フランス少年物語

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消えた教授



マレ助手は顔面蒼白だった。

外を散々走り回っていたのか、息はきれ外の寒さとは裏腹に額には汗が滴り落ちていた。


「どういうことなんです?落ち着いて話してください」


マリウスは水を持ってくるとマレ助手に椅子に座るよう促した。


マレ助手はコップの水を一気に飲み干すと、せきを切ったように話し始めた



「朝、研究室にくるといつも一番に来ているはずの教授がいなかったんです

でも特に誰も気に止めなくて・・


午前中の会議が始まっても教授は現れなくて、学生とぼくとで大学内を

探したんです

でもどこにもいなくって


午後になって教授の家にいくと、夫人が教授はいつもどおり

家を出たって言ってて。


それでこれは本格的におかしいってなって研究室のみなで

探し回っていたんです」



そこまで話すと、マレ助手の腹がいきおいよく音をたてた



「・・・・昼からなにも食べてなくて・・・」


「どうぞこれ食べてください」



マリウスはビーフシチューを差だした



「いいんですか、これは君たちのじゃないんですか?」


「いいですよ、食べてください」


マリウスは当然のように自分たちの食事を差し出したが、パスカルは気が気じゃなかった。


(おれたちのごはん・・・!!楽しみにしてたのに!まさか全部食べるとかしないよね!?)




マレ助手はビーフシチューを一口、口に運ぶと、そのあまりのうまさにハッとした。


自分がどれだけ腹が減って、口の中は乾燥し疲れてきっていたのか、

ビーフシチューの体にしみるような旨さで実感した。


ほんの数口だけで遠慮するつもりだったが、ひとさじ、もうひとさじと進みどんどん

止まらなくなってしまった。


それと同時に今日一日、自分がどれだけ教授の失踪に振り回されて

疲労困憊したか、しゃべりまくってとまらなくなった。


「いやもうほんとびっくりっすよ!ほんとかんべんしてほしいっすよ!」


フランソワはマレ助手の普段とは違う興奮っぷりに圧倒され

ただ黙って話を聞くしかできなかった。



パスカルはその遠慮のない食べっぷりにはらはらした。


(お願いそのぐらいにして!おれらに残しておいて!)



パスカルの願いもむなしく、マレ助手は3人分のビーフシチューをすべてたいらげてしまった。










異変

「ああーもう 今日はなんだったんだろうね?

結局 教授も 助手さんもこなかったしさ


でも良かったかな楽で


あのマチアスって人はちょっとうるさいけど面白かったな。そう思わない?」


少し先を歩いていたパスカルはフランソワとマリウスを振り返って言った。



夕暮れの石田畳の道をてくてくと歩きながら3人は

今日一日を振り返っていた。


パスカルの言うとおり、今日は教授は姿を現さず、授業らしきものは

ひとつもなかった。ただマチアスという研究員のハイテンションなトークにつきあっただけだった。


しかしフランソワはホッとしていた。あの神経質で怒りっぽい教授に会わなくてすんだからだ。



「今日の夕ご飯はなにかなー。下宿先のご飯、美味しいんだよね、何かな、ららら~♪」



下宿先に着き、扉をあけると部屋の中からプンといい香りがただよってきた


「この香りは・・・ビーフシチュー!!」


パスカルは飛び跳ねながら食堂に駆け込んだ

食堂は暖かい空気といい香りで幸せな空間になっていた。


「坊ちゃんたち帰ってきたね!さあさあたくさん食べなさい!」

食堂のおばちゃんが皿にビーフシチューをたっぷりと盛ってくれる。



「寒い日はビーフシチューが嬉しいね~」 フランソワもご機嫌でテーブルに着いた。


「いただきまーす」

3人は美味しいご飯をほおばった。


「うまあい、口の中で肉がほろほろと溶けたよ。あ、マリウスの方が肉が多いんじゃない?

