フランス少年物語 -2ページ目

大騒ぎの夜

サンメリからの手紙を読んだマリウスは

青ざめた顔のフランソワの肩を叩いた。



「何をそんなにショックを受けているんだ?

そんな大したこと書かれてないじゃないじゃないか。

俺はまさか、モンブランが倒れたのかと思ったよ」



「だって・・・・・これからあの教授のゼミに出席することに

なるんだよ??もう選択肢はないんだよ?」




「たかが一ヵ月の体験入学じゃないか・・・」



「一ヵ月もあの教授と過ごすことになるなんて・・・・

耐えられない・・・・とっても耐えられない」




「そう・・・?」



「え・・・・マリウスは怖くないのか、今日のゼミ、

最悪だったろう。あんなに罵倒されて・・・・学生さん、

かわいそうに・・・」


「大学のゼミって、どこもあんな感じなんじゃないかなあ。

知らないけど。けっこう厳しいとこはどこにでもあるよ」



「そんな・・・・」



「わかった。フランソワ、お前は今まで温室育ちだったから、

ああいう人から罵倒されたりすることに慣れてないんだよ。

まあ、ああいう人は世の中どこにでもいるのさ。

社会に出れば日常茶飯事だよ。左耳から聞いて、右耳から

流せばいい。いちいち真に受けて傷ついてたら身がもたないよ。

お前に足りないのは、人から怒鳴られても受け流す柔軟性だ」




「ああ・・・そう・・か・・そうかもね・・・

マリウスの言うとおりかも・・・ああでも

明日が来るのが怖い、明日が来なければいい・・・」



「おおげさすぎるよ・・」



「よしわかった!トランプしよう!トランプして嫌なことは忘れよう!」



パスカルが、湿っぽい雰囲気を打ち砕くようにベッドの上で

飛び跳ねて叫んだ。



「それお前がやりたいだけだろ」


「なんだよマリウス!おれは気をつかってるんだよ!」


パスカルはジャンプしてマリウスのベッドに飛び移った。

しかし体勢を崩してマリウスの脇腹に膝で強打してしまった。


倒れこみ、うめくマリウス。


「ごめん!痛かった!!?」



「このガキ・・・」


マリウスはパスカルを抑え込み、脇腹をくすぐった。




「あひゃああああぎゃへえへへへへへへ!!!」




涙を流しながら悶絶するパスカル。


「やめてやめて!」


マリウスは手を離すと

今度はベッドでうなだれていたフランソワの腕をひっぱるって

抑え込み、パスカルと二人でくすぐり始めた。



「あががががぎゃああああ!」





部屋中たちまち大騒ぎになり、あっちのベッドからこっちの

ベッドへ飛び移り、倒れこみ、ころがり、枕の中の羽毛が

飛び出で部屋中に散らばった。



そしてとうとう、下宿のマダムに「うるさい!!」と一喝されてしまった

3人は、すごすごと自分のベッドに戻って、眠りについた。












じいからの手紙

ほろ酔い気味で歌を歌いながら機嫌よく下宿に戻った

3人は、部屋につくなり服を脱ぎすてベットに倒れこみ、そのまま寝入ってしまった。



しかし、ふいにドアをノックする音に気づき、フランソワは飛び起きた。

ドアを開けると、そこには下宿屋の管理人のおばさんが手紙を持って

立っていた。



「ムッシューフランソワ。あなたに手紙が届いていましたよ」




フランソワは受け取ってドアを閉めると、差出人の名前を見た。






「サンメリからか?」


マリウスが聞いた。


「うん。」



フランソワは手紙を開いた。

そこには次のように書いてあった。




「 信愛なるフランソワ様へ。



フランソワ様。じいでございます。パリはどうですか?

お風邪は召されてませんでしょうか。



ところで今回手紙を差し上げたのは、今回の大学体験入学に

おいて、二つの研究室を見学する予定だったと思うのですが、

そのうちの一つの研究室の教授が多忙と人手不足を理由に、

見学受け入れを断ってきたのであります。


なので、もう一つの研究室でどうぞ、しっかり勉強なさってくださいまし。


じいはサンメリから3人の健闘を祈っております。




追伸


二人にお伝えくださいまし。



マリウス。フランソワ様をお頼みしましたぞ。



パスカル。朝起きたら、顔をちゃんと洗って歯をみがけ。




両腕いっぱいの愛をこめて   じいより」




フランソワは衝撃をうけた。

彼は、もう一つ行く予定だった研究室の雰囲気が良かったら、

今日の研究室の体験入学を断ってそっちに行こう・・・と思って

いたからだ。

あの末恐ろしい教授のもとで、やっていける自信がまったくなかった。

なのに選択肢がなくなってしまったのだ。


真っ青になったフランソワの顔を見て、マリウスとパスカルは

心配げに顔を見合せた。





フランス少年物語









美しいパリの夜に乾杯!

