ポメラDM200の事
2011年に発売されて以来、キングジムのポメラDM100を使ってきた。
とても便利な道具だと思うのだが…
いつの間にかゴム足が取れてしまったのと、気がつけば筐体の中で取れたか割れたかした何かの部品がカラカラ言ってる…
そろそろ買い換えを検討しないといけない状況…
組み込み用ATOKの変換がちょっと出来が悪いのも微妙に気になったまま5年。
しかし、キングジムはこのカテゴリの製品の開発を止めてしまったのか、後継機が全く出てこない。
昨年、キングジムはポータブックという特殊な折りたたみ(?)キーボードを搭載したノートPCを販売した。
もしかして、これがポメラの後継機なのかしら…
その高価格と、キーボードのギミック以外には何の特徴もないただのノートPCに戸惑う。
特にいい感じのテキストエディターがついているわけでもない。
よくわからない製品…
仕方ないから、2台目のDM100の購入を検討を始めていた。
| キングジム デジタルメモ ポメラ[pomera] DM200 ブラック 45,716円 楽天 |
この10月7日に後継機DM200の発表があった。
10月21日販売。
グッドタイミング!!
迷わずネット通販でポチった。
10月21日以降に商品が着くのが待ち遠しい。
まるで恋する乙女の様。
RAID-1の落とし穴
7月にやっと復活したPCだが、RAID-1を組んでデータ保管に使っているハードディスクの片側がエラーを吐き始めた。
仕方ないからデータのバックアップを取って、RAID-1を組んであるハードディスクを、まだ壊れていない方も含め、交換する事にする。
ここで失敗した。
OSを起動しているシステムディスクは交換しないので、Windows10のリカバリーディスクを作らなかった。
マザーボード側のBIOSでRAIDを組んであったのだが、ハードディスクを入れ替えたらシステムディスクも認識しなくなってしまった。
OSが起動しない。
想定外の事態…
いやいや、想定できただろう、俺。
「やらかした感」にちょっと凹む。
USBからWindowsPEを起動して、testdiskを使って、システムのHDDの中身やMBRとかを確認すると、きちんと認識するし、内容が壊れている様子はない。
ただマザーボードが、システムSSDを頑として認めようとしない。
とりあえず、そのままOSを再インストールする事にした。
Windowsのインストールディスクにはシステムの復元とか、旧OSのバックアップ機能がある。
そこに希望を託し、現状のシステムは残しながら、SSDのOSを強制的に認識させようと考えたわけだ。
やってみると、それでも起動しない。
調べてみるとSSDにWindowsはインストールされていて、且つ旧OSのバックアップも作られている。
しかしマザーボードはSSDを起動可能なOSが入っているパーテーションとして認識しない。
たぶん、マザーボードのSATAに繋いでいるHDD/SDDの順番とかに何らかの制限があるのだろうが…
10年前にPCを組み立てた時の英文取説を引っ張り出して眺めるのだが、上っ面なインストレーションの事ばかりで、BIOSで設定するRAIDの動作の突っ込んだ内容は書いてない。
手詰まり。
夜遅くに仕事から帰宅してからの作業なので、すでにデータHDDを換装してから一週間が経過…
メールとワープロが使えなくなった家人が文句を言い始める。
ちょっと追いつめられた…
仕方ないのでクリーンインストールする事にする。
システムSSDのAppDataとかのバックアップも取って、Raidもドライブの優先順位をSSDを一番にして組み直し。
MBRが書き換わるので、SSDもフォーマットしなおす。
改めてWindows10をインストールすると、あっさりPCが復活した。
データのバックアップもあるので、アプリケーション等の基本的な作業環境もすぐに復帰。
最初からこうしておけば良かった…
いや、まずはリカバリーディスクをきちんと作る事だな、これからは。
更に『シン・ゴジラ』を通じて怪獣映画を語る。
『シン・ゴジラ』を観て以来、着目点はよかったけれど、きちんとした構成・脚本がいなかったせいで、面白くできそうで出来なかった残念な作品という印象が抜けない。
『想定しきれないモノ・荒ぶる神』というテーマに対して、『危機管理』という文脈での話のまとめ方のアンマッチが気になって仕方ない。
暑く寝苦しい夜中に、そもそも、怪獣映画というジャンルはどんな映画なんだ? と考えた。
僕が勝手に決めている怪獣映画の3大傑作がある。
古い順にいうと
1933年公開の『キングコング』
1954年公開の『ゴジラ』
1995~1999年公開の『平成ガメラシリーズ』
この3作品に共通なのは、神獣としての怪獣と、文明や科学技術の対立/バランスがメインのテーマとして存在する事だと僕は考えている。
『キングコング』は、神獣を科学技術の粋・戦闘機で殺してしまい、挙句の果てに「彼を殺したのは飛行機ではなく、女だ」というセリフで締めくくる。
科学的でアメリカ的。神獣に対するリスペクトはない。
『ゴジラ』も神獣を科学技術の最先端オキシジェン・デストロイヤーで殺す。しかし、神獣に対する怖れ、そして際限なく発展する科学技術を殺戮兵器に使う自分たちの中にある制御できない闇に対する恐怖に、とても自覚的だ。
『平成ガメラシリーズ』は、神獣そのものが、自分たち人類の古代文明が生み出した生体兵器という設定。
科学技術は制御できない禍いの神へと変貌し、それ自身が神獣となって古代文明を滅ぼし、今また、現代文明を滅ぼそうとしている…
時代と共に、神獣の扱いと解釈は移り変わってきている。
『キングコング』と『ゴジラ』の差は、無差別大量殺戮をもたらした第二次世界大戦と核兵器によると言っていい。
『ゴジラ』と『ガメラ』の差は、公害/環境破壊と分子生物学への怖れだろう。
今回の『シン・ゴジラ』は、こうした神獣と科学文明という関係の中で、新たな枠組みを提示することはできなかった。
『ゴジラ』の延長線上に『平成ガメラ』の味付けをちょっとしてみただけというのに過ぎない。
そりゃ物足りなさが残るわな…
<追記>
このテーマって、宮崎駿『もののけ姫』のシシ神が象徴する内容そのものだな。
なるほど、あれも怪獣映画だったのか…
<追記2>
こう考えると、『平成ガメラ』の脚本をやった伊藤和典って実はすごく有能なのかしら…