ちょっと!マリウス!肉多くない?多くない??」


「食べながらしゃべるなよ、パスカル。そら、肉をやるから」


マリウスは自分の皿から肉をつまみ出すとパスカルに食べさせた。


と、その時、扉をドンドンと乱暴に叩く音が聞こえた。

3人は顔を見合わせた。


非常に荒っぽい音なので、扉をあけるのを躊躇するほどだった。



「・・・・・・・おれが開けるよ」

マリウスが意を決して扉を開いた。



そこには真っ青な顔のマレ助手が立っていた



「教授が・・・教授が消えたんです!」




「ええっ・・・?」


3人は驚きの声をあげた。















マチアス、現る。


分厚い専門書が本棚にぎっしり詰め込まれ、

書き損じの紙がくしゃくしゃに丸めて

散らばっている教授の部屋の中に、明るい太陽の光がカーテンから

差し込み、空気中に浮かぶホコリがきらきらと舞っているのが見えた。



すでに教授の部屋で待機したまま、2時間が経過した。



ふざけあっていたパスカルとマリウスも、大人しくなって

ソファにもたれたままぼんやりと会話も少なく

空中に浮かぶホコリを眺めている。



「ほこり、きれい・・・」


パスカルがのんびり言った。


「何がきれいなんだよ」


マリウスが指のささくれをとりながら聞いた。



「日の光がほこりにあたって、きらきら輝いててきれい」


「ロマンチストだな。詩でもかけるんじゃないの?」


「ホコリのポエム・・」


フランソワが笑った。


「じゃあ、よみます」



パスカルは2人の前にたち、両手を胸にあててうっとりと喋り始めた。



「窓からの光を見てごらん。


ほら、何かが輝いている。


あれはなに?



あれは、



あれはそう、



ほこり。



ほこりって嫌われもの。



きたないし、



のどにはいると咳が出るし。



でもね、見てごらん。



あんなに輝いて  僕の心をなごませる。




僕のこころを和ませてくれて



ありがとうって言ったら



いつでも君のそばにいるよって言って



きえちゃった」





どう?といった顔のパスカルを前に、


マリウスとフランソワは身をかがめて笑いを押し殺すのに精いっぱいだった。


「ほこりと会話しちゃったよ・・・」


「確かにいつも側にいる・・・」



ククク・・と喉の奥で笑いを押し殺しながら涙目になっていると


突然うしろのドアが勢いよく開いた。



「素晴らしい!!!」



驚いて3人が振り返ると、そこには浅黒い肌の色をした、背の高い

長い黒髪の見たこともない男が立っていた。



「素晴らしい。なんと美しいポエムだ、


ホコリを擬人化したことにより、

ホコリと少年との関係をいっそうセンチメンタルに

仕上げている。

純粋で素朴な美しいこころ。

ほこりを美しいというその心が美しい!!


そもそもホコリというものは

空気中に漂うダニや毛髪や糸くずのことであり

それらが原因となってアレルギーや喘息といった

症状を引き起こすがそういったやっかいなものを

あえて擬人化することによる意義として・・










「あの・・・・」



マリウスが手を挙げた。



「うん、なんだね?」



男がマリウスに尋ねた。



「あんた誰?」




男はにっこりとほほえんだ。



「申し遅れてすまない。私は研究員のマチアス。


マチアスって呼んでくれ。


そのまんまだ。



教授のかわりに、君たちの授業を担当する。


よろしく!」








フランス少年物語









待機!