美しく年を重ねたという表現がふさわしいマダムや紳士たちが

楽しげに談笑し、優雅な手つきでナイフとフォークを使うと

ひらりひらりとフォアグラやトリュフを口に運んで行く。



‥‥あらためて周囲を見渡すと、自分たちがかなり場違いな

レストランにはいったということが身にしみてわかってきた。




「・・・・・おれら場違いだね」


とパスカル。



「・・・しっ」



フランソワが小声で制した。




そこにシャンパンとカキが運ばれてきた。




「こちら、シャンパンとカキになります。カキはご自分で殻を

むいて召し上がりください」




というとウェイターはバケツに入ったカキの山をテーブルに

置いた。



3人は一瞬、これはもしや・・・・・田舎者に対するいじめ・・・・・?

と疑った。ふつう、カキはカラがむかれた状態で氷の敷き詰められた

気の利いた器の上に上品に並べられて出てくるはずだ。


子供だから?田舎ものに食わせるカキはないってか、ええ?


そんな3人の表情を読み取ったのだろうか、ウェイターは

フォローするように説明しはじめた。



「当店では、新鮮なカキをご自分の手で自らむいていただくことに

よって、よりいっそうの新鮮な風味を味わっていただいているんです

なるべくカキの身を空気に触れさせないで、むいてすぐいただいた

ほうが美味しいですから」



確かに言われてみれば、まわりの上品な紳士たちも、

おぼつかない手つきながら物珍しそうに楽しげにカキをむいている。



ちょっと安心した3人は、とりあえず乾杯することにした。



「じゃ、乾杯しよう。パリの夜に、乾杯!」



「・・・・未成年だけどね」


ぼそっと言ったパスカルの足をマリウスが蹴った。




3人はカキの殻をむき始めたが、なかなかこれが難しい。

手こずる2人を尻目に、マリウスは1人どんどんむいていく。



「ほら、食べな」



フランソワとパスカルの皿に、むいたカキをのせてやる。



喜んで口に運ぶフランソワの横で、パスカルは顔をしかめた。



「あれ?どうしたの、パスカル。待ち望んでいたかきだろ??」

フランソワは怪訝に思い、尋ねた。


「・・・・なにこれ。気持ち悪ぅい」


「は?」


「かきってこんなだったの?こんな、ねちょぐちょ・・・・想像してたのと

違うよ!こんなの食べられないよ!」


「なに言ってんだよ、美味しいよ」



「やだよ、無理だよ!」



そこまで聞いていたマリウスが、諭すように語りだした。


「パスカル、それは食わず嫌いってやつだよ。うちの親せきの子供にも

いるよ。自分から食べたいっていうから作ってやったのに、

途中でもういらないってゆうやつ。つまり子供特有のわがままだな。

お前はまだ子供なんだよ」


その子供というフレーズにパスカルのプライドが傷ついた。


「子供じゃないもん!」


そしてカキを頬張ると、ごくりと丸のみした。


「・・・・・どう?」


フランソワは恐る恐る尋ねた。


やや沈黙があって、それからパスカルは目を見開いた。


「・・・・・ぬるぬるしてるけど、美味しい!」



それからパスカルは次から次へとカキを口に運んだ。

フランソワも久しぶりの美味しいカキに舌鼓をうった。

マリウスはせっせとかきをむいた。



・・・・・そうして気づくと、マリウスは一つもカキを口にしないまま、

2人にカキを供給する作業にぼっとうしたまま食事が終ったことに気がついた。


(・・・・まあ、いいか・・・2人が喜んだし)


