NICUの子供たち
私の子供が入院しているGCU。
ちいさな透明なベッドが10床ほど並んでいる中のひとつに毎日会いに行く。
転院からしばらくは鼻から胃に通されたチューブで食事をしていたけれど、口から十分授乳できるということで取り外された。これでチューブ交換という苦痛が無くなった。良かった。良かった。
チューブは無くなったけれどモニターのコードを何本も常に装着しなければならないのとお薬を何種類か飲み続けなくてはならない。薬は利尿剤だった。これを飲んでいないと肺が水浸しになってしまう。まさに命綱。
お薬を飲んで水分を規制しながらのGCUでの暮らしをする子供。
子供は日が経つにつれ顔が白くなっていく。貧血だった。このために鉄剤の投与も加わった。
しかし私の子の容体などはまだ軽いように思われた。NICU・GCUには頭に手術の跡がある子、「先天性食道閉鎖症」の子、酸素吸入器や人工呼吸器をずっと着けている子、人工肛門を付けた子、とても小さい時に生まれたために数々の困難をそれぞれ授かった子たちが暮らしていた。
そうだけれど、はやり心臓に小さくはない穴が開いている私の子。
早く手術で治してもらえたらと気は急くのだけれど、専門医のカンファレンスは何日も先。
いつだろいつだろ
どんな手術だろ
私がオペを受けた時より医療技術は進んでいるだろうか
いろいろ考えても仕方ないことを考える頭をなだめているうちにも日は経って、1回目の手術の日が2週間後に決められた。生まれてから1か月半経っていた。
10年振り自転車
NICUとGCUには一日のうち9時半から22時までの間に子供に付き添える時間がある。
その中で5回、授乳できる機会がある。3時間ごとに。
ほとんどの子にお母さんが毎日寄り添っている。
車で来る人電車で来る人、遠方から時間をかけて来てる人もいる。
私も毎日通うことにした。
バスで通うよりも自転車が便利で結局は経済的なのではということになった。
沢山並ぶ自転車たち。10分ほど見て決める。購入。
自転車に乗るの10年ぶり。
久しぶりで不安だったけれど、一回覚えたことって忘れないものでなんともなく乗れた。
翌日から授乳通院が始まった。
午前中にお店から出発。
大通りは使わずに裏道の住宅地を走る。
季節は早春。まだ寒かった。
NICUじゃなかった
私たちは30分ほど遅れて転院先のNICUに着いた。
「お子さんはこちらですよ~」
と案内されたところはNICUではなくGCUだった。GCUとはNICUの保育器に入らなくてもいいくらいの体調の赤子たちがちいさいベットに寝かされて並んでいる治療室。NICUに隣接している。
転院前のNICUからの情報とは違って元気そうなのでGCUに入ってもらいました、とのことだった。
GCUは賑やかで、看護士さんも赤ちゃんをあやしたりベッドの上で回る「メリー」があっちこっちで子守唄を電子音で奏でている。
私は思うのだが
絵画という芸術と音楽という芸術。
ふたつの違いは。
絵画は同じ空間に同時に存在して人々を楽しませることができるが
音楽は同じ空間に1つしか存在できない。できるのはできるがしてはいけない。
なんか、だいぶ雰囲気が前の病院のNICUと違う
子は透明な四角い桶のようなちいさなベッドに入れられて帽子と手袋と靴下を着けられていた。手足が冷たいそうだった。
なんか
保育器の空き待ちしてヤキモキしていたのは何だったの。
しかし「思ったより元気です」と医師に言われて喜ばないこともなく。
転院したのだからすぐ調べて手術の予定を立てて欲しいけれど、専門医をまじえてのエコーなどの診察とカンファレンスは来週か来来週とのことだった。
ああ。
まだまだ何かが進展するには時間がかかるみたいだ。
転院大病院
「転院はあさってです」
急に転院できる日が決まり、
「母乳バッグお返ししますね」
と紙袋に2リットルくらいの量の母乳バッグ。更にぽいぽいと保冷剤を入れられた袋を持たされて帰宅。
産後2週間半でこんなに鞭打たんでも。
やはり母体は2の次3の次か・・・。
誰も母などいたわってはくれない!
もう期待してません。
やっぱり女に生まれてかわいそうだなあ・・・・。
さくらんぼの実る頃なんてほんのひととき。
転院はNICUからNICUへ。
「ドクターカー」
という救急車に乗ってゆくそうだ。
説明しよう~
ドクターカーとは、患者監視装置等の医療機械を搭載し、医師、看護師等が同乗し、搬送途上へ出動する救急車である。医師派遣用自動車、ラピッド・レスポンス・カーとも言う。
これの、新生児搬送用は
主に中・小規模の産婦人科病院からの要請で、新生児集中治療室(NICU)での処置が必要とされる場合(超早産等でハイリスクを伴う出産時)に、総合周産期母子医療センターに指定された病院から医師と看護師が同乗し、新生児に医療行為をしながら病院へ搬送する際に使用される。新生児搬送用ドクターカーは大型保育器などの医療機器を多数積載する為、医療機器を安定して動かす電源と車内スペースを多く確保する観点からトラックやマイクロバスをベースにした大型の車両が多い。最近では車両へ搭載する医療機器や発電機の性能向上・小型化などにより、商用ワンボックスカーベースでも運用が可能な車両が登場している。従来のトラック・マイクロバスベースタイプよりも車両の取り回しが良く、車両導入コストを安く抑えられることから今後商用ワンボックスカーベースの車両が徐々に増えていくものと思われる。
新生児搬送用ドクターカーは主に総合周産期母子医療センター指定病院が所有している。
赤十字からやってきたドクターカーに乗ってゆくことになった。
ドクターカーを運転してきた運転手は医療関係者ではなくタクシードライバーだった。
NICUは感染防止ガウンとマスク着用、入り口ではうがいと手の洗浄が必須なのに、その運転士は何もせずにしれーと入ってきて、書類をべろべろと舌でなめた指でめくっていた。
看護士さん、先生、注意した方が良いと思います・・。
どうしよう~誰も言わないんなら私言っちゃおっかなああ~?・・・とムラムラしているうちに子は搬送用保育器にはだかオムツで乗せられて、いよいよ移動となった。移動には担当の小児科医が付き添ってくれる。
移動中、サイレンを鳴らすか鳴らさないかどっちがいいか聞かれた。
鳴らした場合、ドクターカーは赤信号を無視して通行するが、私たち親の車は信号守って付いて来てくれと。
「緊急じゃないなら要らないです!」
なんか恥ずかしいし。鳴らしていく意味ないし。
普通に行きましょう。ということで子を乗せたドクターカーと私たちが乗った軽自動車は出産した病院を後にした。
転院。転院したら手術の日やどんな手術かが、先が決まってくるはず。
何台か先を行くドクターカーは何度か信号で私たちが停まるたびに遠くへ行って見えなくなった。