本中毒、映画中毒、仕事中毒、そして...恋愛中毒 -4ページ目

酷暑

異様に暑い夏になった。

朝から暑い。

大阪と京都の中間の内陸の盆地に住んでいるので、とにかく気温が上がる。

この3週間くらい、連日35℃を超えるのが当たり前だ。

 

在宅勤務を良い事にTシャツ短パンの恰好で、扇風機を独り占めしながら、頭や首に保冷剤を当てながら仕事をしている。

日中は出社している事を前提にして、自分の部屋にエアコンを付けていなかったのは、大変な間違いだった。

しかし、エアコンの取り付けをするとなると、部屋を片付けなければならない…

この暑さでは、そういう気にはなれない。

 

毎日、出社したらエアコンの効いた涼しい職場で、天国の様な気がするが、出社・退社途上の暑さを想像すると、それはそれでちょっと難儀だ。

 

仕事を終えて、夕方に夕刊を取りに、家の門扉まで出る。

門扉は鉄の鋳物。

あまりの暑さにその門扉が熱膨張していて、門柱の間で突っ張ってしまい、開かない。

昨年まではそういう状態になるのは年に2.3日だったと思うのだが、今年はそれがずっと続いている。

いやいや、案外、昨年までも門扉が突っ張るのは毎日だったのだが、帰宅が遅かった為気が付かなかっただけかも知れぬ。

 

 

そうやって過ごしてくると、段々に暑さに慣れて来たような気がする。

まぁ、およそ40年近く前に就職して独身寮に入るまでは、部屋に冷房なぞ無い状態で夏を過ごしていたのだし…

もともと人間は熱帯のオサルから進化したのだから、暑いのには案外強いのかも知れぬ。

いやいや、そんなことを言っているから、お年寄りがエアコンを使わないまま亡くなるのだ。

 

まぁ、熱中症にならない様に水分補給さえしておけば大丈夫だろう。(本当に?)

ポメラ DM250

キングジムのデジタルメモ「ポメラ」の新製品DM250が7/29に発売されると発表があった。

 

 

この商品カテゴリは無くなったと認識していたので、吃驚。。

スマホとの連携が強化されていたり、内部メモリが増えていたりして、ちょっと触手が動いたのだが、我慢。

僕が使っている先代のDM200に比べ、決定的な差があまりなくて、先代が使えているうちは買い替えなくても良いかな…と考えた次第……高いしね。

液晶のヒンジやキーの感触が甘くなってきたら買い替え。

 

このカテゴリの新商品がまだ手に入るという安心感が得られたのはありがたい。

いつか見た光景

安倍元首相が亡くなった。

 

奈良県 近鉄大和西大寺駅前で参議院選挙応援演説中、11:30過ぎに銃撃され、心肺停止。

11:36にはドクターヘリによる緊急搬送が要請され、12:20過ぎに奈良県立医科病院に搬入された。

僕はドクターヘリに詳しくはないので、一般的なドクターヘリの到着から搬送までの時間が如何ほどのモノなのかは知らない。

しかしながら、搬送されるまでに妙に時間がかかってる感じがした。

せっかくドクターヘリを要請しているのに病院への搬入まで50分では、救急車で搬送する場合より時間が長い様に感じる。

 

既に、昼前に報道が出た当初から心肺停止状態と言う情報があり、実は彼は既に亡くなっているのではないかという不安を抱えながら、無事の報告を待つ。

その後報道各社は銃撃シーンを何度もリプレイしながら、周辺情報が段々とわかってくる。

 

こんな風なヘリコプターでの緊急搬送へのもどかしさと、無事の報告を待つ長い時間には、苦い既視感がある…

 

 

今から28年前、1994年5月1日 イタリアのイモラ・サーキットでF1のサンマリノグランプリ決勝が行われた。

F1は、当時の日本国内ではすごい人気で、フジテレビ系列にて深夜にも関わらず生中継。

大学時代の友達とGWを一緒に過ごしていた僕はその生中継を熱心に観ていた。

そのレースで発生したのが、音速の貴公子と呼ばれたアイルトン・セナの死亡事故。

大破したマシンの横で、延々と応急処置が行われ、到着しているヘリコプターでの搬送がなかなか始まらない…

大事には至らないでほしい。という気持ちと、早く緊急搬送を!と思う焦りでジリジリしながら生中継を観ていた。

この時既に、セナは頭部に致命的な損傷を受け、手の施しようのない状態になっていたらしい。

ヘリコプターで搬送された後も、僕らは彼の無事の知らせが来るのを、テレビをつけっぱなしで眠らずにずっと待っていた。

約3時間半後、音速の貴公子 アイルトン・セナの死亡が発表された。

 

<追記>
暴力による言論・政治活動・宗教活動の圧迫や、私刑による正義執行に対する反対意見を述べるのが、本来はポリティカルコレクトネスなのだろうが…
 
そういう事よりも、メディアを通じて知ってしまった死につつある生命・もしくは今死んでしまった生命をどうにもできない哀しさの方が、今現在の僕の気持ちの中で強い。