長男気質のマリウスは特に文句を言うわけでもなく、淡々と

カキの殻むきで痺れた手をナプキンで拭いた。



「おいしかったねー」



「また来ようねー」



気を使われて、かわいがられて当然といった最強の

一人っこ&末っ子体質の2人は、そんなマリウスの献身的な

優しさにまったく気づいていなかった。



フランス少年物語


そんな様子を周りのテーブルの紳士淑女たちが微笑ましく眺めていた。



「ねえ、あの子たち、カキしか食べてないわ。あんなに美味しそうに

カキを食べて。かわいいわね。すこし地方の訛りがはいってるけど、

身なりもそう悪くないし、ブルジョワの子かしら?」


「なんでもパリに初めて来たとか会話してたのが聞こえたよ。

よし、パリ市民として歓迎の意をしめそう。

君!  あちらのテーブルに、ウサギ肉のパテと鴨のローストを!」





「鳩の丸焼きを彼らに!」


「チーズとワインをあの子たちに!」



「フォアグラを彼らに!」



あちこちのテーブルから声がかかり、テーブルはあっというまに

ごちそうであふれんばかりになった。





3人は戸惑いながらもありがたく、美味しくそれらのごちそうを食べた。


その様子をまた周囲の紳士淑女たちが嬉しそうに、楽しそうに

眺めた。




こうしてパリの美しい夜はふけていった。











つかの間のパリを楽しむ




大学を出て下宿へと帰る道すがら、3人は夜の美しいパリの

街に出て、張り裂けるような開放感にひたっていた。

街灯がきらめく石畳の通りを歩くと、さきほどまでの悪夢のような

ゼミを忘れ、あこがれのパリにいるのだという胸おどる気持ちが

ようやくよみがえってきた。


元気を取り戻したフランソワが2人に尋ねた。



「どこかで夕ごはんを食べてかえろうよ、どこがいい?」





「おれはなんでもいいよ」



「パスカルは?」



パスカルはよくぞ聞いてくれた!というふうにもったいぶって言った。



「じゃあね、じゃあ・・・・・・・・・・かき!」





「かき?」





「そう、一度食べてみたかったんだ。うちのじいさんが、

それはそれは旨い食べ物だと、よく言ってたよ。

それがすごくうらやましかったんだ」



「そうか、よし、じゃあいこう!」



というわけで、3人は適当にみつけたレストランに入った。



やや高級な装いのその店は、紳士淑女がディナーを楽しんでいた。

スーツを美しく着こなしたボーイが3人を見かけるやすぐに飛んできて

やや怪訝な顔をした後、テーブルに導いた。


テーブルには花とグラス、カテラリーが完璧にセッティングしてある。



「手持ちは大丈夫なのか、フランソワ」


マリウスが心配げに尋ねた。


「大丈夫だよ、今日はパリ初日だ。お祝いだからね」


しかし、メニューを開くとすぐにフランソワの顔色が青くなった。







「店を間違ったと言って、出ようか」


マリウスがフランソワの様子に気がついて小声で聞いた。





「そんなみっともないこと、できないよ。わかった、

こうしよう。すでに食事はすませてきたふりをして、

ちょっと物足りないからなにかつまみにきた風を

装うんだ。フルコースは無理だが、かきならなんとか

頼める。かきと、なにかオードブルを頼もう」



そこにウェイターがやってきた。



「なにかお飲物は?」



「しゃ、シャンパンを」


「こちらのリストからお選びください。本日のお勧めは

ブルゴーニュ産のものです」



「ぶるごーにゅを」



ウェイターが去ったあと、マリウスはテーブルの下で

フランソワの足を蹴った。



「何考えてんだ」



「雰囲気に気圧された」



「いよいよカキしか頼めなくなったぞ」






「しかたあるまい。いいよね、パスカル?」






「・・・・いいよ」




3人はうつろな目でカキが運ばれてくるのを待った。





教授のらくがき

悪夢のような時間が過ぎ去り、ゼミはなんとか終了した。




マリウスが時計を見ると、もう5時をまわっていた。

お茶室を出ると、学生や研究員たちが皆、薄暗い廊下に出て

言葉もなくぼんやりたたずんでいる。


異様な光景に3人がとまどっていると、マレ助手が

声をかけてきた。




「あの‥‥これから来月国に帰る研究員の送別会に行くんですよ。

どうですか、皆さんも来ますか?」


それはいかにも社交辞令として声をかけてきているといった、

非常によそよそしい誘いかたであり、3人は顔を見合せて

ますますとまどった。


すると一人の学生がすかさず声をあげた。


「すみません、もう人数予約いれてるんですけど‥‥」



「あ、そうですか、じゃ僕らは今日のところはこれで失礼します」


フランソワは言って、そそくさと3人を促して帰ろうとした。

しかし

「ちょっとトイレ行ってくる!」

とずっと我慢していたらしいパスカルが声をあげて廊下を走って行った。




パスカルが戻ってくるまでの間、フランソワとマリウスは

廊下の端で学生たちの集団から少し距離を置いて待っていた。


学生たちは、何やらごそごそと小声で相談し合っていた。

どうやら、研究員への送別土産の代金を皆で割り勘にするべく、

その金額を暗算で計算しているであった。


すると、学生たちの話合いを傍らでつまらなそうに

眺めていた教授が、突然かがみこむと、

壁にむかって鉛筆で直に数式を書き込み始めた。




それを通りがかりの掃除のおばちゃんが目ざとく見つけ、

マレ助手にどなりつけた。







「ちょっと!おたくの教授また落書きしてるわよ!

やめさせて頂戴!まったく!仕事を増やすんじゃないわよ!」




「ああっ!また!先生、だめです!書くならこっちの紙に!」








マレ助手はすかさず白衣のポケットから紙を取り出したものの

教授は目もくれず一心不乱に数式を壁になぐり書きしている。



「科学者というものは、ああいうふうに突然考えが閃くのだろうな」


マリウスがしみじみ言った。







よくよく壁を見ると、ただのシミか不毛な落書きと思っていた

壁の汚れは、すべて難解な数式が書き込まれていたのだった。