更に『シン・ゴジラ』を通じて怪獣映画を語る。
『シン・ゴジラ』を観て以来、着目点はよかったけれど、きちんとした構成・脚本がいなかったせいで、面白くできそうで出来なかった残念な作品という印象が抜けない。
『想定しきれないモノ・荒ぶる神』というテーマに対して、『危機管理』という文脈での話のまとめ方のアンマッチが気になって仕方ない。
暑く寝苦しい夜中に、そもそも、怪獣映画というジャンルはどんな映画なんだ? と考えた。
僕が勝手に決めている怪獣映画の3大傑作がある。
古い順にいうと
1933年公開の『キングコング』
1954年公開の『ゴジラ』
1995~1999年公開の『平成ガメラシリーズ』
この3作品に共通なのは、神獣としての怪獣と、文明や科学技術の対立/バランスがメインのテーマとして存在する事だと僕は考えている。
『キングコング』は、神獣を科学技術の粋・戦闘機で殺してしまい、挙句の果てに「彼を殺したのは飛行機ではなく、女だ」というセリフで締めくくる。
科学的でアメリカ的。神獣に対するリスペクトはない。
『ゴジラ』も神獣を科学技術の最先端オキシジェン・デストロイヤーで殺す。しかし、神獣に対する怖れ、そして際限なく発展する科学技術を殺戮兵器に使う自分たちの中にある制御できない闇に対する恐怖に、とても自覚的だ。
『平成ガメラシリーズ』は、神獣そのものが、自分たち人類の古代文明が生み出した生体兵器という設定。
科学技術は制御できない禍いの神へと変貌し、それ自身が神獣となって古代文明を滅ぼし、今また、現代文明を滅ぼそうとしている…
時代と共に、神獣の扱いと解釈は移り変わってきている。
『キングコング』と『ゴジラ』の差は、無差別大量殺戮をもたらした第二次世界大戦と核兵器によると言っていい。
『ゴジラ』と『ガメラ』の差は、公害/環境破壊と分子生物学への怖れだろう。
今回の『シン・ゴジラ』は、こうした神獣と科学文明という関係の中で、新たな枠組みを提示することはできなかった。
『ゴジラ』の延長線上に『平成ガメラ』の味付けをちょっとしてみただけというのに過ぎない。
そりゃ物足りなさが残るわな…
<追記>
このテーマって、宮崎駿『もののけ姫』のシシ神が象徴する内容そのものだな。
なるほど、あれも怪獣映画だったのか…
<追記2>
こう考えると、『平成ガメラ』の脚本をやった伊藤和典って実はすごく有能なのかしら…