
横一列の食事
黒澤明監督の映画『赤ひげ』に、小早川療養所の医者が横一列になってカメラに向かって食事をするシーンが出てくる。
(参考画像:【発掘キネマ】〜オススメ映画で考察します ☆ネタバレあり☆より)
まるでダ・ビンチの最後の晩餐の様なレイアウト。
日常生活の中では対面で食事をするので、横一列で食事をするこのシーンはちょっと異様なのだが、役者に対面で食事をさせたのでは、話者毎にカットが細切れになってしまい、落ち着きのないシーンになる。
それを避ける為に、黒澤監督は医者たちに横一列で食事をさせ、同時に序列や服装を視聴者に見せる事で、出演者たちの心理的距離も表現したのだろう。
カット割りができない演劇の場合には、食事シーンはほぼ横一列、役者が観客に向いているのが普通だ。
(古典から近代、現代に至るまでの演劇に、僕はそれほど詳しいわけではないが、少ない観劇体験によれば、そう捉えている。)
おそらく、1965年当時の黒澤監督や映画のスタッフ達にとって、演劇は馴染みの表現手段で、自然と横一列の食事風景を採用したのではないかと思う。
横一列の食事シーンと言えば、森田芳光監督『家族ゲーム』も有名だ。
こちらはこちらで、横一列の食事シーンで、その時点での家族の有り様を表現している。(詳しくは上記ブログを参照)
『家族ゲーム』では最後の方に、家族が対面で食事をしながら伊丹十三が、
こっちの方が自然だ。どうして今まで思いつかなかったのだろう。
というシーンがある。
さて、なぜこんなに横一列の食事シーンが気になるのかと言うと…
そういうシーンを日常生活の中で普通に見かける様になったからだ。
僕の勤め先の社員食堂。
今までは机に対面に着席して食事をしていたのだが、新型コロナウィルス対策で、机の片方にしか椅子を置かない様になった。
強制的に対面での食事を避ける様にしたのである。
いつもの昼食を終え、セルフの下膳口へトレイの食器を持って向かう。
ふと振り返ると、そこには、『赤ひげ』も『家族ゲーム』も真っ青な数十人単位での見事な横一列の食事風景が拡がっているのだった。
あ、これが新しい日常ってヤツか!!
と妙に納得したのである。
散髪屋で豪雨災害を考える
この一週間、ザァザァの雨が続き、九州や岐阜、長野では酷い水害になっているが…
今日は久しぶりに雨が止んだ。
予報では、また月曜からは一週間、雨が続くらしい。
週の後半はまたザァザァらしい。
この雨の隙間に散髪に出かけることにする。
コロナ対策で4月末に坊主頭にしたので、我慢できないことはないのだが、コロナの方も第2波が来ているので、今のうちに行っておく方が良いだろうと判断した。
4月に坊主頭にした時には、頭の形が悪いのが良くわかってしまうと家人の評判が悪かったので、スポーツ刈りにしようと思って散髪屋で座ると、
「スポーツ刈りですね。」
と、こちらの心の内を読んだかのように店員が声をかけてくる。
油断ならない…
バリカンで短く借り上げてもらいながら髪の毛が短い事の利点を考える。
何よりも風呂が簡単だ。
シャンプーの少なくて良いし、湯も少なくて済む。
シャンプーの時に湯がアッという間に頭から流れ落ちる…
風呂上りに髪を拭くのも簡単、良い事づくめ。
おまけに清潔。
逆に走って汗をかいたりした時には、汗が全部、顔に流れ落ちてくるという欠点もある。
保水能力というモノが全くない。子供の頃、50年以上前に読んだ学習雑誌の内容を思い出す。
山の木を伐ってしまって、保水能力が落ちてしまった山に雨が降り、それが濁流となって麓の村を襲うという内容だった。
だから山の木は計画的に伐採、植林して育てないといけない。という林業の大切さを教える内容だった。
しかしながら、昨今の洪水被害はそう言う山の自然の保水能力を超えた領域で発生している…
線状降水帯が同一地域に大量の雨を長時間降らせ、地域の(排水能力+保水能力)でその降雨量を処理しきれずに、洪水が起こる。
温暖化の影響なのだろうが、雨の降り方そのものが昔と変化してきている。
その新しい雨の降り方に対応した治水政策が必要なのだが、実は治水事業にはお金と時間がかかる…
実は今回氾濫した熊本県の球磨川水系には川辺川ダム計画というモノがあったらしい。
それが2009年の民主党政権時代に事業仕分けされてしまい、中止となった。
当時から熊本県知事もダムに反対だったと言うから、当時の民主党政権だけが悪いとは言わないが、それ以降治水事業が棚上げになってしまっていたのはいかんなぁと思う。
棚上げ状態を放置した自民党政権にも責任はある。
ただ、この期に及んで、実行可能な代替案や予算もなく、「ダムに頼らない治水」と県知事が言っているらしいから、つくづく無責任な知事だなぁ…と思う。
そもそも借金まみれのの日本の行政には、予算的にそんな贅沢を言う余裕はないはずだから…
■アニメ 『かくしごと』2020日本
久米田康治のマンガ『かくしごと』がアニメ化されて深夜に放送されている。
僕は久米田康治というマンガ家をそれほど好きではなかった。
少年サンデーで連載していた『行け!!南国アイスホッケー部』のしようのない下ネタの印象が強いためなのだが、その後、久米田は微妙に路線をズラしながら『かってに改蔵』や『さよなら絶望先生』みたいな独自の時事ネタや内輪ネタのギャグ漫画を描いてきたらしい。
僕が久米田康治というマンガ家を再認識したのは、アニメ『有頂天家族』のキャラクターデザイン。
原作のちょっと切ないタヌキたちのドタバタ劇に、久米田康治の描いたキャラクターが妙に嵌っていたからである。。
で、この『かくしごと』。
コロナで在宅勤務になって通勤時間が無くなった分、夜更かし出来る様になった深夜に、付けっ放しだったTVでたまたま観掛けたのだが、そのまま気になって毎週録画して観る様になった。
ストーリーの中心は、溺愛する小学生の娘に(下ネタ)漫画家である事を隠している後藤可久士と、その娘・後藤姫との日常を綴るギャグマンガなのだが…
本編で描かれる明るい日常に対して、母親不在の説明の欠如と、毎エピソードの最後に少しずつ挟まれる高校生になった娘が「かくしごと」を知った事を語るシーンから想起される、ギャグマンガでは消化し切れなさそうなその後の不幸な展開の予感…
その不幸な展開が凄く気になる。