教授の部屋につくと、部屋には誰もおらず、教授はまだ来ていないようだった。

床に直接本が雑然と積み上げられ、書類がそこらじゅうに散らばっていた。

足の踏み場もないくらい散らかった部屋だった。

机の上には飲み干したコーヒーの液体がこびりついている

カップが何個もならんでいて、チョコレートの包み紙がそこらじゅうに散乱

していた。


「教授はまだ来てないみたいだな・・・・少し待とうか。

それにしても汚い部屋だな・・なんかちょっと片付けたくなるよね」


マリウスが本を一冊手にとって無造作にホコリを払うのを見て

心配性なフランソワが止めに入った。


「やめなよマリウス。もしかしたらこれらのゴミにも何か教授なりの

法則があって散らばしてあるのかもよ。勝手に動かしたらやばいよ」


「大丈夫だって・・・・」



きれい好きなマリウスはチョコレートの包み紙を何枚か拾って

まるめると、投手のフォームよろしくゴミ箱に投げた。

ゴミは惜しくもゴミ箱の縁にあたってこぼれおちた。


「暴投です!打者1塁をまわって2塁へ走ります!」


パスカルがおどけた。


マリウスは再びチョコレートの包み紙を拾って丸めると、

今度はパスカルに向かって投げた。




パスカルは大げさにうなってしゃがみこむと叫んだ。


「デッドボール!ひじにあたりました!これは痛い!」



そして立ち上がると、「乱闘!」といってマリウスにつかみかかっていった。




そうやって二人が遊んでいるのを見て、さっきから緊張でお腹が痛い

フランソワは、二人のマイペースぶりがいっそうらやましく思うのだった。



「なんで・・・なんでこの人たちこんな自由なんだろ・・・

なにその余裕・・・なにその笑顔・・・・」



フランソワは緊張で痛むお腹を抱え二人が遊んでいるのを

横目で見ながらソファにじっと座って

教授が来るのを待った。






カフェで朝食を



パリの冬の朝は薄暗い。しんと冷える冷たい空気に、窓の外がまだ

薄暗いとなるとベッドから出るのがおっくうになってくるのは誰にでも

よくあることだ。加えてフランソワは昨晩緊張のあまりよく眠れず、

明け方ごろにようやくトロトロと眠りについたので起きるのがなおいっそう

辛い。



一人先に起きて身支度を整えていたマリウスは、

フランソワの枕もとに腰をおろしてやさしく肩をゆすった。



「フランソワ、朝だよ。そろそろ起きろ」


「うう・・・・」



フランソワはゆっくり顔をあげると目を瞬いてまわりをみた。



「・・・・じい、朝の紅茶を・・・・」




「じいじゃねーよ。ねぼけんな。ここはパリだっつうの。

おい、パスカル。お前も起きろ」


マリウスはパスカルめがけてお菓子のゴミのつまった袋を投げつけた。

パスカルの頭にあたったごみ袋の中身が飛び散り、食べカスやら

なにやらがパスカルの赤毛に降り注いだ。


「んー」


目の覚めたパスカルが目にしたのは、枕もとに散乱する

昨日食べたお菓子のゴミかす。パスカルは飛び起きた。


「え、え、なにこれなにこれ。おれに対する壮絶ないじめってこと?

マリウス、あんた俺に何か恨みでも??」



「起きてカフェに朝食とりに行こう」


マリウスは、しれっと流した。



「もう!なんなのさ!二人で行ってきていいよ、おれいつも

朝はコーヒーだけだから!もうこんなことしないでよねっ!!」


パスカルは布団を頭からかぶって不貞寝した。









そうゆうわけで、マリウスとフランソワは二人だけで

パリの界隈に繰り出し、朝食をとりにいくことにした。


「おおおお・・・・・・・さむいね・・・・さっぶいね」


フランソワは手をこすりあわせた。


「マフラー貸してやるよ」



マリウスは自分のマフラーをフランソワに手渡した。



とりあえず近場にあったカフェに入ると、中はほんのりと温かく、

コーヒーのいい香りがした。


二人はクロワッサンとカフェを頼んだ。



マリウスは自分の分のアプリコットジャムを差し出した。


「あげるよ。好きだろ」



「え、いいよいいよ」



「いいから。それとこのバターも使っていいよ」


マリウスは自分のバターも差し出した。



「ありがと・・・」


フランソワはクロワッサンにバターとアプリコットジャムを

たっぷり塗ると、一口ほおばった。

バターのまろやかな味わいとジャムの甘酸っぱさがあいまって

すこぶる美味しい。フランソワの気持ちに、ぼっこりと余裕がうまれた。


「なんか今日、やさしいねー」


もぐもぐと頬張りながら笑顔で振り向くと、マリウスは

思いがけず真剣な顔だった。


「覚えているか、サンメリの森での出来事を」


「ほえっ・・・・・?」


急にサスペンス風の口調で語りだしたので、フランソワの

口の端からクロワッサンがこぼれ落ちた。





「昔・・・・もう10年も前になるだろうか。

就学前の子供たちを集めたレクリエーションで森への

探索に行くイベントがあったとき、お前は、そのイベントに

ボランティアで来ることになった近所のじいさんが絵本に出てくる

意地悪じいさんに顔がそっくりだっていう理由で

ものすごくそのイベントに行くのを嫌がってあろうことか

当日にサンメリ城を抜け出して行方不明になったんだ。

その時、直前まで一緒にいたおれは大人たちに

「フランソワ様はどこに行ったんだ?」と聞かれて

子供ごころに、自分に責任があるような辛い思いを

したんだっけよ。

それから数時間お前を探してサンメリ城は大変な

騒ぎになってさ・・・・・結局お前は庭の隅に隠れていた

だけだとういうオチがつくんだけれども」






フランス少年物語


「そ・・・そうだっけ・・よ、よく覚えてるねそんな昔のこと・・

てゆうか君って昔のことを片っ端から忘れるタイプだったんじゃ

なかったっけ?」



「あのあとおれは腹痛で1週間寝込んだんだ。

本当にあの日のことはよく覚えてるよ・・・。

就学前の児童に急性腸炎を患わせるような

心労をかけやがって・・・・」



「そ、そうだったんだ・・す、すまない」



「今度は逃げるなよ」



「すみません・・・」





コーヒーと焼き立てのパンの香りがただよう暖かい

カフェの店内で、二人の少年のまわりだけは店の外

よりも寒い雰囲気が流れ込んでいた。









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