きたいと思っています

寝ぼけたていたのもあるでしょうが、亡くなると言う言葉が

頭に無かったのでしょうね。

親父が病院から居なくなったと聞き違えたのです。

当然と言えば当然だと思います。

昨日退院の話をしたばかりですから。

でも親父は病院のベッドで冷たくなっていました。


 

「おとうさん、返事して。おとうさん眼を覚まして!」

 

呼び続ける母の声が病室の中で空しく響いた。


 

死というのはこうもあっけないものかと、私も呆然と

立ち尽くすしかありませんでした。


多臓器不全。

敗血症ではよくあることだそうです。

でもこれは医療ミスではないのか?。

そんなことが頭をよぎったのですがここで病院と事を荒立てることが

母親にとってプラスになるのだろうか。

ここに決めた母親に後悔の念だけが残ってしまうのではないか。


親父が死んでしまった今、重要なのは年老いた母のケアだと思いました。

仕方が無かったことだと母にいいきかせ病院を出ました。


勿論無念の思いに心がかき乱されていました。

でも今は母の心を落ち着かせることを第一に考えたのです。






 
代々木八幡近くのI病院。
医療センターの医師が出張しているのでどうですかと言われ行って見たのですが
狭くて暑くてとても良い環境とはいえません。
親父の入院もすでに四カ月。
これ以上の回復が見込めないのなら自宅に連れて帰りたい。
そう思うようになってきたところでした。

せめて酒を飲ませてやりたい。
勿論介護が大変なのは分かっていまし医療センターから自宅へと言う
話しもありましたがオーケーを渋っていると言う事はあまり
容態は良くないのだと分かりました。

入院して一ヶ月。

病院との話し合いで来週には退院という事になりました。
もうここには入院させられない。

五日ほど前には三重県にいる姉も見舞いに来て親父の嬉しそうな
顔をみることもできました。
帰り際、親父が手をだして。
「ありがとうな」と言ったのです。

ここ数日は反応もあまり無かったのですが、この日は久しぶりに
ちゃんとしていた。そんな風に観えました。
少しでも元気なうちに連れて帰る。
決意しました。

噂でここに入院すると亡くなる人が多く、やばいとも聞きました。
とにかく家に連れて帰る。
病院側ともそういうことで話しがついた翌日の朝でした。

朝五時過ぎ。母親に起こされました。
「今、病院から電話でお父さんが病院から居なくなったみたいなのよ」
「親父が?」
早速車椅子積んで母親と車で病院へ。
「ついに徘徊老人になったのか。こりゃ介護は大変だな」
何て会話をしながら病院に着いたところで病院に来た担当医と会いました。
で、会うなり言われた言葉が。
「朝看護士が巡回した時には既にお亡くなりになっていたようです」
「え?」

医療センターに通いだして三ヶ月。
少しづつですが良くなっていた父親に日本の医療の現実と言う
荒波が叩きつけられました。

老人に対して現行の医療制度では三ヶ月を過ぎると
医療機関に支払われる診療報酬が減ってしまうのです。

ですから医療機関は三ヶ月で転院を勧めてきます。
誰が考えたのでしょうか。教育と同じだと言えますね。
実態に即してないのです。

そのため老人は無理な転院を余儀なくされるのです。
先行き短い老人は入院などをせず自宅で死を待てと
言うことなのでしょうかね。

勿論お金持ちなら問題は無いでしょうが貧乏人はそうはいきません。
それと高度医療を待ち望む人の為には父親の病状では
長く居られないのもあるでしょう。

ただ少なくてもこの医療制度のせいで親父の寿命が
短くなったのは事実です。

紹介された病院がいわくつきだったのです。