本中毒、映画中毒、仕事中毒、そして...恋愛中毒 -96ページ目

■書評 平川克美『路地裏の資本主義』 角川SSC新書2014/9/10

路地裏の資本主義 (角川SSC新書)/KADOKAWA/角川マガジンズ
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平山克美の経済論というより、むしろエッセイ。
著者の過去の著作を読んでいれば、新しい考え方はない。


僕自身は、この10年くらいのポジショニング論を主流とした競争論による米国流のビジネス理論は画一的で、事業の特定の一面しか表わしていないと思うのだけれど、一方で平山の説く路地裏資本論も特定の一面だと思う。

おそらく全ての状況に対応できる経済論/経営論と言うものは無いのだろう。
事業運営は、外部環境(現状と将来)、自分が持っているリソース、そして自分の意志に基づいて展開するしかないのだろう。
視野狭窄に陥り偏った価値観に縛られ、意志決定の可能性を狭めない為には、こういう考え方もあるよ。と気軽に読むと良いのではないかと思う。

■映画 『インターステラ-』 2014米国




米国の映画の正統派SF映画っぽい『インターステラー』を観る。
正統派SF映画と言えば、昨年末の『ゼロ・グラビティ』が素晴らしい作品だった。(ゼロ・グラビティはSFではなくてもう既に現実なのかも知れないけれど…)
『2001年宇宙の旅』以来の宇宙SFの傑作だったと言って良い。
この作品もその『ゼロ・グラビティ』と同じくらいの期待を持って映画館に出かけていった。

この作品、素材自体は悪くなかったのだが、ちょっと残念な作品になってしまっている感じがする。

例えば『2001』は宇宙の成り立ちや高度の存在と言うモノを、哲学的にとらえ、そして宗教体験の様な映像体験として表現していた。
『ゼロ・グラビティ』では、淡々と事実を積み重ね疑似体験する事で、地球という環境の有難さ・生命の有り様を視聴者自ら、前向きに考え直す様に構成されていた。

しかし、この作品では、本来そういった感動的な疑似体験が、過剰に説明される事によって、凄く薄っぺらいストーリー上の謎解きに矮小化されてしまっている様な気がしてならない。
いや、視聴者は確かに良く判った様な気になるかもしれない。
しかし、疑似体験の芸術である映画は説明し過ぎてはいけないのだ。
視聴者に想像させ、考えさせ、自らの体験にさせて、それで初めて本当の感動を得る事ができる。

劇中で引用されるイギリスの詩人ディラン・トマスの詩「穏やかな夜に身を任せてはいけない」が感動的なだけに…本当に残念な感じだ。

■書評 イアン・マキューアン『甘美なる作戦』 新潮社2014/9/30

甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)/イアン マキューアン
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1970年代のMI5の女情報員と駆け出しの作家の恋愛劇。


そう書いてしまうともの凄く陳腐なのだが、イアン・マキューアンの小説だからそう簡単にはいかない…
マキューアンは『贖罪』と同じ様に、これを小説の中に小説を埋め込んだメタ構造の作品に仕立て上げる。

登場人物として作家が出てくるため、作中に創作された何作もの作品が紹介される。
著者が仕組んだメタ構造とはそれではない。
これらの創作はさりげなく仕込まれた伏線。

著者は、この作品の最後にワナを仕掛ける。
今まで読んできたストーリーも、実は小説の中の小説だった。という入れ子になった構造が明らかにされる。

こいつ、やったなぁ…と思う。
ただ、残念ながら『贖罪』が作中に抱えていた衝撃や重さはここにはない。

ちなみに『贖罪』を映画化したのが『つぐない』

贖罪〈上〉 (新潮文庫)/イアン マキューアン
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贖罪 下巻 (2) (新潮文庫 マ 28-4)/イアン マキューアン
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